めんどくさい体
今回は短いです。
目が覚めると見慣れた部屋の天井が見えた。
「あ、れ?体調が悪いからって医務室で休んで、家に帰るために車で送ってもらって……。いつの間に家のベッドで寝てる……。」
マリーはいつもより重い体を鈍く動かして、上体を起こす。いつもと変わり映えしない自室。唯一違うのはサイドテーブルの上に水差しとコップが置いてあることと、頭に冷却ジェルシートのようなものが貼ってあることくらいだろう。
少しだけ体をずらして水差しからコップへ水を注ぐ。半分ほど注いだ水を一気に飲み干す。マリーの思っていた以上に体は乾いていたようだ。もう一度注いで飲む。今度は飲み干すことなく、半分ほど飲んだところでふぅーと息を吐く。どうやらただの水ではなく柑橘系のフルーツが入っているようで、飲み終わった後の口の中がさっぱりして気持ちが良い。
マリーがちびちびと水を飲んでいると、コンコンといつものノックの音が響く。ノックの主はマリーが寝ていると思っているのだろう、マリーが返事をする前に静かに入室する。
入ってきたのはもちろんナナルだ。すぐに起きているマリーに気付くと、少しだけ歩調を速めてサイドテーブルへ持ってきているトレーを置く。
「お嬢様。目が覚めたのですね。早退だけでも驚いたのに、戻ってきたらお顔が真っ青で深い眠りについていたので心配したんですよ。」
そう言いながらてきぱきとタオルを濡らして絞っている。
「心配掛けてごめんね?まさか寝ちゃうとは思わなかったよ。ところでなんでタオルを絞ってるの?」
「それはもちろんお嬢様の体を拭くためですよ。」
「えぇ!?なんで?」
いくらセレブな暮らしをしているからといって、お風呂まで世話になったことはない。赤ちゃんレベルで小さかった頃にベテランのメイドにやってもらったくらいだ。それに加え、マリーが病気でないことは伝わっているだろう。病気ではないのなら風呂に普通に入れそうなものだ。
ナナルは真剣な表情をすると、じっとマリーの目を見る。
「お嬢様。月経が来たことは非常に喜ばしいことです。しかし、どうやらお嬢様は月経に伴う症状が大分重いご様子。お眠りになっている間にリディア様も交えて話をしましたが、今の状態でお風呂に入るのは危険だろうという判断をしました。ですので、しばらく貧血が落ち着くまではお風呂は禁止でお湯で温めたタオルで体を拭く程度にすることになりました。」
どうやらマリーが深い眠りに入っていたのは貧血も原因の一旦をいなっていたようだ。
しかし、風呂好きが多い日本人。例によってマリーも風呂が好きな人間だった。ただでさえ温泉のように広く、毎日違う入浴剤の入るお風呂はマリーの癒しなのである。普段はあまりみることのないひきつった笑みを浮かべる。
「え、でも、あの。お風呂に浸かりたい……。」
股間が血で濡れるのだ。しっかり湯で流したいところだ。
「お嬢様。そもそも月経の来ている女性は湯船につかることは遠慮するものです。特にお嬢様は量も多いようなので、湯船につかったらピンク色に染まってしまうかもしれませんよ?それに、普通にしてても貧血で顔色わるいのですから、湯船につかって立ったら立ちくらみで倒れる可能性も高いです。ちゃんとお薬を飲んだり、食生活を気を付けて、もっと体が大人になって慣れてきたら入浴できるようになりますよ。髪の毛は私が服を着た状態で流させていただきます。体については今日はとりあえずタオルだけでお願いします。貧血がマシになれば湯船には浸かれなくともお湯で流す程度はできますので。」
一気に説明をされ、頭のなかでナナルの言ったことを認識していく。生理の女性の詳しい事情など知らなかったマリーだが、とりあえず風呂に入れないのは自分の体調の問題らしいということは分かった。湯船に入りたい気持ちは変わらないが、流石に他の人も入る湯船に血を流すほど非常識な人間ではない。とても残念そうな顔をしながらも頷く。
「とりあえず、もう夜になっていますので体調に問題が無いようでしたら下でお食事になります。きついようであればこちらにお運びいたしますが、いかがなさいますか?」
その言葉に驚いて時計を見ると、確かにいつもの晩御飯の時間を少し前だ。マリーの思っていた以上に寝ていたようだ。
とりあえず軽く体を動かしてみる。相変わらず少し重い。下半身もベッドから降ろそうとして見るが、上半身以上に重い。それに加え、血を吸っているであろう下半身の装備が気持ち悪い。マリーは眉を顰めると軽くお腹を撫でる。こちらの痛みはほとんどないが、なんとなくいつもの空腹感ではない微妙な感覚。
「んー。今日はこっちで食べることにするね。量はいつもより少し減らしてもらえると助かるわ。あと下を着替えたい。」
