誕生
主人公が全然話しません。たぶん次くらいからが本番ではないでしょうか。とりあえず提示回です。よくわからない用語とか出てくるかもしれませんが後々説明が入ります。
緑の豊かな町、アルフェンリード。
その町で1番大きな館の中は非常に慌ただしい。いつもなら鳥の囀ずりと木々の葉擦れの音、住人達の穏やかな声くらいしか聞こえない。
しかし、今は落ち着きなく歩く館の主人の足音や慌ただしい従者の声、医者の硬い表情から出される指示、心配で館のすぐ側に集まる住人のざわめき、そして必死に新たな命を産むため力む女性の声で満たされていた。
特に普段は物静かで大声なんて滅多に上げない妻の呻き声と二人を隔てる薄い扉1枚、それらが夫である自分では何も出来ないという事実を突き付けてくるようで不甲斐なさを増長させる。いつもの優しく堂々と余裕ある態度など、どこかに消えてしまっていた。
「まだ産まれないのか?!」
焦れた1番地位が高いであろう夫が側に立つ老婆一歩手前のメイドに問いかける。
空の白さが抜けて青に変わる頃に陣痛が始まって、既に空は赤く染まり始めている。それだけ経っても、まだ子供の頭は出てきていない。
「旦那様、既に6回目の出産だというのに最初と変わらず落ち着きがありませんね。」
この様子にも慣れたものなのか、冷静に返事を返すメイド。本人も既に子を産んだ経験があるため男よりかは落ち着いている。
しかし、出産に絶対安全などないのだ。だからこそ、慣れている筈の医者も母親もベテランメイドも慌ただしいのだ。今回は特に旦那様と呼ばれた男、この町の領主であるルイヴァルト……通称ルイには落ち着かない理由がある。
それは、今回産まれる子供が初めての女の子だと判明したからである。
彼には既に5人の子供がいる。
貴族として子供を複数人作るのは義務だから、というのもあるが単純に妻を愛しているから子供を2人で育んだ。子供達はそれぞれ個性があり、違いはあれど健康で優秀。両親の遺伝子をしっかり受け継ぎ外見もなかなかの美男子に育っている。
5人とも大切な子供で愛しているが、やはり1人くらいは女の子が欲しいと思っていた。しかし、妻であるリディアは病弱ではないものの特別頑丈な体でもない。そのため医師からはそろそろ子供を作るのは控えたほうが良いと言われていた。
子供は好きだが愛する妻の命を削るのは本意ではない。女の子は残念だけど諦めよう、私達には素敵な子供が5人もいるじゃないか、と話していたなかでの妊娠発覚だった。
しかも、検査の結果では遂に初めての女の子だと分かった。
それを知った夫婦はこれが女神様がくれた最後の贈り物だろうと喜び、5人の子供達も初めての妹が出来るということで大興奮。住民からの人気が非常に高い領主一家の朗報は人から人へと広がり、町中の人が知る事となった。
遂に産道を抜けて頭を出してきたのか、リディアの声がどんどん大きく激しくなっている。医師と助産婦の声もそれに比例して大きくなる。声でしか事態を確認出来ないルイは、やっと産まれるのかと妻の体調を気にしつつも温かい気持ちになった。その瞬間に響く悲鳴にもにた叫び声。
「先生、逆子です!足から出てきています!!」
ルイはごくりと生唾を飲む。
今の時代、死産の確率はかなり低くなっていた。しかし逆子はかなり珍しい事例であり、無事に健康な子供が産まれる確率は急激に下がる。心配で呼吸が荒くなる。緊張から縮こまる体を落ち着かせようと深呼吸を試みるが、うまくいかない。両手を祈るように握り合わせることしか出来ない。本当なら今すぐに妻の元へ駆け寄り、声を掛けて手を握り励ましてげたい。しかし、それは出産中の部屋には男は立ち入ってはならないという決まりがある。特に貴族の女性にとって出産場面を男に見られるというのは一生の恥であり、最大の屈辱であるとされている。医師でさえ、出産に関わる場合は女性のみしか許されていない。
唯一、男が入室を許されるのは出産が無事に終わったときか、出産した子供か母親もしくは両方が死んだときだけである。
幸い、今中で見てくれている医師も助産婦も信用できるベテラン揃いだ。子供たちは別の離れに待機させているから心配で部屋に入ってしまうことも無いし、騒いで他の者の手を煩わせることも無い。
ルイはもう一度深呼吸を試みて心を落ち着かせる。自分が狼狽したり不安に押しつぶされたらリンクしている妻にも悪影響が出てしまう。これでも領主としていろんな場面に立ち会い、困難も乗り越えてきたのだ。
何度目かの深呼吸をこなして少し冷静になったルイは妻が頑張っているであろう部屋の扉を見つめる。自分の祈りの気持ちがほんのわずかで良いから妻に届いて欲しい。そんな気持ちを込めて強く、強く見つめる。
