続・女になった日
あと1ヶ月もしないで投稿開始1年でびっくりしました。今年中には完結したいです。
ガラガラという音が静かな教室内に響いた。もう授業も後半でほとんどの子が課題を終わらせている状況だ。当然のように音の発生源、教室の扉へと視線が集まる。
「先生、ただいま戻りました。」
そう言いながらいつものようにキビキビとした動作で先生のもとへと向かう。アルはすぐにスヴァルの後ろを覗き込むが、そこにマリーの姿はない。
そのことに気付いた生徒は他にもいるようで何人かが友達と目を合わせて、首を傾げあっている。
周りに声が響かない程度の音量で何か伝えると、先生は頷きながらスヴァルを席へと促す。スヴァルもそのことに何も異論が無いようで、素直に席へと戻った。
スヴァルと数人の生徒を除く生徒の視線が自然と先生へと集まる。
「えー、コホン。マリアンヌさんですが、体調不良で医務室へと行ったそうです。」
その発言を聞いて教室内はざわつく。先生はそのざわつきを鎮めるため、パンパンと手を鳴らす。存外に大きかったその音に生徒達も次第にざわめきを収める。
「体調不良と言っても皆さんに移るようなものではありませんし、入院するレベルのものでもありません。とりあえず、この授業はお休みになるようです。」
先ほどとは違う意味でざわつく教室。先生はもう一度パンパンと手を鳴らす。
「それで、ですね。次の授業に参加できるかはわからないので、この授業の後に誰か医務室へ行って参加するかどうか確認に行って来て下さい。えーと聞きに行くのは……。」
「先生、私が行ってきます。」
先生の視線がスヴァルへと向きかけたとき、すばやくアルが挙手をして立候補する。可能ならば先ほども行きたかったアルにとって、この行動は当然であった。
先生は少しだけ思案した後に首を横に振る。
「いえ、先ほどと同じくスヴァル君に頼みましょう。」
その言葉を聞いてアルは絶望したような表情を浮かべる。もし見ているのが兄達だったのなら笑っているかもしれない。それくらい大げさなものだった。だが、不本意に思ったのはスヴァルも同じようで、眉をしかめながら先生へと疑問をぶつける。
「先生、せっかくアルゼウス君が自ら行くと言っているのであれば彼が言った方が良いのではないでしょうか?マリアンヌさんとも仲が良いようですし。」
当然の意見である。この学院には特に保健委員は存在しないので、役職で選ばれた訳でもあるまい。
アルとマリーの仲の良さ、特にアルのマリーへの好意は有名なものなので教室にいるほとんどの生徒がうんうんと頭を縦に振る。
それでも先生は首を横に振る。
「いえ、スヴァル君にお願いします。アルゼウス君とマリアンヌさんが仲が良いのは知っていますが、それよりも先ほどのマリアンヌさんの状態を見ているスヴァル君に見てきてもらいたい。もちろん保険医の方がちゃんとした診断結果の上で決めているはずですが、どの程度回復したのかはスヴァルくんに把握してもらった上で戻ってきてもらいたい。」
いつもよりも少し厳しめの表情で告げる先生には妙な迫力があり、誰も口を出せない。アルを除いて。
「先生。では私は同行という形で確認しにいくのはどうでしょうか?やはり、マリアンヌさんも異性のクラスメイト1人に迎えに来てもらうよりかは気心の知れた私が傍にいた方が気持ちも楽だと思います。」
人によっては、悪意があるように捉えられかねない発言だがその必死さの見え隠れする表情と、意見に一理あるということで2人で迎えに行くように告げる。
「はい。ではこの話は終わりです。みなさん課題はしっかり終わりましたか?もう少しで提出ですよ。」
ほとんどの生徒は終わっているようだが、各々が見直しをしつつ課題へと戻る。
そしてその後は特に事件が起こることもなく、静かに授業が終わったのであった。
「じゃあスヴァルくん、医務室へ行こう。」
