ポーカーフェイスとは如何に
子供のポーカーフェイスなんてたかが知れてますな。嘘泣きだけは謎のうまさがありますが……(遠い目)
ダンスを無事に終えた子供たちはちりぢりになって、各々が好きな場所へと移動する。子供の体力を考慮して、一回目以降のダンスは自由とされており、大抵の子供は1回か2回しか踊らない。それに習いマリー、アル、ディルクの3人も親の元へと向かう。
マリーが親の元へと向かうと、既に家族は全員揃っていた。ソレンス家も4人で固まっているので全員揃っているのだろう。それに加えて、見知らぬ男女2人がいた。
黒に近い紫の髪の色と髭が特徴的で目つきの鋭い男性と、眩しいほど輝かしいオレンジ色の髪を持つ笑顔が絶えない女性。2人ともマリーの身近にいる人以上に高い身長で、見下されているかのような錯覚に陥る。
思わず足を止めてしまったマリーだが、そんなマリーを後目にディルクは2人の元へと近寄り話しかける。
「お父様、お母様。既にこちらの家族とお話されていたのですね。」
「えぇ、あなたが邪魔してしまった2人の両親に謝っておこうかと思ってね。ふふふ。」
ディルクの母親がそう笑うと、ディルクは口をへの字に曲げて目線を逸らす。自分でも自覚があったことを指摘されて不満気である。
「……ディルクくんの両親だったんだね。すごく、大きいね。」
「うん……。大きいね。別に太ってるわけじゃないのに……。」
アルと顔を寄せ合って、ヒソヒソと内緒話。
ぱっと見た感じで女性の方で180メル、男性に至っては200メルはある。この世界における長さの単位はメル。大体地球での1cmと1メルはほぼ同じ長さである。つまり男性のほうはほぼ2mの身長なのだ。マリーで100メル、リディアで155メルだと言えば、この世界でも特に大きい存在であると分かるだろう。
「ほぉら、2人もソッチで縮こまっていないで、こっちにいらっしゃい。」
マリーとアルの後ろにいつの間にか立っていた人が2人の肩に手を乗せながら優しく声を掛けると、小さな肩をびくりと上下に動かして後ろを振り返る。
「お、お母様。びっくりしました。普通に前から声掛けてくださいよ。なんでわざわざそっと後ろに回っているんですか。」
気付けなかったことと驚いてしまったことが恥ずかしかったアルは少し怒ったような表情を浮かべてルイズに抗議する。そんなアルの様子もなんのその、何事も無かったかのように会話を続ける。
「いつまでも立ちっぱなしで挨拶の1つもしない子は知りませーん。」
プイっと顔だけを横に向けた後に目線だけアルに送り、どこか悪戯めいた顔をする。そのルイズの言葉にはっとして慌てて挨拶をする。
「え、えっと、入場の時にも挨拶しましたが、今日は招待してくださりありがとうございます。マリーと踊れなかったのは残念ですが、こんなに綺麗な姿が見れて嬉しいです。」
ユークラテス家の方へお辞儀をする。そしてくるっと方向転換をしてディルクの両親へと向き合う。
「ゲ、ゲッツァルダント家の方ですよね?はじめまして、ソレンス家三男のアルゼウスです。えっと……以後お見知りおきを……?」
意外と挨拶は数をこなしているアルだが、まだ衝撃が抜けきっていないのとあのディルクの親ということでぎこちない物になる。そんなアルの心境を理解しているのか、いないのか、女性はいまいち真意の読めない美しい笑みを浮かべながら挨拶を返す。
「うふふ、はじめまして小さな紳士さん。ゲッツァルダント・ブルドン・シャルロットです。隣の男の人は夫のダットルよ。うちのディルが想い合っている2人を邪魔してしまったようで……ごめんなさいね?楽しみにしてたでしょうに。」
軽く前かがみになりながら頭をなでる。アルは目の前に突然現れた大きな、迫力のある胸に一瞬目を奪われながら言葉を飲み込み、顔を急激に真っ赤に染める。
「こー!?こ、ここっここ恋人だなて、そんな、あの、まだ、えっと、ですね?!」
