時の流れは早い
やっぱり今までのペースだといつになったら大人になれるんだって感じなので思春期までは早めにいけるように頑張ります。
透き通った青空、生い茂る新緑の草木、咲き誇る花々は人々を優しい気持ちにさせる。それは今日、入学を迎える生徒達も同じようだ。
「うぅ、緊張するなぁー。」
「なんでお父様が緊張しているのですか?後ろで見てるだけですよね?」
車の中でお腹をさすりながら唸るのはマリーの父、ルイだ。そんなルイにすぐに突っ込みを入れるマリー。産まれてから約7年、流石に家族に対しては軽い返事が出来るようになっていた。
娘に少々冷やかな目で見られたルイは思ったより反応が良くなかったことに残念そうに溜息を吐いた。だが、すぐに気持ちを切り替えて窓を眺めながら声を掛ける。
「お、マリー見てごらん。おいしそうな出店や面白そうな見世物がやっているよ。」
マリーは少し身を乗り出して窓の外を眺める。すると、今までの家付近だけでの生活ではありえないほどの活気と喧噪に充ち溢れていた。まるで昔に映画で見たヨーロッパのような煉瓦中心の街並みだ。
ピエロのような格好をした大道芸人、色とりどりの花束、見たことも無い服や置物、楽器。歩く人々の顔にはだれもが笑みを浮かべている。イベントで定番の風船は無く、代わりにみんな小さな花束を持って歩いているのが印象的だった。
「お父様、お母様!凄いです。人があんなにたくさん……。それに見たことないのもいっぱいですよ!いつもこんな感じなんですか?」
始めてみる大きな街の風景に興奮したマリーはいつもより子供っぽく、夫婦そろって微笑ましく見ている。
「今日は学院の入学式だからね。いつもこの時期になると遠くからやってくる人もいるし、家族が揃う家も多いから、それに便乗して出店を出したりして祭りみたいになるんだよ。」
「へぇー……。」
話は聞いているが、外に夢中でどこか適当な返事にリディアはマリーにばれないように小さく笑った。しばらくして一応満足したのか、マリーが席に座り直す。座ってすぐにマリーの隣に座っているルイが頭を撫でて感想を聞いているところを見て、リディアはやっぱり父親は娘に甘くなるというのは本当だったんだなとしみじみと感じた。
「それにしても早いものね、もうマリーも学院に入る歳になったのねぇ。」
「そうだね。あっという間だよ。無事に学院の試験にも合格して入学が決まって、それだけでもめでたいのに女子の中で一番だなんて本当に凄いな。マリー。」
そう、既にあれから約1年が経過してマリーとアルは受験を済ませて、無事に入学することとなったのだ。マリーも制服を身に付けている。
男子とは違い、濃紺ブレザージャケットに灰色のチェック模様が入った長めのプリーツスカート。濃紺のソックスに指定のブーツ。3色ある中の茶色を選択した。タイは学年ごとに違うため、ディルの深緑とは正反対の深紅だ。式を見るだけの両親は派手すぎな正装だ。装飾品も最低限で済ましている。あくまで主役は新入生たちだからだ。
話をしながら街を眺めているうちに車が学院前へに着いた。見事な運転技術で静かに止まった。ガチャリと音がして扉が開いた。先に両親が外へと出る。そしてマリーが2人の後に続いて降りようとすると先に降りたルイが手を差し出す。素直にルイの手を掴んで車からぴょんと飛び出る。
目の前には荘厳な門が聳え立っていた。マリーには端が見えないほど長く続く塀、唯一通れるであろう開閉部分は重々しい黒銀色の金属で、その色の物々しさとは打って変わって美しく繊細な模様を描いている。脇には警備をするための人が複数人立っている。微動だにせず一分の乱れのない制服姿に生きているのか不安になるほどの直立不動ぶりが、その質の高さを感じさせる。周りにはマリーと同じ新入生の一家が乗降している姿が見える。
車の中で落ち着けた胸が思いだしたかのように騒ぎ始める。女子で一番だからといって男子のように前に出て挨拶したり、何かの代表をすることはないので、そこまで緊張していなかったのだが、周りの緊張している子供たちに引きずられてしまった。何歳になっても緊張しやすいのは改善されない。
