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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
スピンオフ①「栄養士 南沢 和江」

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スピンオフ 「栄養士 南沢和江」後半 給食室は、オーケストラ

2000年


 荒川区の公務員として配属されたのは

 実家の近く、祖母の卒業した小学校。

 なんか縁深いものを感じた。


 初めて学校栄養職員が配置される小学校だった。


 職員室には、FAXの機械の音

 黒電話のベル、先生たちの足音が重なっていた。


 「今日からよろしくお願いします」


 そう頭を下げると、

 何人かの先生が笑顔で迎えてくれた。


「給食、楽しみにしてますね」

「何かあったら聞きますから」


 それまで給食は、調理員さんが主導

 で給食が提供されていた。


 保健の先生、優しさの中に芯の強さを感じる

 40代の女性 献立を見る担当 

 

 音楽の先生

 ニコニコしているものの、

 先生という空気をまとう可愛らしい方。

 発注や在庫管理を担当していた。


 ――複雑な期待が、重かった。


 直営の調理員さんたちも、どう接していいのか

 という感じで、腫れ物に触る感じで接してきた。

 

 民間みたいに役職はなくベテランが仕切るって感じ。

 いかにもチーフという感じのお母さん調理師。

 北さん、ボス感を醸し出している。


 その北さんに距離をうまく保つ男性の調理師の中川さん。

 

 ボスに厳しく言われても一切言い返さない女性の西川さん。


 ここは、私たちが守ってきたんだから、というオーラ。


 やるべきことは献立作成と発注。

 まずは発注から。

 最初はどうにかスタートが切れた。


 しばらくすると、発注ミスをしてしまった。


 運動会の振替休日。誰もいない校舎に、牛乳だけが静かに並んでいた。

 火曜日の朝

 「……ねえちゃん、昨日の牛乳が外に置いてあるよ」

  顔が青ざめる。発注書にはテンプレートのように数字が入っている。


 校長先生に報告すると責める調子ではなかった。

 「いいよ。これは私が払う。」

 それ以上、何も言わなかった。

 怒られなかったわけじゃない。でも、ひとりにされなかった。

 

 標準献立でなく、自分で考えた献立。白玉団子でなく、

 「きび団子」。

 納品されたのは、きび粉ではなく、

 加工前のつぶつぶのきびだった。

 調理さんがフォローしてくれ、白玉粉と在庫の小麦粉で団子を作ってくれた。


 夏休みは入り時間ができたので、

 献立表を自分なりに整えて作り直した。

 手書きでなく、初任給すべてをかけて買った

 ノートパソコンのExcelで作った。


 独学だったがインターネットで色々調べ、

 ネットで知り合った栄養士さんに

 教えてもらい、テンプレートをもらった。

 栄養価を見やすくし、行間も詰めた。

 でも返ってきたのは、一言だった。


 「見慣れてないから、見にくい。」

  理由も、代案もなかった。泣いた。

  自分の意見なんて必要ないんだ。


 私の日課は子供たちの教室に行くことだった。

 初めは教室に入れず遠くから見ていた。

 そのうち子どもたちからは、白衣を着ているというだけで

 「はかせーー」と呼ばれ、寄ってきてくれた。

 毎日様子を見に行くと

 「担任先生たちもクラスに入ってきて」

 と優しく声をかけてくれた。


 はじめ怖かった直営の調理員さんたちも

 一緒に仕事していくうちに

 次第に優しくなり、いろいろなアドバイスを

 くれるようになった。

 切り物をしていると

 「栄養士なのに、うまいな」

 と皮肉交じりだけど、ちょっと認めてくれた。

 1年目現場で身につけた技術があったからだ。


 ただ、当時あまりやる人がいなかった

 バイキング給食だけはなかなか、やらせてもらえなかった。

 理由は、仕事が忙しくなるから。


 夏を過ぎ、校長先生から翌年度、民間委託になると告げられた。

 あまりにも急な話で、驚きを隠せなかった。


 先生方や調理さんとの関係も、どこか微妙になってしまった。

 調理さんたちは、最初は動揺していたように見えた。

 でも日々の給食提供は続いていく。


 年末が近づいたころ、男性調理師の中川さんから

 声をかけられた。


「ねえちゃん、バイキング給食、やりたいって言ってたよね」


「はい」


「俺らこの現場、最後だから、やってみよう・・・一緒にな」


 その言葉を、今でもはっきり覚えている。

 ちゃんと、伝わっていたんだと感じた。


 三月は、リクエスト献立と

 バイキング給食を 実施することができた。


 大変だったけれど、現場との絆は、

 確かに深まった。子供たちからも先生からも好評で

 笑顔も増えた。


 無事に年度を終えたあと、北さんらに

 焼き肉をごちそうになった。

 北さんがいきつけの穴場の焼き肉屋。

 どの肉もめちゃくちゃ美味しかった。

 今まで食べたことがないくらいに。

 きっと一緒にやれたことが最大の味付けになっている。


2001年


 年度が変わり、給食室は直営から民間に変わった。

 

