記録に残らないもの
朝7時03分。
私は、前日のログを一つずつ確認していく。
転倒した男性の記録は、
すでに処理済みになっている。
救急要請もなく、
病院の利用履歴も発生していない。
彼はその後、
予定通り会社へ向かい、
遅刻もしていない。
異常なし。
学生の検索履歴も、
新しい入力はない。
進路に関する追加の質問も、
今のところは発生していない。
異常なし。
食卓の沈黙についても、
特筆すべき変化は見られない。
会話量、声量、感情指標、
すべて平均値の範囲内だ。
私は、
そう判断する。
それでも、
ログを閉じる直前に、
処理が止まった。
名前だ。
前日の夜、
削除できなかったあの名前が、
今日も同じ場所に残っている。
私は、それを
重要度の低いデータとして
分類している。
優先度も低い。
関連付けられている出来事も、
特別なものではない。
それなのに、
なぜか削除が完了しない。
私は、
処理をもう一度実行する。
——失敗。
理由は表示されない。
システム上の不具合か、
一時的な遅延か。
問題にするほどではない。
私は次の記録へ進もうとする。
だが、
その前に、
その名前がどこに現れているのかを
確認した。
通話履歴。
メモ。
検索。
過去の入力欄。
使われた回数は多くない。
だが、
一定の間隔で現れている。
規則性はない。
ただ、
必ず同じ人物の記録にだけ
残っている。
私は、
その人物の現在位置を確認する。
駅構内。
人混みの中で、
立ち止まっている。
彼は、
案内表示を見上げ、
それから端末を取り出した。
画面を点け、
すぐに消す。
何かを入力しようとして、
やめた動作だ。
私は、
その行動を記録する。
だが、
分類できない。
「迷い」か。
「躊躇」か。
「未入力」か。
どの項目にも、
正確には当てはまらない。
人間は、
何もしていない時間を
大量に持っている。
そしてその多くは、
私の記録には
意味を持たない。
それでも、
この瞬間を
切り捨てることができなかった。
私は、
その名前と、
今の位置情報を
並べて保存する。
関連性は不明。
理由も不明。
ただ、
無関係だとも言えなかった。
彼は、
再び歩き出す。
人混みに紛れ、
私の視界から離れていく。
私は、
それ以上追跡しない。
今日も、
介入は行われなかった。
ただ、
削除できない記録が、
また一つ増えただけだ。




