表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
10章 赤飯とチアメガホンで送るエール

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/69

ep40 桜の花びらとエールメガホン

 浅草の空はすっかり 群青色になっていた。

 今日は、少しだけ遠回りして

 桜橋を渡って帰ることにした。


 川べりの遊歩道には、並木になった桜の木が

 ずらりと続いている。

 まだ肌寒い夜の風の中、枝という枝に、

 うすい花びらがふわっと灯りみたいに咲いていた。


 見上げると、街灯の光を受けた

 花びらが、淡い桃色の雲みたいに

 揺れている。その向こうには、

 高速道路とビルの窓の光。

 全部まとめて、川面にゆらゆらと映り込んでいた。


 (……今日、結局まともに

  話しかけられなかったな。)


 胸のあたりに、もやもやした塊を

 ひとつ抱えたまま、桜のトンネルを抜けていく。


 (桜が散る前に、キンさんと一緒に

 この景色見ないとな。)


 ふと、そんなことを考えてしまう。

 ミャンマーの川のほとりにも、

 きっと違う花の並木道が

 あるのだろうか、とか、

 そんな取りとめのない想像が頭をよぎる。


 わたしは古い木の玄関を開けた。


「ただいま。」


「おかえり。今日からミャンマーの子、

 来たんでしょ?」


 台所から、お母さんの声が

 飛んでくる。まな板に包丁が当たる、

 一定のリズムが聞こえた。


「うん。キンさんっていう人。

 日本語けっこう話せるし、

 すごくがんばってた。」


「そっか。あんたも、ちゃんと

 “先輩”してあげなさいよ。」


「……それが、ね。」


 うまく言えなかったこと。

 タイミングを逃したこと。

 赤飯のことをうれしそうに

 話す顔を、ただ見ているだけだったこと。


 その全部を説明するのは、

 なんとなく気恥ずかしくて、

 わたしは「まあ、ぼちぼち」

 とだけ言って、自分の部屋に逃げた。


 ◆


 部屋の電気をつけると、

 ベッドの上に、ふーぴょんが

 ころんとくつろいでいた。


「……ただいま。」


 わたしは、ふーぴょんを

 ぎゅっと胸に抱きしめる。

 布の中綿越しに伝わる柔らかさは、

 この一年ですっかり

 “安心の温度”になってしまった。


「今日さ、新しい人が来たんだよ。

 ミャンマーから。ちゃんと“がんばります”

 って言っててさ。」


「へえ。海を越えての新卒ちゃんかあ。」


 いつもの、少しだけとぼけた声が、

 胸のあたりから響いてくる。


「……新卒、っていうか、年上だけど。」


「細かいことはいいんじゃない。

 “今日から一緒に働く人”って意味では、

 だいたい同じでしょ。」


 そう言われると、なんだか

 その通りのような気もしてくるから、不思議だ。


「で、しいなは、ちゃんと“先輩らしいこと”

 できたの?」


「……できてないから、

 こうして報告会になってるんだけど。」


 わたしが枕に顔をうずめると、

 ふーぴょんは、ふわっと

 笑うような気配をまとった。


「応援、ってさ。しいなはどういうイメージ?」


「え?」


「ほら、応援団リーダーが応援席で

 大声で叫ぶとか、

 チアリーダーがメガホン持って叫ぶ感じとか、

 吹奏楽のファンファーレとか、

 いろいろあるじゃない?」


 唐突に具体例を出してくる“応援部寄り”だ。


「うーん……。なんか、“がんばれー”