授業が終わり、挨拶を終えると同時にスヴァルの元へと向かう。その俊敏さにアルと仲の良い生徒が小さく笑っている。他の生徒もどこか微笑ましげだ。
スヴァルはそんな周囲のことなど気にも留めず、筆記用具などをまとめるとアルへと向きあう。
「あぁ、待たせたね。行こう。……本当は君だけで言った方が良さそうだけどね。」
その言葉になんと返したらいいのか困ったアルは苦笑だけ返しておく。2人はクラスの誰よりも早く教室を出ると医務室へと向かう。アルの歩く速度はかなり早く、競歩大会でもしているようだ。それに流石のスヴァルも困り顔だ。
「ちょっと、アルゼウス君。急ぐ気持ちはわかるけど、流石に早すぎだ。他の生徒にぶつかったら怪我をしかねない早さだよ。」
苦笑を浮かべているが、声は少し固い。アルもその言葉を聞いてハッとしたように速度を落とす。本人も無意識だったのだろう。
アルは歩いていると胸を張って言える速度限界で医務室へと向かった。
扉に入る前に室内のベルを鳴らす仕組みであるボタンを押す。他の教室と素材が違うのは防音機能があるせいなのだろうか。少し分厚く、色も白いその扉はこの部屋が特別であることを示すためなのだろうか。
少し間を空けるとガチャリと音がして医務室の鍵が開き、少しだけ隙間が出来る。アルがその扉を押すと小さくキィ金具が作用しあうと音が鳴る。
「先生はいらっしゃいますか?マリアンヌさんと同じクラスのアルゼウス、スヴァルの2名が入室します。」
2人が中に入ると消毒液の独特の臭いや、その他色々な薬剤がまじりあった臭いがする。国にとっても重要人物を多く輩出するこの学院は医務室もしっかりとしたものである。アイボリー色を基調とした清潔感と品を兼ね備えた医務室は現代日本を知る人が見たのなら「保健室ってこんなに豪華なの?何これホテル?」と思わず言ってしまうだろう。
医務室の奥から保険医が現れる。保険医は不細工が就職できないのかと思うほど美しい顔している。庶民の生徒はこの顔を見たさに訪れることもあるらしいが、アルとスヴァルには関係ない。
「やぁ。マリアンヌさんの状態を聞きに来たのかな?」
「はい。それで、マリアンヌさんは次の授業に出れそうですか?」
簡潔に要件だけを伝えるのはもちろんスヴァルだ。アルはどこかそわそわしたような動作でマリアンヌが眠るであろうベッドの方へと視線を向けている。視線を向けたところでカーテンが閉まっているので見ることは出来ないのだが。
「うーん、そうだね。ちょっと厳しいかな。もう1時間様子を見て、それでも駄目そうなら今日は帰ってもらうよ。担当教科の先生とクラス担任の先生に伝えておいてもらえるかな?もちろん私の方からも伝えますが。」
クラスメイトに周知させる目的もあるのだろう。スヴァルは素直にうなずく。アルも一拍送れて頷く。保険医はそんなアルの様子に微笑ましさを感じ、作ったものではない笑みを浮かべる。
「あの、先生。マリアンヌさんの様子を見て行っても良いですか?」
出席しないから見なくてもいいかと思っていたスヴァルだが、幼馴染で仲の良い友達なら顔も見たくなるか、などと考えている間に話は進み、先生はマリーの様子を見にベッドへと向かっていた。
スヴァルはなんとなくアルの方へと視線を向ける。本当に心配しているのだろう、いつもの優しげな相貌は崩れ、それでも貴婦人にうけそうな捨てられた子犬のような表情を浮かべてベッドを見つめている様はなかなか面白い。などと不謹慎にも思ってしまう。それほどまでに仲が良いのだろう。
最初は単なる家の付き合いで仲が良いだけかと思っていたスヴァルだが、今の様子を見てアルが本当にマリーに惚れているのだと再確認した。
(噂では他にも彼女に目を付けている輩がそれなりの数、いると聞いているが……。)
