『これにて終わりに致しましょう』と婚約破棄された侯爵三男は何を望むのか
※不貞、婚約破棄表現があります。
「これにて終わりに致しましょう」
学園で一組の男女が婚約破棄をした。
卒業間近に起きたその出来事は瞬く間に学園に、社交界に、駆け巡った。
ただの婚約破棄であればそこまで大事にはならなかっただろう。
問題は、理由と被害者によるせいと言わざる得ない。
まず理由は、男側の不貞だ。
正直、娼婦相手の火遊び程度なら妻の度量と言われることも多い。
けれど今回は相手と場所が悪かった。
男が手を出したのは一つ年下の男爵令嬢。
そして場所は、あろう事か学園の空き教室だった。
国が運営する清い学び舎での淫らな行い。
しかもその現場を婚約者の女性が発見し、その悲鳴で多くの観客を集めてしまった。
ここまでしてしまえばなかった事にはいくら高位貴族といえど出来ない。
そう、そんな大事件を起こした男性は、クロード=ヨハンソン。
高官を多く輩出している名門ヨハンソン侯爵家の三男。
彼自身は優秀というほどではないが真面目、それがそれまでの周囲の評価であった。
そして婚約の当事者であり、今回の被害者にあたる リズベット=ロイゼンタール。
ロイゼンタール伯爵家の長女でクロードとは、幼い頃からの幼なじみで婚約者だった。
婚姻後は、彼を婿に迎える予定。
彼女もまた大人しく、真面目と評される女性であった。
ただ彼と違ったのは彼女はとても優秀だった事だ。
テストでは常に首位争いに名を連ねた。
口さがない者達は『ガリ勉女』などと嘲笑した。
確かに彼女は、二つにくくられた三つ編みに分厚い眼鏡、とても貴族令嬢の身だしなみではなかった。
けれどそんな言葉も彼女は気にも留めていないようだった。
二人の婚約破棄が周知された頃、休んでいたリズベットは学園へ登校した。
被害者ではあるがやはり好奇の視線や心無い言葉を投げかけようと思っていた者達はある意味で裏切られた。
久しぶりに登校してきた彼女は、それまで髪色が変わり固く縛っていた三つ編みは解かれ、顔を隠していた眼鏡を外していた。
そしてその姿はまさに美少女というものだった。
最初は、転校生かと騒がれたがその美少女がリズベットの席に着いたことでさらなる大騒ぎとなる。
赤茶の三つ編みはさらりとした金髪に、眼鏡で隠されていたすみれ色の瞳。顔もまるでお人形の様であった。
けれど本人は、そんな騒ぎもどこ吹く風でいつも通り真面目に授業を受けていた。
昼休憩時には、人だかりからの質問攻めが起きた。
彼女は自習しますのでと図書室へと向かうために立ち上がった時であった。
「リズベット!!」
教室に飛び込んで来たのはクロードだった。
彼は学園を停学中のはずだが忍び込んだのだろうか。
髪はボサボサで肌も荒れ、目にはくっきりと隈が浮かんでいる。
とても貴族とはいえない見た目。
そんな彼は、鼻息を荒くして彼女へと近づいていく。
周囲は、そんな彼に驚き一歩下がって道が開かれる。
「何故そんな格好をしているんだ!!」
彼は怒声をあげた。
何にそこまで怒る要素があるのだろうか。
確かに見た目は大きく変わっているがそれは良い方にだ。それによく見れば飾り立てたというより元からの姿に戻ったという感じで何かをした形跡がない。
皆が同様の思いでザワついたが周りの見えないクロードは気付いていないようだ。
一方リズベットは、怯えるでも怒るでもなくただ 深いため息 をついた。
「な、なんだ!その態度は!聞いているのか!リズベット!」
「ヨハンソン卿、ご機嫌よう」
「リ、リズベット!?」
「・・・ロイゼンタールとお呼びくださいませ。私共はもう婚約者ではないのですから」
そう彼らはもう婚約者ではない。
それは、クロードの愚行が原因なのに彼はまるで信じれないという表情だった。
「本気じゃないだろう!?だって僕が婿にならないとロイゼンタール伯爵家の跡継ぎがいないし・・・何より君は僕が好きだったじゃないか!!」
「そうですわね・・・ 好き でしたわ」
「な、なら!?」
彼はその好きという言葉が過去形なのには気付けなかった。