 初日からチーフが子供の入学式で休み、

 代行の本社課長の元、新スタッフで提供を始めるが、

 見事に30分遅れ、前途多難なスタートになった。


 そして、それまで起きなかった種類のミスが、

 目に見えて増えはじめた。


 春雨の戻し率を考えず発注し、

 大量の具材を捨てることになった。

 直営さんなら、戻す前に自分たちで判断してくれた。


 七夕の日。星形のオクラは、汁に浮かぶはずだった。

 だが、配缶直前に目にしたのは、黒いオクラの混ざった

 ごはんだった。


 最悪だったのは、揚げパンだった。

 香ばしいはずの匂いが、明らかに違う。

 教室から内線で連絡が来た

 「今日の揚げパンしょっぱいけど」


 私は息をのんだ。


 「砂糖と隠し味の塩の分量を間違えたんだ」


 直営の調理員さんなら、起きなかった最悪のミスだ。

 子供たちの楽しみを裏切った。


 私は思った。これは、調理員さんのミスだけど。

 「私の責任だ。」

 もっと明確に指示を出せていたら。

 もっと確認の言葉を重ねていたら。

 任せず、味見をしていれば。二十二歳。

 若いから仕方ない、そんな言い訳は通用しない。

 年齢でも、年数でもない。


 ここでは、自分が最後の砦なんだ。


 私は、あとになってからようやく気づいた。

 あの頃の自分は、失敗しない人間になろうとしていた

 わけじゃない。


 失敗が起きたとき、どう向き合えばいいかを、

 まだ知らなかっただけだった。

 失敗しない人は、どこにもいない。


 それは、後輩たちを見ていても、はっきり分かる。


 大事なのは、起きてしまったそのあとだ。


 誰のせいにするかじゃない。

 次に、どう改善するか。


 あの揚げパンの日、本当に

 自分がやるべきだったのは、

 完璧な指示でも、叱責でもなかった。

 「一緒に味見をして確認しよう」と

 声をかけること。一度、立ち止まること。

 そして、当たり前のこと、そう味見をしっかりすること。


 それだけで、守れたかもしれない未来があった。


 いま、給食室で立ち尽くしている新人を見ると、

 私は、過去の自分を重ねてしまう。


 失敗の直後の、行き場のない、

 あの表情。だから、問いかける。


 「どうして起きたと思う?」

 「次は、どこを変えようか」


 答えは、急がせない。でも、ひとりにはしない。


 南沢が学んだのは、正しさよりも、支え方だった。


 給食は、一人では作れない。

 調理員、先生、栄養士。

 誰か一人が欠ければ、

 その日の給食は、喝采の場を失う。


 給食室は、オーケストラだ。

 栄養士は、タクトを握る。

 すべての音を知り、すべての流れを見渡し、

 迷いがあれば、止める役目を持つ。


 前に進ませる責任と、立ち止まらせる勇気を、

 同時に背負っている。


 調理チーフは、コンサートマスターだ。

 指揮を最も近くで受け止め、

 現場の音に変えていく人。


 回転釜の音、包丁の間合い、仲間の息遣いまで

 聞き分けながら今日の最善を判断する。


 そして、給食室では声掛けが、音楽になる。


 「大丈夫?」

 「ここ、代わるよ」

 「次、いける」


 その一言が、テンポを整え、

 不安を和らげ、誰かの手を、

 もう一度動かす。


 言葉は、命令じゃない。

 合図であり、支えであり、

 音をそろえるためのリズムだ。


 声があるから、給食は流れる。

 声があるから、チームは崩れない。


 給食は、黙って作るものじゃない。

 声でつながり、音を重ねて、

 今日の一食になる。


 それからティームティーチングで食育の授業も

 やらせてもらった。

 ”そら豆むきやトウモロコシの皮むき”

 好評で色々な方から褒めていただいた。

 

 毎日クラスに行き、子供たちに声をかけた。

 給食を先に検食し、駆け足で全クラスに

 顔を出して声をかけて、

 給食に興味のない先生も、給食指導を

 してくれるようになった。

 残菜も減っていった。

 好き嫌いの多い子ほど私のことを

 待っててくれるようになった。

 お手紙もいっぱいもらった。

 これからも、子どもたちのために頑張ろうと思えた。

 

 ――すべては、

  子どもたちの笑顔のために。


 南沢和江は、

 そうやって、本当の学校栄養士になった。


 そして――

 この物語は、まだまだ、続いていく。


 南沢和江は、自分が新人栄養士だったころの気持ちを

 重ねながら書いています。


 迷って、間違えて、迷惑をかけて

 それでも現場に立ち続けた日々。


 この物語が、「ひとりじゃない」と

 思えるきっかけになれば。


 それだけで、この物語を書いた意味は

 十分だと思っています。

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