放課後デート(仮)
ディルは初めて会ったあの時から、結構性格が変わったような気がする。あの時はちょっと大人びた印象があったが、あくまでも自信家の出来るリトル紳士といった感じだった。
しかし、今のディルは軽くなってしまったのではないだろうかと思う。以前から口の上手い子供であったが、ここ数年の間に女性への美辞麗句が凄まじい。とりあえず出会った女性は褒めることから始める。それは身分を問わず行われる行為なのが更に凄い。だからと言って男に冷たいわけではなく、リーダーシップを発揮して後輩は憧れ、同級生は信頼を置き、先輩は一目を置いている。その評判に違いはなく、実際にディルは現在、最難関と呼ばれる生徒会に所属している。
何故アルがこんなことを考えているのか。
「ライカ!今日も仕事頑張っているな。やっぱりライカの笑顔で接客してもらわないと店に来た気がしないぜ。」
「お姉さん。今日も肌が綺麗で輝いてるよ。やっぱりこの店の野菜が良いからなのかな?」
「レイスおばさま、今日も若々しいです。ピンと伸びた背筋には惚れぼれしますよ。」
なぜならば、ディルの軽快なトークをBGMに買い物、所謂『放課後の寄り道』をしているからだ。
学院に入ってから初めて家から許可の下りた放課後の寄り道。以前からマリーとアル、それからルミウスの3人で行きたいと考えていたことだった。しかし、ルミウスは進級する直前から休むようになってしまい、来ることが出来なくなってしまったので2人で行く予定だったのだ。
ルミウスがこれないことは残念だが、それでもマリーに惚れているアルとしては、ちょっとしたチャンスだと思った。ここ最近は常に誰かが一緒にいる状態でしか会っていなかったマリーと2人きりで、それも初めてを体験するということで一度は下がったテンションが上がるくらいには喜んでしまった。そのことでまた1人になった時に自分勝手さに自嘲してしまったが、それでも思春期の恋する少年の心の高鳴りは抑えられないのだ。
心の中でルミウスに謝罪したアルは最後の授業の後、先生に頼まれた仕事を済ませ、玄関口で待つマリーの元へと隠しきれない笑みを浮かべながら駆け寄った。
しかし、そこで待っていたのは愛しのマリーだけではなく、なぜかディルもいたのだった。もちろん憤慨したアルはディルを責め立てたが、初めてなのに2人だけでは店選びとかで悩むだろう。先駆者の声は聞いた方がいい。という正論を前にマリーは異議を唱えることもなく、アルも嫌々ながらも同行を許可したのだ。
一時期はトラウマレベルで劣等感を抱いていた相手と一緒に行動をする。街中では初心者であるアルはディルよりも恰好の悪いところを見せてマリーに幻滅されてしまうかもしれない。そんなことを考えていたアルだったが、実際に行って見れば結果はまるで想像したものとは違うものとなった。
確かに、ディルの連れて行ってくれたところはどこも新鮮でマリーと楽しく見て周れたし、治安も接客態度も品質も高く、アルでもディルがいて良かったかも、と思えるほどだった。だが、マリーとアルと一緒に行動していると分かっているのに女性を褒めちぎる。アルからすれば口説いているとしか思えない甘い言葉の連続だった。
良く言えば女性に優しく、紳士的で素敵。悪く言えば女性に馴れ馴れしい、軟派。ディルはアルとライバル宣言をしている仲だ。つまりディルもマリーに対して恋愛感情を抱いているはず。それならば、意中の女性の前で別の女性を口説く、というのは下策でしか無いはずだ。そんなことは頭の回転の速いディルならば当たり前のように分かっているだろう。
チャンスだと思うべきか、それとも他に何か狙いがあってやっていると警戒すべきか、アルはマリーと2人で楽しく雑貨屋でメモ帳を見ながら悩んでいた。
「……ル?アル?何か考え事?」
肩を少し強めに叩かれて、ハッとしたところでやっとマリーの声が耳に入ってきた。声の方へと顔を向けると心配と疑問が3対7くらいの表情を浮かべたマリーがアルをジッと見つめていた。
「え、あ、ごめん。ちょっとボーっとしちゃってた。何か言った?」
あわてて取り繕うように笑みを浮かべるとマリーへとペンと紙を持った両手を振って、大丈夫アピールをした。しかし、それは大した効果を生まなかったらしく、マリーにしては珍しい訝しげな顔で更に一歩アルの目前へと近づく。思わず片足を後ろに下げて距離を取る。しかし、その一歩を無駄にするようにマリーが更に一歩アルへと近づく。どんどん下がっていくと背中に温かいが固い感触がした。ぶつかったものを確認するために後ろに視線をやると、そこにいたのはディルだった。
「なーにやってんだか。」
そう言うとアルの背中を軽く押して横にずらすと、マリーの前へと近寄り腰を曲げて話しかける。5年の間に伸びた身長によって生まれた高低差をグイっと縮める。アルはその顔の近さに眉を顰めるが、先ほどの自分とマリーの距離の近さを思いだして1人で耳まで赤く染めた。
そんなアルの微妙な年頃の気持ちを無視してマリーはディルとの会話を続けていた。
「なんだかアルが上の空みたいだし、さっきも声を掛けても生返事だったからちょっと聞いていただけなのよ?」
「うーん……それはアルが悪いな!」
「そうよね!」
マリーびいきの公平さに欠けた会話だが、突っ込み役がいないため勝手に話は進行して行く。
