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お父様。引きこもり同士の婚姻なら上手くいくとでも思いまして?(大正解です!)

作者: 和島 逆
掲載日:2026/07/22

「お恥ずかしながら、実はうちの末息子は重度の引きこもりでしてなぁ」

「ほう。奇遇ですな、実はうちの一人娘もそうでして」


 冬は貴族の社交シーズン。


 王都で日々催される夜会の片隅で、悩める伯爵同士でそんな会話が交わされていたとはつゆ知らず。


 レヴィンズ伯爵令嬢は、今日も今日とて元気に自領に引きこもっていた――……



 ◇



 ひょろりと痩せ細った頼りない体躯の青年が、馬車の中で大きな図体を懸命に縮こまらせている。

 漆黒の長い前髪は彼の表情を完璧に隠していて、彼が今何を思っているのか、この状況を受け入れているのか、はたまた拒絶しているのか、レヴィンズ伯爵にはさっぱり窺えない。


 しかし、それはそれで構わないとレヴィンズ伯爵は考えている。


(どの道、結論は変わらぬからな)


 自分と目を合わさないよう、必死で下を向いて膝を握り締めている青年を、レヴィンズ伯爵は楽しく見物し続けた。

 伯爵領への道中、どうやら退屈しないで済みそうだ。


「――お父上からお聞き及びとは思うが、我が娘シャールカはひどい引きこもりでな」


「…………」


 身じろぎ一つしない青年に、レヴィンズ伯爵は穏やかな口調で語りかける。


「デビュタントだけは何とか拝み倒して済ませてくれたものの、娘が王都に来てくれたのはその一回きり。以降、レヴィンズ伯爵領から一歩も外へ出ようとしてくれない」


「…………」


「シャールカは一人娘だから、むろん婿を取らねばならんわけだが。この体たらくでは、良縁など期待できるべくもない。そう思わんかね?」


 わざとらしくため息をつけば、初めて青年が反応を示した。


 長い前髪に覆われた顔をおずおずと上げ、薄い唇をきゅっと噛み締める。


「……ですが、僕など、到底伯爵位を継げるような人間ではありません……」


「謙遜なさることはない。学業優秀、古今東西あらゆる知識を貪欲に学び、お父上……そして嫡男である兄上を陰から支えていらっしゃると伺っている。――なあ、アクセル殿?」


「…………」


 青年――アクセルは再び口を閉ざし、うつむいてしまった。

 じっと彼を観察しながら、レヴィンズ伯爵は薄く笑う。


(さてさて。我が愛娘、シャールカの反応や如何に――?)



 ◇



 先触れが知らせてきた通り、日が傾く前に領主であるレヴィンズ伯爵を乗せた馬車が屋敷に到着した。


 使用人たちは一列に並んで出迎え、うやうやしく頭を垂れる。

 胸を張って堂々と歩くレヴィンズ伯爵の後ろを、長身のくせに猫背な青年がぎこちなく続いて屋敷に足を踏み入れた。


「お帰りなさいませ、旦那様」


「ああ、今戻った。……愚問だろうが、シャールカは?」


 レヴィンズ伯爵の問いに、年嵩のメイドが眉根を寄せる。


「まだこのように日が高いのに、お戻りのはずないではございませんか」


「……婿を連れて帰る、という話は伝わっているよな?」


「もちろんですとも」


(……?)


 その会話に、アクセルは違和感を覚える。

 確か、レヴィンズ伯爵の娘は自分と同じ「引きこもり」のはずではなかったか――?


「ただ今戻りましたわッ!」



 バーン!!



 その時。

 扉が突然開け放たれて、茶色い毛むくじゃらの巨体がぬっとばかりに現れた。


「……ひ、ひいぃッ!?」


「おう、お帰りシャールカ。できれば、お父様の方が『お帰り』って出迎えられたかったんだが」


(シャ、シャールカって。こ、この茶色い毛むくじゃらが、僕の結婚するご令嬢、だと……!?)


