マリーの変化
ちょっと短め
ニコルと話してから幾許かの時が過ぎた。少しずつ暖かくなり、街がどんどん華やかに変わっていく様は思わず写真を撮りたくなってしまうほどだ。街の人々もそんな陽気に誘われてか、ハイルの季節よりも笑顔で充ち満ちている。
しかし、そんな幸せそうな街の雰囲気とは反対にマリーはどんよりとした空気を漂わせ、そっとお腹を撫でていた。いつもならしゃんとしている背筋も丸くなってしまっている。
そんなマリーを心配気に見ているのは、リディアとナナル。他のメイド執事達だ。他の家族は既に家から出て行動をしている為、家の中は静けさを保っている。もしもいたら下から上に大騒ぎになっていただろう。
「マリー、体調が悪いの?顔色が良くないわ。それにお腹が痛いの?」
いつも柔らかい声で話掛けるリディアも更にゆったりとした口調でマリーに尋ねる。いつもなら笑顔で応答するマリーだが、今日は本当に体調が悪いのか苦笑いを浮かべて曖昧に首を振る。
「その、ちょっとお腹が痛いかなぁって。でもずっと凄く痛いとかじゃないんです。たまに、ちょっとチクチクするというか……。学院を休むほどではないので大丈夫です。」
マリーの返答を聞いてリディアはナナルと目を合わせ、何やら無言で頷く。そっとマリーの傍へと近寄り頭を優しく撫でると、くすぐったそうに微笑みを浮かべるマリーを愛おしげに眺める。
「……分かったわ。一応、お薬を出してもらうから学院には遅刻して行きなさい。いいわね?」
え?と思ったが、優しげな表情でありながらどこか有無を言わせないオーラに気押され、大人しく頷いておく。傍にいたメイドが扉を開けて出て行った。医者の元へ薬を頼みに行ったのだろう。詳しい病状も知らないのに行ってしまったが、大丈夫なのだろうかと思ったが、この世界の不思議能力でどうにかなるのだろうと自己完結した。
薬が来るまでの間、久々に朝からのんびりとソファーに腰掛けてお茶を楽しむ。母に優しくお腹を撫でられると、腹痛が治まっていくような気がした。
学院には3時限目の終わりの時間に着いた。廊下にわらわらと出てくる生徒の姿は日本よりも多少大人しい以外は大差ない。飲んだ薬のおかげか腹痛も無く、ちょっと得した気分のマリーだ。
ゆったりと廊下を歩いて教室へと入るとアルがすぐに気付いて、怒られない程度の速さでマリーの元へと駆け寄って来た。
「おはよう。マリーが遅刻なんて初めてだね。何かあった?」
入学してから無遅刻無欠席だったマリーへの信頼は厚く、何か事故やトラブルに巻き込まれたのかと朝から心配していたのだ。
アルは尋ねてからハッとして、マリーの手を引きながら席へと向かう。とりあえず座りながら話すようだ。
「大丈夫だよ。ちょっとだけ体調が良く無かったから、お母様が凄い心配してしまって……お薬を準備してせいで遅れちゃったの。でももう元気だから心配ご無用だよ。」
そう言って笑顔を浮かべるマリーに訝しげな表情を向ける。しばらくマリーの笑顔を見つめて嘘はないだろうと納得したアルは微笑むと自分の席へと戻っていった。
などとやり取りをしたのにも関わらずマリーは今、学院の廊下の隅にうずくまっていた。ナナルは学院に来るまで付き添ってくれたが、学院内に入ることはしない。移動教室へと向かう道すがらだった。友達には先に行ってもらい、トイレに行っていた為マリーは今1人だ。朝とは違い、刺すような痛みが断続的にお腹に与えられ、立てない段階まで来てしまっていた。朝に痛くなったら飲みなさいと貰った薬を入れたポーチは教室の鞄の中に入れっぱなしなため飲むことも出来ない。
座り込むことで多少マシになったが時間が経つごとに痛みが増してきているような気がして、どんどん不安に心が押しつぶされていく。額には脂汗を浮かべ、思わず小さく唸ってしまう。身に覚えのない痛みだ。お腹を壊したときとは違う鋭い痛みは心身共にマリーを弱らせていく。
(まだ授業が始まったばかりの時間。他の先生も生徒もきっとしばらく出てこない。一番可能性が高いのは私がトイレに行ったことを知っているクラスメイトが先生に言って、誰かが探しに来てくれることかな。)
