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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
12章 いただきますと七年目の約束

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ep56 いただきます

この度、全話完結記念 公式ホームページも公開しました。

ぜひ遊びに来てください。

https://studiotomo.my.canva.site/page-5

 「……やっと来たか。」

 男の目が、わたしを映したまま微動だにしない。


 足が一瞬すくんだ。

 でも、陸の膝の上のふーぴょんが、

 かすかに、ほんとうにわずかに動いた気がした。


 膝のあたりで光が揺れる。

 ――わたしを見つけたみたいに。


 「浅倉……?」

 ガラス越しの陸が、驚いた顔で立ち上がりかけた。

 白衣の男が素早く手を伸ばして、彼の肩を押し戻す。

 「動くな。まだ解析は終わっていない。」


 「解析……?」

 自分でも驚くほど、声は静かだった。


 年配の研究者が、モニターに手を添えたまま言う。


 「“β”は、本来ここに戻るべきものだ。

  発想も、設計も、用途も……浅倉博士の

  研究と完全に結びついている。

  娘である君が持っているのが、

  むしろ不自然なんだよ。」


 父の名が出た瞬間、胸がきゅっと縮んだ。


 「お父さんは……研究をやめたんじゃないんですか。」

  研究者は、わずかに口角を上げた。


 「やめた? 違うよ。逃げたんだ。

  軍事利用を拒び、リスクを避け、

  娘を守ろうとしてね。だが、“β”は消えていない。

  君の中に残った“鍵”が、

  あれを活性化させ続けている。」


 ――鍵。

 わたしの胸の奥がざわつく。


 ふーぴょんの胸のあたりが、

 うっすら白く脈打つのがガラス越しにも見えた。


 陸が不安そうに抱きしめる。


 「浅倉……これ、ほんとに大丈夫なんだよな……?」

 いつもの調子に聞こえるけど、

 声の奥にある震えは隠しきれていなかった。


 わたしは、一歩前へ出た。


 「ふーぴょんを返してください。」


 その瞬間、研究者の目が細くなる。


 「返す? 笑わせるな。これはもはや

  “ぬいぐるみ”ではない。

  人の感情に同期し、指向性を持って

  変化し共感するインターフェースだ。

  その可能性も危険性すら理解していないのに、

  簡単に“返せ”とは言えないはずだ。」


 「危険なんて……」

 言い返したかった。でも、

 父が夜中ひとりで悩んでいた背中が脳裏をよぎる。


 研究者は続けた。


 「浅倉博士は、“β”を起動させる

  鍵を君に託した。だがね――」

  彼はゆっくりと陸の方へ視線を向けた。


 「もう一つの条件は、“手放すこと”。」


 陸が息をのむ。


 「君がここへ来た時点で、分岐は終わった

  “β”は保護回路を解除しつつある。

  あとは我々が引き継ぐだけだ。」


 その言葉が落ちた瞬間だった。


 ――胸のポケットのテイスト・リスナーが、

 突然、耳をつんざくほどの高音を鳴らした。


 「……っ!」


 反射的に耳を押さえた。研究者も驚いて振り返る。


 次の瞬間、ふーぴょんの胸のハートが強く脈動し、

 光がガラスの内側から“外”へ向かって走った。

 まるで、こちらへ手を伸ばすみたいに。


 陸の腕の中で、

 小さなぬいぐるみが――確かに、動いた。


 「ふ、ふーぴょん……? う……動いてる……」

 陸が目を見開く。


 ふーぴょんの顔が、すっとこちらを向いた。

 「……しいな。」


 鼓膜の奥に直接響くような声。

 やさしい、いつもより少し大人びた声。


 部屋の空気が、一瞬止まった。


 研究者が叫ぶ。


 「回路が自律起動している!? 制御が――」


 その声をかき消すように、