「もう終わったことです。我が家の事はお気になさらず、貴方はご自身の選択した道をお進みください」
美しいカーテシーで挨拶をした彼女は話は終わったとその場を後にした。
そのとりつく島のないかつての婚約者にクロードは立ち尽くす事しかできなかった。
「・・・リズ」
あの後僕は、勝手に家を飛び出し学園へ忍び込んだ事を父からひどく叱られ、部屋に鍵をかけて閉じ込められた。
兄達は、僕を軽蔑した目で見下していた。
母はただ泣いていた。
「な、んで・・・こんな・・ことに・・・」
僕は窓際の椅子に座り庭を眺めた。
窓は開けられない様に固定されている。
いつの間にやら雨が降りはじめたようだ。
そのせいか庭には、誰もいなかった。
目を閉じると今でも思い出す。彼女との出会った日を。
ヨハンソン家の三男として産まれた僕は、この家のお荷物だった。
まず兄二人とは、十年以上離れての出産だった。
そのおかげか母は、随分僕を可愛がってくれたと思う。
いや・・・優秀な兄より手がかかっていたのかもしれない。
兄達はとても優秀だった。僕が五歳になる頃には長兄は隣国への留学生に国から選ばれ、次兄はその翌年に論文が認められ王立の研究所へ入所した。
忙しい兄達とはほとんど顔を合わせる機会はなかった。けれど会えばそれなりに可愛がってくれていたと思う。
兄達には厳しい父も僕には優しかった。幼少期は、ほとんど怒られずしたいことをさせてもらっていた。
それを疑問に思ったこともましてや不満に思うことなどなかった。
最初のきっかけは兄達が父と口論していた時だった。
詳しくは覚えてないが進路についてだろう。
彼らの言葉に影からのぞき見していた僕は息がとまる。
「父さんはいつもそうだ!後継者、後継者!俺らにはそういうくせに末っ子は甘やかすばっかり!あいつにはしたいことだけさせて俺らには選ばせてもくれないんだな!」
「なっ、仕方ないだろう!あの子はお前らと違って出来ないのだから!」
そこからは記憶にない。
今思えば兄達は反抗期と名門の優秀な兄弟というプレッシャーからが原因だったのだろう。その後は話し合い、今では兄のどちらもがエリートと呼ばれる場で活躍している。
父も兄達も何事もなかったように平和な我が家へ戻っていた。
けれどあの日僕は理解したんだ。
彼らは僕が可愛いから甘やかしているのでなく、可哀想だからなのだと。
期待していないし、ライバルになることもないから。
努力した。けれどやっぱり兄達のようにはなれなかった。
家庭教師達も口癖のように「お兄様達はもっと早く学ばれていましたよ」「クロード様もヨハンソンなのですから出来ますよ」と悪気なく言う。
いくら頑張っても兄達の様になれない。
苦しかった。けれど僕に唯一兄達に負けないものが出来た。
それが彼女だった。
出会いは彼女の母上であるロイゼンタール伯爵夫人のお茶会だった。
友人であった母が招かれ、僕も同行した。
ロイゼンタール伯爵家は、爵位こそ伯爵だが歴史は古く建国から国を支える名家だった。
また国外との貿易が盛んで、各国に親戚も多い。
資産だけでいえば国内随一の資産家と言っても過言ではない。
そんな彼の家の庭園で開かれたお茶会。
美しい花々に囲まれ、豪華ではあるが下品でなく、とても品のある茶器や飾り。
母含め女性陣はとても楽しそうに話が弾んでいた。
最初は綺麗な庭に喜んだが幼かった僕は次第に退屈してしまった。
それに気付いた夫人が自身の娘と遊んでくれないかと提案された。
確か僕と同い年の娘がいるらしいのだが茶会には出席していなかった。
「うちの子は元々身体が弱くて、家族以外とほとんど交流したことがなかったせいか元気になった今も人見知りなのです。良ければお友達になってあげてくれませんか?」
「は、はい」
そして僕は、伯爵家の侍女に案内された。
承諾したものの僕は女子というものが苦手だった。
だってあいつらは常に兄達しか見ていないし、わざわざ僕に「お兄さん達とはあんまり似ていないのね?」なんて言ってくる。
「こちらのガゼボにリズベットお嬢様がいらっしゃいます」