自分の鼓動を鎮めるために胸に手を当てて深呼吸をしていると、少し離れた場所からマリーの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「マリー!おはよう。制服姿凄く似合ってるよ!」
ニコッという音が聞こえそうな笑顔で話しかけてきたのはアルだった。後ろから歩いてついてくるソレンス夫妻もいる。マリーの両親と同じようにシンプルで華美でない格好だ。普段よりも露出もかなり抑えられている。アルも以前見たディルと同じ制服で深紅のタイを身に付けている。そして胸にはディルと違って金色に輝くバッジは付いていない。
そう。アルは主席になれなかったのだ。
あのマリー突破訪問事件の後、適度に息抜きを挟みつつ訓練に明け暮れた日々。アルは非常に素晴らしい成績をはじき出した。しかし、それでも駄目だったのだ。
学院では各地にいる子供たちが受験をするため受験期間が長く、約1カ月を掛けて各国で行われる。そのため定員数に決まりのない学院では点数と、それに応じた合否結果がすぐにわかるが全体での順位はなかなか分からないのだ。それでも、かなり優秀な成績をたたき出していたアルの結果を見て回りの人は皆、主席だろうと思っていた。しかし、いざ家に届いた通知には2位という結果が綴られていたのだった。
合流してすぐに会場へと向かった。大人同士、子供同士で話しをしながら向かう会場はイベントやダンスのレッスンなので使われる専用の場所だ。大きさは日本で平均的な体育館2つ分くらいの大きさだ。他にも会場へと向かう途中に練武場や、校舎、憩いの広場、食堂、寮、と大小様々な施設が立ち並んでいる。学院の総敷地面積は日本では考えられない大きさだ。その敷地内すべての地面に舗装と芝生が施されているのだから、如何に学院がお金を掛けた場所なのかが分かる。
会場内に入ると保護者とはすぐに別れて待機場所へと誘導される。保護者席へと向かい早々と座る親とは違い、新入生は歩いて入場するところからがお披露目なのだ。
マリーとアルが待機場所へと行くと、既にそこには100を超える7歳児達がひしめき合っていた。ただのお披露目なのだが、皆不安なのか一部を除いてみんなで固まっているため余計に有象無象感がある。流石にその中を突っ切る勇気も気概も無かった2人は適度に距離を置いた場所で待つことにする。
(それにしても……凄いカラフルな光景だなぁ。)
子供たちを眺めていたマリーは思った。服装はみんな制服な為、地味目なのだが髪の毛と瞳の色がカラフルすぎる。金や茶色、黒と言ったシンプルな色から蛍光に近い黄緑やまるでペンキを零したかのような紫、果てにはピンクと黄色のグラデーションや白に青の斑模様までいる始末だ。
マリー自身も含めてそれなりにカラフルな環境だろ思っていたが、この世界にはまだまだ上がいたようだ。
ふとアルと一緒に回りの子供を見渡しているとバタンと他の子に比べて大きな音を立てて男の子が入ってきた。思いのほか大きな音だったようで他の子供たちも黙って反射でそちらを向く。シーンっとした部屋に入ってきた男の子は綺麗な銀色に紫を零したような髪の男の子だった。肌はマリーと同じくらい白く、全体的に色素が薄い中、燃えるように赤い瞳がマリーの目に焼きついた。緊張しているのか、クールなのか分からないが浮かべる表情はどこまでも無であり本当に7歳なのかと疑ってしまう落ち着きがあった。マリーがその赤い瞳を注目している中、アルは顔よりもその少年の胸に輝く金色のバッジに目が留まった。
「……あの子が一番……僕が負けた相手……。」
歴代を見てみても一番でおかしくなかったアルの成績を抜いて見事主席を取った少年。さらに言えばアルの家の格と成績で次席ということは、あの少年はアルと圧倒的な差をつけたか、家の格がアルと同等もしくは上ということだ。悔しいような、悲しいような、恥ずかしいような、そんな表現し難い表情を浮かべ、ズボンの裾をギュッと握る。
そんなアルの行動に気付いたマリーがそっと手を添える。アルは首だけを動かしてマリーを見ると、いつもの優しい微笑みを向けていた。反対の手を持って行ってマリーの手に重ねる。
