突然の嵐
恋愛をメインに入れているのでベタっぽい雰囲気を入れていきたいと思っています。
冷え切った空気、雲ひとつない澄み切った空、ハイルの季節らしく吐く息が白くなる。しかし、そんな外の雰囲気と打って変わって館の中は熱気とも呼ぶべき騒がしさに包まれていた。
今日はマリーの誕生日会と言う名の社交界デビューの日である。
普通は豪勢なパーティーや社交場は夜のイメージがついていると思うが、今日の主役は5歳の子供達。あまり遅い時間になってしまうと眠くなってしまう子がいるため15周からスタートする予定だ。
パーティー開始まであと30刻み。マリーは既に着替えを済ませて準備万端だ。ナナルと共に会場である部屋へと歩いて向かう。
「ふぅ。やっぱり普段のと違って、しっかりしたセットは大変だね。」
「ふふふ。美しさと苦労は常に隣合わせなんですよ。」
昼ごはんを軽く食べてからは、ずっと着付けに時間を掛けていたマリーはナナルにそうこぼす。それを聞いて、なんだかんだでまだ子供だなと思いながらナナルくすりと笑う。
「それにしても今日のお嬢様は一段と可愛らしいですね!もちろんいつも可愛らしいですが。特に、今日は美しさも加味されて……私、思わず興奮してしまいますぅ!」
「そうかな……えへへ。」
ナナルがそう熱く語るのも無理はなかった。
今日のマリーの服装はレモンイエローが鮮やかな!ラインのパフスリーブのドレス。幾重にも重なった花柄のレースがどこか妖精のような神秘さを醸し出している。こ
いつもはほとんどしないネックレス等のアクセサリーも少し付けたことで背伸びしている感じがほほえましくも感じる。ハーフアップにして残った髪を左右に分けてふんわりさせたことでお姫様度アップだ。
その髪を留めるのはもちろんアルからもらったプレゼントだ。今日はおそらくアルと一番最初に踊ることになるだろうから、きっと着けていることに気付いたらとても喜ぶだろう。これはマリーとナナルとリディアの意見の総意だ。
ちなみに性転換ものによくある女の子の服恥ずかしいよぉ、という展開は一切ない。もう5年目の女で慣れたというのもあるが、もともと作っている服が女物が多く、デザインの豊富さで興味があったものなので、服を買うときはむしろ自分でいろいろと積極的に確認しているくらいだ。
ちなみに今回のドレスのレースの重なり具合は特に素晴らしく、いつか作ってみたいと目論んでいる。
「いつもより少し重い服だから、うまく踊れるか心配だなぁ。」
「大丈夫ですよ!あんなにダンスの練習頑張ったじゃないですか。それにパートナーも既に社交界デビューを無事に済ませたアルゼウス様ですし、上手にリードしてくださいますよ。」
心配そうに俯くマリーを励ますようにナナルが両手にぎゅっと拳を作って笑いかける。
ナナルの言うようにアルはマリーよりも誕生日が速いため、既にいくつかのパーティーに出席している。まだ誕生日を迎えていなかったため、アルの誕生日会には行けなかったが話は何度か聞いている。
ソレンス家の持つ館の一つで開催された誕生日会と言う名のお披露目会。アイルザークの慣習により13の家と合同で開催された。
お披露目会は規模が大きく、来場者数が多ければ多いほど家の地位や評価、将来性が高いと認識される。そのため、どの家もこぞって豪華に派手にと苦労するのだ。
弱小貴族は出来れば娘を玉の輿に乗せたい、しかし家の金では辛いし他の大物と被った場合には人が来ない可能性すらある。合同でやる慣習が無かった時代は、娘のために借金をしてまで豪華にし、その返済に苦しむ『お披露目難民』なんて言葉が生まれたくらいだ。
規模こそ小さくなったが伝統ある貴族の家が潰れることに悩んだ者と豪華な催しが出来ないことに悩んだ者は互いに手を取り合い、他の誕生日が近い、もしくは誕生日が同じ子供を抱えた者同士で合同開催するようになったのだ。
それにならってソレンス家も何件かの家と合同で行った。出資額が一番大きく、家の序列が一番高いこともあってソレンス家がメインだった。何事も起きず、滞りなく行われた。アルの大人びた態度とダンスは他の家の者達を圧倒して、他の子供たちと大きく差を付けて評価されたのだった。