「あ、ああ」
案内されたのはお茶会会場から少し離れたガゼボだった。
その中には二脚の椅子と小さなテーブル、お菓子が用意してあった。
そして僕が来たことに気付くと座っていた女の子は立ち上がり、僕にぎこちないカーテシをした。
「はじめ・・まし・・て・・・」
するとその子の後ろにいた侍女がこそりと彼女に耳打ちした。
「あ・・ロイ、ゼン、タール家・・・長女・・の・・リズベット・・・です」
本当に人見知りだったのだろう。あの日の彼女は、たどたどしい自己紹介のせいかどんどん顔が赤面し、声は小さくなっていった。
「ヨハンソン侯爵家の・・・クロードです。はじめまして、ロイゼンタール伯爵令嬢」
「あ、ありがとうございます・・・ヨハンソン様」
挨拶が終わった事にやっとホッとしたのか彼女はそこでやっとこちらを見た。
その瞬間僕は、彼女から目が離せなくなった。
「・・・クロードでいいよ」
あの日僕は天使に出会ったと思った。
潤ませたすみれ色の瞳、白に近い金髪。
教会で見た天使の様だった。
最初は、緊張していた彼女も徐々に笑顔を見せるようになっていった。
その頃から本が好きで、僕が好きだった冒険譚の小説の話をすれば目を輝かせて聞いてくれた。
「クロード様はすごいです!」
「っ!!....ありがとう」
心から褒められたのは初めてだった。
いつも兄と比べられ続けた。今だって自慢にもならない娯楽小説の話しただけ。
けれど彼女は褒めてくれたんだ。
娘に友人が出来たのがさぞ嬉しかったのか伯爵夫人はとても喜んでいた。
ぜひまた遊びに来てほしいと言ってくれた。
言われなくても行くさ。
だって僕は彼女に恋したから。
彼女の家に足繁く通った。
その後、母に頼み込んで父を説得してもらった。
父も三男の僕の婚約者には悩んでいたから名門の伯爵家と縁を繋げれるなら好都合と思ったのだろう。
ロイゼンタール家には息子がおらず、娘が二人だった。
必然的に婿を取らなければならない。
けれど後継者の長女はひどい人見知りだった。
彼女の両親は、色んな子供と会わせたが相性なのかなかなか上手くいかなかった。
唯一上手くいったのが僕だったそうだ。
そんな事情もあり、僕たちの婚約は予想以上に早く決定した。
最初は、ただただ嬉しかった。
初恋の相手と婚約できたのだから。
リズベットも喜んでいた。
まぁ、婚約したといっても当時はまだ子供だったし、幼馴染みの延長といった関係で過ごしていた。
兄達の婚約者と比べても彼女の方が圧倒的に綺麗だったし、彼女は挨拶は出来るようになっても兄達に近づいたりしなかった。
それは僕の気持ちをとても満たしてくれた。
あんなに優れた兄達でも彼女は手に入れないんだから。
その時が一番幸せだった。
「明らかに釣り合ってないよね」
「兄貴達とのほうが」
「幼馴染みってだけでずるいよな」
中等部にあがった頃、影でそう言われていると知った。
その頃には、彼女の美しさはさらに磨かれていた。
相変わらず本が好きで目立つことはしなかったが以前のように人を避けたりはしないからか高嶺の花といった感じで周囲に見られていた。
そんな彼女の横の僕は、変わらず地味で。
彼女とさほど変わらない低い身長、彼女の金髪と違って地味な茶色の髪と瞳。
勉強だって敵わない。
「君だけは違うと思っていたのに!!」
君も僕をみじめにさせるのか。
それまで綺麗だと、好きだと思った彼女が初めて憎いと感じた。
ドアが開く音で目を覚ました。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
入り口には父が立っていた。表情から見るに良い話ではなさそうだ。
「寝ていたのか」
「・・・すみません」
「大人しくしているならそれでいい・・・モロウ男爵が来るから着替えておきなさい」
「・・・はい」
「くれぐれも余計な発言はするな」
それだけ言うと父は、深いため息とともに部屋をあとにした。
侍女が入れ替わりに入室し、僕の身だしなみを整えていく。
誰も僕と目を合わさない。
準備が終わると執事が応接室へと僕を連れて行く。
