成長
活動報告に明日の夜って書きましたが嘘です。
時が過ぎるのは早いもので、入学してから6年生になって初めての学院への登校を迎えた。
マリーは、いつものように朝の支度をして、学校へと向かう。6年生になって、ずいぶんと成長したその姿は既に学院内でも話題になっている。
絹のように美しい髪は更に長くなり、歩くたびにキラキラと光を反射しながら靡く。シミひとつない肌は真珠のようで、朝日を浴びて白く輝く。ほんのりと色づく唇はまだ、彼女が少女であることの証か。6年生になったことで変わった制服のブレザーの長い裾を翻しながら凛とした佇まいで歩く様は神々しさすら感じさせる。長い睫毛に縁取られた大きな瞳は相変わらず純真無垢で、思春期真っ盛りの男子諸君にムクムクと邪な発想を生み出させる。
しかし、遠巻きに見ている者ばかりで彼女に実際に手を出すものはいない。なぜならば、彼らがいるからだ。
「おはよう、マリー。今日から僕らも6年生だね。」
マリーに声を掛けたのはアルだ。いつものように笑みを湛えて優しく挨拶をする。4年生の時から学院内での朝の武術講習を選択しているアルは既にマリーとの登校が出来なくなったため、毎朝校門で待ち合わせしているのだ。
いつものように修練後とは思えない爽やかさで現れたアルに周囲の女性とから黄色い声が漏れる。名門の淑女として騒がない理性はあるようだが、得てしていつの時代も国も女というのは内緒話が内緒にならないものである。
だが、彼女たちが騒いでしまうのも仕方がないことであろう。
5年の間に成長したのはマリーだけではない。アルもまだ、男性とは呼べずとも『男の子』から『男子』へと成長を遂げている。
幼い頃は可愛らしさが先行していたが、今はちゃんと男子としての魅力に溢れている。以前はマリーに負けていた時期もあった身長は順調に伸びて、マリーより拳1つ分大きい160メルほどになっていた。艶やかな黒い髪は相変わらず清潔感のあるショートカットだが前髪を流しているためか、以前よりもぐっと大人びた印象を受ける。涼やかな瞳は知性を宿しており、一部の女生徒の間では蒼龍の君などと呼ばれている。クールそうな外見と爽やかで紳士的な態度のギャップで心を打ち抜かれる者も少なくない。
だが、3歳からずっと一緒にいるマリーにとっては当たり前の光景。いちいち頬を赤く染めることなく可憐な笑みを浮かべて挨拶を返す。
「おはよう、お疲れ様。今日はディルから何本取れたの?」
マリーの問いに待ってましたと言わんばかりに前のめりになる。瞳がキラキラと輝いているのは朝日だけのせいではないだろう。
「今日は3本取れたよ!最近はやっと何本かディルを打ちとれるなってきたけど3本は初めてだ!……とは言っても20本中の話だから、まだまだなんだけどね。」
最後に一言だけは少しけしょんぼりとしながら付け足す。アルとしては情けないから告げたくはないが、ここで見栄を張って嘘をつくような性格ではない。マリーとしては嘘偽りなく報告してくれるアルは好ましいと思うし、別に強い男が好きなわけでもない。更に言えばライバルとして切磋琢磨しているディルは1つ上で武術は学年トップクラスなのだ。この年の1つはまだまだ大きい。そのディル相手に3本取れるだけでも十分凄いだろう。
2人で話をしているとアルの背中にドンという音とともに衝撃がぶつかる。思わずつんのめりそうになるが、日ごろの鍛錬のおかげか、マリーに無様な姿を見せないための火事場の馬鹿力なのか、ぐっとこらえて踏みとどまる。
「おい、アル!嘘言うなよ!最後の勝負は時間が切れてただろ!俺がお前に取られたのは2本だけだ!」
「嘘じゃないだろ!ギリギリだったけどちゃんと鐘が鳴る前に1本取った!ディルこそ、自分が負けた回数が増えたからって言い訳するなよな。」
ディルからの煽りと大差ない言葉に以前とは違いずいぶんクールに対応できるようになったアル。とは言っても完全には感情を抑えきれず、見る人が見ればアルが少し怒っていることが分かるだろう。