そのことを聞いたマリーは純粋に凄いと思い、称賛したがアルはあれくらいならマリーも簡単に出来るよ、と笑い掛けただけで話は終わったのだった。
マリーとしてはもっとアドバイスや感想を聞きたかったのだが、アルからしてみれば教養全般に問題らしい問題がないマリーには何も言うことは無いと思ったらしい。
そんなことを考えながら歩いていたせいだろうか、いつもより注意力散漫だったせいで自分に近づいてきているモノに気付かなかった。
ドンっという衝撃と共にマリーは突き飛ばされて、尻もちをついた。幸い床は柔らかい絨毯だったため、怪我も大した痛みも無かった。しかし、突然のことに驚いたマリーは呆然として座り込んだままだ。
「ごめん!!急いでて……怪我してないか?ほら、手つかまれよ。」
呆然としていたマリーへと見知らぬ男の子が手を差し出す。どうやらマリーは走ってきた男の子とぶつかってしまったようだ。
出された手をほぼ無意識でつかんだ。すると、ぐいっと力強く引っ張られて立ちあがる。そこまでして初めて相手の顔を見た。
(まるでお日様みたいだ)
茶色というよりはオレンジ色という方がしっくりくる髪。外にぴょんぴょんとハネていてるところがなんだか可愛らしい。ニッと笑みを浮かべながら見つめる瞳は森のように深い緑でヤンチャそうな雰囲気とは正反対に知的な印象を受ける。年齢はおそらくマリーと同じか少し上くらいだろうか。
家族とアル以外で初めての男の子との邂逅。思わずまじまじと観察をしてしまったが、マリーがじっと見つめて黙っている間に男の子は急いでいたのか、やばいっと一言言うと走り出してしまった。しかし、少し走ったところでくるっと振り返った。
「ごめん本当に急いでるから、また後でなー!」
そう言うと駆け出して、その後は振り返ることなく行ってしまった。雷のように急に現れてスッと消える男の子だった。時間にして3刻みほどの出来事だった。マリーは少し前世で読んだ少女漫画っぽい展開だなぁと呑気に考えて、1人心の中で日本を懐かしんでいた。
ここまで来てナナルはやっとあわあわと慌てながらマリーへと駆け寄る。
「お、お嬢様大丈夫ですか?!すいません、私が気付いて受け止めるなり、抱き起こすなりしなくてはいけなかったのに……。メイドとしてあるまじき行動でした。申し訳ございません。」
ナナルはバッっと頭を下げると顔をくしゃくしゃにして謝罪する。そしてすぐに頭をあげてマリーの服と髪の乱れを直し始めた。謝罪をもっとしっかりと行いたいところではあったが、それよりもお披露目の開始時間が近い。お嬢様のみっともない姿は見せられないと気を引き締め、細心の注意を払いながら乱れを直す。
「それにしても、お行儀の悪い子でしたね。廊下をあんな勢いで走るだなんて、貴族にあるまじき行動ですよ。」
自分の情けなさの八つ当たりもあるが、自身もそこそこ良いところの出であるナナルは廊下を走るという行為をする貴族というものが信じられないのか、ぷんすかと怒っていた。それでも手は一切休めないあたりは流石お付きのメイドである。
「そうね、私も緊急事態以外で家で走ってる姿を見たことないわ。たまに訓練で走っているのは見かけるけど。」
「貴族ならそれが普通ですよ!もちろん緊急の時は別ですが、特に今日はお嬢様のお披露目ですよ。そんな特別な日にあんな態度だなんて駄目です!」
未だに怒り心頭なのか、普段より強い語気で話すナナルをなだめるように、まぁまぁと困ったような笑みを浮かべる。それを見て、ナナルはこれ以上はマリーの害になると思い、気を落ち着かせる。
「はい。これで可愛い可愛いマリーお嬢様の完成です!先ほどのハプニングで少々時間を取られましたが、まだ余裕はありますね。ゆっくり向かいましょう。」
きりっとした表情を浮かべて歩きだすナナル。今度は何があってもマリーを守るという決意が全身から漲っている。そんなナナルの様子に微笑ましい気持ちになったマリーは少し緊張がほぐれて、案外ぶつかったのもラッキーだったかもなどと楽観的なことを考えるのだった。
