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僕は女に生れて正解ですね。  作者: どんとこい人生
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天使の正体。

 この世界に来て、自分の口以外から初めて聞く日本語だった。それも一切のたどたどしさも無いネイティブな発音。互いに目を大きく見開き見つめ合う。数瞬か、数秒か、はたまた数分なのかはわからないが、2人は時を止めたように微動だにせず、相手の言葉を脳内で咀嚼している。先に動いたのはマリーだった。


「あの、はい。私……でいいのかな?私は日本人でした。ここではマリーって言います。」


 色々な可能性があった。しかし、この時のマリーは日本人かもしれないという衝撃で素直に日本語で答えた。その答えを聞いて、やっと金髪の少年は動きだす。興奮しているのか、多少薄汚れているが白い肌に赤みが差す。


「うわー……うわー!!!うわー!!!!すごい!!日本人!こっちにきて初めて会ったよ!!うわーうわー!!」


 余程興奮しているのか、うわーうわーと感嘆の言葉を言うばかりでまともな文章になっている部分がほとんどない。立ち上がりながら持っていた野菜とナイフはほおり投げるように桶へと入れる。両手で口元を抑えながら、それでも興奮が止まないのか、まだうわーうわーと言いながらその場でジタバタしている。

 マリーも同様に興奮していたが、金髪の少年の言動に微笑ましさを覚えて幾場かの落ち着きを取り戻した。この子は前世では年下だったのかもしれない、と考えた所でハッとする。彼はマリーと同じく死んでから転生したのか、それとも別の要因なのか?そもそも本当に日本人なのだろうか?発音はばっちりだったが、別に日本人がいて学んだ可能性もあるのだ。そもそも名前もまだ聞いていない。そんなマリーの不審な瞳に気付いたのかどうかはわからないが、彼は一通り1人でジタバタとした後に少し恥じるように髪を撫でつけながら自己紹介をした。


「あ、ごめんごめん。まさか日本人に会えるとは思わなかったから興奮しちゃって……。俺の名前はニコル!宜しくな!!」


 金髪の彼、ニコルはそう元気いっぱいに言うと手を差し出してきた。断る理由もないのでマリーも手を差し出して握手をする。


「うわーやっぱり良いところの女の子って柔らかいなー。そこらへんの一般庶民の女の子だとどうしても手が荒れるからなぁ。」


 そんなことを言いながらマリーの手をしげしげと確かめている。その手つきにも目線にも一切の下心が感じられないあたり、本当に比較しているだけなのだろう。もう少し自由にさせてあげたいところだが、あまり長い時間アル達を待たせるわけにはいかない。それに少し離れたところで見ているナナルの目線も厳しいものへとなっている、もう少しニコルが踏み込んだことをすれば一目散に駆けよって殴りかねない鋭い眼光だ。

 マリーは出来るだけ手早く話を進めるために、ニコルの言動を断ち切るように言葉を挟む。


「えっとニコル……くんでいいのかな。ニコルくんは日本人だったんだよね?」


 マリーの質問で我に返ったのか、ニコルは素早く手を離すと頭をぽりぽり書きながら苦笑い。どうやら自分の言動の失礼さに気づいたようだ。


「うん。元日本人だよ。えっと、そうだな。マリーちゃんの聞きたそうなこと……。埼玉のマイナーな所に住んでた。日本では17歳の時に部活中になんでかわかんないけど死んじゃったっぽい。気が付いたらこっちの世界に生まれてて、なんか食堂?っぽいところに生まれたから食事とかはたいして困ってないけど毎日温かいお風呂に入れないのは最初辛かったなぁ。まぁ、ここらじゃシャンプーもリンスも高級嗜好品だから滅多に使えないし、あんまり入ったら髪の毛パッサパサになるけどね。結構な美少年に生まれたのはラッキーだったかな。一応彼氏も彼女もいたことあるよ。こっちでは今17歳。両親ともに健在。たぶん一般人の中では平均的な生活送ってる……こんな感じ?」