そんなアルの怒りなど我関せず、とスルーして絡んでくる彼の図太さは更に強度が増している。アルの背中から離れるとマリーを挟んでアルの反対側を歩く。
相変わらず太陽のような笑みと、溢れ出る自信を身に纏うディル。彼もこの5年でずいぶんと成長した。
髪はずいぶんと伸びたが彼の男らしさは微塵も失われていない。一つにまとめた髪が尻尾のように揺れる様は密かにマリーのお気に入りだ。前よりも鋭くなった瞳といつもニヤリという音が似合う笑みを浮かべているディルは野性味が増した。その鋭い眼光を向けられた者は男女問わず、思わず息を詰める。その結果一部の女子だけに止まらず、一部の男子にすら崇拝の域で懐かれている。アルよりも高い168メルの身長に筋肉がついてきてマリーよりも一回り大きく感じる背中、節ばってきた手が更に男を感じさせる。
「うーん鐘がどうだったかはわからないけど、ギリギリだったんでしょう?先生はなんて言ってたの?」
2人の間で歩いてるマリーはいつものように宥め、仲裁に入る。
「……先生は本当に時間ギリギリで判定が難しいから引き分けでにしようって言ってた……けど!」
「けど、じゃなくて学院にいる間は先生の指示に従わなきゃ駄目よ。先生が引き分けっておっしゃったのなら引き分け。2人ともそれでいいよね?」
2人とも何か言いたそうにしているが、マリーの言っていることは正しいし、惚れている女に上目使いでメッと指を立てながら注意されれば、それに勝てる術など持ち合わせていない。2人は渋々素直に従うと別の話題へと移っていく。
「そういえば、今年から2人も役員になれるな。まだ誕生日来てないから直には無理だけどさ。」
その言葉にアルとマリーはピクリと肩を揺らして反応する。
「そうだなぁ。まぁ、僕もマリーも役員確定だと思うけど、何になれるかなぁ。」
最後にマリーと一緒ならどこでもいいんだけど、と一言付け加える。その程度にはソッチ方面でも成長しているアル。マリーはそんなアルの成長など気にすることもなく、うーんと悩む。
「たぶん、よっぽどのことが無ければ大丈夫だと思うけど、アルが武術会とかになったら流石に一緒になるのは無理だと思うよ。」
それもそうだった。そもそも女性で簡単な護身術以外に武術を学ぶ者などほとんどいないのだ。それに伴い武術会のメンバーも実に漢臭いものだ。
「うーん、マリーなら生徒会か福祉会のどっちかかなぁ。まぁ芸術会は容姿も大分重視しているから可能性はゼロではないな。」
そう言いながらマリーを下から上、上から下と舐めるように見るその視線は色が乗っていることが分かる。アルはそんなディルの視線からマリーを守るようにスッとマリーと立ち位置を変えると絶対零度の視線でディルを一瞥する。そんな氷つくような冷たい視線もなんのその。ディルは口笛を吹きながら足早に玄関を抜ける。
「じゃあ、今日の放課後のこと忘れるなよ。あと授業に励み給えよ後輩くん!」
そう言って階段を上って言ってしまった。ぶつけることのできない苛立ちは隣にいるマリーに触れている左手を思い出せばすぐに霧散する。
「突然手を引いてごめんね?」
優しいものだったが、それでもいつもよりも強引に手を引いたのは事実なので軽めの謝罪をマリーにする。苦笑いをしながらの謝罪なので周りでチラチラみている生徒達も悪い想像をしたりはしない。
「……大丈夫だよ?なんでやったのかもなんとなくわかってるしね?」
そう言ってクスリと笑ったマリーに見蕩れ、一瞬挙動が止まったアルだが、すぐに復活して「じゃあ昼休みに」と一言告げて机へと向かう。マリーはそれを見送ると入口から近くなった席に腰掛ける。
(……もう既に、腕を引っ張られたら簡単に動いちゃうくらい差が出来たんだね。大きくなったなぁ。)
そう考えたマリーの心情は、どんなものだったのか。それを分かっているのはマリーだけだった。
土日のどっちでも更新してないときは活動報告を見れば、いつ更新か、もしくはなんで更新してないのか、とか分かったりします。