水着の価値
人物紹介ページにマリーのイラストを貼りました。
まだ短い人生しか歩んでいないアルだが、その中でもトップ3に入るくらい気落ちしていた。肩を落とし、溜息を吐く様は女性なら思わず母性本能がうずいて抱きしめたくなるほどに可愛らしいが、同年代の男の子からしたら鬱陶しく感じるか、心配になるかのどちらかだろう。
「えっと、アル君?なんだか元気ないみたいだけど大丈夫?」
心配そうな声で話しかけてきたのはルミウスだった。いつもよりきっちりと結ばれた髪の毛は彼を多少は男らしくさせたが、それでも相変わらずの美少女っぷりだ。
「なんだよ、アル。体調悪いなら部屋に戻ってもいいんだぜ?俺達は3人で泳ぐからさ。」
ニヤリと犬歯をむき出しにして笑うのはディルだった。前にあった時よりも身長は伸びていて既にアルとは拳一つ分くらいの差がある。健康的な肌色は既に休暇の間に他の友達か家族と遊びに行った証だろう。髪色や表情も相まって以前よりも男らしくなったような気がする。
とは言っても所詮は8歳の子供。筋肉などまだまだ貧弱なものだ。それでもライバルと自負しているアルにとっては見逃せないものだった。
アルはルミウスには笑顔で大丈夫、と告げるがディルには眉を釣り上げてキッと睨む。
「体調は大丈夫。ちょーっとだけ気分が悪いんだ。まさかセ・ン・パ・イが僕たちと一緒に遊ぶことになるだなんて思わなかったのでね!」
マリーやルミウスには決して向けない怒気を含んだ語調で応える。
「それに、僕の家の別荘なんだからね!僕がいなきゃだめでしょ?!」
ぷんぷん、という効果音が似合いそうな怒り方に傍に控えているメイド達がばれないように静かに笑う。アルが生まれる前からソレンス家に仕えていたメイド達だ、もちろんアルのマリーへの想いも知っている。そんなアルがディルを警戒して気を張っている様が微笑ましいのだ。
さて、一連の会話から分かるように3人は今、ソレンス家の別荘の1つに泳ぎに来ている。あの泳ぎに行こうという会話の後、すぐに家で予定を聞いて3人で泳ぐ日程も決めたところで、どこからか聞きつけたディルが参加してきたのだ。アルとしてはマリーの水着姿を見られるのが嫌だったし、自分よりも確実に泳ぎの経験のあるディルと初めての海水浴を一緒に過ごすのはお断りだったのだが、まったく嫌がることの無いマリーと見慣れない上級生のお誘いを断る勇気の無いルミウスによって多数決で負けたのだった。
嫌がっていてもホストとしての立ち場を理解しているアルは、なんだかんだでディルにも平等に用意をしているあたり良い子である。
「それにしても……マリーまだかなぁ?」
せめて早くマリーと一緒に遊びたいアルだが、マリーは未だに姿を見せない。着替えをするために分かれて、アル達の着替えを済ませてディルがドリンクを飲み終えるほどには時間が経っている。
アルのそわそわしている様子を見てルミウスは苦笑を浮かべる。
「女の子はどうしても時間が掛るからしょうがないよ。脱ぐのも着るのも髪を結ぶのも大変ってお姉さまが言ってたよ。」
姉妹がいるルミウスがフォローをする。実際、学院の制服はだいぶ着やすいようにされているが、私服は基本的にドレスなのだ。高貴な身分として適当な格好をするわけにもいかず、結果それなりの時間を必要とする姿になるのだ。
「アルはせっかちだなぁ。女が着替えてたら男は黙って待つんだよ。」
一応この中で最年長であるが、まだ8歳の子供の発言である。
「それにしても……アル!ルミウス!2人してなんだその水着は!男なら三角水着だろ!今、すっげぇ流行ってるんだぞ。」