 腰を抜かしたアクセルは、毛むくじゃらとレヴィンズ伯爵を交互に見比べた。

 毛むくじゃらは泥で汚れ、お世辞にも美しい毛並みとは言えない。だが相手は高貴なご令嬢、しかも初対面の婚約者。

 一般常識として、まず褒めちぎらねばならないということぐらいアクセルにだってわかっていた。


 なんとかよろよろと立ち上がれば、「べしゃっ」と音を立てて毛むくじゃらが崩れ落ちた。


「あら、思っていたよりもお早いお戻りでしたのね。お父様」


「へ……?」


 パンパンと手を払い、美しい女性がにっこりと微笑んだ。

 豪華な金髪を高々と後頭部で結い上げ、動きやすそうな乗馬服を着込んでいる。その華奢な身体には不釣り合いな、ごつい魔道弓を肩に担いでいた。


「なん……、なん……っ」


「おお~、養蜂家泣かせの蜜食い熊か。こんなでかいのをよく狩れたなぁ。さすがは我が娘」


「ほほほ。一昼夜雪穴に潜んだ甲斐がありましてよ」


 ふわっとポニーテールを払い、女性――シャールカが得意気に言い放つ。そうしてふと、立ち尽くすアクセルに目をやった。


「……! あ、あのっ僕はっ」


 挨拶せねばと思うものの、アクセルは引きこもりのうえ人見知りでもあった。

 言葉を探してもたついていたら、シャールカがツカツカと歩み寄ってくる。


「っ!」


「……ふぅん。あなたがわたくしの旦那様、というわけね?」


 すんなりとした白い指を伸ばし、アクセルの顎をくすぐった。

 アクセルの全身に電流が走り、呼吸すら止まりそうになる。


「は……っ、のっ」


(ななな何か言わないと、ていうか美人すぎて僕じゃ釣り合わな、いやでも獣臭いからギリギリ釣り合うのか!?)


「あぅ……、のっ」


「……ずいぶんと痩せこけていますわね。まずは未来の旦那様を、肥え太らせなくてはなりませんわ。これは腕が鳴ります!」


「はっ?」


 ぱっとアクセルから離れると、シャールカは熊の方へと走っていく。

 面白そうに口の端を上げて見物する伯爵を、彼女は意味ありげに見やった。


「確認ですけれど、お父様はすぐに王都へお戻りになるのよね?」


「うん。まだ社交シーズンは続くし、社交シーズンが終わってももうここには帰ってこないつもりだ」


(はあッ!?)


