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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
12章 いただきますと七年目の約束

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ep52 白いあんまんと白いバン

 入社して二年目の三月。

 学年末のバタバタも一段落した、

 金曜日の放課後だった。


 給食室の片付けと点検を終えて、

 わたしたちは正門を出て、

 いつものように隅田川テラスへ向かった。


 川沿いの遊歩道には、まだ冬の名残みたいな

 冷たい風が吹いている。

 けれど、空だけはすこし春めいていて、

 ビルの隙間からのぞく夕焼けが

 オレンジと薄い水色を混ぜたような色で

 ゆっくりとほどけていた。


 「……さむ。」


 思わず、息が白くこぼれる。


 わたしはジャケットのファスナーを

 あごの下まで引き上げて、

 フードをぐいっとかぶった。


 隣では、陸がパーカーのフードを

 片手で雑にかぶり直している。


 「春のくせに、風だけ真冬だな。」


 「ほんとそれ。明日から春休みの子たち、

  風邪ひかないといいけど。」


 屋形船が一隻、ゆっくり川面をすべっていく。

 水面には、街灯がまだらに映り込んで、

 冷たいのに、どこかあたたかい色をしていた。


 「……そういえばさ。」


 陸が、ぽつりと言った。


 「今日の辞令、聞いた?」


 胸の奥が、きゅっとなる。


「聞いたよ。」


 わざとそっけなく返すと、

 陸は少しだけ口の端を上げた。


 「春から、サブチーフだな、浅倉。」


 「“だな”って。人ごとだからって。」


 口ではそう言いながら、心のどこかで、

 その言葉を

 そっと撫でるみたいに反芻していた。

 サブチーフ。現場を任される立場。

 嬉しさと、不安と、責任の重さが

 いっぺんに押し寄せてきて、

 足元が少しふわふわする。


 「陸は、異動だね。」


 川沿いの手すりにもたれながら言うと、 

 陸は小さく息を吐いた。


 「だな。でもまあ、

 どこ行っても給食は給食だし。」


 「軽く言うなぁ。」


 そんなふうに軽口をたたきながらも、

 胸の奥のほうでは、

 どこか寂しさがじわりと膨らんでいた。


 同じ釜のまわりでドタバタして、玉ねぎを刻んで、

 さつまいもを揚げて、

 くだらないことで言い合いして。


 わたしの二年間の“当たり前”の中には

 いつも陸がいた。


 「春休み、ミライランド楽しみだね。」


 話題を変えるみたいに言うと、

 陸がわずかに目を細める。

 冬に交わした「二人で行こう」という話。

 ようやく実現できそうで

 行く日もちゃんと決められた。


 笑い合いながら、わたしはふーぴょんの頭を

 ポン、とやさしく叩いた。


 今日も白衣じゃなく、私服のわたしの腕の中で、

 ただの“ぬいぐるみ”の顔をしている。


 「ふーぴょんにも、

  いっぱい助けてもらったからね。」


 ぽつりとつぶやくと、陸がちらっとこちらを見る。


 「このぬいぐるみ、なんか特別な力あんのかね。

  俺も、助けてくれないかな。」


 「あはは。陸、そういうときだけ都合いい。」


 ふーぴょんは、陸がいるから、

 もちろん何も言わない。

 ただ、胸のあたりを抱きしめると、

 中にあるはずの、

 “なにか”の存在だけが、じん、と

 手のひらに伝わってきた。


 ――目の前の人を守れる人でいてほしい。


 昼間、地下のラボで読んだ父の手紙が、

 胸の奥で、小さく灯のように揺れている。


 「……ねえ、陸。」


 「ん?」


 「おなか減った、あんまん食べたい。」


 自分でも話題の飛び方に苦笑しそうになる。

 でも、身体の芯まで冷えた帰り道には、

 どうしても、湯気の立つ何かがほしくなった。


 「寒いから、あんまん買ってくる!」


 わたしが言うと、陸が目をぱちくりさせた。


 「アイスじゃないんだ?」


 「今日はアイスじゃない。

  寒いからあったかいやつ食べたい!