中には父と向かい合わせでモロウ男爵が座っていた。
「お待たせ「座りなさい」
「・・・はい」
僕の言葉を遮り父が着席を促した。
「ではモロウ男爵、話を続けましょう。此度は愚息がご息女と関係を持ってしまった事、謝罪させていただく」
「いえいえ、責任さえとって頂ければ。娘はご子息を好きなようですから。親としては娘の希望を叶えたく思います」
「・・・承知した。そちらには確か息子がいましたな」
「ええ」
「では婿にやるわけにもいかないでしょう。当家の持つ男爵位を息子に継がせましょう」
「・・・承知しました。本来なら婚約をとなりますが今回は事が事ですからすぐに婚姻させるのがいいと思いますがどうでしょうか」
「そうですね。式は行わず教会に手配いたしましょう。では準備が済み次第連絡をいたします」
「ありがとうごさいます。では今日は失礼いたします。クロード君、これからヘレナをよろしく頼むよ」
話はあっという間に終わってしまった。
男爵が部屋を出ていった後、部屋の中はシンと静まりかえった。
「ち、父上、ご迷惑をおかけして申し訳「本当だ!!」
ドンと父は目の前のテーブルに拳を振り落とした。
「分かっているのか!お前は!!」
「え?え?」
父の息が荒くなる。
もちろんロイゼンタール伯爵家との縁談がなくなったのは良くないだろう。
しかしモロウ男爵家も歴史こそ浅いがそれなり裕福な家のはずだ。
そこまで悪い縁談ではないと思っていた。
リズベットには劣るけどヘレナもそこそこの美人だ。それに彼女と違ってヘレナは頭が良くない。だから僕を馬鹿になんてしない。
またあの美しさを晒した彼女と優秀さを比べられるのは嫌だ。
爵位こそ男爵でリズベットと結婚するより下になってしまうが、婿じゃないから最初から当主を名乗れる。
そこまで悪い結果ではないと思っていた。
「クソッ!もういい!男爵位と多少の金は渡してやる、だから準備出来るまでは大人しくしておけ!」
この時の僕はまだこれからどうなるか本当の意味は分かっていなかった。
そして僕の新たな婚約者、いや妻となる者がどんな人間なのか。
「もっと目立たない格好のほうがいいよ」
周囲でリズベットをもてはやす声が増えた頃、僕は何気なく彼女にそう言った。
最初は眼鏡、次は髪型、そして色。
どんどん地味にさせた。
本人は周囲が静かになった事が都合が良かったのか文句は言ってこなかった。
面白かったのは、勉強は相変わらず成績優秀だったが見た目が変わっただけで周囲の態度は一変した事。
ちやほやしていた男共も離れ、女共は見窄らしさを笑った。
都合が良かったのは、当時彼女の両親が仕事にかかりきりになり、領地や国外など移動が多く、顔を合わせる機会が少なかったためその異変に気付かなかった事。
彼女もその格好は、学園内だけだったから余計にバレなかった。
「彼女は化粧が上手いからね」
そう噂を流せばあの美しい姿は、偽りのものだっと皆に瞬く間に広がった。
幼い頃、家から出なかったのもそのせいだと。
それは病弱でその後人見知りだったせいだし、あの姿が化粧だけな訳ないとよく見れば分かっただろう。
それでも彼らは、真実なんてつまらないものより面白く都合の良い噂だけを信じた。
男からすれば手に入らなず、女からすれば敵わない美人なんて格好の的。
「あんな婚約者でクロードも大変だな」
「・・・幼馴染みだし、僕は大丈夫だよ」
困り顔でそう溢せば皆が同情する。
もう誰も僕が彼女に釣り合わないなんて言わない。
高等部二年の頃、ヘレナと出会った。
一つ年下の彼女は最初、僕に勉強を教えて欲しいと言ってきた。
中の上程度の成績の僕に何でだろうと不思議に思った。
「クロード様ってとてもお優しいって噂ですよぉ。だから私もお話してみたかったんですぅ」
「・・・いいよ、えーと」
「ふふふ。わたくし、ヘレナ=モロウですわぁ。モロウ男爵家ですぅ」
正直最初は、好奇心に近かった。侯爵家という家柄からそんな人間は見たことがなかった。
許可もしていないのに僕の名を呼び、あからさまな媚びを売る。