目を左右にせわしなく動かして、手も足も忙しない。ちらっと横目でマリーを見るが、話は聞いておらずソレンス家への挨拶を先にしているようだ。おそらくアルが先に挨拶を始めたのでずらした方がいいと考えたのだろう。
マリーが聞いていなかったことにほっとしたような、残念なような気分になりつつ、シャルロットへと視線を戻す。口元に手を当てて必死に隠しているが、体が小刻み揺れていて笑いを隠し切れていない。
それを見たアルは自分がからかわれたことに気付いてただでさえ赤い顔をさらに赤くする。一体どこまで赤くなるのだろうか。
「シャルロット。いい加減にしなさい。困っているじゃないか、これでは謝罪の意味がないぞ。」
腹に響くような重低音がシャルロットの笑いを止めた。体の大きさに見合った重く、深い声だった。まだまだ変声期も迎えていないお子様ボイスなアルにとっては憧れる大人の声だ。
「済まないな、ソレンス家の三男坊。マリアンヌ嬢と踊れなくてさぞかし残念だったろう。息子には私がしっかり言っておくから、水に流してくれたまえ。」
そこまで聞いて、自分が先ほどユークラテス家に言った言葉をばっちり聞かれており、皮肉にも取れることに気付いて顔の赤さが一気に引いた。
そのアルの変化に思わず苦笑したダットルはやれやれといった感じで笑いかける。
「まぁ、年齢も1つしか違わない、仲良くしてやってくれ。」
その言葉にアルよりも驚いたのはディルクだった。
「!!お父様。なんでこいつと……。」
「こいつとはなんだ。失礼にもほどがあるぞ。だいたい、マリアンヌ嬢には謝っていたようだがアルゼウスくんには謝っていないな?」
その父親の言葉にげっとバツの悪そうな顔になり、アルを恨めしそうな瞳で見つめる。しかし、ここには自分の味方がいないと悟り、一応、しかたなく、しぶしぶといった体で謝罪の言葉を口にする。
「……邪魔して悪かったな。でも男ならもっと行動で示せよ。あれじゃ踊る予定がお前だなんてわかんないだろ。」
「……お前はそれで謝っているつもりか?そんなにあの部屋に行きたいのか?……ん?」
ふてぶてしかったディルクだが、ダットルの口から『あの部屋』という単語が出た瞬間にピシリと固まり、姿勢を正す。そしてアルの方へしっかりと体ごと振り向くと「反省している許してほしい」としっかりとした態度で謝罪しなおした。その豹変ぶりに軽く引きつつも、顔面蒼白なディルクにそれ以上辛く当たるとこも出来ず、なんとなく首を上下に動かし許すのだった。
一方、マリーはソレンス家に挨拶をしていた。ルイズとは何度も顔を合わせているが、男性陣とは全く面識がない。話だけはアルを通して知っているが、話で聞いていたよりしっかりとした印象を受ける。
「あの、本日は私の招待を受けてくださり、ありがとうございます。あと、アルから話はよく聞いていますが、はじめまして。」
どこかぎこちない可愛らしい挨拶に顔を見合わせて微笑み合うソレンス家の面々。ルイズは何回も会っているからと兄2人を前に出す。
「はじめましてマリー。アルから話はいっぱい聞いてるよ。とっても可愛くて、聡明なお嬢さんがいるってね。俺の名前はゼルエウス。君の一番上のお兄さんとは友達だよ。」
そう言いながら綺麗なウインクを決める。
「はじめまして、俺はゴルゼス。俺は君の上から2人目のお兄さんと同じ学年なんだ。アルの言っていた通り、可憐なお嬢さんだね。うちには妹がいないから目の保養になるよ。」
うんうんと頷きながら調子の良い事を言う。2人のべた褒めっぷりと、家でどんな風に話しているんだろうと頬を赤く染めて「あ、ありがとうございます。」と言うマリー。その可愛らしい態度にマリーの兄達はメロメロだ。
「おい、ゼル!俺達の可愛い妹を口説くな。そこらへんの女とは格が違うんだ。」
兄馬鹿丸出しで声を掛けてきたのはギルだった。同じ歳で仲が良いこともあり、中々強い口調だ。そんなギルの態度はいつものことなのか、ゼルはやれやれと首を左右に振りながら両手を軽く上げてふぅと溜息つく。そしてギルをちらっと見るとボソリ一言。
「兄馬鹿。」
