ep46 ソフト麺と縁の下の力持ち
月曜日。
両国橋学園の献立表に「ジャージャー麺」の文字が
なんとなく、子どもたちのテンションの
高さが目に浮かぶ。
「浅倉さん、こっち手伝って〜。」
三浦さんが、大きなボールをどん、
と作業台に置いた。
中には、干し椎茸がぬるま湯に
ぷかぷか浮かんでいる。
表面には傘の部分がぎゅうぎゅうに詰まり、
ピークを迎えた健康ランドの大浴場みたいだった。
(……なんか、混みあってる。かわいい)
「今日のは、しっかり戻しとくのよ〜。
ここでケチると、あとでコクが泣くからね。」
「コクが泣く。」
「そう、コクが泣くの。」
三浦さんは笑いながら、
ボールの中をひょいと混ぜる。
「しいなさん、椎茸のにおい、大丈夫ですか?」
隣から、そっと声がかかった。
ミャンマー出身のキンさんが、
心配そうにわたしの顔をのぞき込んでいる。
「さっき、ちょっと、むずかしい顔してた。」
「え、あ、今のは“覚悟決めた顔”です。」
「かくご?」
あわてて笑ってみせると、
キンさんもほっとしたように笑った。
「しいなさん、切り方、きれいですね。
おしえてくれますか?」
「むしろ、教えてほしいって言ってもらえるの、
うれしいです。」
まな板が二枚並び、包丁の音がリズムを刻む。
ボールから取り出したどんこが、
角切りになっていく。
ポケットの中で、テイストリスナーが
小さく震えた。
《本日ターゲット:ジャージャー麺用椎茸。
役割:ソース全体の“影のベース”。
コクを支える存在。》
(はいはい。今日は
最初から“チームメンバー”として扱うからね。)
回転釜では、ひき肉と玉ねぎがじゅうじゅう音を
立てている。
油の匂いと味噌の香りが混ざって、
給食室の空気が一段あたたかくなる。
「しいなちゃん、肉みそのほう、お願いね。
色変わってきたら声かけて。」
「はい。」
朽木サブの声は、いつも通り落ち着いている。
段取りが頭の中にすっと並んで、
自分がどこを担当すればいいか、自然分かる声だ。
その反対側では、陸が中華蒸し麺の入った
穴あき鉄板を両手で持ち上げ、
スチコンのレールに、がちゃりと押し込んでいた。
「重っ……。今日の麺、いい感じだな。」
「いい感じって・・・」
小さな声で突っ込む。
スチコンの扉が閉まり、
じわじわと湯気の音が聞こえはじめる。
「中華麺、今日何キロでしたっけ。」
陸が、汗をぬぐいながら聞いてきた。
「えっと……小中合わせて千人分だから、
中華蒸し麺は——」
数字が、自然と口から出る。
前なら、一度手を止めて紙を見ていたところだ。
「お、即答できるようになったな。」
陸が釜越しに、ちょっとだけ口角を上げた。
「……暑いしさ。変だと思ったら、すぐ言えよ。」
「それ、フォロー?」
「フォローだよ。」
ぶっきらぼうなのに、ちゃんと気を遣ってくる。
そのバランスの悪さが、やけに心に残る。
肉みそが煮詰まり、色が落ち着いてきたところで、
検食用に、小さなアルマイト皿が用意された。
「浅倉さん、味見どうぞ。」
曽野チーフが、アルマイト皿に麺の
ジャージャーの肉みそを少し盛りつけて、
わたしのほうに差し出す。
「失礼します。いただきます」
中華麺と肉みそを一緒にすする。
片耳にテイストリスナーをはめている
(甘じょっぱくて
ちゃんと“麺のソース”って感じ。
ひき肉のコクの奥で、
椎茸がじわっと支えてる……。)
《解析:味噌グルタミン酸・発酵と熟成香り
成分が加熱による引き立つ
さらに豚ひき肉の旨み成分は主にイノシン酸と
グルタミン酸✖️
椎茸由来グアニル酸の相乗効果。》
「どう?」
曽野チーフが、わたしの表情をのぞき込む。
「椎茸、ちゃんと“いい仕事してます”。
まるで、家の床材みたいです。」
「床材?」
「うち、じいちゃん大工だったんですけど、
シイの木、よく床に使ってたって話、
最近聞いて。縁の下的な存在です。」
「へえ。面白い例えね。」
曽野チーフが、少しだけ目を丸くする。
「じゃあこの肉みそには、
しいなと椎茸に支えられているってことね」
「そう考えると、ちょっと誇らしいです。」
「なら、今日も胸張って出せるわね。」
曽野チーフの言葉に、
肩の力がすっと抜け笑顔になった。
今日も、当たり前の一言では済まされない、
大変だけど、みんなで力を合わせた、
かけがえのない午前中の提供が終わった。
小学校・中学校と配缶をやりきり、
教室に食缶を送り出したあと、
ようやく自分たちの給食の時間になる。
「はーい、みんな聞いて〜。」
三浦さんが、食缶の前で声を張る。
「今日も一食分、お金いただいてるから、
自分の分は一人前だけね。
山盛りは禁止〜。」
「はーい。」
分かってますよと返事が飛ぶ。
「でも、今日はお休みの人が一人いたでしょ。」
「はいパートさんが。」