1名を除いて基本的に仲が良く、交流をしているスヴァルはクール、ガリ勉、風紀委員長っぽい外見とは裏腹に色んな人と会話をしており、情報もかなり流れてきている。なにやらアルがマリーにプロポーズまがいのことをよくしているとの噂もあり、見た目より軟派なのかと思っていた。
今のアルの様子を見て、これは彼への認識を改めなければと思っていると、マリーの様子を確認してきた保険医が戻ってきた。
「今は少し楽みたいだし、本人も承諾してるから会って行って大丈夫だよ。」
そう言ってベッドへと2人を誘う。スヴァルはまだ幼い部類とはいえ異性のベッドへと向かっていいものかと悩むが、真面目な彼である。先生に顔色を確かめるように言われて、それが可能な状態なら行くべきだろうとアルに続く。
カーテンの向こう側、ベッドへと近寄ると下半身は布団を掛けて、肩には大きめの淡いレモン色のストールを羽織ったマリーがいた。
少し乱れた髪型とストールと布団の間から見えるシンプルなワンピースがマリーの家での寝巻姿を連想させて、2人は少しだけたじろぐ。しかし、それ以上にマリーの肌色はいつものような華やかさは無い。白く、ひたすらに白い。青白いといった表現がぴったりだ。そこに浮かべる頬笑みがマリーの薄幸の美少女といった雰囲気を漂わせる。
アルは今までに見たことのない顔色を浮かべるマリーに心配になった。
「マリー大丈夫……じゃないよね?どうしたの、顔色が凄い悪いよ?もう、今日は素直に帰った方が良いんじゃない?」
思わず、そう提案してしまうほどにマリーの顔色は悪かった。後ろに控えているスヴァルも思わず同意して頷いてしまう。
「うーん……、もう結構平気なんだけどなぁ。そんなに顔色悪いかな?」
そう尋ねられた2人は先ほどよりも大きく頷く。アルはそっとマリーの手を取る。
「先生はもう少し様子を見るって言ってるけど、その顔色で戻ったら他のクラスメイトが動揺しちゃって授業にならないかも。」
どこか冗談めいた雰囲気で言っているが、目の奥は笑っていない。
流石にそこまで言われてマリーも不安に思ったのか、保険医へと視線を向ける。
「と、まぁ。ぱっとみてそれほど顔色が悪いのは理解し頂けましたか?」
その保険医の言葉にマリーは渋々といた様子で頷く。アルは何を言っているんだ、と言わんばかりの表情で保険医を見つめる。
「いやね、マリアンヌさんが早退はしなくても大丈夫、後の授業には出ますって言って聞かなくてですね。まぁ病気ではないので、本人に強く希望されると私たち職員としては強く出にくいんですよ。できれば今日は早退していただきたかったんです。」
アルは思わずマリーへと視線を戻す。マリーは気まずげに視線を下に落としていた。
マリーとしては病気ではないのだから早退はピンと来なかったし、家に帰って生理で帰されたというのが少し恥ずかしかったのだ。だが、アルの様子を見て、本当に自分の体調が悪いことを理解した。なんだか意固地になって帰ることを拒否していた自分がひどく幼稚に感じて自己嫌悪に似た感情に燻っているいるのだ。
「分かり……ました。早退させていただきます。」
「はい、分かりました。では自宅へは学院から車を出しますので着替えておいてください。貴方達2人……1人でもいいのですが、マリアンヌさんの荷物を持ってきていただけますか?」
そう言いながら2人をベッドから遠ざけてカーテンを閉める。アルは素直に頷き、スヴァルは「先生に伝えます」といって医務室を出て行った。
アルも医務室を出ようとしたが、ふと疑問が浮かぶ。
「うん?病気じゃないのにあんなに顔色悪いのか?一体、何だったんだろう?」
首をかしげるが、特に今すぐ解消すべき疑問でもないので誰に聞くでもなく独り言としてつぶやき、医務室を出ていった。
その発言が聞こえていた保険医とマリーは何とも言えない表情を浮かべていた。
兄弟に女いないといまいちピンと来ないですよね。