 突然の爆弾発言に、父娘の会話を黙って聞いていたアクセルが真っ青になる。


「レ、レヴィンズ伯爵、そ、それでは領地経営は一体どうなさるのですか!」


 動揺して舌を噛みそうになるアクセルを、レヴィンズ伯爵はにやりとして振り返る。


「未来の伯爵夫妻に丸投げするよ。まあ予行演習だと思って二人で協力して頑張りなさい。一年後には迎えに来るからしっかりな」


「待っ、はあ!? いいいちねんご!?」


「君のお父上から許可は得ているよ。ちなみに結婚式も一年後。王都で挙げるからシャールカの説得もよろしく頼むぞ」


 ではな。


 言うだけ言って、レヴィンズ伯爵は身を翻して出て行った。

 本当に今から王都に戻るつもりらしい。反射的に追いすがろうとしたアクセルを、シャールカがパシッと腕をつかんで引き止める。


「どこへ行きますの、旦那様?」


「だ、だだ旦那って! 僕たち、まだ婚姻はしていませんよ!」


「予行演習だとお父様がおっしゃったでしょう。明日から領主代行としてバリバリ働いてもらいますからね、まずは湯あみして旅の汚い埃を落としておいでなさい」


「あ、あなただって獣臭いんですけど」


「わたくしはこれから熊を捌かねばなりませんの。レヴィンズ伯爵領ルールその一。獲った獲物は自分で解体」


「野性的すぎる!」


 絶望に崩れ落ちるアクセルを、シャールカは令嬢らしからぬ怪力で引きずっていく。

 周囲の使用人たちは慣れているのか、特に反応する様子もなく三々五々と散っていった。年嵩のメイドだけが残り、シャールカとアクセルの後ろをついてくる。


「お嬢様、夕食は仕留めた熊もお出ししますか?」


「そうね。肉はしばらく寝かせた方が美味しいから、今日は内臓だけいただくことにしましょう」


「あの……、僕、食べるの全般あまり得意じゃないんですけど……」


 アクセルがおずおずと口を挟めば、シャールカが即座に振り返った。

 その眼光の鋭さに、アクセルの全身に震えが走る。


「まあ。わたくしの獲った肉が食べられないとおっしゃいますの?」


「よよよ、酔っ払いの脅し文句みたいなこと言わないでください!」


 俺の酒が飲めないのか、と父親や兄たちに絡まれた記憶が蘇る。

 頭を抱え込むアクセルを見て、シャールカがくすりと笑った。


「冗談ですわ。けれど蜜食い熊の肉は本当に絶品なんですの。特に今の時期は蜜樹の甘ぁい樹液をたっぷり舐めていますから、食べたらびっくりされると思いましてよ」


「…………」


「内臓は新鮮なうちしか食べられませんから、獲った者の特権なんですの。千載一遇のチャンスを逃すだなんて、愚か者の所業ですわ。一口食べて駄目と思えば、無理されることはございませんから、ね?」


 潤んだ碧の瞳でじっと見つめられ、アクセルはごくりと唾を飲む。

 こんな美しい令嬢と至近距離で見つめ合った経験などむろんなく、アクセルの鼓動が早鐘を打った。頬どころか耳まで真っ赤に染まっていく。


「う、な、なら、一口だけ……」


「うふ。チョロいですわ」


「チョロいって言いました今!?」


 へッとほくそ笑んだシャールカに、人見知りも忘れて思わず食ってかかるアクセルであった。



 ◇



 それからの日々は飛ぶように過ぎていった。


 自室にこもってひたすら研究書を熟読したり、魔道具の発明や改良に精を出したりするアクセルの日常は一変した。

 実家にいるころは、部屋を出るどころか他者と会話することすら稀だったのに。慣れない領主代行の仕事に悪戦苦闘して、夜は泥のように眠りこける。朝日とともに目覚め、シャールカと共に朝食を取る。


 かつての昼夜逆転の生活はもうすっかり無かったかのように、アクセルは健康的な生活を送るようになった。


 山深いレヴィンズ領も雪解けを迎え、季節はすっかり春めいてきて――……


「害獣が活発になるのは、ちょうどこの時期から秋にかけてですの。農民の大切な畑を貪欲な獣たちから守るため、わたくし狩って狩って狩りまくってやりますわ」


「領主夫人の仕事なんですかそれ」


 頭を抱え込むアクセルだったが、もう大概でこの破天荒な婚約者に慣れてきた。


「シャールカさんの、一体どこが引きこもりだというのか……」


「広義で言えば間違っておりませんわよ。わたくし、山や森を見回るのに日々忙しくって。領内から出る気の全くない引きこもりですの」


「広義すぎますよ!」


 レヴィンズ伯爵に、まんまとしてやられたとアクセルは思う。

 不思議なのは、それに全く腹が立たない自分の方だったりする。


 今日もシャールカの獲った獲物が並ぶ食卓で、アクセルはこっそりシャールカの様子を窺った。


「うんうん、美味ですわー。わたくしの真心こもった食材たちのお陰で、アクセル様も少しふっくらなさってきたのではなくって?」


「え!?……ああはい、そう、ですね……」


 アクセルが顔を赤くする。


 野山を駆け回り害獣を仕留め、領民の生活と安全を守るシャールカ。領民たちからも絶大な支持を得ているらしい。


 対してアクセルは完全に内政向き。

 細々した事務仕事は全く苦ではなく、凄まじい集中力を持つ活字中毒者だ。レヴィンズ伯爵領の経営記録ももはや暗記するレベルで読み尽くし、来年までの経営計画書も出来上がって伯爵からの認可もすでに受けている。


 頬杖をついたシャールカが、突如色っぽい視線をアクセルに向けてきた。


「うふん。わたくしたち、得意不得意が上手に噛み合った夫婦になれそうですわね?」


 ねえ。あ、な、た……?


