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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
10章 赤飯とチアメガホンで送るエール

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ep41 空回りのエールと心の響き

 翌日、エールメガホンは、

 通勤用に使っているチアバッグの中で、

 しっくり納まってる。


 見た目は、どこにでもありそうな

 プラスチック製のミニメガホンだ。

 だけど、持ち手のあたりに

 そっと手を添えると、かすかに

 脈を打つみたいな鼓動を感じる。


 (……自分の心に、使えって言ってたけど。)


 両国橋学園に着き、タイムカードを

 押したあとも、わたしの心臓は、

 エールメガホンと一緒に、

 落ち着きなく動いていた。


 エールメガホンをしまおうと思うと、

 袖口にそっと巻き付いた。

 もう、どうなってるの、これ。


 ◆


 午前中の下処理は、昨日より

 少しだけスムーズだった。


 キンさんは、下処理の手順を

 ていねいにメモに取り、

 確認するときには必ず、

 「これで大丈夫ですか」と聞いてくる。


 その日本語は、少しぎこちない。

 でも、「伝えよう」とする意思が

 真っ直ぐに乗っていて、

 聞いているこっちの姿勢も、

 自然と正される感じがした。


 「浅倉さん、玉ねぎのチェック表、

 こっち書いといて。」


 「はい。」


 朽木サブの指示に答えながらも、

 わたしの頭の半分は、袖口に潜ませた

 エールメガホンに、持っていかれていた。


 (いつ、どこで使えば

 いいんだろう。)


 “応援”って、どのタイミングで

 必要になるものなんだろう。

 困っているとき?

 うまくいっているとき?

 それとも、今日みたいに、

 とくに何も起きていないとき?


 考えれば考えるほど、

 メガホンの重さが、

 胸の中で増していく気がした。


 ◆


 午前のピークがひと段落し、

 配缶前の慌ただしさが少しだけ

 落ち着いたタイミングで、

 エールメガホンを取り出す。


 手のひらに乗せると、相変わらず小さな鼓動が、

 とくん、とくんと続いていた。


 「……ちょっと、練習。」


 誰もいない更衣室で、わたしはメガホンを

 口元に近づける。


 「が、がんばれ、しいな。

  ちゃんと応援、できる……。」


 メガホンの内側が、ふわっとやわらかく光った。


 次の瞬間、自分の声が、少しだけ透きとおった音になって、

 そのまま胸の真ん中にすとん、と落ちてきた。


 声は、耳から聞こえるわけじゃない。

 胸の奥にすっと染み込んでくるような、

 不思議な感覚だった。


 その言葉が届いた瞬間、背筋がすっと伸びる。

 指先に、ほんのすこしだけ力が入る。


 (……なんか、体温、半度ぐらい上がった?)


 気のせいと言えば気のせいだけど、

 でも確かにさっきより、気持ちも体も少しだけ

 前向きになっていた。


 「うわ……自分の声、心に返ってくると、

 恥ずかしさ倍増なんだけど。」


 そう口に出した途端、また胸の奥に、さっきより

 少しだけ澄んだ声が響く。


 恥ずかしさが胸に響き、顔が真っ赤になる。


 「そこも拾わないで!」


 思わず、メガホンから口を離す。


 そのとき、頭のどこかのスイッチが入ったみたいに、

 ふーぴょんの声が、すっと流れ込んできた。


 『感度いいでしょ。』


 「……頭の中まで、普通に入ってきてるんだけど。」


 『そういうガジェットだからね。 “声”を空気じゃなくて、

  心に直接届けるタイプ。』


 「それ、説明としてはかっこいいけど、

  使い方間違えたらけっこう危なくない?」


 『しいなが今みたいに

  使うぶんには、だいじょうぶ。』


 ふーぴょんの声は、

 いつもの少し

 とぼけた調子だ。


 『その言葉に合わせて、気持ちとか、筋力とか、

  柔軟性とか、“今ほしい力”を、ほんのちょっとだけ

  底上げしてくれるだけ。』


 「さらっと怖いこと言わないでよ……。」


 そう言いつつも、さっきより呼吸がしやすく

 なっているのを、体は正直に教えてくる。


 『ただね。届けたい相手をぼんやり広げると、

  その人たちの心にも、同じように届いちゃう。』


 「それ一番まずいやつじゃん……。」


 『使い方をちゃんと決めれば“応援ツール”。

  雑に使うと……』


 「後半の説明、中途半端はやめてくれない?」


 心の声を増幅して、誰かの背中を押す。

 言葉にするとすごくきれいだけど、

 使い方を間違えたら、本当にとんでもないことに

 なりそうだ。


 (ちゃんと考えないと。)


 胸の奥で、緊張と期待が、同じぐらいの大きさで

 揺れていた。


 ◆


 午後の洗浄が始まるころ、給食室は、いつものように

 水しぶきと金属音でいっぱいになった。


 洗浄ラインの流れを西さんが確認しながら、

 食器をカチャカチャとリズムよく並べていく。


 「キンさん、ここ、スプーンはこっちのカゴね。」


 わたしは、思い切って声をかけてみた。


 「はい。スプーン、ここ。フォーク、こっち。」


 「そうそう、バッチリです。」


 笑ってみせると、キンさんも少しだけ笑い返してくれた。


 そのタイミングで、エールメガホンが、

 ふわっと熱を帯びる。


 (……今?)


