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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
エピローグ

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ep58 エピローグ ②控室とふーぴょん

 ホテルの控室は、給食室とは

 違う種類の「いい匂い」がした。

 ドライフラワーとコスメと、

 シャンパンの泡のような甘い香り。

 窓の外には、夕方に向かって

 色を変え始めた空と、

 ガラスに映る自分のウエディングドレス姿。


 「……これ、本当に、わたし?」


 鏡の中で、レースの袖をつまんだまま

 固まっている自分がいる。

 髪はいつものひとつ結びじゃなくて、

 ゆるくまとめられて、

 ところどころ光を拾っている。


 白衣の代わりに着た、まっ白なドレス。

 それなのに、どこか上下白の姿に

 「給食室の延長」みたいに

 感じている自分が可笑しい。


 「少し前の式が遅れておりますので、

  しばらくお待ちください」

  ウェディングプランナーさんが優しく声をかけてくれた。


 「ゆっくりこの時間を楽しんでくださいね。

  少ししたら戻りますね」

  そう言うと、インカムで誰かに

  話しかけながら式場スタッフを後にする。


  コンコン、と控室のドアが軽く叩かれた。


 「はい?」


 でも誰も入ってこない。


 振り向くと、誰もいない。


 目線をゆっくりさげる


 そこに、見慣れたシルエットが立っていた。


 「……ふー、ぴょん?なんで…」


 白衣にうさ耳フード、ピンクのつば。

 わたしのカバンから抜け出したみたいに、

 控室のソファの上で、ちょこんと座っていた。


 「ひさしぶり。」


 小さな口が、ほんの少しだけ動いた。

 声は、七年前と同じ。

 でも、どこか少し、大人びて聞こえるのは、

 きっと、わたしの心の方が変わったからだ。


 「今日も、一日、おつかれさま……って言うには、

  ちょっと早いかな。」

 「ずるい。今日、それ言われたら、

  泣くに決まってるのに。」


 わたしは、裾も気にせず、急いで

 ふーぴょんに近づいて、両手で抱き上げた。

 心臓のあたりが、じんわり熱くなる。


 「ひさしぶり、しいな。

  少し時間がかかっちゃったね。」


 「会いたかったよ。」


 「僕もだよ、しいな。」


 「なんで…なんでいるの? あの時……」


 「しいな……バックアップ機能を

  修復するのに時間がかかってね。

  でももう、あまり時間はないんだ。」


 「そんな……いっぱい話したいことがあるのに。」


 その瞬間、ふーぴょんの胸のあたりが、

 かすかに脈打つみたいに、ぽうっと光った。


 「……え?」


 次の瞬間、控室の空気が、少しだけ揺れた。

 エアコンの風とも違う、透明な波みたいな揺れ。


 その中心に、ゆっくりと、人の輪郭が立ち上がっていく。

 光の粒が集まって形になり、立体化した人の形。

 立体映像。

 もう、驚くほどのことじゃなかった。


 やせ気味の頬と、見慣れたクセのある前髪が現れた。

 すぐ、手を伸ばせば触れられそうなほど、リアルで。


 「——おとうさん。」


 声が震えた。

 自分の口から出た呼び方に、自分で驚く。


 そこにいたのは、

 ロングの白衣を着たままの、研究員の父だった。


 「しいな。」


 父は、七年前と同じ声で、わたしの名前を呼んだ。

 きっとホログラム…なのに、目の奥の優しさまで、

 ちゃんとそこにある


 「大きくなったな。……いや、もう、

  “大きくなった”どころじゃないか。」


 「どうして……」


 笑おうとして、うまく笑えない。

 泣かないって決めてたのに、

 目の奥がすぐ熱くなる。


 「ごめん、もっと早く見せて

 あげたかったんだけどさ。」

 ふーぴょんが、小さな手で

 自分の胸をとんとんと叩いた。


 「この中の“宿題”、やっと終わったんだ。」


 父は、ふーぴょんを一度見つめてから、

 まっすぐわたしの方に視線を戻した。


 「しいな。結婚、おめでとう。」


 その一言だけで、何年分もの時間が、

 一気に胸の中に流れ込んでくる。


 父と別れたあの日。

 エビクリームライスを失敗した日。

 ふーぴょんと、隅田川沿いで並んで座った日。

 地下のラボを見つけた日。

 そして研究員と戦ったあの日。

 


 全部が、今日のこの控室に

 繋がっていたみたいに思えて、

 わたしは、ドレスの袖で目元をこすった。


 「おとうさん。」


 言葉を選ぶ余裕なんてなかった。

 ずっと聞いてほしかった一つだけを、

 そのまま口にする。


 「わたし、ちゃんと、“選べたよ”。」


 父は、少しだけ目を細めた。

 その顔は、母がたまにする笑い方と、

 とてもよく似ていた。


 「知ってるよ。」


 「ずるい。なんでも知ってるんだ。」


 「お前のことだけは、知ってたいからな。

  目の前の人、守れたな」


 父の輪郭が、少しだけ薄くなる。

 時間切れを知らせるみたいに、

 ふーぴょんの胸の光が、

 とくん、と一度強く脈打った。


 「しいな。」


 父の声が、少しだけ低くなる。


 「家族をつくるっていうのはな、

  “誰といるときの自分が好きか”を、

  大事にするってことだ。」


 「……うん。」


 「今日、お前の隣に立つ人は、

  つらい日も、うまくいった日も、

  “よく食べて、よく笑うしいな”で

  いさせてくれる人だと思う。」


 言葉が、胸の奥に、静かに沈んでいく。


 「だから、大丈夫だ。」


 「大丈夫って、簡単に言わないでよ。」


 「……そうだな。じゃあ——楽しみにしてる。」


 父は、そう言って笑った。

 その笑顔は、七年前、写真立ての中から

 見ていた笑顔と同じで、

 でも、どこか少しだけ、今のわたしを知っている

 大人の顔をしていた。


 父の輪郭が、夕陽の色と一緒に、

 静かに薄れていく。

 ふーぴょんの胸の光も、

 ゆっくりと落ち着いていった。


 控室に静けさが戻った瞬間、

 ふーぴょんがそっとわたしの手をつついた。


 「しいな。」


 「……なに?」


 「さっき言えなかったこと、ひとつだけ。」


 ふーぴょんは、少しだけ視線を落としてから言った。


 「バージンロード……

  本当は“おとうさんと歩きたかった”って

  思ったよね。」


  胸がきゅっと締めつけられた。

  返事をする前に、ふーぴょんは

  静かに首を横に振った。


 「でもね。

  アバターは“気持ち”は届けられても、

  本当の“役目”までは引き受けられないんだよ。

  歩くのは、《いまを生きてる家族》の仕事。

  それを、おとうさんも望んでる。」


 その言葉が、さっき父に言われた言葉と

 ぴたりと重なって、胸の奥がすとんと落ちついた。


 わたしは、静かにうなずいた。


 控室のドアの向こうから、式場スタッフの声がする。

 「新婦様、そろそろお時間です。」


 ふーぴょんが、わたしの腕の中で、

 いつもの調子に戻った声を出す。


 「はいはい、新婦様。そろそろ行きますよっと。」


 ドアノブに手をかける直前、

 胸の奥で、もう一度

 「おめでとう」と

 言った気がした。

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