会場では、既に大勢の人が入っていた。今回の主役である子供たちはまだ入っていないが、他の既にデビューを済ませた子供、家族は皆揃っている。
ユークラテス家の面々も既に会場入りをして招待客の出迎えなどをしている。そんな中、ユークラテス家の兄弟達は笑顔を張り付けて挨拶をしつつ、こそこそと話しをしていた。
「なかなか大物が釣れているじゃないですか。やはりうちの規模だと凄いですね。」
「あぁ、特にユークラテス家の初めての女の子だからな、家を保持しつつ支援を狙える超優良株だ。みんな喉から手が出るほどマリーが欲しいんだろ。」
「こら、マリーをまるで都合のいい女のように言うな。」
「怒るところそこなの?本当にシェリー兄さんはマリー大好きだなぁ。まぁ俺も大好きだけど。」
「お前らもっと声を抑えろよ。耳ざとい奴が聞きつけていちゃもん付けてくるかもしてないだろう。」
ナディとダイの会話に怒るシェリー、そのシェリーのマリー至上主義にさらに突っ込むハル。一応ギルが長男らしく注意をするが、それも形だけなのかあまり真剣味は無い。
仲がいいのは素晴らしいことだが、この兄弟達は一回盛り上がるとなかなか静まらない。ギルの注意で音量は多少下がったが話しは止めない。
「おぉ、グレイドズ家も来てる。うわぁミレンバ家なんて無理しちゃって……あの衣装たぶん新調したてだよ。」
「ナディは相変わらず目がいいなぁ。俺には卸したてかなんてわからん。」
「ダイ兄さんはさ、武術ばっかりやってないでもっと芸術方面磨いた方がいいよ。絶対社交場では必要だもん。もう300年以上戦争もないんだし、軍を目指して武術ばっかり磨いても……ねぇ?シェリー兄さん。」
「確かにナディの言うことにも一理あるな。しかし武術が兄弟で一番出来て、国全体で見ても同年代の中で抜きんでているんだ。そこを伸ばすのはありだと思うし、戦争が無いから軍がいらないってことでもないぞ。それに上層部なら国の中枢に入るしな。」
「政治家として活躍したいシェリー兄さんとしては、そっち方面でも肉親がいると助かる感じ?打算的ー!」
「……ナディ、お前ちょっと変に考え過ぎだ。兄弟が活躍しやすいところへ行くのを希望するのは普通だろ。お前はひねくれすぎだぞ。」
「僕からしたらマリー以外はみんな割と腹黒いところあると思うけどね。」
「お前ら本当に静かにしろ。」
おしゃべり好きなナディが湯水のように止まらず色々な客の様子を語ると、意外と素直で優しいダイは話しに乗ってしまい、その話題にシェリーも律儀に返答してしまう。ハルはギルを一番信用しているため他の兄弟ほど話しには乗らないが、ついつい一言を口を出してしまう。
最初は黙って見逃していたが流石に話が盛り上がってきてしまったため、またギルが止めに入る。その間、全員がまるで腹話術のように顔は笑顔のままで口をほとんど動かさずに話すあたりは流石、上流階級の子息と言ったところだろうか。
そんな風に兄弟のじゃれあいをしていると、会場が静かになっていく。どうやら司会を務める物が檀上へ上がったようだ。そのことに気付いたギル達も今度こそ口を閉じてそちらへと顔を向ける。
司会の男が挨拶をして通常の流れ通りことが運んでいく。そして、演奏隊による煌びやかな音楽と司会の男の紹介と共に子供たちの入場が始まった。
最初は下位貴族の子供達だ。最初ということもあって先頭に立つ男の子の歩き姿はぎこちない。その様子を一番ハラハラしながら見ている髭の男は父親であろう。少し情けない姿だが、誰も笑いはしない。誰もが通る道ではあるし、将来への重要性も高いこの行事を軽く見るものなどいないからだ。
ぎこちないながらも指定の場所まで移動した男の子はこけたり間違えなかったことにほっとしたのか少しだけ緊張がほぐれたようだが、まだまだ表情は硬い。
その後も着々と子供たちが入場してくる。今回は20人と少し多めだ。そのため入場だけでも時間がかかる。後半になってくるとしっかり訓練してきたのか、だいぶ落ち着いた様子の子供が増えてきた。だんだんと豪勢な衣装へと変化していく様を胃を痛めながら見つめる親達。いくら会場が合同となっても衣装は自前なのだ。できるだけ見栄えの良い物を揃えたが、流石に最高級品の物と比べると見劣りしてしまう。