 って大きい声で言うこと、かなあ。」


「ふむふむ。じゃあ、

 大きい声で言えなかったら、

 応援じゃないの?」


「え……。チアだったから正直、

 大きな声の応援は得意なんだよね。」


 一瞬、言葉に詰まる。


 今日のわたしは、結局、目の前のひとりに

 まともに声をかけられなかった。

 それは、応援できてないって

 ことなのか。一緒に赤飯を食べて、

 その顔を見てうれしくなった

 だけじゃ、足りない。


「……そうじゃない。」


 ぽつりとそう言うと、ふーぴょんは、わざとらしく

 ため息をついた。


「じゃあ、ちょっとだけガジェットに頼ってみる?」


「ガジェット?」


「そう。しいな一人だと、今はまだ声の出しどころが

 わからないなら、“心の声を拾って、

 ちょっとだけ背中を押してくれる

 ガジェット”とか。」


 その言い方に、わたしの脳内で警報と

 興味が同時に鳴った。


「……それ、なんか危ない響きしない?人の心、

 いじる系じゃないよね?」


「いじらないよ。“いじる”んじゃなくて、

 “揺さぶる” 方向。しいなが自分で決めた

 気持ちを、もうちょっとだけ

 届きやすくするだけ。」


 ふーぴょんの丸い体の真ん中あたりで、

 うっすらと銀色の心臓みたいな

 ものが光り始める。


 ハート型のガジェットが、鼓動みたいに

 ちかちかと明滅するたび、部屋の空気が

 ほんの少しだけ、

 きらきらした粒を帯びた。


「……また、夜なべモード?」


 わたしのツッコミを聞きながら、

 ふーぴょんの胸のハートは、

 さらに明るく鼓動を早めていく。


 やがて、ふーぴょんの小さな右手から、

 光の糸がするすると伸び始めた。


 それは部屋の空気をすくい取るみたいに

 ふわりと舞い、やがて

 手のひらサイズのメガホンの形を

 編み上げていく。


 いつも寝ているとき

 作ってくれているから、

 こんな間近で見るのは初めてだ。

 すごく神々しくて、

 涙が出てきそうになる。


「そう。“応援したいけど、

 どうすればいいかわからない人”

 のための、チアメガホンね。」


「はい、完成。明日からの

 応援ツール。

 『エモーショナル・ディスラプティブ・

 ラウドスピーキング・ユニット』。」


「長いって! 絶対覚えられない。よし、

 今回も私が名前をさずけよう。」


「なんで上から……。じゃあ、どうぞ……。」


 目を閉じると、今日の給食室の光景が

 スライドショーみたいに浮かんでくる。


 赤飯の湯気。 キンさんの「おいしいです」の声。

 言えなかった 「一緒にがんばろう」の一言。


(……ただ、もう一歩だけ、背中を押してくれる感じ。)


「……『エールメガホン』。」


 気づいたら、口が勝手に そう言っていた。


「お、いいじゃない。」


 わたしは、その手に収まる小さなメガホンを

 そっと手に取った。掌になじみ、心臓みたいな

 微かな振動を感じる。


「しいなが“何を届けたいのか”を ちゃんと決めれば、

 手をメガホンみたいにして口に近づけるだけ。

 サボるとちょっとだけへそ曲げるかもだけど。」


「ガジェットのくせに、性格あるの。」


「正確というか基本AI搭載だから、

 プロンプトが大事。」


 ふーぴょんが、どこか遠くを見るように、

 一瞬だけ目を細めた気がした。


 その横顔に、なぜかお父さんの白い法被姿が

 ちらっと重なって見えてわたしは小さく首を振る。


「……明日、ちゃんと使えるかな。」


「まずは、自分の心に使って

 あげればいいんじゃない?」


「自分の、心に?」


「そう。“がんばれ、しいな”って。」


 ベッドにごろんと横になる。


 天井の木目が、少しだけ違って見えた。

 心臓の鼓動と、エールメガホンの

 かすかな振動が、ゆっくりと同じリズムに

 なっていく。


 まぶたが重くなる直前、ふーぴょんの

 小さな声が耳のそばでささやいた。


「今日も一日、おつかれさま。明日は、もう半歩前に。」


 その言葉を子守歌みたいに聞きながら、

 わたしは静かに眠りへ落ちていった。

 ここでは、エールメガホンという

 ちょっと不思議なガジェットを通して、

 「応援って何だろう」と考える章になりました。

 

 応援って、本来すごく個人的で、

 距離感が難しい行為だと思っています。

 近すぎると押しつけになるし、遠すぎると届かない。

 仕事の現場で「がんばれ」をどう言うかは、

 私自身もずっと模索中です。

  しいなが自分に向けてかけた声が、

 胸の中にそのまま返ってくる描写は、

 私が新人さんたちに見てきた姿の

 デフォルメでもあります。

 自分で自分を追い込みつつ、

 それでもまだ少しだけ、

 前を向きたいと願っている人たち。

 その背中をどう支えるかは、

 上司側の永遠のテーマですね。

 

 エールメガホンは、能力値をドカンと

 上げるチート道具ではなく、

 ほんの少しだけ体温を上げる程度の

 ささやかな道具にしました。

 そのくらいのさじ加減のほうが、

 給食室というリアルな舞台には

 なじむだろうと考えています。 

 ガジェットの危うさも、あえて残してあります。

 「雑に使うと危ないもの」だからこそ、

 人の心を扱う怖さにもつながっていく

 はずだと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