平民なら教育を受けていないからかと思って無視していただろう。
しかし爵位こそ低いが目の前の彼女は、同じ貴族だ。
だからこそ、なぜこうなのかと。
しかし気付けば好奇心は好意へ変化していた。
彼女は、想像より頭が良くなかった。
だから僕程度でも彼女からすれば頭が良い部類になのだろう。
けれどそれが心地よかった。
比べられない。僕より劣る存在。それに彼女は可愛かった。
さらに一つ年下なのにリズベットにはない妖艶さを兼ね備えていた。
そしてそんな彼女が僕に甘えてくる。
男なら絆されない奴の方が少ないだろう。
ピンクブロンドの艶やかな髪と空を思わせる碧眼、雪のように白い肌、そして石榴のように赤い唇は愛おしそうに僕の名を呼ぶ。
豊かな胸元を僕と腕を組みながら押しつけてくる。
最初こそ隠れてイチャついていたが徐々に僕たちは、周囲など気にしなくなっていった。
今思えば麻痺していっていたのだと分かる。
リズベットが何も言わなかった事、婚約者の風貌から仕方ないと傍観する周囲。
そういった事象が噛み合い僕らは、加速していく。
わざとリズベットの前でイチャついた事もあった。
彼女はすぐに踵を返し、その場を後にした。
彼女に嫉妬させた。それは何よりも僕を幸せにした。
もちろん婚約破棄するつもりなんて、はなから無い。
噂のたったリズベットに今更新たな婚約なんて見つからないだろうし、婿が必要なロイゼンタールには僕が必要なのだから。
ヘレナだって学生のうちの遊びだって分かっているはずだ。
だから彼女の言葉に乗ってしまったんだ。
「もうすぐ卒業ですし・・・思い出をくださぁい」
目配せされた先には、空き教室。周囲に人はいない。
もたれ掛かられ、彼女の豊満な肉体が身体に触れる。
僕は、最後の一線を越えてしまった。
その代償が現在だ。
リズベットに現場を見られ、彼女の悲鳴に集まった野次馬にも見物され。
落ち着いた婚約者にその場で婚約破棄を告げられた。
現在停学中だがおそらくヘレナとともに退学になるだろう。
貴族が中退など不名誉極まるが今更好奇の目にさらされたくはない。
「もっと目立たない格好の方がいいよ」
そう婚約者に言われたのは中等部の時でした。
見た目を着飾るのはマナーだと思っていたからしていただけなので彼がそう望むなら希望に添うのは問題ありませんでした。
姿を変えただけ。それだけなのに周囲は大きく変わりました。
用もないのに話しかけてこられる男性やその男性達を目当てにする女性達がいなくなりました。
遠くで何かコソコソ言っていたみたいですが実害はありません。
なるほど彼の判断は、このためだったのかと納得いたしました。
勉学に集中できるのは都合がよかったです。
見た目に惑わされない、というより興味の無い友人達はいました。
毒にも薬にもなれない人々が去っただけなのです。
高等部に上がってもそのままで、とても快適な学生生活でした。
それが変わったのは、クロード様がヘレナ様とお会いになられてからでした。
男女の距離としてはありえないほど近づいていく彼ら。
それに対して空いていく婚約者の距離。
けれどそれでもよかったのです。
私が彼の婚約を受け入れたのは、幼馴染みだからでも、ましてや恋や愛などといったものでなく。
彼は私を見ないからです。
彼曰く、初対面で一目惚れしたそうでずが、それは後から彼がそう思い込んだだけ。
喋れば分かった。
私は病弱だったせいで周囲の顔色を窺ってしまう子供で、元気になってからは人見知りになってしまった。
正確には、私は見られる事が苦痛だった。
母に似たのか私の顔は人目を惹く造形なのらしい。
綺麗や可愛い。そういってドロリとして目を私にむけられる。
それが気持ちが悪くてしかたなかった。
まだ外面というものが作れなかった私はそういった類いを拒否してしまった。
だからこそ唯一拒否しなかったクロードを両親が婚約者の席に座らせたのは当然だろう。
確かに彼も私の顔に惹かれてはいるのだろう。
けれど彼が真に見ているのは私ではなく、私を通して周囲に見られている自分自身。
そのがらんどうな瞳が何故か心地よかった。