 “がんばれ”と声をかけるほど困っている様子ではない。

 けれど、ここで一歩踏み込めたら、何かが変わるような

 気もする。


 悩んでいるうちに、エールメガホンの

 どこかわからないスイッチが、

 指先に触れてしまったようだ。


 カチ、と小さな手応え。メガホンの内側が、

 またそっと光りだす。


 (やば、オンに……。)


 慌てて口を近づける。


 「キンさん、その……。」


 言いかけて、言葉がつまる。


 (“無理しないでね”? “わからないこと

  あったら言って”? 

  どれも正しいけど、なんか、台本みたい。)


 迷っている間にも、メガホンはじっと、

 わたしの心の揺れを拾っていた。


 『ちゃんと先輩しなきゃって、

  思ってるけどうまく言えない私、

  ほんと役に立ってるのかな……。』


 給食室のみんなの胸の奥に、

 同じ言葉がぽちゃん、と落ちたような、

 そんな感覚が走った。


 「えっ。」


 思わず、わたしの動きが止まる。

 キンさんも、手を止めて

 きょろきょろと周りを見回した。


 「い、いまなにか……。」


 「え、えーっと、その……。」


 わたしが真っ青になっていると、

 洗浄ラインの向こう側で、

 西さんがふん、と鼻を鳴らした。


 「自分の仕事は、しまいまでやれよ〜。」


 いつもの口癖。だけど、その声には、

 いつもより少しだけ笑いが混ざっていた。


 「だれか、心の中でぐるぐるしてんのが、

 ちょっと漏れただけだべ。」


 その一言で、給食室にくすくすと笑いが広がる。


 「まあ、役に立ってない人なんて、

  ここには一人もいないわよ。」


 三浦さんが、スポンジを握った手で、

 軽くこちらに手を振る。


 「そうそう。誰か一人欠けたら、

  給食なんて回んないからね。」


 「……すみません。なんか、

  変なこと思ってました、わたし。」


 「心の中で思ってることなんて、だいたいみんな、

  似たようなもんだよ。」


 曽野チーフが、少しだけおかしそうに笑う。


 「むしろ、口に出してくれるほうが、

  助かるときもあるからね。」


 キンさんが、そっと わたしを見る。

 さっきより、少しだけ柔らかい目だ。


 「しいなさん、がんばってます、いつも。」


 ゆっくりとした日本語で、でもはっきりと、

 そう言ってくれた。


 「……ありがとう。」


 胸ポケットの中で、エールメガホンの光が、

 ちいさく瞬いた気がした。


 (応援されてるの、わたしのほうじゃん。)


 嬉しさと恥ずかしさと情けなさが、まとめて

 波のように押し寄せてくる。


 ちゃんと使いこなせていないガジェット。

 空回りしてばかりの心。


 このままじゃ嫌だ、と、じわっと「決意」みたいな

 ものが、胸の底に沈んだ。

 第十話四章目の後書きです。

 洗浄ラインでの「心の声ダダ漏れ」

 事件は、かなり書いていて楽しいシーンでした。

 

 実際の現場でも、西さんタイプのベテランの一言で、

 場の空気がふっと軽くなったりします。

 厳しいようでいて、

 「役に立ってない人なんていない」と

 サラッと言える人が一人いるだけで、

 チームの温度はかなり変わります。

 

 今回、エールメガホンは派手な失敗をしましたが、

 それによってしいなが聞けた言葉も

 たくさんありました。

 応援するつもりが、むしろ自分の弱さを

 さらしてしまう、

 でもそこで返ってくるのが、仲間たちの

 さりげない肯定の言葉。

 ここは作者としても、少しだけしんみりしている

 お気に入りの場面です。

 

 キンさんの「しいなさん、がんばってます、いつも。」も、

 書きながら自分で刺さりました。

 異国の地で働く側のほうが、実は誰よりも

 人をよく見ている、

 という場面をどうしても描きたくて、

 このセリフを置きました。

 

 応援するつもりが、先に応援されてしまう。

 この逆転は、現場でも物語でも大事な瞬間なので、

 これから先も何度か繰り返し描いていくと思います。


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