だが、そんな考えも最後のユークラテス家の子女、マリアンヌが来たときに吹っ飛んでしまった。
まさに天使だった。
背筋をピンっと伸ばし、静かに流れるように歩いてくる。他の子供たちとは比べ物にならないほどの品の良さを感じさせた。桃色の髪は愛らしさを強調し、歩くたびに靡く髪とドレスの裾はまるでそよ風のようだった。ほんのりと染まる頬は子供らしさと少女らしさを演出する化粧のようだった。
そんな周りの評価とは裏腹にマリーは非常に緊張して、焦っていた。よく見れば手も震えていたし、瞳も潤んでいた。中身が周りの子供より年上な為緊張はそれなりに隠せているが、マリー自身は人前に立つことが苦手な人間である。ましてやトリで入場して会場中の視線を一身に浴びて、今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
緊張で転びそうになるを防ぐためにゆっくりと歩く。幸い靴はヒールと呼べないくらい低く、安定しているため歩きやすい。ただ、そのせいで見られる時間が増えるためマリーの緊張とストレスは頂点に達しそうだった。
そんなマリーの何気なく流した視線の先にアルがいた。アルはマリーをじっと見つめ、マリーが自分のことに気付いたことを理解し、緊張をほぐすためにも優しい笑みを浮かべた。まるで自分がここにいるから安心してと言わんばかりの笑顔だった。
(5歳の子供の微笑みで緊張がほぐれるって中身的にどうなんだろうか)
そんなことを考えて少し笑ってしまうマリーだったが、考え事が出来るくらいには余裕が出ていたことには気付いていない。マリーは自分が思っている以上に5歳の異性の友達であるアルを信頼しているのだ。
アルのおかげもあって何事も無く、無事に指定の場所まで移動することができた。全員揃ったところで子供たち一人一人があいさつをしていく。
言葉に詰まってしまった子、ハキハキと元気いっぱいな子、思わず泣き出してしまった子、色々いた。そんな子供たちの様子を見守る親、評価する親、の熱い視線で静かにヒートアップしていった。
そしてマリーの順番が来た。流石にユークラテス家の強心者達もごくりと固唾を飲んで見守る。
「本日はお忙しい中、私達のために時間割いてくださりありがとうございます。今日から私達は5歳となり、兄や両親のように皆様の前に立つこととなりました。まだまだ未熟で皆さまからは学ぶことばかりですが、いつかこの国を支え、礎となる人物になれるように練磨しいく所存です。どうぞ、これからの長い間よろしくお願いいたします。」
凛とした姿を維持したまま話切ったマリー。最後に一礼をして下がると会場からは暖かい拍手が送られた。話している内容は、どこの家も同じようなものだったが、その話姿はマリーが誰よりも輝いていた。
マリーの立派な姿を見て、涙目になるシェリー。そんなシェリーをなだめるように兄弟達が背中を軽くたたく。ナナルも自分の仕えるお嬢様の凛々しい姿に胸を打たれて心の中で暴れるが、外面は静かなメイドを演じ切っていた。
そして場は和やかな雰囲気へとなり、ダンスの時間となる。このときに踊る相手で、子供の評価がだいぶ変わるため主役の子供と親はまた緊張した面持ちになる。大抵の家はあらかじめダンスの相手を依頼しておくので、そこまで心配するものでもないのだが、稀に入場と挨拶の段階で見限られたり、逆に見初められたりすることもある。また、事前にアタックできなかった家の子供がこのチャンスに声を掛けてくる可能性もある気が抜けないのだ。
これもまた、入場順でどんどんペアを組んでダンスホールへと移動していく。そして例に洩れず、マリーもアルと踊る予定なのでアルがマリーの方へと歩いてくる。マリーもアルも嬉しそうに笑い合っている。その姿を見た他の貴族達は初々しい様子にほっこりとする。
そんな会場の雰囲気を切り裂くように、1人の男の子がアルよりも早くマリーの前へと颯爽と現れた。それは先ほどぶつかった男の子だった。