「っ!? げほッ、ごほごほごほッ!!」


「ほほほ。つくづくからかい甲斐のある旦那様ですことぉ~」


「ああもうッ! シャールカさんは本ッ当にしょうがない!!」


 髪をかきむしるアクセルを、シャールカは今度は一転して愛おしげに眺める。

 ついっと手を伸ばし、アクセルの長い前髪をかき分けた。


「ね、わたくしいつでもアクセル様と目が合う方が嬉しいわ? この長い前髪が、わたくしたちが視線を合わせるのを邪魔しますの」


「……っ」


 はくはくと口を開け閉めするアクセルをくすりと笑い、シャールカは朝食の席から立ち上がる。

 すかさずメイドが魔道弓を持ってきて、シャールカは颯爽と弓を担いだ。


「ごちそうさまでした。それでは今日も元気に狩って参りますわ!」


「う、は、はい。行って……らっしゃい。シャールカ、さん」


「はい。わたくしの未来の旦那様」


 にっこり微笑む笑顔の破壊力は計り知れない。

 真っ赤になって悶絶するアクセルの背後で、メイドたちがいそいそと鏡と鋏を用意し始めた。



 ◇



「シャールカさんの誕生日、ですか?」


「はい。お嬢様は夏生まれなのでございます」


 年嵩のメイド(のちにメイド長だと知った)が、いかめしい表情で告げる。


 執務の手を止めて、アクセルは考え込んだ。夏生まれ……元気いっぱいのシャールカにいかにもぴったりだ。


(誕生日か……。婚約者として、何かプレゼントを用意しなくてはならないな)


 だが、アクセルにはこれまでの人生で身内以外に贈り物をした経験など皆無だ。

 長い前髪をもてあそび、アクセルは上目遣いにメイド長を窺った。


「あのぅ……シャールカさん、何をあげたら喜んでくれますかね……?」


「それをお考えになるのが若旦那様のお役目でございます」


 眼光を鋭くしてメイド長が言い放つ。

 思わずヒッと息を呑むアクセルを、メイド長はたっぷり十秒は睨み据えた。


「まずはその長い前髪をお切りになられてはいかがです? お嬢様があれだけねだられているというのに、全くもう……」


「ど、どうかそれだけはご勘弁を!」


 アクセルは前髪を庇ってのけ反った。


 両手で顔を覆い、苦しげに何度もかぶりを振る。


「た、ただでさえシャールカさんと向き合うとひゃっほうと心臓が踊り狂って大行進を始めるというのに! このうえ防具(前髪)がなくなれば、僕はもう彼女にときめきすぎて息の根が止まってしまうかもしれません!」


「…………」


 眉間に皺を寄せると、メイド長はアクセルに憐れみの一瞥をくれて去って行った。



 ◇



「誕生日プレゼント?……そうですわねぇ、装飾品の類には興味ございませんし。それよりわたくし、アクセル様と一日一緒に過ごせる方が嬉しいですわ」


 単刀直入に本人に探りを入れたところ、一瞬だけ考え込んだシャールカはにっこりと顔を上げた。

 思いのほかささやかな願いに、アクセルは拍子抜けしてしまう。


「そんなことでいいんですか?」


「あら、『そんなこと』? うふふ、甘く見ていると痛い目を見ましてよ」


 シャールカがからかうように目を細める。

 そこはかとなく嫌な予感がして、アクセルは思わず一歩身を引いた。が、シャールカにすかさず腕をつかまれる。


「そうと決まったら善は急げですわ。出発は明日早朝、一日中野外活動いたしますからね。今夜は早めにお休みくださいな」


「えええっ!?」


「目標は『むくむく鳥』、山の恵みを禿山になるまで食い尽くす恐ろしい害獣ですわ。幼体のうちになるべくたくさん狩っておかねば!」


 頑張りましょうね、アクセル様!


 バチンとウインクされて、アクセルは昇天しそうになった。防具(長い前髪)がなければ、きっと踏み留まれなかったに違いない。


「あ、足手まといにならないよう努力します……っ」


 息も絶え絶えに宣言すると、アクセルは逃げるように自室に戻っていった。



 そして翌日。


 早朝の心地いい風を感じながら、二人はうっそうとした山奥へと足を踏み入れていく。

 シャールカに言われた通り、今日のアクセルは動きやすい乗馬服に身を包んでいた。長袖は暑いものの、虫と日差しから身を守るため仕方ないらしい。


「慣れないアクセル様にご無理はさせたくありませんから、お昼までに狩りは切り上げましょう。獲ったむくむく鳥は麓の村で調理してもらって、村人の皆さんと一緒に楽しみましょうね」


 そうして午後は二人で川遊びをして、日が暮れる前に屋敷に戻る。

 のんびり湯に浸かって疲れを癒したら夕食を取り、食後はデザートをつつきながらシャールカの部屋で寛ぐ。


 それがシャールカの「誕生日のお願い事」だった。


(シャシャシャ、シャールカさんの部屋で二人きり……!?)