  ふーぴょん持ってて。」


 「はいはい。」


 陸は少しだけ照れくさそうに、

 両腕でふーぴょんを受け取った。

 その姿が、なんだか可笑しくて、

 思わずクスッと笑ってしまう。


 「すぐ戻るから、ここから動かないでよ。」


 「お前が言うとフラグにしか聞こえない。」


 「やめて、そういうこと言うの。」


 そんなやりとりを最後に、

 わたしは欄干の横の階段を

 駆け上がった。 道路に出ると、

 車のヘッドライトが夕方の色を

 一気に塗り替えてくる。

 信号待ちをしている人の群れの間を抜けて、

 少し歩いた先の青いコンビニへ向かう。


 自動ドアが開くと、とたんに、

 からあげさんとおでんの匂いが

 鼻をくすぐった。

 レジ横のスチーマーには、白いあんまんや

 肉まんが

 ぎゅうぎゅうに並んでいる。

 アメリカドックもいいな~

 レジの番が回ってくる


 「あっすみません、あんまんふたつください。」


 強い意志は揺るがなかった

 ホカホカの包みを両手で受け取ると、

 指先にじんわり熱が伝わってきた。

 それだけで、少しだけ心が和らぐ

 気がするから不思議だ。


 支払いをして外に出ると、

 空から細かい雪がほんの少しだけ舞い始めていた。


 「うわ、春なのに本当に降ってきた。」


 早く食べたいなと思いながらも

 おもい両手にあんまんを優しく持つ

 陸と一緒に食べたいなと見上げた空の下

 反対車線の方から

 白いバンが一台、ゆっくりと

 走ってくるのが見えた。


 ――あ、やな感じだ。


 直感みたいなものが、胸の中で小さくざわつく。

 でも、ここは都内の普通の道路で、

 よくある配送車にも見える。

 そう言い聞かせるように、

 わたしは信号が青になるのを待った。


 階段を降りて、隅田川テラス側に戻ろう

 としたときだった。


 川沿いの下のほうから、風に乗って、

 人の声が聞こえてきた。

 外国語っぽい響き。どこか巻き舌まじりで、

 でも単語のいくつかは、

 あんまり詳しくはけどロシア語に近い。


 「……?」


 足を止めて耳を澄ます。

 聞き慣れた陸の声も混じっている。


 「ノー、ノー。それは浅倉の……」


 嫌な予感が、一気に形を持ち始めた。


 あんまんの包みを握りしめたまま、

 わたしは階段を駆け下りた。


 視界に飛び込んできたのは、

 川沿いのベンチのそばで、

 陸が見知らぬ大柄の外国人男性と

 もみ合っている姿だった。


 男はコート越しにもわかるほど 体格がよくて、

 髭まじりの顎をきつく固めている。


 その手は、陸の腕の中のふーぴょんを、

 乱暴に引きはがそうとしていた。


 「は!? おい、何だよ――!」


 陸の声が、冷たい空気を震わせる。


 男は早口で何かをまくしたてているが、

 単語の断片しか聞き取れない。


 「β…… device……исследовать……」


 わたしの背筋に、ぞわりと冷たいものが走った。


 ――やだ。

 ――この感じ。


 地下のラボで見た、父の手紙の一節。

 “この力が君の手から離れそうになったとき”