だから彼からどんな扱いをされようと不満はなかった。
彼は常に自分しか見ていない。
けれどそれが良くなかったのでしょう。
貴族として越えてはならない一線を越えてしまったのです。
遊ぶ程度ならかまいません。
けれど仮にも我が家の婿になる身で種をばらまかれてはこちらも黙っていられないのです。
とある方からの連絡をもらい、向かった先で彼らは絡み合っておりました。
本来なら黙っているのが正しいのかもしれません。
けれど彼をこれまで都合よい婚約者にしていた私の最後のお礼です。
「これにて終わりに致しましょう」
貴方を私から解放させていただきます。どうか愛おしいその方とお幸せに。
「なんで!なんで!」
金切り声をあげて周囲のものを投げている。
それはかつて美人で有名だったヘレナ=モロウその人だった。
しかし髪も肌も手入れされてなく、かつての美貌はそこにはなかった。
さらに愛らしい笑顔の娘だったはずが今では癇癪をあげるばかり。
そんな彼女を夫であるクロードは、止めるでも宥めるでもなくただただ傍観していた。
やっと父があの日言った言葉を理解していたのだ。
好ましいと思っていた頭の悪さも、隠していた性格の悪さが漏れ出れば、醜悪にしか感じられない。
「なんで出れないのよ!ウチよりもお金もないし!使用人も少ないし!」
彼女は、最初からクロードを侯爵子息としてか見ていなかったのだ。
それは全て卒業後に快適な生活を送るため。
彼女は生家では肩身の狭い生活を余儀なくされていた。
しかしそれは彼女が妾の子だからでも、不出来だからでもない。
なんならモロウ男爵夫妻もその息子である兄も彼女には家族として接していた。
けれど彼女は、そんな環境であっても生来の質なのか怠惰で悪意に満ちていた。
自分は妾の子だから冷遇されていると言う口で私は男爵の娘よと使用人を些細な事で虐げる。
夫妻や兄が諌めても真にその耳に届く事はなく。
悪気はなかった。次からもうしない。
そう言って繰り返す。母である妾は彼女を産んだ時になくなってしまっていた。
実の母の愛を得られないさみしさからかと家族は彼女を見捨てなかった。
けれどそれがさらに彼女を増長させてしまう。
彼女の本性を理解したときには、全てが終わっていた。
学園で汚らわしい行いを行っただけでもあり得ないのに相手は婚約者のいる侯爵家の三男。
証拠も証人も揃っており、ロイゼンタール伯爵家への謝罪と賠償はつつがなく行われた。
問題は、共犯のクロード=ヨハンソンだった。
本来なら由緒正しき侯爵家との縁を持てるのはありがたいことであるはずが、ヨハンソン家とロイゼンタール家の面子を潰したのだ。
彼の家が我が家をどうする扱うのか。恐怖に震えていた。
けれどモロウ男爵も家の為にひく訳にはいかなかった。
後継者は、息子がいる。娘と違って努力家の真面目な人間だ。
これまで何度も娘の尻拭いに翻弄させてしまっていた。
万が一クロードを婿にでも入れてしまえば三男といえど侯爵の血をひく事をたてにさらなる問題を押しつけてしまうことになる。
だからこそ男爵は、娘を切り捨てる事に決めたのだ。
たとえ爵位が上といえど未婚の子女に手をだしたのだから。責をという流れをねらっていた。
しかしさすが侯爵家すでに娘の事など調べ済みだったのだろう。
こちらの思惑も理解してか、男爵の地位を息子に与え娶らせると即断された。
彼らは息子と我が娘をまとめてその男爵の領地に閉じ込める気なのだろう。
なぜなら彼の領土はヨハンソンの領土に囲まれ、なおかつ歪な地形により行き来すら困ったはず。
当然そんな場所に住む人間などまともな者でなく、陸の牢獄としてヨハンソンが代々管理していたのだ。
書類上は、男爵領とはされているが当主になるものはなく。
それを王家より認められていた。
此度、実の子を当主という形だが閉じ込められるのに違いはない。
これは学園という場所を汚したことへのヨハンソンの償いの意味もあった。
本来ならクロードは気付くべきだった。けれど彼は気付けなかった。
それだけ自身の罪を軽視していたのか。