 元々おしゃべり好きなのか、怒涛の勢いで一気にノンブレスで話された。久しぶりに話せる日本語というのも大きいのかもしれない。マリーはニコルの離した内容をしっかりと理解していく。そして、やっとニコルの驚きの発言に気付く。


「……彼氏も彼女もいた!?」


 マリーは相当驚いていたのだろう、マリーとしてのお上品な雰囲気がうっかり剥がれて中学生だった時の素に戻ってしまった。

 一方ニコルは、なんてことないようにフフンと鼻を鳴らしている。ドヤ顔という表現があっているであろう表情は、その質問来ると思ってたよと言いたげだ。


「俺……いや、私は前世で女だったんよねー。」


「えぇ!?」


 十分にありえる話だった。マリー自身、前世では男子中学生だったのだ。


「前世では森下美優(もりした みゆ)。バレーボールと恋愛に情熱を燃やす花の女子高生だったよ。」


 語尾には星マークが付きそうだ。ウィンクと昔流行った魔法少女アニメのポーズをばっちり決めている。正直見ているのがマリーじゃなかったら、何やってるんだコイツ?思われかねない光景だった。

 前世が女性だとわかっても彼氏も彼女もいたというのは驚きだ。というか、前世抜きで17歳で彼氏も彼女もいた、というのが既に驚きの対象だ。

 ニコルも、それが分かっているのか苦笑しながら説明をしようと一歩踏み出そうとした、その時。


「マリーお嬢様!……そろそろお戻りになられた方がよろしいかと。」


 離れた場所で待っているはずのナナルが傍に来ていた。マリーが思っていたよりも長話をしていたようで、声を掛けに来たのだ。


「そう……だね。」


 戻らなければいけないとは分かっているが、せっかく会えた元日本人だ。マリーとしてはもっと話したいところだが、そうもいかない。

 もう少し延長して離す?無理だ。そもそも異性の初対面の相手と2人でまだ長話をするのか説明が出来ない。家に連れていく?それも無理だ。初対面の異性を家に連れて帰るなど淑女のすることではないし、こちらも親への説明が出来ない。約束してまたここで会話する?それも難しい。

 そもそもここへ入ってきたのはマリーがちょっと気になると言って一時的に来たからにすぎない。店自体は本当に一般庶民向けでマリー達が入るような店ではないし、今いる場所も路地裏に過ぎず、長時間いるべき場所ではない。更に言えば家も学校も繋がりの無い異性と長時間一緒に過ごすこと自体が褒められたことではない。

 いつも周りにいるのがディルやアルのような高位の身分のものばかりだから忘れがちだが、マリーは結構な、いや相当なお嬢様なのだ。あまり関係の無い下々の者と会っているとゴシップ好きな者に何を言われるか分かったものではない。


 マリーがそうしようかと悩んでいるとニコルはポケットから紙とペンを取り出した。そして何か、凄い速さで書くとそっとマリーの手に握らせる。

 マリーがその手の中の紙を確認する前にニコルは「話せてよかったです」と言って元いた場所へと戻り、野菜の皮むきの続きを始めた。それを見て、そういえば彼は仕事をしている最中だったことを思い出して、少し申し訳ない気分になる。ナナルはそんなマリーをしり目に一応お辞儀をするとマリーの手を引いて元来た道へと戻っていった。


「マリー!遅かったね。心配したんだよ?」

「そうだぞ、流石にちょっと遅いから一緒に見行くかって話してたところだ。」


 2人とも本当に心配していたようで、実際に待っていた場所ではなく、マリーが入っていた道の直傍まで来ていた。その様子に自分勝手に待たせたことの申し訳なさを感じ、頭を下げる。


「ごめんね?でもなんともなかったから大丈夫、安心してね。……待たせた私が言うのもアレだけど、そろそろ帰ろうか。」


 安心させるように、マリーは出来るだけ笑顔を浮かべて2人に帰宅を促す。そもそも帰りの車に乗るために停留所に向かっている最中に離れたのだ。辺りは真っ暗とまでは行かなくとも、それなりに薄暗くなっている。