その祈りが届いたのか、扉の向こうから声が聞こえた。
「産まれました!!元気な女の子です!!!」
そんな歓喜の叫びとともに、力強く元気な産声が聞こえる。今まで5回の出産すべてでそばの部屋で待機していたが、その5回すべての産声と比較しても勝るとも劣らないものだった。周りがまた、あわただしくなる。しかし、今回のあわただしさはみんな笑顔が隠しきれずに口元がもにょもにょと動いている。
そんな中、ルイは1人静かに泣いていた。今回の出産は今まで一番難産だった。特にリディアは医師に、そろそろ出産を控えたほうが良いと言われていたのだ。もしかしたら……とも考えていた。
しかし、無事に産まれた。決まりのため助産婦が連れ来るまで見ることはできないが、中の声で特に異常無く産まれたのだとわかる。胸にあふれる幸福感で涙が溢れて止まらない。
「旦那様、元気なお嬢様が産まれましたよ。奥様もお疲れですが、健康には問題ありません。さぁ部屋に入ってお嬢様を抱いてあげてください。」
そう言われて、そっと部屋の中へ入る。リディアは汗を大量に流して疲れた様子ではあるが、笑顔を浮かべて満足気である。
リディアの傍に寄って、汗で顔に張り付いた空色の髪をそっと横に流す。そして互いに視線を合わせ頬笑み合うと、そっと腕に抱かれた娘の顔を覗く。とても可愛い。妻と顔を寄せ、微笑みを交わす。
「髪の毛は私と君の色を混ぜたみたいに桃色だね。少しウェーブが入っているのは君に似たのかな?」
「そうね、まだ産まれたばかりなのに既に目が大きくてくりくりしてるのがわかるわ。瞳の色はまだわからないけれど、きっとあなたに似て綺麗な黄金色よ。ふふ。」
「そうなのかい?そうなら嬉しいな。それにしても可愛いなぁ。今までで1番小さい気がするよ。ほら見てみて、手がこんなに小さいよ!女の子だからかな?」
「ふふふ。あなたったら……今までの子供たちと同じくらいよ。女の子だからって言っても赤ん坊の段階ではそんなに違いはないわよ」
互いに頬笑みを浮かべながら話し続けるが、流石に出産直後なのでリディアは少しふわふわとしている。その様子を見て医師がルイに告げる。
「旦那様、そろそろ奥様を休ませてあげてください。今回は今まで1番の長丁場でしたので、非常に体力を消耗しております。」
ルイも妻の疲れた様子には気づいていたので、医師の言葉に頷いての話を切り上げる。
「リディア、お疲れ様。後は医師のみんなと私達に任せてゆっくりおやすみ。」
そう言うとリディアは腕に抱いていた娘を医師に夫に渡すと、限界だったのかそっと目を閉じる。ルイはもう一回リディアの顔を軽く撫でると、医師に一声掛けて自分の腕の中に移動した娘を見つめる。
なんだかもごもごと全身で動いている。まだしわくちゃな真っ赤な顔をくしゃくしゃと動かしている姿にまた胸が幸せに溢れてまた目頭が熱くなる。
「産まれてきてくれてありがとう。愛してるよ、僕の娘。」
ちゅっと額に口づけをする。それに反応したのかどうかはわからないが、娘は腕をぶんぶんと振る。そんな娘の様子に頬笑みを浮かべた表情をさらにとろけさせる。
「旦那様、まだ産まれたてです。お嬢様をベッドへ移動させていただきたいのでこちらへ」
そう言うと助産婦が両手を差し出す。ルイは特に拒否することも無く、素直に娘をそっと助産婦の腕に乗せる。まだ、産まれたての娘を長時間腕に抱くのは良くないのである。
「さて、娘の無事も確認できたし息子達を呼びに行くかな。きっと今頃妹が生まれるのを今か今かとソワソワしているだろうしね。」
「旦那様それでしたらわたくしたちが呼びに参ります」
「はは、でも結構だよ。やはり父である私が呼びに行くよ。」
家族が増えるのはやはり特別なことで、それは自分で伝えてあげたいのだ。その気持ちを察したメイドはうなずくと、そっと扉を開いてお辞儀をする。ルイはその横を通って、いつもより気持ち早歩きで廊下を抜ける。息子5人がいる場所へと移動すると軽くノックをして扉を開けながら言い放つ。
「息子たちよ!君たちの妹が生まれたよ!お母様も妹も健康状態に問題はない。ただ、お母様は疲れて眠ってしまったから会うのは後にするように。」
ノックで椅子から飛び上がった姿で固まっていたが、息子5人は父の話を聞いてすぐに動き出す。
「お父様!僕らの妹の名前はなんですか?!」
「ばか!名前は命名の儀まで無いだろ!それよりも誰に似ていますか?髪は何色ですか?」
「それよりも本当に妹ですか!?勘違いとかではなく本当に女の子の兄妹ができたのですか?」
「健康面に心配はないのですよね?産声がこっちにも聞こえてきました!なんで、もっと早く来てくれなかったのですか!!」
「おおきさはどれくらいですか?ぼくよりちいさいですか?」
