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第28話:二つの秘術

 足の速いウィークが妹を背負ったまま百合達の所に一番早く戻ったが、妹ではなく、アイラ達を連れてこなかったことに少し後悔した。

「なんなんだよ…一体何が…」

 そこは嵐が過ぎ去った後のように静かで、周りの木々には何かでできた傷と、紫の物体がつけられていた。それはスライム達であった。再生は不可能なほど粉々にされていた。

 そして、女性が二人仰向けで倒れており、その傍で少女が泣いていた。子犬が倒れている女性の一人の顔をしきりに舐め、悲しそうな声で鳴いている。

 倒れているのは百合と星羅、泣いているのは藍だ。

「お姉ちゃん…星羅さん…」

 ウィークはとにかく百合、星羅の状態を調べることにした。

「ドール、じゃないや…えっと、とにかくお前は早くアイラちゃんかコイルさんのどっちか呼んでこい!」

「…わかりました」

 ウィークは背負っていた妹を地面に降ろすと、すぐに指示を出し百合達のもとに駆け寄った。

 妹の身体に憑いた精霊は反発をせず、ウィークの指示をうけるとすぐに走り出した。

「! 誰ですか!?」

 彼が近付くと藍は腰に提げていた小さな袋からクナイを取りだし、ウィークに切っ先を向けた。まだ幼いがちゃんとした忍の卵。この状態であっても動きに隙はなかった。子犬も毛を逆立て唸る。

「オレは百合さん達に世話になっている旅の者だ。百合さん達と一緒に君たちをスライムから助けようとしたんだか、歯がたたなくて…」

「逃げたんですか?」

 藍の真っ赤になった目が冷たくウィークを見る。

「ち、違う。呼ばれて振り返ったら異常なまでの気を放出してて」

 藍の言葉に焦るように答えるウィークは、どう見ても言い訳をしているようにしか見えなかった。

「わかりました…どちらにしても、あなたはお姉ちゃん達を置いて逃げたにはかわりはありませんよね?」

 じわり、と目に一度ひいた涙をうかべる。取り乱すことなくそんな目をされて言われては、さすがにこれ以上言い返すことはできない。

「…ああ、すまん」

 ウィークは俯き、謝罪をする。少しの間沈黙が続く。

「…過ぎたことを今さらどうこう言い合ってもしょうがありませんよね、私こそごめんなさい」

 彼の謝る姿を見て、藍は小さく息を吐いて頭を下げた。謝ったはずの自分に更に謝った藍に驚き、顔を上げて首を横に振った。

「い、いや…ところで、二人の容態は?」

 この何とも言えない気まずい雰囲気に堪えかねたウィークが話題を変える。というか、今、一番大事なことだが。

 頭を上げた藍は冷静に答えた。

「脈はありますが、かなり危険な状態です。出来れば早く里長に診てもらいたいのですが…」

 藍はやっと警戒心を解いたのか、クナイを袋の中に戻しながら言った。

「ちょっとまっててくれ、すぐに俺の仲間が来る。仲間には魔術士が居るから治せるはず」

 仲間が来ることを聞いても藍の表情は晴れなかった。もともと曇っていたのか分からないが。

 表情の変わらない藍は首を横に振った。

「無理です」

 藍は百合を見た。微かに表情が変わる。

「どんな高位の魔術士でもこの状態から助け出すことは出来ません…里長に診てもらうしか、二人が助かる(すべ)はありません」

 少女は顔を上げ、また固い表情でまっすぐウィークの目を見て告げる。嘘ではないと、少女の目は必死に訴えかけてきた。

 ウィークは一度目を閉じると、何も言わずに立ち上がる。

「…そうか、じゃあ急がないとな」

 優しい顔で自分の頭をくしゃくしゃに撫でる男を軽く睨み付け、手を払う。しかし、その顔は先程のように固いものではなく、どこか柔らかい、優しいものだった。

「…はい」

 そう言って藍も立ち上がり、姉を背負おうとしているのをウィークがとめる。

 さすがに子供の藍が自分の倍くらいの人間を運べるはずがない、とは言ってもウィーク一人で二人を運ぶ、出来ないことはないが、時間がかかってしまうだろう。そんなことを考えていると複数の足音が聞こえてきた。