マリーはディルが同行すると聞いた時点でやたらと絡んでくるかもしれないと想像していたが、意外にもほとんど会話に積極的に参加してこないので拍子抜けしていた。それはそれで最近は話をあまり出来なかったディルとの距離を感じ、妹が友達を遊ぶことを優先して自分をあまり遊ばなくなったことを思い出して淡い寂寥を覚えていた。なので、ディルと会話がポンポン続いているこの状況に滲むような高揚を感じていた。
「そういえば、ディルの髪色も結構赤が強くなってきたね。前よりも全体的に重厚感が出た気がするよ。」
「そうだなー俺も成長期だからな。父親曰く、これからもっと重い色になるかもとは言ってたな。まぁそれと合わせて煌きも増してきたから最終的にはレッドプラチナって感じの色になるんじゃないかって話。」
「へぇー。私はまだ大した変化が無いからなぁ。何色になるか、ちょっと楽しみ。」
「まぁ後数年以内には変化終わるだろうよ。」
2人が話しているのは成長期に現れる、変髪のことだ。変髪とは、主に12歳から19歳までの間に訪れる成長の変化の一つである。
髪の色とは主に親の色を受け継いで生まれてくるものである。アルは母親の髪色そのままだし、マリーも赤と水色の両親の掛け合わせで桃色の髪になっている。そのあとに色々な経験、学習をしたところで心の変化に合わせて髪の色が変化するのだ。詳しいことは現代科学でも解明されていない。ただ、どういう変化をするのかは統計によってある程度分かっている。
クールで冷徹な人ほど重い色に、朗らかで軽い人ほど明る色に。理性的なら青緑系に、情熱的なら赤橙系になると言われている。他にも色々とパターンがあるが、今は割愛しておこう。
赤く、重い色になると言われているディルならば情熱的でなおかつ冷徹な判断を下せる人間、とうことになるだろう。もちろん解釈の仕方は他にもあるし、もっと成長しきらなければ分からないので結局のところ実際に触れ合ってみなければ人となりは分からない。初対面でなんとなく参考にできる程度のものだ。それでもたまに、盲信して髪の色でトラブルを起こす人が年に何人かいるものだ。
マリーがディルと髪や成長期について話していると、やっと復活したアルが両手をクロールの要領で2人の間に割り込む。自分が勝手に会話から外れたことは理解しているので、別に怒ってはいないが長年ライバル視している相手なので少し仏頂面だ。マリーはその辺のとこもしっかり理解しているので不快になることもなく、クスクスと小さく笑った。
「アル。いくらお試し用の紙って言っても紙一面埋まるほどグルグルと落書きしたら駄目だろ。」
反抗的な目をしていたアルだがディルの一言に反応して手元のずっと握りしめていた手元を見てみる。そこにはぐるぐると螺旋を描き続けて黒く染まっている無様な紙が鎮座していた。どうやら無意識に試用品でぐるぐると線を描き続けていたようだ。アルはバツの悪そうな顔をするとその紙を畳んで近くにあったゴミ箱へと放り入れた。
その様が滑稽だったのか、変なツボに入ったのか、ディルはクックッと抑えきれなかった笑いをこぼした。それにつられるようにマリーもクスクスと笑う。ディルはともかく、マリーは微笑ましさからくる笑いだったのだが、そんなことは知らないアルは一瞬オロオロと情けない顔をする。
だがアルも、もう12歳。一部の女子では『冷静と紳士の狭間』『蒼龍の君』『クールプリンス』等と呼ばれているのは伊達ではない。ここでうろたえるだけの男ではないのだ。
アルは何事もなかったように2人のもとにもどってくると握っていたペンも元の場所へと戻す。マリーとディルはアルがどうするのか見守っている。
アルがマリーのもとへ来て手を差し出すと、マリーは反射的にその手を掴む。アルと目が合う。一瞬の間。アルはにこりと笑うとマリーの手を引いて店を出て行った。
あまりに自然な流れ、躊躇のない静かな行動に思わず店を出るまで見送ってしまったディルと何も言わずについていってしまったマリー。更に一拍。そこまで来て、ディルはハッとしたように店番の娘に一声かけると店を駆け足で飛び出した。アルとマリーを探すとすぐに見つかるが意外と距離が空いていて驚くが、今度は立ち止まることなくすぐに走り出した。
マリーもハッとしてアルへディルを待つことを進言するが、アルの足は止まらない。それでも多少遅くなった歩みにホッとする。
「アル、さっき笑っちゃったのはごめんね?だから、ちゃんとディルも待とう?ねっ?」
先ほどの事を謝罪して、小さい子に話しかけるようにもう一度ディルを待つことを提案する。ディルは先ほど浮かべた笑顔のまま振り返る。
「ん?さっき笑った?なんのことかなぁ。あ、分かった。さっき見た可愛いメモ帳のことか。今日は見て回るだけだから買うのは今度ね。……大丈夫だよ。そんな顔しなくても、ちゃんとディルを待つよ。ただ道の真ん中は邪魔だからあっちまで行っちゃおう。」
そう言って、ずっと浮かべていた張り付けた様な笑顔をはずし、いつもの優しい、少し困ったような笑みを浮かべた。
マリーよりも少し大きく節榑てきた手が、もう一度優しくマリーの手をギュっと握った。
ディル視点の話は入れる予定が今のところないので、マリーとかアルの視点で想像してみてください。
街の描写はおいおい入れていくつもりですが、そこまで細かい描写は入らない予定です。