周りの子も流石に胸に光る金バッジの意味は分かるのか、ざわざわと近くの友達とささやいている。主席の男の子はそんな周りの視線など関係なしと言わんばかりに適当に壁際に寄ると背を預けてじっとしていた。そして、チッと貴族にあるまじき下品な舌打ちをする。その行動に驚き、慄いた子供たちはまた静かになる。
するとその静寂を切り裂くようなコツコツという足音を立てながら深緑色の髪の男の子が主席君に近づいていった。遠目で見ても分かるほど怒気を露わにし、眼鏡をクイっといじりながら近寄っていく様は、思わずモーゼの海割のように避けて行ってしまった子供を責められないほどだった。
主席君の前に立った眼鏡君はバシッと仁王立ちをし、右手を突き付ける。
「今回はお前に負けたが、次は負けないからな!お前みたいなふざけたやつに私は負けない!!」
「お前みたいなやつは負け犬って言うんだろ。」
そう言うとフンと鼻を鳴らした。かっこよく宣言だけして引くつもりだったのでだろう眼鏡君はその馬鹿にしたような態度に顔を真っ赤に染めて怒鳴りそうなところを必死にこらえて返す。
「ぼ、私は次席だッ……。それに小さいうちから鍛えすぎるのは良くないからって勉強を中心にして頑張ったんだ。お前の試験の点数は聞いた……。座学だけなら10点だけど勝ってるし、今後の計画も考えたら私が最後に勝つんだ……ッ。」
その言葉を聞いて誰よりも動揺したのはアルだった。誰だかは知らないが、まず次席が2人いたということが驚愕だ。そして、眼鏡君は座学だけなら10点差で主席、アルは座学と武術はほぼ同じ点数だった。つまり、アルは主席君には両方で負けていて、さらに座学に至っては次席ですらないのだ。アルは通知が来る前に主席かもしれないと浮かれていた自分を思い出して、恥じた。
そんなアルの詳細な事情など知らないマリーはやっぱり眼鏡掛けている人が頭いいのは万国共通かな、などとどうでもいいことを考えていた。
と、そこで教師らしき人物が来て生徒たちの誘導を始める。7歳と言えど、学院に来るレベルの子供たちである。大人しく誘導に従い多少のヒソヒソ話しをしつつ入場していく。2階席に保護者、1階席には在校生がいる。人数と身長から考えて上の学年だけなのだろう。そして席に着くと入学式が始まる。式の内容は日本での一般的な式と大差がなかった。学院長、来賓、生徒会長の挨拶とありがたい言葉をいただき歌やらなんやらを見せてもらう。正直マリーは眠りそうになってしまったが、周りの7歳児が真面目に聞いているのに精神年齢が10以上も上の自分が寝るわけにはいかないと、時折手の甲をつねりながら耐えしのいだ。そして新入生代表が檀上へと呼ばれた。先ほどの会話が本当ならばあの銀紫色の髪の男の子が来るはずだ。
「では、ステイル君。」
「はい。」
その声が響くと保護者席の方でざわめきが広がったのが分かった。マリーはどこか有名な家の子なのかとあたりをつける。
小さい足で階段の上り壇上へと上がる。普通なら大き目の階段を一生懸命上る姿にほのぼのとするのだろうが、彼はボディバランスがよほどいいのか全く乱れることのない姿勢のまま登りきる。全く微笑ましさの無い風景にマリーは少しばかり眉をひそめる。なんだかんだで小さい子供が好きな(もちろん母性的な意味で)マリーとしてはマイナスポイントだ。
答辞のようにあらかじめ紙に書かれた無いようを読んでいるだけだが、成長が早いのか、舌足らずな場面は一切無く子供特有の声の高さと体格だけが彼の子供らしさだった。
無事に読み終わった彼を称えるように拍手が鳴り響く。一礼すると自分席へと戻っていった。その際にマリーの視界にチラっと入った眼鏡君の表情はどこまでも険しく、またアルの表情もどこか恨めしそうだった。クラスは成績順で決まる為マリーを含め男子3人も同じクラスであることは簡単に予想が付く。
3人の関係を表情から垣間見たのマリーは今後の学園生活を想い、周りにばれないように深く溜息を吐いたのであった。
マリーもアルも友達少なすぎますよね。早く友達出したいけど、あんまりだしたら覚えずらいジレンマ。あと読み返したら誤字が……無いように気をつけます。