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僕は女に生れて正解ですね。  作者: どんとこい人生
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この世界の泳ぎ方

「……突然、何言ってんだ?」


 一番最初に言葉を発したのはディルだった。そして言い方に差はあれど、その言葉はこの場にいる全員が思ったことだった。


 アルも少し間を置いたことで自分の言った言葉を再確認した。赤、青、白、そして赤になった顔はアルの心の焦りを如実に表していた。口を魚のようにパクパクとさせ、両手で顔を覆い隠した。小さな手では隠しきれない耳が真っ赤に染まっている。遂にはあーうーと意味を成さない言葉を唸りながらしゃがみ込んでしまった。

 他人ごとなら可愛らしいことだと癒されるのだが、当事者であるマリーは戸惑うばかりだ。

 普段から真面目だが割と天然なところを発揮するアルだ。何かを言い淀んでいる時点で何かすっとんきょうなことを言うかもしれないと考えていたが、まさか再プロポーズが来るとは予想外だった。


 想像してみてほしい、水着を初お披露目したら真面目にプロポーズされるという状況を。これで一切の躊躇も迷いも戸惑いも無く、クールに行動できるとしたら相手をなんとも思っていないか、され慣れているかのどちらかであろう。

 いずれはアルとの結婚の可能性が高いと考えて、以前にも告白されたマリーとしては、どう反応すべきか悩んでいた。これがディルが相手なら苦笑しながら感謝の言葉でも伝えたら良いだろう。ルミウスなら互いに笑いながら冗談で済ますだろう。赤の他人ならスルーするか断るかのどちらかだ。しかし、相手はあのアルだ。結婚したいという言葉に嘘偽りはないだろうが、どう考えてもこの場で言ったのは間違い、もしくは勢い。ディルに対抗心を抱き、真面目で、天然で、女の子を口説くような台詞が苦手なアルならありえる話しだ。

 マリーはここまで考えて、とりあえず周りの反応は気にせずにアルのフォローを優先することを決める。しゃがみ込んでいるアルへと近づいて、そっと肩に手を添える。それだけでアルの肩がピクリと大げさに跳ねる。その反応にいじめているような気分になりながらも顔をアルのそばへと寄せて、周りに聞こえないような囁き声で話しかける。


「アル?結婚については前に話したでしょう?もう待っていられない?」


「そ、そんなことないよッ!!」


 マリーの言葉に反応してガバリと立ちあがる。ギュッと握りしてめた手は、興奮からくるものか。握りしめすぎて白くなっていく手にマリーは自身の手をそっと重ねる。1本1本丁寧に指をはがすとアルの手から力が抜ける。眉を八の字にして子犬のような目で見つめるアルに愛おしさを感じながら微笑みかければアルは顔をパァと明るくした。マリーによって、そっと重ねられていた手を両手で握り返す。


「えっと、マリーの水着姿、すっごく綺麗で可愛くて、えっと……結婚したいよ?」


 可愛らしい笑みを浮かべ、今度の結婚したいという言葉には明らかに冗談と分かる雰囲気が纏ってあった。それに対し、マリーも今度は気軽に「有難う」と返した。そんな2人のほわりとした空気を割くように子供特有の柔らかい声が通る。


「おいおい、何だよ?二人で空気作ちゃってさぁ?」


 口をとがらせながら愚痴るのはディルだった。怒りこそ滲ませていないが、好きな子とライバルがこそこそと自分の目の前で内緒話をしているのが気に入らないようで拗ねている。ちなみにルミウスはどこか楽しそうにニコニコしながら事の成り行きを見守っている。


「悪いね!僕とマリー仲良しだから、ちょっとね!」


「何が『ちょっとね!』だよ。いきなりプロポーズとかバッカじゃねぇの?」


 除けものにされたような気がして、徐々に機嫌が悪くなっていくディル。それを分かっているのか、分かっていないのか、アルは言葉を続ける。


「結婚したいっていうのはマリーだけの最高の褒め言葉なんだよーっだ。」


 フイッと首を横に振って、あっかんべーと舌を出す。もちろんマリーには見えないようにすることは忘れない。アルは先ほどのプロポーズの言葉をマリーにはいつも当たり前のように使っている褒め言葉として処理するようだ。かなり無理のある話しだが、7歳と8歳の子供同士。割と勢いで通ってしまうのが幼少期というものだ。むむむと唸りながらもディルは反論しない。