「そう。その人の一食分だけ、余るから——」
三浦さんは、にやっと笑う。
「“お休みの人の分、いる人〜?”」
「はいっ。」
真っ先に手を挙げたのは、やっぱり陸だった。
「自分で行くんだ。」
「今日は結構歩き回ったから、
もうペコペコで動けません。」
「しょうがないな、どうぞ」
そんなやりとりをしながら、お休みの分は、
動きの多いメンバー中心に
少しずつ分けられていく。
じゃんけんしながら、
まるで小学生のおかわりタイムと変わらない。
「しいな、並べ。」
「はい。」
列に並んでいると、陸が自分の
どんぶりをよそい終わり、
わたしのトレイのどんぶりをひょいと手に取った。
「ほら。」
中華麺をきっちり一人前だけ入れてから、
ジャージャーの肉みそを、
気持ち多めにかける。
「今、気持ち多めでしたよね。」
「“気持ち”はお休み分だから、セーフ。」
「一人前の範囲内だからね。」
言いながらも、少し冷めているけど香る匂いに
胃袋が正直に反応していた。
全員で「いただきます」と手を合わせ、
一口すする。
味噌の香り、ひき肉のコク。そして、その奥に、
ちゃんと椎茸が存在して旨みを引き立てる。
まさに縁の下の力持ち
(……うん。 やっぱり、
“いないほうがいい”具じゃない。)
テイストリスナーを耳にはめなくても、
それくらいは、
自分の舌で分かるようになってきた気がした。
給食室用のテーブルに、
ジャージャー麺の深皿が並ぶ。
少し冷めかけた中華麺が、
さっきまでの忙しさを物語っている。
「めんの日ってさ、やっぱりテンション
上がるわよね。」
三浦さんが、いったん箸を深皿のふちに
置きながら言う。
「子どもたちもですけど、大人もですよね。」
わたしも、麺をすすってから、笑いながら返した。
「そういえば、ソフト麺って——」
気づいたら、今日は自分から話題を振っていた。
「この前、休憩のとき、話してましたよね。」
「あら、覚えてた?」
三浦さんの目が、ぱっと明るくなる。
「はい。袋のままソースと混ぜてたとか、
“あの中途半端さがよかった”わよね」
「最初にソースだけ食べて
お替りがなくて泣いちゃう子とかいたよね」
斎藤さんが乗っている
「そうそう。ソフト麺の数だけ
ストーリーがあるのよ」
「昔はソフト麺だったんですよね〜」
椎菜がいうと
「“昔って言われちゃったわ〜”っ」
斎藤さんが、大きな口で笑う。
「でも実際、あの“中途半端な感じ”が
よかったのよね。
見た目うどん、でもラーメンほどコシはなくて。
ミートソースでも味噌ラーメンでも、
なんでも受け止めてくれた。」
「なんか、“誰とでも話せるクラスの子”
みたいですね。」
気づいたら、自然にたとえが口から出ていた。
「そう、それ。」
三浦さんが指をぱちんと鳴らす。
「主役って感じじゃないけど、
誰と組んでもケンカしない、
空気読めるタイプ。
そういう子がひとりいると、
クラスの空気が助かるのよ。」
三浦さんが、声を上げて笑う。
「実は私調べたんです。なぜソフト麺が減ったのか?
諸説ありなんですが、この地域性で言うと
作ってくれる業者さんが少なくなってるというのが
一番かなって思っています」
「なるほどその展開、おもしろいね。」
斎藤さんが、すこしだけ目を細めた。
「最近のしいなちゃん、話の導入が上手くなったね。
調べてきちゃったりして」
「え、そうですか。」
「最初は、“話に入るの苦手です”って
顔してましたから。」
図星すぎて、ジャージャー麺を噴きそうになる。
「成長、成長。お姉さんうれしいわ」
三浦さんが楽しそうにまとめる。
——気づけば、
わたしは“輪の外で聞いているだけ”じゃなかった。
普通に話に入り、ツッコミを返し、笑っている。
耳の奥で、聞こえた気がした。
《ログの更新: “ソフト麺の話の輪に入れない”から、
“当たり前にツッコミを入れられる一員”へ。》
(ログをとるな、ログを。)
心の中でそう突っ込みながらも、
ちょっとだけ誇らしい気持ちがあった。
午後の洗浄と片付けを終える。
校庭の向こうに見える空は、
少しだけ西日に傾き始めていた。
この章は、「しいなの居場所」が
ようやく形になり始めた場面です。
ソフト麺の雑談の輪に、自然に入り込めるように
なったしいな。
その裏ではちゃんと下調べをして、
自分なりに「話のタネ」を用意してから
輪に加わろうとしている。
そんな小さな準備と工夫も、
コミュニケーションの立派な一歩だと
新卒のみなさまにはぜひ伝えたいです。
物語の中では、それをあくまで
何でもないふりをしながら、
ちゃんと見ている陸がいます。
ここから先、二人の関係がどう変わっていくのか。
仕事と日常の延長線上で、
ささやかな一歩がどんな未来につながっていくのか。
そのあたりも、楽しみに
読み進めていただけたらうれしいです。




