第27話:スライムのボス
一度は、アイラの魔術で大半を焼き払ったと思われたスライムの大群が、再びメンバーの前に現れた。
「どういうこと…?」
百合がその場に崩れるように座り込む。
コイルが周りを見渡して口を開く。
「…どうやら、あのスライスが原因のようね」
そう言って、彼女が指差した先にいたのは一匹の巨大なスライムの姿。先程までは姿を見せていなかったはずだ。
「あいつ、このスライム達のボスじゃないか? あんな遠くに居やがって…!」
ウィークが剣を再び構え、巨大なスライムを睨み付ける。巨大なスライムは他のスライムに守られるようにしているところを見ると、ウィークの考えては間違ってはいないようだ。
そして、巨大なスライムの後ろから次々と普通サイズのスライムが姿を現す。
「もしかしてあいつ、仲間増やしてないか?」
「そんな馬鹿な…一体のスライムが分裂できる回数は限られているはずよ」
ノイの言葉にアイラがすぐに反論をする。
しかし、もしノイの言うことが正しいのなら大変なことだ、通常のスライムが分裂できる回数は三回未満だ、今目の前にいる巨大なスライムは少なくとも十回はしている。
「何なんだあいつ…」
すると、突然スライム達が襲いかかってきた。
「きゃあ! 何か怒ってる?」
ドールが慌てて兄、ウィークの後ろに隠れる。
「ちっ…」 ウィークは構えていた剣をそのまま振り落とし、向かってきたスライムを真っ二つに斬る。
「まだまだ!」
真っ二つになったスライムをさらに細かく切り刻む。すると、スライムは細かくなりすぎたため、核を分散させることができずに、ただの紫色の物体となり地面に落ちた。
ドールがウィークの服の裾を引っ張る。
「ん? どうした?」
ウィークが振り返ると、妹が裾を引っ張ったまま俯いていた。
そして小さな声で、気持ち悪い。と言ってその場で意識を失ったかのように倒れた。
「おい! ドール!」
ぐったりとした妹を間一髪で地面に着く前に左腕で抱え込むようにして支える。右の剣は下ろすことなく、向かい来るスライム達を切り捨てていく。
他の仲間もスライムの相手をしているようだ、だが、みな手こずっている。
「コイルさん! 何かいい方法ないの!?」
ノイは、後ろで詠唱をおこなっているコイルに尋ねた。コイルは詠唱しつつも、すぐに答えを返した。
「手っ取り早いのは召術でシルフ達を喚びだして一気にやるのが良いんだろうけど、今の私たちの力じゃ無理だわ。一回喚びだせるかどうかぐらいの力しか残ってないの。しかも一度に大量に喚ぶとなると…」
コイルがすまなそうな顔をして答えたあと、星羅が会話に入ってきた。
星羅の服には少しも汚れがついてなく、汚れ放題のノイとは真逆と言っていいほどだ。
「私に考えがあります。少し時間稼ぎをお願いしたいのですが…」
「…わかったわ」
「ありがとうございます」
そういうと星羅は百合の横に移動し、
「百合、力が入りすぎ」
ぽん、と百合の頭に手を置いた星羅は、そのまま百合を髪をくしゃくしゃになるぐらい撫でた。
「な、なにを…」
星羅を見上げると、彼女は意を決したような顔つきで、一番巨大なスライムを見ていた。その表情から彼女の考えが分かったのか、百合は口を開いた。
「…あれをやるのね?」
「ええ…私は覚悟できてる。百合は?」
星羅の問いに百合は躊躇いを見せず、答えた。
「最初からこのつもりだったわ…」
百合も星羅と同じように、敵を見据えた。
スライム達はこちらに攻撃をしかけつつ、互いの上に登り藍にも近づこうとしている。老樹を登ろうするスライムは、気持ち悪いほど重なりあっている。
ふと、星羅が視線を百合の下ろされた手に持っていくと、彼女はぎゅっと小さな刃物、クナイを握りしめていた。
「百合…行くよ」
「いつでもどうぞ」
二人は会話の後、すぐに気を溜め始めた。
全身の気を集めて手に集め、凝縮させる。その気は目に見えるほどまで高まり、星羅は濃い黄色、百合は青みがかった白の気を放っていた。
そんな二人の放つ気に気付いたのは、やはりコイルだった。普通では考えられないほどの気を全身からかき集めている二人に、鳥肌が立った。
「信じられない…こんな気を一気に放ったら二人は…」
百合と星羅を見て顔色を変え、立ち尽くしているコイルにアイラが背後から話しかける。
「コイルさん。どうしたの?」
「ア、アイラ…」
コイルは、アイラに二人のほうを見るように指差す。彼女はそれに従い、二人を見た。
「……コイルさん!」
勢いよく振り返ったアイラの顔は先程の健康的な顔色ではなく、青ざめていた。
その時、百合が口を開いた。
「皆さん、敵から離れてください。そしてなるべく遠くに」
ノイやウィークは反論しようとしたが、重い気を放っている忍の二人を見てなにも言わずにウィークはドールを抱えて、ノイはアイラとコイルの手を引きその場を離れた。
スライム達はその場を離れる者を追うことはしなかった。いや、できないのだ。百合と星羅の気に圧され身動きがとれずにいる。
ノイ達が離れていったのを確認すると、百合が敵に歩み寄った。心なしか足元がふらついているように思えた。
「あなた達が妹達を縛り上げなければ…抵抗さえしなければ、私たちはこの技を使うつもりはなかった…」
さらに近づいて背にある小刀を引き抜く、手に集めた気を刀に流し込んでいく。
「覚悟はいい?」
星羅もクナイに気を流し込み、ゆっくり目を閉じて集中する。
精神を集中させて刀に送り込んだ気が外に放出しないように、固めて刀に閉じ込める。
百合達から離れるように言われ、ノイ達は全力で森の中を走る。
男性陣はまだ大丈夫、というように足が止まる気配はないが、頭脳派の女性陣の足は限界がきているようだ。アイラはノイに引きずられるように走っている。いや、ほんとに引きずられていると言っていい状況だ。
「ちょ…」
カッ
「うわっ!」
アイラがさすがに限界がきてノイに止まらないか、と言おうとしたとき、突然後方で何かが光り、空気が揺れたのが分かった。
「な、なんだ?」
全員の足が止まり後方を振り返る。
「わかん…ねぇ…、と…にかく…戻るか…?」
「そう…ね、百合さん…達が…心配だわ」
ノイとコイルは息も切れ切れに言葉を発するが、アイラはそれすらも無理なようで首を大きく縦に振った。それとは逆に、ウィークの息は弾んでいない。
「お、ドール。起きたか?」
兄の背中の上で意識を取り戻したドールは、再び小さな声で呟く。
『百合さん達が危ない…』
その言葉を聞いた四人は足を今来た道に戻し、無言で走り出した。
「ドール! 百合さん達が危ないって、一体何が起きたんだ!?」
ウィークは走りながら、まだ自分の背中にいる妹に問いかけた。
「わからない…でも、ものすごく嫌な予感がする…」
まだ弱々しい声だが、はっきりと答えた。その声にウィークはある可能性を尋ねる。
「また精霊に憑かれたか?」
「…………」
妹からは返答はない。確信にかわる。
「あたりか…じゃあその予感は間違いなく的中するな…」
そう呟いて、ウィークは更にスピードを上げて森の中を駆ける。