娘を嫁に出すかたちだが二人が領土へ踏み入れればヨハンソン家はそれ以降外へは出さないだろう。
こちらももう二人にどうとする気も無い。
我が家とヨハンソン家は親戚となるがその実情は、家の害になる者達を一緒に閉じ込めただけ。
貴族として関わることもあるだろうがそれは一線ひいた関係だ。
間違ってもあいつらの名を残しははない。
生存確認のために最低限の物資と使用人が彼らの屋敷を訪れる。
一緒に連れて行ってと嘆く夫人も現実から逃避した男爵も使用人たちは取り合わない。
仮に潜り込まれても領地から出るときには徹底的な検査が行われる。
見つかれば懲罰の末に屋敷へ戻らされる。
何度も連れ戻らされる妻を見て僕は呆れていた。
彼女にではない。こんな女を選んでしまった自分自身にだ。
常に周囲の声に囚われて。
比べられる劣等感から持っていたその全てを失って。
その末に手に入れたのは僕を比べるどころかただの金と人とすら見ないこの女と牢獄のような領土だけ。
「僕だけが悪い・・の・・・?」
誰も答えてはくれない。ヘレナは訳の分からない罵声をぶつけてくるだけ。
何の答えもだせない僕はただ最後にみた彼女の姿を思い浮かべていた。
誤算だった。
侯爵家の息子と結婚すれば口うるさい両親と兄から離れられた上に豪遊できると思っていた。
クロードは何かにつけて兄達のせいで誰も僕を見ない。
だから自分の本当の価値を分かって貰えない。
私からすれば彼はかまってかまってと泣く子供のようだった。
恵まれた家に生まれているのだから楽しめばいいのに。
自分の実力以上に期待を求めるなんて馬鹿らしい。
けれどだから私の言葉に勝手に溺れてくれる。
彼が私を馬鹿にしてるの分かっているわ。でも私も彼を馬鹿にしているからお相子ね。
別に良いのよ、婚約者への優越感の為に使われたって。
でも使い捨てるのは許さないわ。
あの日人づてにあの女にあの教室に来るように伝えた。結果彼らは婚約破棄して私が後釜になれたの。
すごいわよね、男爵令嬢から侯爵家の家系に連ねられるなんて。
お父様には怒られたけどいいの。
もうこんな家族なんて捨ててやるんだから。
そう思って迎えに来たクロード馬車に乗り込んだ。
見送るあの人達なんて無視した。
同じ男爵といえど寄親が侯爵なんだから。絶対良い暮らしが待っている。
落ち着いたら王都にタウンハウスを建ててそちらで暮らすと決めていた。
けれど待っていたのは、小さくボロい屋敷。
周囲にはお店どころか領民さえいない。
いや、数人の使用人の話ではいるらしいのだが姿は見えない。
森の中から気持ちの悪い視線を感じた気がした。
そこからは最悪な日々だ。
使用人は領外から数日おきに通いで来るため屋敷のことはほとんど私がしなくてはならない。
そんな事したことないと言っても無視。
当然クロードだって同じようなものだ。
料理なんて出来ないから生の野菜をかじり、お湯すらまともに湧かせない。
こんなのを望んでいたわけではない。
口うるさい家族がいてもいいからもう実家に帰ると使用人の馬車に無理矢理乗り込んだ。
けれど馬車を確認する様な場所があってそこで強引に下ろされた。
触ってきた騎士に「私に勝手に触れるなんてヨハンソンとモロウから抗議してやる!」と叫んだ。
それで怯むと思っていた。
けれど彼らは一瞬困ったような顔をしたあと一枚の紙を取り出して見せてきた、
そこには色々書かれていてよく分からなかった。
その様子に気付いたのか騎士の一人が説明しだした。
「えーと、つまりヨハンソン侯爵家とモロウ男爵家はクロード様とヘレナ様及びその子孫をここより先、領地から出る事を禁止し、また出た場合は犯罪者として届け出を出すこと。屋敷にいる限り最低限の支援はするとのことです」
「・・・・なによ・・それ。なによそれぇぇぇええ!!」
暴れた私は拘束されてまた屋敷に戻れされた。
その際、同じ内容の説明を受けたクロードも混乱していた。
私は家族なんて捨てたと思っていた。
けれど捨てられたのが私達なんて。
認められない現実に私は叫ぶ事しか出来なかった。