「ウィーク!」

「アイラちゃん」

 やっと、妹のドールに仲間を呼んでくるように頼んだのを思い出した。

「二人の容態は?」

 コイルが星羅の横に膝をつき、二人の顔を覗き込みながら尋ねた。

「実は…」

 ウィークは後から来た三人に事情を説明し、里に急いで戻らなければならないことを告げた。

「二人は一体何を使ったの? こんな状態になるなんて、普通じゃない力の使い方ね」

 説明を受けている間、コイルは気休めだが、アイラと共に二人を回復させていた。

「お姉ちゃん達は高位の忍にしか伝授されない秘術を使いました」

「秘術?」

 精霊が身体から抜けたドールは前屈みになり、背の低い藍の身長に合わせて問いかけた。

「はい…黒龍家最強の術、通常の約五倍の力を使うため使用者の身体は耐えきれず、必ずそれ相応のリスクを負います。また、そのリスクを取り除ける術は長しか知りません」

 それ相応のリスクを負う。その言葉に、全員の顔から血の気が引いた。

「わかった。よし、俺とウィークで二人を背負っていこう」

 一通り説明を受けたノイが星羅を背負う。

「お願いします。私は先に里に戻って長に話しておきます。里まではこのグロー丸が案内しますので」

 藍の言葉に答えるように、ワン、と子犬は鳴いた。少女はグロー丸の頭をひとなでして、消えるようにして走り去っていった。

 それを見届けて、ウィークが百合を背負う。

「よし、行くか」

「ちょっと待って!」

 走り出そうとした皆を停めたのはコイルだった。

「私達はあんたたちのスピードに付いていけないと思うから、後からいく」

 コイルは自分のポケットから何かを探しながら言う。もちろんノイが反論をする。

「は? そんなこと言ったって、グロー丸は一匹しかいないし、里への道も分からないだろ?」

 後ろを振り返り呆れたような顔で話すノイ。

「あ、あったあった。ねぇグロー丸、これを首に着けてくれない?」

「わん」

 コイルが取り出したのは、小さなシルバーのバッジだった。バッジを自分のハンカチに取り付け、それをグロー丸の首にくくりつける。

「それは?」

 百合を落とさないよう、背負い直しながらウィークが聞いてきた。

「発信器。この指輪がその発信器が発する信号を受け取り、光で案内してくれるの」

「今の技術って凄いですね。これ、どうなってるんです?」

 グロー丸にハンカチを着け終わったコイルに、ドールがそのバッジを覗き込みながら感嘆の言葉をもらす。

 状況を理解できているのか出来ていないのか分からないメンバー数人に対して、アイラが手を二、三度叩いた。

「これの説明は後! 早く百合さん達を運んで!」

「はい!」

 グロー丸を先頭に、ノイ、ウィークの順で里に向け森を駆けて行く。しばらくして他の三人も里に向け歩き出す。

「とにかく、今日中には里に着きたいわね」

「そうですね」

 コイル、ドールの順に呟きながら二人並んで歩いている。

 まだ太陽は出ている時間帯だが、既に傾きかけ、木々の隙間から大地にオレンジ色の光の帯がかかる。

 里を出たのは早朝のはずで、移動時間は不明だがかなり歩いていた気がする。もちろん休憩を挟みながら歩いた。スライムとの戦闘は多く見積もっても、約二時間半から三時間ぐらいだろう。

「まあ、次の陽は見る前には着くでしょ…」

 アイラの言葉に、本人も含め三人は大きくため息を吐いた。


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