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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
10章 赤飯とチアメガホンで送るエール

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ep39 揺れるエールとなぞのオンタミン

 午前中の仕込みが始まると、

 キンさんはすぐに下処理室のあたりに

 陸に案内されていた。


 「キンさん、今日は根菜の下処理と、

  赤飯のささげの水切りをお願いするね。」


 朽木サブが、いつもの落ち着いた声で

 ゆっくりと説明する。


「はい。わかりました。」


 キンさんは、少しだけ緊張した笑顔で

 大きくうなずいた。

 その動き一つ一つが、きちんとしていて、

 白衣の袖口もぴんと伸びている。


(……思ってたより、全然しっかりしてる。)


 わたしは、まな板を前にしながら、

 ちらちらと視線だけそっちに

 向けてしまう。


 本社からの資料に書いてあった

 「事前研修20回以上」という文字が、

 急に現実味を帯びてきた気がした。


 「浅倉さんー、にんじん、こっち半分頼む。」


  陸の声に、わたしはあわてて返事をする。


 「は、はいっ。」


 包丁がまな板に当たる音が、

 リズムを取り戻していく。

 ステンレスのボウルに転がるにんじんが、

 コトン、と小さく跳ねた。


 ふと横を見ると、キンさんが

 ささげのザルを静かにあおいでいた。

 水面に浮かぶ細長い豆がきらきら光って、

 朝の光を受けて小さな宝石みたいに

 見える。


 『キンさん、ささげ、あんまり

 揺らしすぎると、皮がむけちゃうから、

 やさしくで大丈夫ですよ。』

 声をかけようとして、途中で止まる。

「大丈夫ですよ」って、日本語として

 上から目線じゃないだろうか。

 でも、言わなかったら、それはそれで

 放っておいているみたいだ。


 わたしがもたもたしていると、

 朽木サブがさりげなく近づいた。


 「そうそう、いまくらいの揺らし方、

 すごくちょうどいいよ。

 赤飯の豆は、形が残ってたほうが、

 見た目きれいだからね。」


 「はい。」


 キンさんの顔が、ぱっと明るくなる。


 その様子を見ていると、

 曽野チーフも横からのぞき込んだ。


 「今日の豆、ささげっていうの。

  あずきは煮ると皮が破れやすくてね。」


 「かわ、やぶれる……?」


 「昔の武家社会では、それを

  “腹切れ”に結びつけて嫌がったの。

  だから関東では、皮が破れにくい

  ささげを赤飯に使うことが多いのよ。」


 「なるほど、むずかしいです。」


 キンさんが、ことばをかみしめるように

 ゆっくりと返事をする。


 (授業で佐藤先生が言っていた話だ。

  実際の鍋の前で聞くと、

  なんか全然ちがって聞こえるな。)


 そんなことを思いながら、

 わたしの胸のあたりに

 じわっと悔しさが広がった。

(今の、わたしでも言えたのに。)


 言葉って、こんなにタイミングが

 むずかしかったっけ。

 日本語同士でもうまく言えないのに、

 相手がミャンマーから来た人だと思うと、

 ひとつひとつの単語が急に重くなる。

 


 午前のピークを乗り切り、

 小学校と中学校への配缶が終わるころ、

 給食室の空気は、少しぐったりしていた。


 「お疲れさま。じゃあ、片づけたら

  自分たちの給食にしようか。」


 曽野チーフの声に、あちこちから

 「はーい」という小さな返事が返る。

 今日の献立は、赤飯、鮭の塩焼き、

 けんちん汁、ほうれん草のおひたし、

 そして牛乳。


 湯気の向こうに見える赤飯は、

 薄いピンク色の中に豆が

 ぽつぽつとのぞいていて、

 どこか、晴れの日用の着物みたいだ。


 「じゃ、いただきます。」


 みんなで手を合わせてから、

 わたしはまず赤飯のお茶碗を持ち上げる。

 優しい甘い香りが、ほおにやさしく触れた。


 一口食べると、もち米のむっちりした

 食感と、ささげのほくっとした

 塩気まじりの風味が、

 噛むたびに増幅していく。


 (……やっぱり、赤飯って “特別な味”だな。)