 という言葉が、耳元でささやかれた気がした。


 「陸!」


 わたしは叫んで、駆け出した。


 その瞬間、男がふと顔を上げ、

 こちらを一瞬だけ見る。

 青い目が、氷みたいに 冷たく光った。

 叫びながら橋の上から見るわたしを確認すると、

 男は一度だけ、舌打ちのような音を立てた。


 「ちょ、待てって――!」


 陸が体勢を崩しながらも、必死にふーぴょんを

 離すまいとする。


 「離せよ! それは――」


 言い終わる前に、男は堤防の階段を

 駆け上がり始めた。陸も追いかけ、

 階段を上がっていく。


 「陸!!」


 わたしも追いかける。

 だけど、階段を駆け上がった先には、

 さっき見た白いバンが、

 すでにハザードをつけて停まっていた。


 ドアが乱暴に開き、

 男はふーぴょんを無理やり取ろうとするが

 陸は必死にそれを阻止しようとして、

 そのまま一緒に

 車内へなだれ込んだ。


 わたしが、届かない手を伸ばしたときには、

 バンのドアはバタンと閉まり、

 タイヤがきしむ音と共に

 車体が前へと動き出していた。


 「っ……!」


 走って追いかけようとした瞬間、

 目の前の信号が赤に変わる。

 車道には、途切れなく車が流れていた。


 渡れない。


 たかだか数メートルの距離が、急に遠く感じる。


 「りくーーーーー!!!」


 喉がちぎれそうな声で叫ぶと、

 バンの後部座席の窓ガラスに、

 一瞬だけ陸の顔がぴたりと張り付いた。


 「しいなーーーーーー!!」


 その口の動きが、

 はっきりとそう言っているのがわかる。


 けれど次の瞬間には、白い車体は車列の間に

 溶けるように紛れ込んでいった。


 「……っ、待って、待ってよ……!」


 わたしはあんまんの包みを

 ぐしゃぐしゃに潰しながら、

 信号が青に変わるのも待てず、

 歩道の端を走り回った。


 どうしていいかわからない。

 足がすくむくせに、身体だけは

 動き続けようとする。


 そのとき、背後から自転車の

 ブレーキ音が聞こえた。


 「おい、しいな!」


 聞き慣れた声に振り向くと

 そこには、野球帽のような

 ヘルメットをかぶって自転車にまたがった

 友部部長がいた。


 黒いリュックを背負って、

スーツのジャケットの前を開けている。

 帰宅途中らしい格好で、息を少し荒くしていた。

 

 「部長どうして…」


 「どうした、その顔。」


 わたしの顔を一目見て、友部は眉をひそめた。


 「り、陸が……!」


 うまく言葉にならない。

 胸がバクバクして、視界の端が滲みそうになる。


 「縣陸が連れてかれたの!ふーぴょんごと!!」


 友部の表情が、すっと変わった。


 「……はぁ~。」


 深く、長い息が漏れる。

 呆れたようにも聞こえるし、

覚悟を決めたようにも聞こえた。


 「どんなやつだ。」


 声のトーンは低いが、しっかりとした芯がある。


 「なんか、白人の大きい人で……

言葉があんまり通じなくて……

  ふーぴょんを、急に。」


 自分でも、何をどう説明しているのか

 わからなくなりそうになる。けれど、

友部は遮らずに聞いてくれていた。


 「……まじか~~。」


 友部は、誰にも聞こえないくらいの声でつぶやいた。


 「本当に来やがったな。」


 その一言には、わたしの知らない過去と、

 覚悟と、諦めきれない何かが

 全部詰まっているように聞こえた。


 「と、ともべ部長……どうすれば――」


 やっとのことでそう言うと、

 友部は一度だけ、きゅっと目を閉じた。


 そして、目を開けたときには、

 いつもの“人事研修部長”の顔ではなく、

 わたしが見たことのない、

なにか別のスイッチが入った顔になっていた。


 「まずは警察だ。

浅倉は警察に連絡してここにいろ。」


 「でも――」


 思わず、声が出た。


 呼ばなきゃいけないのは、わかってる。

 でも、今この瞬間に電話をかけてたら、

 きっとあのバンに追いつけない。


 そんな予感が、全身を締めつける。


 「呼んだら絶対に追いつけないし、

  なんて説明するんですか!」


 友部自身が、同じ結論にたどり着いたみたいに、

 唾を飲み込んで、苦い顔をした。


 「しいなはここにいろ、俺は行くぞ。」


 短く、そう言う。


 「もう、やるしかないんだよ、この状況。」


 「で、でも――」


 「私も行きます。」


 「だめだ。」


 「陸を助けるの、わたしも一緒じゃなきゃ嫌です。」


 自分でも驚くくらい、声は震えていなかった。

 父の手紙の一文が、頭の中ではっきりと浮かぶ。


 ――目の前の人を守れる人でいてほしい。


 「ここは、わたしが行かなきゃいけない。」

 「ガジェットもあります。私なら使えます」


 言い切ると、友部はほんの一瞬だけ目を見開いた。

 真剣な顔で見つめ返す。


 「しいな。」


 それから、ふっと力を抜くように息を吐いて、

苦笑いを浮かべる。

 言いながら、友部はわたしの目を真正面から見た。


 「……いこう、しいな。瑞樹さんや大樹に、

  どういえばいいんだよ。」


 「もーーー危険だったら、絶対逃げろよ。

  責任は、全部俺がかぶる。」


 その言葉に、 胸の奥で何かがきゅっと締まる。


 「……うーん、もう、頑固だな。まるで大樹だ。」


 その名前を聞くだけで、胸のどこかが

あたたかくなる。


 友部は自転車のハンドルをわたしの方に向けた。


 「自転車で一緒に行くぞ。俺が前を追う。

  これ以上見失ったら終わりだ。」


 その言葉を聞きながら、

わたしは肩にかけたバッグの

 チャックを、きゅっと開けた。


 中には、これまでふーぴょんが生み出してきた

 小さなガジェットたちが、息を潜めている。

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