 そのことを改めて認識してマリーはもう一度反省。13歳の男女がするようなことではないだろうが、アルとディル2人の手を取って歩きだした。

 アルもディルも浮かべる表情は違うが、素直に手を引かれて歩きだす。


 停留所へと付くと、タイミング良く車がすぐに来て付き人も込みで全員で乗り込む。席に着くと思わず大きく息を吐き出す。学校へ行って、放課後に初めての寄り道をして、更には元日本人と出会う。マリーが思っていたよりも疲労が貯まっていたようだ。ナナルは静かに温かい紅茶を差し出す。マリーは小さく感謝の言葉を伝えると一口。

 アルもディルもそれなりに疲れていたようで飲み物に口を付ける。アルは何か聞きたそうにしているし、ディルも何か言いたげな視線をマリーに向けているが、2人とも何も言わない。

 2人ともマリーが何をしていたのか気になってはいるのだろうが、長時間トイレに行っていた可能性もあるのだ。マリーから言い出さないと聞けないのだろう。いつもなら聡いマリーは空気を読んで言葉を始めるのだが、今回ばかりは説明を考えるのも面倒かつ、なんだかんだで疲れているので、あえて空気は読まずに休ませてもらおう。

 マリーと別れる時までそわそわしていたアルだが、流石に無理に聞き出すようなことは出来なかったようで「また明日」そう言って家へと帰って行った。ディルは何事も無かったかのように今日のことを話しつつ、素直に別れを告げたのだった。


 ナナルも何か言いたげな目をしていたが、手をつないだ以外は大した接触もなく、会話も待たせてるにしては長いという程度で、本当に何十刻みも話していた訳ではないため無理に聞き出せない。おそらく親へと報告は行くだろうが、ナナルが直接マリーを問い詰めることはないだろう。

 マリーは家に戻ってすぐに自室へと戻り、握りしめていた手を開く。手の中には状態の悪い紙きれが一枚。おそらくこれが庶民で一般に流通している紙なのだろう。そんなことを思いつつ、宝箱を空けるような気持ちで紙を開く。


「ルヴィエールの店前・明日か来週・同じ時間・1は待つ・目印パンとコレ」


 余程急いでいたのだろう、日本語で相当汚い字で書いてある。目印と書いてある所には簡単なデザインが書いてある。確か、あの店の看板にあったマークだ。


「ルヴィエール……今日行ったケーキのおいしかったお店だよね?明日か来週の同じ時間にそこの前で会おうってことかな?1は待つ……1刻みはないよね?1周待つってことかな?」


 会いたいと思っているのはマリーも同じだが、あまり異性と出かけるのは厳しい。しかし、連絡手段がない状態でここで待つと言われたからには顔を出さなければ相手が長時間待つことになってしまう。断るにしても、行くにしても一回は近くに行かなくてはいけないだろう。


「とりあえず、明日あのケーキを買って帰りたいって言って寄ってみるしかないかな。学校のスケジュールも変更ないし。本当においしかったし、家に買って帰ろう。」


 マリーはそうひとりごちると念のために紙を何回も折って、小物入れ入れへとしまった。鍵の付いているタイプなので見られる心配はないだろう。まぁ、見られても日本語なので読めはしないのだが、やはり初対面の異性と手紙もどきを交換しているのは大きな声で言うようなことでもないので隠すに越したことはない。制服を脱いで部屋着へと着替える。既に着替えはパーティー用のドレスを除いて1人で行っている。既に慣れたもので素早く着替えて、明日の準備をしておく。


 ノックの音が響いてナナルが食事の時間を告げに来る。初めての寄り道の後の食事だ。きっと両親も兄達も色々聞いてくるだろう。そんな賑やかな団欒を想像して1人で小さく笑うと大きすぎない声量で返事をして食卓へと向かうのであった。

またまた遅れ気味で申し訳ないです。もう本当にね、正月出勤とか頭おかしいですよね。


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