 ふーぴょんのハートが大きく光った。


 「しいな、こっちへ。」


 ガラスの表面に、ひびが走る。


```

「来れるでしょ。」

```


 わたしは、息を吸った。


 陸の方へ向けて、ほんの少しだけ笑った。


 「行くよ。」


 ガラスの表面に走ったひびが、

 ぱき……ぱき……と音を立てて広がっていく。


 「制御を止めろ!」

 研究者の叫びが響いた瞬間だった。


 ――ガラスが砕け散った。


 破片が光を反射しながら宙を舞い、

 まるでイルミネーションのように

 空気ごと吸い込まれるように

 ふーぴょんの胸の光へ流れ込む。


 陸の腕の中で、ふーぴょんが

 ゆっくりと立ち上がった。


 「……しいな。」

 小さな足が、床を踏む。


 「だめだ、それ以上は――!」

 研究者が手を伸ばすが、ふーぴょんの光が

 一瞬だけ強くなり、

 彼の手を押し返すように空気を震わせた。


 ふーぴょんは、わたしの方へ振り向く。


 いつもの、あの顔なのに。表情は変わらないのに。

 なぜか、泣いているみたいに見えた。


 「しいな、聞いて。僕が……

  僕を止めないと、世界は壊れる。」


 「世界……?」

 喉がつまった。


 研究者が狂ったように笑い始めた。


 「理解していないのは君たちだ。

  “β”は人間の情動回路と同調し、神経システムを人工的に

  増幅できる唯一のプロトタイプ。

  都市ひとつくらいの混乱なら、数分で起こせる。」


 「そんなこと……お父さんは望んでない!」

 叫んだ。


 研究者の顔が歪む。


 「博士は優秀すぎた。軍事利用を拒び、

  我々の国を見捨てた……だが、道があった。

  君との同調、感情値を基点にする“鍵”は君の内側だ。

  だからこそ、“shina β”は君に反応する!」


 ふーぴょんが、わたしの足元に来て見上げる。

 光の粒が、胸のガジェットからこぼれていた。


  ```


「しいな……僕を止めるのは、きみしかいない。」


  ```


 「止めるって……どうやって……」


 ふーぴょんは静かに言った。


 「滅びのことわり……。浅倉博士が最後に残した言葉。

  あのラボで見た言葉、しいなは覚えているよね。」


 「やめろ、自分たちが何をしているのか

  わかっているのか?」

  研究者は手を上げようとする。


 友部が部屋に飛び込んできて立ちはだかる。

 部屋に一触即発の緊張が走る。


 ――目の前の人を守れる人でいてほしい。

 父の言葉が頭をよぎる。


 世界を守るなんて大それたことじゃない。

 ただ――目の前の人を守れる人でいたい。


 しいなは大きな目で陸を見つめて軽くうなずく。


 「しいな……一緒に言おう。」

 顔にガラスの破片の切り傷がある陸がこちらへ近づき、

 手が震えていたけれど、目は逸らさなかった。


 「教えてくれる」

 小さな声で耳元でささやく。


 「うん。」


 音が部屋のどこかで弾けたように、

 世界がふっと静かになる。


 ふーぴょんの口が動いた。

 小さな声で、

 「……ありがとうね。」


 それは――あまりにも短くて、

 あまりにも優しい言葉だった。


 わたしたちは同時に息を吸い、

 その言葉を口にした。

 わたしは陸と一緒にふーぴょんを抱き上げた。

 息を少しはいて、軽く吸った。


 「――この器に宿る魂

    すべての命を『いただきます』」


 瞬間、ふーぴょんの胸の光がぱっと広がり、

 研究室全体が神々しく白く染まった。


 「制御が――っ!」


 研究者が叫ぶ。

 機械が一斉に停止し、

 モニターの光が消えていく。

 研究者はその場でへたり込む。


 白光の中心で、ふーぴょんがこちらを見た。


 「しいな。」


 声だけは、鮮明だった。


 「いっしょに過ごした時間……

  すごく楽しかった。大好きだよ。」


 「やだ……いかないで……だめだよ……ふーぴょん。」


 涙がにじむ。


 ふーぴょんは一度だけ、

 ぺこっとお辞儀して目をぱちりと閉じた。