 マリーはディルの反応に、まだ子供なんだよなぁと改めて実感する。とりあえず、せっかく水着に着替えたのだ。遊ぶためにもこの場を早く終わらせよう。そう思い、3人に声を掛ける。


「とりあえず、早く泳ごう!」


 マリーの声によりいがみ合いを中断した2人が「そうだね。」「そうだな。」と返事をする。ルミウスも首を縦に振って同意を示した。

 と、そこでずっと空気となっていたメイドがそっと4人の傍へと近寄ってきた。


「皆さま、準備体操をお忘れないよう……。一応浅瀬なので大事は無いと思いますが、念のためしっかりとお願い致します。」


 アルはうなずくとマリーの手を引いて斜め隣に立たせる。ディルもマリーの斜め隣に移動する。そしてルミウスもディルとアルの間に並ぶ。4人で円を描くとアルがマリーに「僕の真似をしてね。」と告げる。マリーは準備体操なら難しいことは無いだろうと高を括って頷く。それを見ると「1,2,3,4ー」と声を出しながら体操を始める。屈伸、伸脚、アキレス腱、手首足首振り、前屈、ジャンプ、腰ひねり、深呼吸などなど地球でもメジャーであった準備体操を行う。マリーとしても慣れたもので、アルを参考にしながら黙々と体操を行う。マーメイドドレスタイプだから、足を大きく開く者は難しいかと思われたが、実によく伸びる素材であるため、問題なく開脚も可能だ。


 4人はしっかりと体操を済ませると水辺へと近寄る。一応、加工はされているが、天然の泉を元に用意したものでマリーたちの腰くらいの水嵩だ。全員で泉の縁に座るとピチャピチャと水を蹴る。青く透き通った水が跳ねて光を反射する。一番最初にディル、次にアルが水の中へと入る。


「マリーは泳いだことないよね。先に僕らが泳ぐから見てて!」


 無邪気にそう告げるアルは完全に親切でお手本を見せるつもりなのだが、マリーには母親に見て見て!と自慢する子供のように見えて可愛らしく思う。しかし、同じようなことをしても可愛さがいまいちなディルはアルとどこで差がついたのだろうか。やはり顔なのだろうか。

 そんなくだらないことを考えていたマリーは目の前でバシャバシャと音を立てて泳ぎ出した二人にハッとして意識を2人へと戻す。そして目に飛び込んできたのは……。


「…………い、犬掻き?……えっ、え。」


 そう、紛うことなき犬掻きだった。水面から顔を出しながら必死に四肢を回転させる様子は大変愛らしいが、あの格好を付けたがるディルですら犬掻きをしている。まさか、これがこの世界での正当な泳ぎ方だとでも言うのか。これを大人が真顔でやっているかと思うとシュールでしか無い。しばらく茫然と見守っていたマリーだが、15メルほどの泉を往復して戻ってくる二人に声を掛けられて意識を取り戻す。


「マリーしっかり見てた?あれが、みんな最初に習う泳ぎ方だよ!」


「速かっただろー?俺は泳ぎも得意だからな!」


 2人とも恥じらいもふざけている感じも一切無く、あの犬掻きが正式な泳ぎ方であることが裏付けられる。思わず両親や兄達が犬掻きで必死に泳いでいる様を想像してプッと噴出してしまった。これではアルとディルを笑っているようだと思い、口に手を当てて必死に我慢するが覆った手の隙間から空気が漏れて、プスプスと音がでる。なんでマリーがこんな反応しているのか分からない3人は顔を見合わせて首を傾げるが答えは出ない。下を向いて口もとを必死に抑え、肩を揺らす姿に体調不良を想像したアルが声を掛ける。


「どうしたの?何か気持ち悪くなっちゃった?」


「マリー、体調悪いなら言えよ?」


「マリーちゃん?何か飲み物でも飲む?」


 三者三様に心配されて、申し訳なくなったマリーはやっと笑いが収まり、口元から手を離して水面を軽くたたく。


「心配かけちゃってごめんね?大丈夫だよ。それにしても、あんな風に泳ぐんだね。初めて知ったよ。2人とも速いんだね。」


 あの泳ぎ方、年齢、距離を考えれば十分速かったであろうと思い、2人を褒めて誤魔化すことにした。好きな子に褒められて悪い気はしないのか、ディルもアル照れるように頬を赤くして微笑む。