ディルがくわっと目を見開いて2人へと指を指す。アルとルミウスはほとんど似たようなデザインの水着だ。いつもと違う素材で上はタンクトップ、下は膝丈の半ズボンのような格好だ。ルミウスはアルよりも少し丈が長めでさらに一枚シャツを羽織っている。ルミウスは水色と黄色を基調としたパステルカラーで、アルは黒と青を基調とした年齢の割に落ち着いた雰囲気だ。
ルミウスは困ったようにアルへと目線をやる。アルはジト目でディルを見返した。やれやれ、とでも言いたげに首を左右に振って大きく溜息を吐く。
「僕からしたらディルの格好こそ『なんだその水着は?』って感じだよ。水着の流行なんて、なんとなく兄様から聞いた位しか知らないけど、いくら流行ってるとしてもマリーに見せたい格好じゃないよ、ソレ。」
お返しとばかりにアルが指を差したディルの格好は2人とは大きく違った。
一番違うのは下半身だ。アルとルミウスが膝丈のズボンタイプであるのに対してディルは三角水着、現代で言うところのビキニだった。それも燃えるように赤い。髪の毛も赤系であるディルには良く似合ってはいるが派手だ。上は同じようにタンクトップだがアル達よりも露出が多く、黒地に金の刺繍で複雑な模様が描かれている。さらに手首と足首それぞれに綺麗な石のアクセサリーを身に付けている。それもまた原色のような激しい色なのだが、健康的に焼けた肌をしているディルに良く似合っている。
「どこが見せたくないんだよ?流行の最先端のこの水着。まだ、ルミウスみたいに自分のことを理解したうえで選んだような水着ならまだしも、お前みたいな地味で無難な水着なんて見てて楽しくないだろう。」
ディルの言い分にカチンと来たのか、目元を険しくしてアルが言い返す。
「水着は泳ぐ為の服なんだよ!見て楽しむものじゃない!それに地味とか関係無いだろ!僕の髪とか目の色に合わせたんだよ!そんなことよりディルの三角水着のほうが露出多すぎるし、目立つからマリーには目の毒だよ!」
どんどん白熱していくアルとディルの口論に、おろおろするしかないルミウス。不安げな瞳で2人を見つめても、ルミウスに気付くことなく今にも取っ組み合いが始まりそうだ。成長してだいぶ大人っぽくなったはずの2人だが、いまだに言い合いになると昔に戻ってしまう。
ルミウスの不安をよそに、2人の喧嘩に見慣れているソレンス家のメイドは微笑ましそうに見ている。しかし、いい加減見慣れていないルミウスが気の毒になってきたこともあり、止めに入ろうとメイドが一歩踏み出したところで扉がキィと音を立てて開いた。
その音に気付いた3人は全員そろって扉の方へと視線を向ける。
「……女神様だ……。」
そう発したのは誰だったのか、アルかディルか、はたまたメイドなのか。だが、そう言葉が漏れてしまうもの仕方ないほどマリーの水着姿は愛らしくも美しいものだった。普段はハーフアップの髪をすべてまとめている。男性陣にはまったく訳のわからない仕組みだが、団子状態に三つ編みを巻いている、とでも表現すれば良いのだろうか。髪留めは海を意識しているのか真珠のバレッタだ。他にも細かくピンで留めてあるようだがセットしたものにしか分からない程度に隠れている。水着はいつもと素材が違うパフスリーブのマーメイドドレスだった。
白を基調として、下から上へと淡い黄色のグラデーションが入っている。人魚のようにドレスの先がふわりと広がっている。魚のひれを意識しているのか腰あたりにも薄く、透けるような長いフリルが付いており、動くたびに靡いて光を反射する。
「遅くなっちゃってごめんね?初めて水着を着たから戸惑ちゃって……。なんだか扉の向こうまで声が聞こえたけど、何を話してたの?」
女神が申し訳なさそうに謝罪を述べてから首をかしげる。その首の動きに合わせて動くモミアゲ部分がサラリと流れる。きわめてヒールの低いミュールでコツコツと音を鳴らして近づいてくる。