 「まだわたし……」

 そう言うと堰を切ったように涙が次々出てくる。

 もう止めることができない。


 光がしぼみ、しゅん……と音を立てて、

 小さな体が力なく床に倒れた。


 ただのぬいぐるみ……その布の重さだけが残った。


 陸が小さく息をのみ、

 わたしは膝をついてふーぴょんを抱きしめた。


 何も動かない。


 胸のハートも、光らない。


 「……嘘。」


 声がこぼれた。


 研究者は一度立ち上がろうとするが、

 よろめきながら壁に手をついた。

 光の影響なのか、その顔は蒼白で、

 先ほどまでの狂気は消え失せていた。


 「……私は……何を……。どうして、こんな……」


 崩れ落ちるように、

 研究者はその場に座り込んだ。


 遠くから、サイレンの音。

 何名かの激しい足音。外のドアが激しく開かれる。


 「警察だ! 全員動くな!」

 眩しいライトが差し込む。


 友部部長は跪きながら、血相を変えて

 事情を説明している。

 わたしと陸はその場に座り込む。


 研究者は全く反抗せずに、警官によって

 脇をつかまれ連行されていく。


 わたしたちもパトカーに乗り、

 警察署へ連れていかれた。


 事情聴取のあいだ、わたしは、

 何を話したのかも覚えていない。

 長い時間だったかもしれないし、

 短いようにも感じた。

 ふーぴょんのことが頭から離れなかった。


 陸は顔の擦り傷だけで無事で、大きなケガはなかった。

 友部部長は腰をおさえていたが、

「老化だな」って言ってた。

 わたしは無傷だった。きっとガジェットのおかげで。

 でもガジェットは、その日以来、

 もうどれも反応しなかった。


 深夜、もう何時だろう。やっと外に出されたとき、

 わたしは、まだ腕の中にふーぴょんを抱いていた。


 動かない。あの声も、返ってこない。


 陸と部長がこちらへ歩いてきて、そっと肩に手を置いた。

 「帰るぞ、しいな。」

 わたしは小さくうなずいた。


 外に出るころには、さっきまで降っていた

 雪はもうやんでいて、

 そこには母が立っていた。


 怒るわけでも、叱るわけでもなく、ただ優しい顔で。


 「お母さん……」


 月が、いつもより赤く染まっているように見えた。

 警察署を出たのは、深夜をとうに回ったころだった。

 冷たい空気が、肺の奥までまっすぐ入ってくる。

 街灯の下で、母がコートの襟を立てて立っていた。

 いつもの、少し心配そうで、でも落ち着いた顔。


 「寒かったでしょ。」


 それだけ言って、わたしの前に立つ。

 ふーぴょんを抱えた腕を、そっと包むみたいに。


 「……ごめんね。」


 母は首を横に振る。


 「いいの。生きて帰ってきたからね。」


 しばらく黙って歩いたあと、

 わたしはコートのポケットに手を入れた。


 指先に、紙の感触。


 「あ。」


 小さく声が出た。


 「……肉まん、ある。」


 母が、ほんの一瞬だけ目を見開く。


 「こんな時間に?」


 「……帰りに買ったまま。」


 ふっと肉まんを母は渡した

 

 紙に包まれた肉まんは、

 すっかり冷えて、つぶれていた。


 母は気にせず、ぱくっとかじる。


 もぐもぐして、

 一拍おいて、ぽつり。


 「あったかい方がおいしいわね。」


 一瞬、間があって。

 わたしたちは同時に、くすっと笑った。


 声は小さくて、

 でも確かに、ここにあった。


 月が、雲の切れ間からのぞいている。

 赤みはもう薄れて、

 いつもの色に戻りつつあった。


 わたしは、腕の中のふーぴょんを見下ろす。


 動かない。


 「……帰ろ。」


 母の声が、やさしく背中を押した。


 わたしはうなずいて、

 一歩、前に出た。


 冷えた肉まんのと、ふーぴょんと、

 それから、胸の奥に残ったあたたかさを抱えたまま。

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