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新しい学年になりクラスのメンバーの大半が入れ替わった。馴染みのあるクラスメイトは三人ほど。暖かな空気に満ちた昼休み、門原さんの脳内はそのぽかぽかとした陽気に当てられて、抗うことなくまどろみを享受しているらしい。教室中の机はすべて後ろに下げられ、窓に近いところで門原さんは横になって寝ている。
門原さんとは小学一年生のときからずっと同じクラスだった。市内にある普通科の高校はここしかなく、小学校中学校の同級生も多くがここに進学しているが、人見知りの私は顔見知りさえ多いものの親しいものは少ない。門原さんはというと私のことが大嫌いで、その仲はただのクラスメイトに毛が生えた程度である。彼の嫌いな人グランプリでは私は毎度お立ち台に登れる、不動の地位にいるのだ。ただ、彼自身がそう吹聴していたのは中学一年生の時までで、以降は視界に入っているはずの私に何の反応も示さなくなった。
門原さんはリュックサックのがま口側を首の付け根に沿わせ、枕して寝ている。財布ではないが緑と黒のチェックのリュックは蛙みたいなので、彼の場合はがま口だと思う。
目を閉じているときれいな顔をしている。門原さんのことは好きでも嫌いでもないので、こんなに近くにいても心は少しも動かないし頭の中もからっぽでいられる。たとえ、剃り残しのひげと一瞬見まがうほどの鼻毛が覗いていたとしてもがっかりしないはずだ。
「おーい。そんなとこで寝たら汚いぞ」と担任の女教師が目を閉じた門原さんに呼びかけた。眠りこんでいるのは明らかなのにそう言ってから数秒見守っていた。
顔を上げた担任と目が合う。歯を見せてほほ笑む顔が怖かった。私も微笑んだ。困ったような顔で反射的に、別に門原さんに呆れているわけではないのに。本能的なところで恐怖を感じている。担任からは好かれていない気がしていた。咄嗟にシャットアウト(担任はおそらく気づいていないと思う)してしまった顔を、床に向け視線を漂わせる。
ふと自分のスクールバッグの底に転がっているストラップが頭に浮かび、すたすたと自分の机に行き鞄をまさぐった。親指ほどの大きさのストラップの凹凸ある輪郭を捉え、握った拳を大切に胸の前に引き寄せたまま再び彼に近づいた。床に座りこみながら門原さんのリュックのファスナーにストラップを結び付けた。
美術の時間に先生が席を外した。三四人ずつ出席番号順に座る机からはみんなのしゃべり声が聞こえて賑やかだ。私の班でも男子が二人で話している。手を動かしながら向かいの男子を一瞥したら目が合った。鏡みたいにお互い片方の口角を上げゆがんだ口元を見せた。気持ち悪い、何やこいつ、こっち見んなや。目も口もそう言っている。
視線を外し、隣の席の女の子に「トイレ行ってくる」と言い残し美術室を出た。
旧校舎に位置するここは明かりが灯っていないが、青空を反射した中庭のおかげで少しばかり白く照っている。廊下は静まり返っていて三階の突き当りにある図書室に向かって足を延ばした。
図書室には入らなかった。図書室の扉から少し離れた廊下の窓から腕を出し、頬杖をつき、下を覗き込んでいると後ろから声をかけられた。今日は晴れで真っ青な空が視界いっぱいに広がっていた。
「今何描いてるん?」
バインダーを開いて時間割を確認していた目を上げながら副担任は言った。
目が合う。先生の靴もとに視線を落として数秒考えた。「丸とか四角とか」「丸四角」へえと感心したようにつぶやき「すごいの描いてるんやねえ」と息を吐く。
先生も私の隣に立って空を仰ぐ。バインダーを胸に抱えている。バインダーに金字でプリントされた大学名を指してこの大学に通っていたのだと以前言っていた。へえ、そうなんですねえと心の中でつぶやき、頷いてみせた。興味がなかった。今回も興味がなかった。
先生は小さく塊をなしている雲を指さして「あれ、積雲」と言った。「どれくらいの高さでできるでしょーか」と私を見下ろし、再び雲に視線をやる。首を一度傾けて、誰もいない廊下の方に顔を巡らした。ぼうっと一点を見つめていると、だんだん視界の端からぼやぼやとしたものが滲んできた。音をたてないように静かに何度か深い息をついた。
「興味ないか」と小さく笑った先生はまだ何か喋っている。