「あぁ!?こんなに可愛い妹がいたら当然だろ!!」
ぐっとこぶしを握りながら妹の可愛いところを並べ始めた長男の姿にマリーはいたたまれない気持ちになりつつ、ギルの服の裾を引っ張って止めようとする。しかし、ギルはマリーに反応するととても良い笑顔を浮かべる。
「安心しろマリー。」
その言葉に、やめてくれるのかとほっとしたのもつかの間。
「ギルお兄様は、こいつにマリーの可愛らしさを伝えきるからな。」
そう言ってゼルとの言い争いに戻ったギル。全力で遠慮したいが、もう簡単には止まってくれないようだ。そんな姿に絶望していると、他の兄達がマリーの方をぽんっと軽くたたく。兄達の助太刀が入るのか!?と期待して振り向くが、兄達全員が先ほど見た素敵な笑みを浮かべている。その様子に嫌な予感を覚える。
「「「「マリー、俺達に任せろ」」」」
結構です!!!そう言う間も無く、兄弟全員でソレンス家の兄弟にマリーが如何に可愛く、聡明で、家庭的で、優しさに溢れた素敵な女の子であるかを語り始めた。
今度こそ、傍で来ているのが耐えきれなくなったマリーはそっとその場を離れる。すると他の男性から声を掛けられた。
「はは、愛されているね、マリーちゃん。」
そう言って、話しかけてきたのは浅黄色の髪をした優しそうなアルの父親だった。
「はじめましてだよね。私はアルの父親、ベルランドだよ。」
あの気の強そうなルイズの旦那さんだとは思えないほど、柔らかく、温かい雰囲気を纏った人だと思った。立場も高いのに、腰を曲げて目線をしっかり会わせてくれるのは既に娘気分なのかと若干邪推したが、この人に限ってそれはないだろう、初対面にしてそう思えるほど優しそうな男性だった。
「はじめまして。いつもルイズ様とアルとはお世話になっています。忙しいなか来てくださりありがとうございます。」
「おやおや、しっかりしたお嬢さんだ。思わず目の前にいるのは立派な淑女かと思ったよ。」
そう言いながら髪を崩さないように側頭部を軽く頭をなでる。そんなベルランドの態度に照れて下を向いてもじもじする。
(うわー……照れる!家族以外に頭撫でられるも照れるし、なんていうか、こう、大人の男性に褒められると悪い気がしない。割と昔、憧れた男性像かもしれないなー。アルも大きくなったら、こんな感じになるのかな?)
恋愛感情はないが男も思わず見惚れ、憧れる男性というのはたまにいるがベルランドはマリーにとって、そういう対象なのだろう。見た目がハンサムで、男らしく、しっかりとした体つきに大きな手、それでいて物腰は柔らかく、子供にも優しい。ダットルほど低くはないが、聞いていて癒される声は一切の不快感も恐怖も与えない。
マリーの父、ルイも割と当てはまっており憧れはするのだが、ルイは王子様的な格好良さが強くアイドルや俳優に近い。勿論ルイのようになったら嬉しいとは思えるがちょっとマリーからすると眩しすぎるのだ。磨かれたダイヤと満開の桜のような差だろうか。
初対面なのに見ただけで傍にいるのが居心地が良いと感じられるかっこいい男性。同性愛者でなくとも見惚れて、ドキっとしてしまうのは仕方ないだろう。決して恋愛感情ではないけれど。
「ありがとうございます……。あ、あの、そのゲッツァルダント家に挨拶してきます!あの、失礼します。」
そう言って、タタタと傍を離れる。その様子を可愛いなあとデレっとした様子で眺める父親と悔しそうな顔で眺める父親がいた。
マリーがゲッツァルダント家へと近寄ると、ちょうどアルへとディルクが謝罪しているところだった。
「あれ、どうしたの?」
マリーの声を聞いて2人はバッっと素早い動き出マリーへと振り向く。あまりに機敏な動きに思わず笑いがこみあげてしまい、また口元を隠しつつ、笑いをこらえるシャルロット。諫める様な視線をダットルが送るが、中々笑いが治まらない。
その様子に、さらに疑問符を浮かべるマリーだが、自分がここに来た理由を思い出してディルクの両親へと向き合う。