しかし、遅れていると言っても学内でトイレに行っている女生徒を遅いからと探し始めるのは、もう少し時間が掛るだろう。次の授業の担当は男の先生だからなおさらだ。
それまで1人、孤独にこの静謐な空間で痛みに耐えるしかないのだろうか。あぁ、薬はポケットに入れて持ち歩くべきだったと後悔しても後の祭りだ。
ツルツルに研かれた廊下に反射して写る自分の表情がいつもよりも固く、気持ち顔色も悪い気がする。木で出来た床の反射で色が分かるはずもなく、マリーの思い込みでしかないのだが、人間弱っている時は悪い方へと考えが流れて行ってしまうものなのだ。
早く痛みが治まらないかと座り込みながら自分のお腹をそっとなでると多少ではあるが痛みが和らぐ、だが母ほどの効果はない。
そうやってジッとしていると誰かの足音が響く。忘れ物をしたのか、先生に何か頼まれてきた生徒なのか、それとも教師が見回りでもしているのか。理由はどうであれ、人が来たのならば助けを求めない道理はない。
静かな廊下で大きな声を出すのは少々恥ずかしいが、そんなことを言っている場合ではない。
「誰か、いらっしゃるのでしたら助けてくださいませんか?」
思ったよりも小さな声が喉から零れる。届くか不安だったが、静かな廊下ではしっかりと響いたようで足音が止まる。もう一度声出してみる。
「すいません、こちらに来ていただけませんか?」
足音はしばらく逡巡したようにピタっと止まるが、すぐに歩き始めた。どんどん近づいてくる足音からして、こちらに向かっているのだろう。
マリーは相変わらず脂汗を浮かべながらも、ほっとしたように息を吐く。足音は少しばかり早めに鳴っている。助けてくださいといったので多少は急いでくれているようだ。そして角を曲がって現れたのはアル……ではなく、同じクラスで第一印象が怖かった眼鏡の男の子、スヴァルだった。
先生に頼まれたであろう資料を持っている。うずくまっているマリーを見つけたスヴァルは一瞬驚いたように目を開くと、マリーの元へと駆け寄ってくる。
「君……同じクラスのマリアンヌさんだよね。大丈夫?……じゃないから呼んだのか。」
1人で自問自答をしているスヴァルへと話しかける。
「すいません……、あの体調が悪くて歩けそうにないので先生を呼んでいただけますか?それか教室に置いてある鞄の中の薬を持ってきていただけると、ありがたいのですが……。」
弱った美少女の嘆願に不謹慎だと分かりながらも思わず頬を赤らめる。しかし相手が病人であることは明白なので咳一つで誤魔化す。
「それは持病なのかい?」
「いいえ、違います。でもちょっと朝から体調があまり良く無かったので、お薬自体は持ってきてはいるのです。……ちょっと油断しました。」
「分かった、しかし先生は少し離れた教室にいるから多少待つことになる。それまで我慢できるかな?」
スヴァルは一つ頷いて、すぐに行動に移ろうとするがマリーの容体が今だにどんなものか分からないので念のため時間が掛ることを確認しておく。
この体があまり痛みに慣れていないせいなのか、もう表情を繕って対応するのも辛いのか俯き気味に頷く。
その様子を確認するとスヴァルはすぐに戻るからと、踏み出した。が、しかしその足はすぐに止まることになった。後ろからマリーの驚いたような声、その後に苦悶するような唸り声が聞こえたからだ。
スヴァルは思わず、その声に反応して振り返る。すると、そこに先ほどまで体育座りのお尻が着いていない状態だったマリーが完全にぺたんと廊下に座りこみ、所謂アヒル座りで膝をぴったりと合わせ、わなわなと震える姿があった。
前回と今回の分量どっちがいいですかねぇ。
サブタイがどんどん適当になっている気がしますが、1話とかよりはどこに何の話しがあったかわかりやすいかなって思って付けてます。
あと誤字報告を頂けると助かります。次話更新するときに前話を読み直すんですが、その時に気付いて顔真っ赤です。