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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
エピローグ

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ep60 エピローグ ④ 真っ白な道と母の手

 控室を出た瞬間、

 ホテルの空気が、さっきより少し冷たく感じた。


 プランナーさんが小走りで近づいてきて、

 胸元のインカムを軽く押さえながら笑う。


 「浅倉様、準備、整いました。

  ゆっくりで大丈夫ですよ。」


 わたしは小さくうなずいて、数歩だけ前へ進む。

 レースの裾が床をすべる音が、

 とても大きく聞こえた。


 角を曲がった先に、

 母が立っていた。


 薄いクリーム色のドレス。

 普段の職場では絶対に見ないメイク。

 でも、目の奥の気の強さは昔のままだ。


 「……しいな。」


 名前を呼ばれた瞬間、

 七年前の冬も、あの病室も、

 母がひとりで抱えた全部の重さも、

 一度に胸に押し寄せた。


 わたしはゆっくり近づいて、

 母の差し出した手を取った。


 指先が、少し震えている。

 母の震えを感じたのは、初めてだった。


 「お母さん……今日、いっしょに歩いてくれて

  ありがとう。」


 「当たり前でしょ。」

 母は、涙をにじませながら笑った。


 「あなたのお父さんなら、絶対にそう言うわよ。」


 その言葉が、

 さっき控室で聞いた声と、ぴたりと重なる。


 ふーぴょんの“言葉”も、

 父の“言葉”も、

 みんなここへ向かわせていたんだと思えた。


 「さっきね、ふーぴょんが

  お父さんに会わせてくれたの」


 「あら、そうなの。

  わたしには挨拶なしに」


 そう言う母の顔は、

 笑いながら、目を赤くしていた。


 「これで、あの人も静かに休めるわね」

 

 「うん」


 スタッフが扉の前に立ち、

 静かに両手を添える。


 「それでは……まもなく扉、開きます。」


 わたしの心臓は、大太鼓みたいに鳴っていた。

 呼吸の仕方が急にわからなくなる。


 「お母さん……わたし、ちゃんと歩けるかな。」


 「歩けるわよ。

  だって、あなた、毎日“給食室”でちゃんと

  前に進んできたじゃない。」


 母の声が、信じられないほど落ち着いていて、

 その落ち着きがそのままわたしの胸に流れ込む。


 わたしのドレスの背中を

 ふーぴょんが、そっと押してくれた気がした。


 ――行ってこい。


 そんな小さな声まで聞こえる気がした。


 スタッフがカウントを始める。


 「……3……2……1――」


 扉が、ゆっくりと開いた。


 白い光が、一気に流れ込んでくる。

 それは照明の眩しさなのに、

 わたしには“外の世界の全部”が一度に

 押し寄せてきたように感じられた。


 拍手が起きているのはわかる。

 誰が座っているのかも、うっすら見える。


 でも、最初の数秒。

 なにも目に入ってこなかった。


 ただ、足元だけが見えた。


 真っ白なバージンロード。

 まるで、ラインビューワ越しに

 新しい地図にひかれた一本の線みたいで、

 その上に立つ自分の影が、少しだけ震えていた。


 「しいな、行くわよ。」


 母の声が、その震えをつかまえてくれた。


 わたしは、一歩、足を出す。

 母も一緒に、一歩、前に出る。


 その瞬間。


 パイプオルガンの向こうから

 聞こえないはずの声が、

 胸の奥で、そっと響いた。


 ――みずき、ありがとう。

   しいな、おめでとう。


 父の声だった。

 わたしは泣かなかった。

 泣きそうだったけど、泣かなかった。


 一歩ごとに、

 母の手の温度が、わたしを支えてくれる。


 「わたしにも聞こえたわよ。

  お父さんの声」


 前方には、

 笑って待っている“今日からの家族”が立っている。


 わたしは、静かに息を整えた。


 そして、もう一歩、前へ進んだ。

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