ナナルは頷くとマリーの介添えをしてベッドから出る手助けをする。少しだけふらついたが、ゆっくり歩くのには問題ないようだ。一番近いトイレへと入り、棚からナプキンを取り出して、取り換える。できるだけ付けていたものは見ないように微妙に視線を外す。視界の端に映る赤はあまりに鮮やかで、まるで絵具をこぼしたかのようだ。なんとも言えない気持ちになる。
医務室で一度やったことだが、なんだかおしめの交換をしているようで慣れない。男だった人間が2回目にすでに慣れているのも問題のような気もしないではないが。
トイレから出るとナナルが傍に立っていた。貧血で倒れないか念のため待機していたのだろう。ベッドへと戻ると別のメイドが食事を運んでくる。
いつもと違って寂しい夕飯だが、大人しく食べる。いまいちいつもの満腹感が来ないが、きっと生理中はこんなものなのだろうと思い、何も言わず平らげる。デザートは果物をすりおろしたもので、あっさりとしていて口当たり爽やかだ。マリーの体調を考慮したものなのだろう。
食べ終わり、体を清め、ベッドの上で本を読んでいるとリディアが部屋を訪れた。
既にマリーが生まれてから12年経ったわけだが、リディアの美貌は衰えることはない。むしろ以前よりも落ち着きと気品が増して、王妃のような貫禄がある。
リディアはベッド傍の椅子に座り、マリーの頭を優しく撫でる。
「マリーごめんなさいね。きっと生理の症状が重いのはうちの家系の遺伝のせいよ。私も昔は苦労したわ。」
「お母様……。」
申し訳なさそうな母の様子に心が痛む。わざわざ謝罪をするほどだ。リディア自身もマリーと同じくらい重かったのだろう。
「でも、お母様が苦しそうにしている所を見たことはありません。大きくなれば落ち着いてくるものなのですか?」
希望を持って問いかければ、微妙な症状をして答える。
「そうね、今よりはマシになると思うわ。食事も気を付けるしね。でも貧血と腹痛は完全に消えることはないと思うわ。……実は私も未だに痛む日があるの。量と日数こそ安定したけれど、日ごろの疲れとかも関係して痛みは変動するから……。でも薬はちゃんとあるから、あんまりひどいものは抑えられるはずだけどね。」
今までマリーの前で苦しそうな顔など見せたことのないリディアだったが、気付かなかっただけでそれなりに症状が出ていたようだ。
つまりマリーはおそらく飛躍的な医療の進歩でもない限り、この症状と付き合って行かねばならないのだろう。
その事実を想い、表情をくらくするマリー。
「マリー。これはいずれ母になるための大切なことよ。きっとその痛みも苦しみもいずれ来る出産で耐えられるようにって女性に備わっているものなのよ。そんなに悲観しないで?ね。」
そう言って優しく抱き締められる。最近では大分頻度の減った抱き締めるという行為はマリーに非常に温かい気持ちをくれる。リディアはいつもの無邪気な乙女のような笑みを浮かべる。
「それにしてもマリーが既に変髪してただなんてね。全然気付かなかったわ。一緒に居すぎて気付かなかったのか、それとも元の髪色から変わる必要のない成長の仕方をしたのか。桃色は慈愛の色、輝きと薄い配色は……優しく繊細に育ったのね。うーん改めてじっくりみたら気持ち薄い色になったかも?うふふ。もうちょっとはっきり変わってたら今日が月経だって気付けたのだけれどね。」
「そう、なのですか?」
「そうなのです!基本的にね、変髪は第2次性徴期のはじまりの合図だと言われているから、月経が来る前には色が変わるものなのよ。だから今日の体調的に月経が近づいてるだけだと思ってポーチを持ち歩く習慣だけ付けてもらおうと思ったのだけれど……。前兆に気付かないで本番を迎えてしまったのは運が無かったわねぇ。」
もう一度軽く頭をなでるとサイドテーブルに置かれていた薬を手渡す。
「このお薬を飲んだら今日はもう寝なさい。寝てる時、寝起きすぐに体調の変化があったならこのベルを鳴らすのよ。夜中でも遠慮なんてしないで鳴らすのよ?分かったわね。」
マリーの両手を握りながらそう言うと部屋から出て行く。他のメイド数人も退出をして、部屋にはマリー1人になった。
もう寝る雰囲気しかないのでマリーは大人しく薬を飲むと、いつもよりも薄い布が一枚増えたベッドで眠りにつくのだった。
一方、そのころアルの家では。
「という事があったんです。お母様、マリーは一体どうしたのでしょう?」
「明日あたりにでもお祝の品でも送りましょうか。うふふふふ。それにしてもこれで気付かない息子の将来をちょっぴり心配しちゃうわ!」
「いや、普通気付くだろ?」
「んーあの年齢だと微妙か?」
などと、和やか(?)な家族の団欒が繰り広げられていた。
ひゃーもっと書く予定でしたが、時間が無かったのでお話を分割。なんとなくキリの良いとろで終わりです。もう丸々生理トークで申し訳ないです。
次回からはラブコメ要素入れたいです。