 またも不整脈が発動し、アクセルは胸を押さえた。


 あわあわと悶えていたら、シャールカが「シッ」と鋭く呼びかける。

 唇に人差し指を当て、それから地面を指差す。ここから動くな、とアクセルに合図を送ったのだ。


 アクセルは身を低くして草むらに潜み、シャールカの視線を追う。

 子牛ほどの大きさの痩せ細った鳥が、よろよろと歩いていた。


(あ、あれが『むくむく鳥』なんですか……?)


 小声で問いかけるアクセルに、シャールカは獲物から視線を逸らさぬまま頷いた。


(哀れな様子に騙されてはなりませんわ。むくむく鳥は暴食で、植物以外も何でも食べますの。ああやって弱った振りをして、襲ってきた獣を返り討ちにして食べてしまうのですわ)


(こここ怖い……!)


 シャールカは不敵に笑うと、音を立てずに魔道弓を構えた。矢はない。魔道弓は使用者自らが己の魔力を練り上げて、具現化した矢を放つ魔道武器の一種なのだ。


(……?)


 アクセルが眉をひそめる。

 なぜならシャールカは魔道弓を構えるばかりで、魔力を練り上げる様子が全くないのだ。


 シャールカは矢を具現化させぬまま、むくむく鳥との距離を慎重に詰めていく。

 アクセルの心臓が早鐘を打つが、いつもとは違ってときめきではなく不安からだ。シャールカとむくむく鳥をせわしなく見比べる。


(シャールカさん。敵にそんなに近づいては危険だ……!)


 こらえきれずに彼女に手を伸ばそうとしたその瞬間。

 ()()から甲高い威嚇音が響いた。



『キシャアアアアアッ!!』



 はっと振り向けば、ムキムキに筋肉を膨らませた巨大な鳥が突進してくる。


「うわあああッ!?」


「下がって、アクセル様!」


 その途端、シャールカの魔力が爆発した。


 目にも留まらぬ早さで光の矢が出現し、巨大鳥の片目を撃ち抜く。巨大鳥がギャアッと叫んだ次の瞬間には、シャールカは二の矢をつがえて当初狙っていた『むくむく鳥』の羽を撃ち落とす。


(……ん!?)


「わあぁっ、あんなに痩せてたのにマッチョになってるーっ!?」


「戦闘態勢になると、むくむく大きくなっていくから『むくむく鳥』ですの! 威嚇してきたのは親鳥ですわね、食べ応えがありそうですわぁ!」


 爛々と目を輝かせ、シャールカは次々に光の矢を放っていく。

 豪華な金髪が風になびき、色白の頬は薔薇色に染まっていた。アクセルは息を呑み、戦う彼女の姿を目で追った。


(なんて……、美しいんだろう……)