「はじめまして、ユークラテス家のお姫様。私はゲッツァルダント・ブルドン・ディルク。是非ダンスのお相手をお願いします。」
そう言いながらダンスの申し込みをするディルクの姿はまるで王子のようだった。どこからかうっとりとした溜息と驚愕の声そして困惑の声が聞こえてきた。
うっとりした声はディルクのそのかっこよさに、驚愕の声はディルクの家に反応していた。困惑した声はソレンス家とユークラテス家の仲の良さを知っている者達である。同じ年齢である三男がいるのだ、きっとマリーの相手はアルになるだろうと思っていたところにこの不意打ちである。思わず声を出してしまったのも仕方無いだろう。
ゲッツァルダント家。それは一度失われた家として有名であった。
今から200年前。最後の戦争である南北調和戦争での出来事。古くから続くゲッツァルダント家はその戦争において、前線での活躍はもちろんのこと物資確保でも活躍をしていた。しかし、とても信頼していたとある貴族に裏切られてしまい、活躍をすべて横取りされてしまったのだ。さらには戦場でもっとも危険な場所に取り残されてしまい、あわや全滅というところまで行ったのだ。なんとか生き延びたゲッツァルダント家ではあったが、このことで貴族というものが嫌になり自ら家名を捨てたのだ。
しかし終戦から100年後のこと、とある学者の調査で全ての事実が明るみとなり裏切った貴族は遠方へと飛ばされ、ゲッツァルダント家は王からの命により再び貴族へと帰り咲いたのだ。
このときにはすでに商人として目覚ましい活躍をしていたゲッツァルダント家は元から多かった資産をさらに増やしていた。このときの商人としてのやり方やコネを利用し、他の領地とは一線を画すやり方で他国すらも注目する存在となったのだ。最近では学院で講師もしており、名前がさらに広がっている。
現在、ソレンス家に比べれば家の格は下であるが、単純な総資産と今の注目度はゲッツァルダント家のほうが上だ。さらにアルが三男なのに対してディルクは長男。女の子を嫁がせるには長男のほうがおいしい。
そんな好物件からのダンスの誘いである。簡単に断っていい相手ではない。もちろんマリーはそんなことは知らないが、そもそもアルと踊るはずだと言われていたのだ。典型的な日本人であるマリーは突発的な出来事に弱い。そのため、どう対応すべきか悩んでいるのだ。
マリーはちらりと家族の方へと視線を向ける。兄達は何やら焦った表情をしているが、母は特に動じることなくマリーへと頷く。
(これは自由にしろってとなのかな?断っても、乗っても問題ないのか……)
アルが割って入って良い物か悩んで二の足を踏んで、マリーが悩んで手を泳がせているとディルクが片方の手をマリーの手を、もう片方の腕でマリーの腰を囲い込み、優雅に見えるけども簡単には離れられないポーズを取らされる。この状態ではもうマリー自身で穏便に断るのは難しい。
「さぁ、踊ろうぜ。」
小声でマリーに告げると歩き出す。ホールの真ん中へと堂々とエスコートするディルク。その姿はさながら獅子王が如く、自信に充ち溢れて輝かしいものだった。まるで場を支配したかの様な存在感。そこには彼の邪魔をしてはいけないと思わせる何かが確かにあった。
そんな様子にアルは呆然としていたが、歩き出し姿を見てハッと気がついて2人へと近寄る。しかし、アルの足音に気が付いたディルクが振り返る。
一瞬の視線の交錯。アルは負けじと強気な目線を送るが、ディルクは鼻で笑ってホールの真ん中へと辿りついてしまった。
そこまで行ってしまった状態でマリーを取り戻したら、アルのほうが不作法者となってしまう。アルはぐっと唇を噛みしめるとディルクをギラついた目で睨んだ。
ディルクはそんなアルの視線を受けても意に介することなくマリーとダンスの構えを取る。マリーはちらちらとアルの方へと視線を送るがアルはどうすることも出来ず、邪魔にならぬようにそっとその場から離れるしかないのであった。
5歳ってすごいあざといし、賢いんですよ……嘘無きもできますし、男をたぶらかすこともお手の物です。(実体験あり)