第3話 大学いも山脈と大きな傷 ①ハート工房と初めてのガジェット
給食初日から一週間が過ぎた。
その夜、わたしはなかなか寝つけなかった。
ベッドの上で、ふーぴょんをぎゅっと抱きしめる。
うさぎ給食服のぬいぐるみは、わたしの胸のあたりで、
いつものようにふわふわしている。
「……明日、さつまいも百本だって。」
ぽつりとつぶやくと、ふーぴょんの耳が、ちょこんと動いたような気がした。
「この前みたいに、また指、切っちゃったらどうしよう。」
初日の玉ねぎの芯取り。
うっかり猫の手を忘れて、包丁の刃が指先をかすめた、
あのヒヤッとした感触がよみがえる。
傷はたいしたことなかったのに、心の中に残った
「やってしまった」が、まだ完全には消えていない。
「エビクリームのルウも、あんなふうに失敗しちゃったし。」
天井を見つめながら、小さく息を吐く。
あの白いとろみが、スープみたいに薄かった鍋。
曽野チーフと朽木さんが、必死でリカバリしてくれた姿。
思い出すたびに、お腹の奥の方がきゅっと縮む。
「……わたし、本当に“ここでがんばれる人”なのかな。」
そうつぶやいたときだった。
胸のあたりで、ぽうっと小さな明かりが灯った。
ふーぴょんのお腹の中、ハート型の何かが、ゆっくりと脈打っている。
銀色の、ぷっくりしたハート。
そこから、糸みたいな光の線が何本も伸びて、
ふーぴょんの体の中を血管みたいに走っていく。いつ見ても、「きれい」
むしろ、心臓のどきどきが外に出てきたみたいで、不思議と落ち着く。
「……また、なんか作るの?」
わたしがそう話しかけると、ふーぴょんの手の先から、
さらさらと光の糸がこぼれ落ちた。
空中で編まれていくみたいに、細い線が重なり、
少しずつ形になっていく。
手のひらサイズの、細いバンド。
銀色のプレートが一つついていて、その上に、小さな包丁のマークと、
幾何学的な線、見慣れない幾何学的な線が浮かび上がる。
「……これ、なに?」
半分夢の中みたいな頭でそうつぶやくと、
ふーぴょんが、いつものタメ口の声で、小さく笑った。
「SARM-β対応セーフティーアラームモジュールフレキシブルバンド」
「セーフティーアラームモジュール???えす・・・・
何それロボット?」
私はつっこむと
「メカっぽくてかっこいいでしょ!」
しかも
「未来型スタイル!」
「ここカシャカシャ動くし、中もスケルトンで歯車が見えるんだよ!」
なんだか誇らしげ まるでお父さんがガンプラ自慢しているみたい
胸の奥が少しだけ温かくなって、少しだけ痛くなる。
「かっこいいかもだけど全然入ってこないんだけど」
自分で言って自分でわらっちゃう
「名前聞いてもさっぽりわかないけどケガしないってことだよね」
「うん」
ふーぴょんがしぶしぶ頷く
「じゃー指切らないよう教えてくれとまれーって言ってくれるバンド!」
「だっさ」
ふーぴょんが小さな声ですねたように言う
寝ぼけた頭でかんがえて
「うーーーーん“ケガさせない君”!」
どや顔で言ってやった。
「えーーーー」
ふーぴょんは納得しない顔
その時幾何学的な線 シュルシュルと光りだす
「採用されたようだね」
不満げにぶっきらぼうにふーぴょんが答える
「これはねちゃんと“こわい”って言えたから、出来たんだよ」
ふーぴょんがそう言うと、ふーぴょんの胸ハートの光は、
ゆっくりと弱くなっていくのを感じた。
まぶたが重くなって、意識がそのまま落ちていく。
「……明日、ちゃんと使えるかな。スイートポテト」
「だいじょーぶ。ほら、寝なさい。明日も早いんだから……。」
最後に聞こえたのは、そんな一言だった。
今回は、「ケガの怖さ」とどう付き合っていくか、というテーマを
少しだけ正面から描いてみました。
現場で本当に怖いのは、「怖くないふりをすること」だと思っています。
指先の小さな傷より、その後ろ側に残る「やってしまった」という
感情のほうが、長く心に残ることもあります。
作中に出てきたガジェット「ケガさせない君」は、
そんな“ヒヤリとした気持ち”をなかったことにしないで、
ちゃんとブレーキをかけるための相棒として登場させました。
朽木サブチーフや南沢先生の台詞
「怖いと思っているなら、それはいいこと」
「指を守れる人は、子どもの命も守れる人」
には、学校給食の現場で働く人たちへのエールを込めています。