「本日はお越しいただきありがとうございます。ディルクくんにはダンスの相手までして貰って……。ありがとうございます。」
ダンスという言葉に反応する各々。しかし反応は全員バラバラである。悲しそうにする者、にやりと笑うもの、クスクス笑うもの、苦々しい顔をする者、その理由が分からずキョトンとするマリー。その表情もツボに入ったのか、また笑い始めるがなんとか治めてマリーへと話しかける。
「はじめまして、シャルロットよ。貴方のダンスの相手をしたディルクの母親よ。今日はアルくんとのダンスの予定を邪魔しちゃってごめんなさいね。」
そう言いながら、両膝に手を乗せて屈みながら申し訳なさそうな表情を浮かべる。その時に寄せた豊満な胸に思わず目が行ってしまう。なんだかんだで問題なく過ごしているマリーだが、前世はれっきとした男で、今だ男だった時期のほうが長いのだ。自分にはまだない胸ではほとんど意識したことはないが、これだけ迫力のある胸を目の前で見てしまい、思わず赤面する。
シャルロットはまさか女の子が胸を見て照れるなど思っていないため、緊張してるか、珍しい物見たさかなと勘違いする。
「い、いえ。あの、邪魔だなんてそんな……。ディルクくんはすごいダンスが上手で踊りやすかったです。楽しかったです。」
マリーがそう言うとアルはこの世の終わりのような表情を浮かべ、ディルクは勝ち誇ったような顔をして胸を張る。先ほどの謝罪はディルクの記憶から消去されたようだ。
「でも、私も昔やったから覚えあるけど、先生を除いてファーストダンスの相手って大切でしょ?それを勝手に奪っちゃったわけだし……ねぇ?」
その言葉にさらに張った胸をさらに膨らませ、どーだ!と言わんばかりに泣きそうなアルをニヤニヤと見つめる。
「あ、ファーストダンスじゃないです。初めて踊ったのは先生を含めてもアルなんです。」
その一言に今度はディルクが目の前で好物をゴミ箱に捨てられたような表情を浮かべ、張った胸がしぼむ。そして、反対にアルはキラキラと瞳を輝かせて、ふふんと胸を張る。この世は終わっていなかったようだ。その様子をマリー越しに見ていたシャルロットはまた笑いそうになるが、必死に抑える。
「そ、そうなのね……ふふ。恋人の仲を裂くようなことがなくてよかっ、よかったわ。っぷ。ふふふ。」
何故、シャルロットが笑っているのか分からないがマリーは話しを何か膨らませようと考える。
「あ、そういえばディルクくんは長男だって聞きました。3人家族なんでしょうか?」
まだ5歳でたいして話題も無いため、無難に家族の話題を振ってみる。シャルロットはなんとか笑いを鎮めていると、切り替えの早いディルクがその質問に答える。
「弟が1人いるよ。エミルスっていうんだ。結構可愛い顔してるぞ。泣き虫なのが残念だけどな!まぁ俺がいるから大丈夫だ。まだ3歳で来れないから留守番してるんだ。今度うちに見に来なよ。年下ってほとんど見たことないだろ?」
「え、いいの?会ってみたいなぁ。」
家族の紹介に加え、さりげなく家へと招待するあたり6歳とは思えない頭の回転だ。そして、その作戦に気付かないあたりがマリーがマリーたる所以か。
アルはばっちりディルクの下心を感じ取り、睨みつけるが言っている内容は何一つ問題なく、自然なため割って入って弟と会うのを阻止した方が悪役になってしまうだろう。ぐぬぬと歯を食いしばる。
互いに表情は隠せているつもりが、貴族社会を生き抜いている親達からすれば、すべて感情が筒抜けであり、いつの間にか妹自慢をしていた兄達も揃って3人の動向を見ており、何人かが顔を隠しながら笑っている。
こうして3家族の対面は想像より和やかに過ぎていくのだった。
幼少期は登場人物紹介回多いです。ですが、3人の子供たちだけしっかり覚えていただけたら問題ないと思います。
次回はさらに女の子が増えます。登場人物は一遍に出した方がいいですかね?悩みます。
今度から0時ジャストじゃなくて0時前後にアップします。1時間過ぎただけであきらめて次の日に上げるのもなんか微妙だったので。