「うふふ、これにて討伐完了ですわ!」


 いつの間にか、むくむく鳥は二体とも地に倒れ伏していた。

 上機嫌で獲物に駆け寄る彼女を見て、アクセルはようやく我に返る。


「シャ、シャールカさんっ。何なんですか今の戦い方はっ!」


 シャールカが驚いたように足を止める。

 不思議そうに首を傾げるので、アクセルは深呼吸して心臓の鼓動をなだめた。


「どうしてもっと早く矢をつがえなかったのです! あ、あんなに接近してからようやく……あなたに万が一のことがあったらと思うと、僕は、僕はもう気が気じゃなくってっ」


「…………」


 シャールカは優しく目を細めると、アクセルの長い前髪にそっと手を伸ばした。


「泣いているんですの?」


「な、泣いてな……っ。僕は、ただ、あなたが心配で。あなたを失うかもと思ったら、恐ろしくって、くっ」


「ふふっ。心配性な旦那様」


 シャールカはくすぐったそうに笑い、涙をこらえるアクセルを包み込むように抱き締める。

 アクセルの身体が固くこわばるが、シャールカは構わず彼の背中を何度も撫でた。


「……魔力を練り上げるとね、獲物に気づかれてしまうのです」


「えっ?」


 瞬きするアクセルに、シャールカはあやすようにゆっくりと告げる。


「膨れ上がるわたくしの魔力に、『敵わない』と悟って逃げられてしまうのですわ。だからわたくしは、至近距離まで近づいて初めて矢をつがえますの」


「…………」


「? アクセル様?」


 アクセルの身体が震え出す。

 バッと手荒くシャールカを突き放し、華奢な両肩をつかんで目を吊り上げた。


 かつてないほど怒りを見せるアクセルに、シャールカは目を丸くする。

 驚いて口をつぐむ彼女に、アクセルがくわっと食ってかかった。


「魔道弓は遠距離攻撃用の武器なんですよ!? それでは魔道弓の利点が全く活かせない……どころか、シャールカさんが危険になるではありませんかっ」


 だったら近距離用の武器を選択すべきだと熱弁するアクセルに、シャールカはツンと顔を背ける。


「イ、ヤ。わたくしは魔道弓が好きですの」


「ああもうッ、本当に仕方のないひとだ!!」


「そんなこと言って。わたくしの勇姿に見とれていたくせに」


 意地悪く笑うと、シャールカは再びアクセルの長い前髪をかき分けた。

 優しい橙色の瞳を覗き込み、あざとく小首を傾げてみせる。


「惚れ直しまして?」


「……っ、……っ!」


 茹でダコになってしまったアクセルに、シャールカは笑いながら抱き着いた。

 今度は自分が抱き締めるのではなく、アクセルに抱き締めてもらおう。そう勝手に一人決めして、アクセルの胸に頬を寄せる。


「……聡明な旦那様ならば、わたくしが今一番欲しい言葉がわかりますわよね? 確かわたくしに、誕生日プレゼントをくださるってお話でしたし」


「ぅ……っ、は、ぃ。ももも、もちろんです……っ」


 へろへろの掠れ声ながら、アクセルがシャールカの「望む言葉」をくれたのは、そのすぐ後のことだった。



 ◇



「まあ! なんて素敵な魔道弓ですの!?」


 頬を薔薇色に染め、シャールカが歓喜の声を上げる。


 アクセルは照れ笑いすると、『改造版』魔道弓をシャールカにうやうやしく差し出した。


「実は魔道具の改造も僕の趣味でして。……魔力を『練り上げる』のではなく『吸い上げる』仕様に変更してみました」


 魔道弓の中央には大きな魔石が嵌っていて、ここに手を掛ければ自動的に魔力を吸い取って矢を生み出してくれるらしい。

 シャールカは惚れ惚れと魔道弓を見つめ、何度も愛おしげに撫でた。早速、試してみたくてうずうずしてしまう。


「これ? これも誕生日プレゼントなんですの?」


「……いえ。あの、そうではなくって……」


 赤くなってどもるアクセルは、今では温かな橙色の瞳が剥き出しだ。

 ようやく長い前髪を切ってくれたのは、むくむく鳥の討伐をしたその日のこと。

 レヴィンズ伯爵領に来てからの生活習慣の改善のお陰か、ちょくちょくシャールカの狩りに付き合うようになったお陰か。痩せっぽちだったアクセルも、今では鍛え上げられ均整のとれた体つきになっている。


 出会ったころよりずっと男前になったアクセルが、決意したように真っ赤な顔を上げる。


「ぼ、僕は特別な日じゃなくたって、いつだってシャールカさんを喜ばせたいんですっ!」


「……!」


 シャールカの胸が魔道弓そっちのけでときめいた。

 引き寄せられるようにアクセルに近づきかけ、はっと己の手を見て魔道弓を丁寧に壁に立てかける。そうして身軽になった瞬間、勢いよくアクセルの胸の中に飛び込んだ。


「もう、今日も惚れ直してしまったではありませんの! 王都での結婚式が、今から待ちきれませんわ」


「……っ、同じく、です」


 抱き合ってしっかり目と目を合わせ、幸せそうに笑みを交わす二人であった。

おしまい!


お読みいただきありがとうございました!

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引きこもりの定義とは…と哲学的なことを考えつつほのぼのとした優しい物語で楽しかったです。引きこもっててもきちんと必要なことは行なっていたせいか親子関係も良好でなんだかんだ言って親に愛されてますよね。子…
何なら使用人の観察日記とかも見てみたい
お二人ともめっさかわちい!そしてお父様策士!
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