5人の息子たちの畳み掛けるような質問攻めに思わず苦笑する。
「はいはい、名前は決めてあるけどまだ内緒。髪の毛は綺麗な桃色だよ。顔は実際に見てみて。本当に妹だよ。すぐに来れなかったのはお母様をねぎらって妹を可愛がってたからだよ、ちゃんとお父さんだよって伝えてたんだ。お前よりも小さいよ、手なんてお前の手よりも小さいんだぞ」
全員の質問に返答をすると、息子たちは部屋の中を走り回る。貴族の息子であるのでしっかり教育もしてあるが、まだ子供なため嬉しさを体を表現してしまうのだ。1番小さな弟も遅いながらも兄たちを真似て走りまわる。長男は流石に10歳なので弟たちを諫めてはいるものの、顔には笑顔が浮かんでおり、本気で怒るつもりがないのが良く分かる。
そんな息子たちをしばらくは温かい目で眺めていたが、しばらくすると手をパンパンと叩いて声を掛ける。それに反応して全員がルイの方へと向く。
「では、可愛い可愛い妹が見たい人はこっちに集合。まだ音をうまく拾えないから静かにできるって約束できるなら妹の寝る部屋へ連れて行ってあげるよ」
その台詞を聞いた息子たちは直に、もちろんできますと言わんばかりの自信満々な顔をして静かに父の前へ整列する。末っ子もそんな兄の姿を真似て良く分からずに並ぶ。
そんな姿を見て、問題ないと判断したルイは部屋を出て娘のいる部屋へと向かった。
そんな祝福と喜びにあふれた館の中で、1人困惑している者がいる。
それは先ほど産まれたばかりの妹であった。なぜ、産まれたばかりの赤ん坊が困惑という思考ができるのか。それは中身が以前、百瀬冬樹と呼ばれた少年だったからだ。
ただ、百瀬冬樹としての記憶はあるのだが記憶の切れ目が微妙なのだ。死んだ記憶も無ければ、なぜこんな豪華な部屋で見知らぬ女性に見守られながらフカフカのベッドで寝ているのか全く分からない。
気が付いたら息が苦しくて、勝手に体が泣き始めて、見知らぬ女性に抱かれ、見知らぬ男に抱かれ、聞いたこともない言語で話しかけられ、また別の見知らぬ女性に抱かれてフカフカのベッドへと移動していた。
自分の体が言うことを聞かないことにも困惑していたが、それ以上に中学生であるはず自分の体を当たり前のように抱き上げている人たちに恐怖した。しかし、すぐに自分の体が小さくなっているのはわかった。そんな現象はフィクションでしか見たことないし、体験するなんて夢だとしか思えなかった。
だが、時間が経って冷静に近づくごとに自分の体が縮んだのは夢ではないと理解する。そもそも全身が歪むほどの痛みを感じている時点で夢ではないと気付くべきだ。夢で痛覚はないはずだ。
人間という生き物は現実逃避が大好きで、自己認識を歪めるのを得意とした無駄に優秀な脳を持っているのだ。できるだけストレスを与えないように勝手に脳に処理されてしまったのだろう。
自分のことをいろいろ考えていた冬樹のもとへガチャという音が届いた。音がなぜか反響していて聞き取りづらいが扉を開いた音であることはわかった。床が絨毯なのか、あまり大きくはないが複数の足音が聞こえる。足音は冬樹の傍までくると止まった。
「ほら、これがお前たちの新しい妹だよ」
そう言いながら覗きこんできた顔は冬樹も先ほど見たのでわかる。ただ冬樹にとっては言語は相変わらず分からないので話す内容はチンプンカンプンだが。
「おー顔が真っ赤ですね。」
「しわくちゃだ……本当に病気じゃないの?」
「お前が産まれたときもこんな感じだったぞ」
「本当に桃色の髪だ!可愛いなぁ」
「ちっちゃい!!ちっちゃい!!」
皆がそれぞれに感想を小声で話す。末っ子であろう子供はまだ身長が足りないので兄に抱っこされている。
冬樹には相変わらず言っている意味がわからなかったが、表情や声のトーンから負の感情は向けられていないことがわかり安心する。なんとなく顔や髪色、瞳の色が似ているので家族なのであろうと考えた。
冬樹はゆっくり思考する。先ほどの自分を抱え美しい空色の髪の女性、朱色の髪を持つ男らしさをもった美形の男性、そして5人の子供たち。体が勝手に泣きだしたこと、自分の体が思い通りに動かずに他の人間に軽々と抱かれたこと、そしてよくわからない言語……。それらを総合して考えた結果、自分は見知らぬ地で産まれ直しているのではないかと思い至った。
そして、そのことを受け止め脳で処理をした冬樹は盛大に泣きだした。
全体の流れは一応考えてあるのですが、1話ごとの詰めはしてないので書く時に配分間違えます。小説って難しい。
主人公が全然出てこなく申し訳ないので少し早目に投稿します。
5か6話くらいまでは週に2回くらいアップするのが目標でそのあとは週1を目標にしています。