「まぁな。まぁ、大きくなったら違う泳ぎ方もやんなきゃいけないから、大変になるけどな。」


 ディルの発言に、おや?と思ったマリーがすぐさま尋ねる。


「違う泳ぎ方?年齢で泳ぎ方変えるの?」


 マリーに尋ねられたディルは少し得意げな顔をしながら「ちょっと見てな」というと、また泳ぎに出る。そして目の前にディルの泳ぎを見て、マリーは先ほどよりも更に驚く。それは、どこからどう見てもクロールだったからだ。


 アルはマリーとは違う理由でビックリしていた。泉の縁に手を掛けながら水に浮かんでディルの泳ぎをジッと見つめる。


「あれは9歳から習い始めるはずの泳ぎ方……。」


 ギリィと唇を噛みしめる。1つ年が離れているとはいえ、自分がまだ微塵も習っていない泳法を習得しているディルに劣等感が刺激される。心なしか見つめるマリーの瞳が先ほどよりも輝いているような気すらした。

 泳ぎ終えたディルが先ほどの犬掻きとは打って変わって息を乱しながら水面から顔を上げる。犬のように頭を振って水を払うと小さな虹が掛る。


「どうだっ!」


 ニカッと最初に会った時に見た、太陽のような笑みを浮かべるディルは年相応で、この年でこの泳法を習得していることを自慢したくて仕方ないようだった。

 アルは負けたようで、悔しいのか目線だけディルへと向けて「なんで出来るんだよ……。」と独りごとのような小さな声で言葉を漏らす。その反応を見て、アルはこの泳ぎ方が出来ないのだと察したディルが更に得意げに口角を持ち上げながらふふーんと鼻を鳴らす。


「初級の泳ぎ方をすぐに覚えたから、先生が特別に中級の泳ぎ方を教えてくれたんだよ!まぁ、これもすぐにできるようになったけどな!」


 その発言にフンと鼻を鳴らして、いつの間にか近くに置かれていたドリンクをぐいっと飲む。まるでやけ酒のようだ。少しばかり将来の酒癖が心配だ。アルとは反対に素直に賛美したのはルミウスだった。


「すごいですねぇ。僕はまだ初級も10メルくらい泳いだら疲れちゃうよ。」


 見た目の印象通り、あまり運動が得意でないルミウスからしたら未知の領域のようだ。ただ、どの行動も大きな本を持って行っていると考えれば、本が無ければかなりいいところまで行きそうなものである。


「と・に・か・く!マリーは1回水に入ってみようよ。」


 このまま自慢話しが続くのを嫌ったアルが、マリーを水へと誘う。中身の年齢は20歳を超えたマリーだ、一切怖がることもなく泉へと入る。サラサラとした水で、水底が見えるほど透き通っている。そこには丸い石が敷き詰められており、踏んでも一切痛くない。水温は思ったよりも温い。今の季節のせいなのか、それとも元から温泉のようなものなのか、マリーには判断がつかない。水着の裾がふよふよと人魚の尾ひれのように靡く様子はグラデーションも相まって幻想的だ。


「とりあえず僕の手に捕まって、浮かぶ練習からしよう。」


 そう言って手を差し出す。高貴な身分の子供たちだ、大人の先生が付きそうなものだが、周りの大人は一切手を出さない。きっと子供特有の教えたがりを発揮しているのだろう。きっと誰かが溺れそうになったり、何か危険が起きたらすぐに飛びこめるようにしてあるに違いない。

 マリーはアルの手を取る。それと同時にアルが引っ張り始めると体が水面に浮かぶ。塩分濃度が違うのか、物理が違うのか、マリーの体脂肪率の関係か、想像以上に簡単に浮かぶことに驚く。

 その驚きを水中にいることへの驚きだと勘違いしたアルは笑いながら、いかに水の中だと体が軽いのかと語る。それに便乗するようにディルも体験談を話す。その会話に時折混ざりながらルミウスが豆知識を披露する。

 そうして4人はのんびりと泳ぎの練習を続けたのだった。


ちなみに、この水泳のレッスンのおかげで無事に水泳の授業を乗り切ったマリー。その後も特に失敗を犯すことなく順調に進級を重ねて行った。

ディルは元庶民の家柄なので公式の場じゃないと割と口悪いです。特にアルと二人になるとただの悪ガキです。

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