 子どものころは、豆だけよけていた くせに。

 今は、その豆の存在がないと

 物足りなく感じるのだから、

 人間の味覚は勝手だ。


 「日本の、あかいごはん……。」


 向かい側で、キンさんが

 おそるおそる赤飯を見ていた。

 箸の持ち方はきれいだ。


 「それ、赤飯って言って、

 お祝いのときとかに食べるごはんなの。」


 三浦さんがにこにこしながら 説明する。


 「おいわい、のごはん。」


 「そうそう。今日は“進級おめでとう”の 日。」


 キンさんは、うん、と小さく

 うなずいてから、

 赤飯を少しだけ箸ですくった。


 口に運び、もぐもぐと噛む。

 数秒の沈黙のあと、ぱっと表情がほどけた。


 「おいしいです。  あまくて、しょっぱくて、

  んー……うちの国の……えっと…… オンタミン。」


 聞き慣れない単語が、 テーブルの上にぽとんと落ちる。


 「オンタミン?」


 三浦さんが首をかしげると、 キンさんは、少し照れたように笑った。


 「おかあさんの、ココナッツの あまいごはんを、おもいだします。 」


  言葉を探しながら話す声は、やわらかく広がっていく。


 「それはおいしそう。」


  曽野チーフが、うれしそうに目を細める。


  キンさんは、もう一口食べてから、ぽつりと付け足した。


 「……カレーが、ほしいです。」


  一瞬の静寂のあと、テーブルのあちこちから

  くすくすっと笑いがこぼれた。


 「たしかに、赤飯カレーもアリかもね。」


  冗談まじりの声が飛び交う中で、 わたしの胸の奥も

  じんわりあたたかくなる。


 見たことのない国の、見たことのない台所が、

 一瞬、重なって見えた気がした。


 「よかった。日本の赤飯、 合ってたみたいね。」


  曽野チーフが、ほっとしたように笑う。


  本当は、わたしも何か言いたい。

 「うちの赤飯、けっこう自慢なんですよ」とか、

 「豆、よけない派ですね」とか。

  けれど、口は、ただもぐもぐと

  赤飯をかみしめるだけだ。


 (……応援って、“おいしいね”って

   一緒に言うことなのかな。)


 そんな単純なことすら、

 まだ自信を持って言えない自分が、

 ふと情けなくなる。


 配缶車が戻ってきて、 空になった食缶のふたが、

 カンカンと音を立てる。 さあ午後も頑張ろう

 第十話二章目の後書きです。

 この章では、ミャンマー出身のキンさんが、

 ようやく給食室に「実在の人」として登場しました。

 作者としては、最初の一言をどう言わせるか、

 本当に悩みました。

 脚色はせず、実際の彼女たちの状況を聞いて

 物語に組み込みました

 そのままにした理由は、ここに来るまでの

 長い道のりがあります。

 内戦、地震、途中で止まった大学生活、

 家族との別れ、仕送りをする生活。

 予定から1年を過ぎての入国、

 全部は書き切れないけれど、

 せめて読者の方の想像力に委ねられたら

 うれしいな、という気持ちがあります。

 

 曽野チーフの「失敗する権利は、

 ちゃんと残してあげて」というセリフは、

 私がいちばん大事にしている 考え方の一つです。

 つい「教えすぎ」「手伝いすぎ」で

 1年生にさせて空気の中で、

 あえて社会人として大人として現場に立たせることが

 必要だと考えています。

 それが、本の成長につながり、現場を長く立たせる

 鍵だと思っています。

 

 しいな自身もまた、「教えたいけど怖い」側にいる

 二年目の一人です。彼女がどんなペースで、

 キンさんとの距離を縮めていくのか、

 作者の私も少し離れた位置から見守っている

 感覚で書きました。

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