最初に硬直が解けたのはアルだったのだが、最初に行動に移したのはディルだった。
「マリー、良く似合ってる。可愛くて綺麗で……扉から出てきたときなんてネイリアル様がご降臨されたのかと思ったよ。」
先ほどまで騒いでいた子供とは思えないようなスマートな微笑みを湛えてマリーを褒める。その際にそっと手を伸ばしてマリーを引いてくるあたり、将来は女泣かせになりそうだ。
マリーはありがとうと笑顔で応える。少しばかり顔が赤いのは暑いせいなのか、照れているのか、恥ずかしがっているのか。
ディルに続くように動いたのはアル……ではなくルミウスだった。こちらは別に恋心を抱いているわけではないので純粋に綺麗だなぁ、と感動していたのだ。ただ、一番最初に声を掛けるのは気まずいと7歳にして大人顔負けの空気の読みっぷりを発揮して、待機していたのだった。
「うん、よく似合ってるね。水着の色も凄い綺麗だし……どこで買ったの?髪の毛も綺麗にまとめてあるね。女の子は色々とアレンジがあって可愛いね。」
お店を聞くあたり、ルミウスはなかなか美に関して関心が高いようだ。
と、ここまで来てやっとアルの頭が動き出す。ディルと違って、まだ色気や性的なものには興味がないアル。しかし、いつものふわりとした服と違って幼児体型ながらも細身の綺麗な体のラインが出たドレス姿に心がときめく。
異性との会話経験が特別多いわけでもないアルはディルのように流れるような賛辞が出てこない。せめてディル、ルミウスとは違う言葉で褒めたい。その思いで頭を必死に回転させる。しかし、アルが思った以上に悩んでいる時間が長かったのか、あるいはマリーが不安になったのか、マリーが2人から離れてアルの方へと近寄る。
最近はほとんど一緒の身長だったマリー、今日はミュールのおかげで僅かばかりアルよりも目線が高い。後ろに手をまわして少しだけ身を屈めて上目遣いでアルへと話し掛ける。
「……ずっと黙ってるけど、アル大丈夫?体調悪い?それとも、水着が変だったかなぁ?」
マリーに間近で問いかけられ、一瞬の間の後にアルの顔がボンと赤くなる。あまりにも一気に赤くなったせいでマリーが不安になるほどの速度だ。
口をぱくぱくとさせて何か言おうと悩むが、まだ言葉が決まらない。似合う、可愛い、綺麗、すべて言われた。女神様のたとえも水着や髪型を褒めるのも既に出ている。何か被らない、最上の褒め言葉……。
最早アルの頭は沸騰状態だった。好きな女の子の普段とは違う姿がこんなにも破壊力が高いとは、アルはまだ知らなかったのだ。
結局良い言葉が思いつかず、心配したマリーがメイドへと何か頼もうかと離れ始めてしまった。アルはさらに焦りを増す。褒め言葉、母親が言われて嬉しかったと言っていた言葉は何だったろうか、一生懸命記憶をたどる。
一歩一歩マリーがメイドへと近寄っていく。アルの目にはすべてがスローモーションに見えた。早く、早く何か言わなくては……その思いがアルを急かして思考が空回りする。
アルが必死に考えて出した言葉、それは母親が父親に言われて嬉しかった言葉であり、また初めて見る水着と他の男2人に負けたくないという思いから、かつてないほど焦ったため出たものだった。
「マッ、マリー!!結婚しようッッ!!!」
活動報告で2話更新すると言いましたが、結局1話更新です。
あと、活動報告でコメントを下さった方、ありがとうございます。とても元気とかやる気とか色々湧いてきました。返事の仕方が良く分からなかったのでこちらで返事させていただきます。
水着回だけど、まだ微塵も水に入ってない上に表記すらしてない。やばい。