ep35 出張あげパン大学と栄養士の献立
「それじゃあ、キャリアガイダンス
“出張あげパン大学”を始めます。」
友部部長の声が、実習室に響く。
どこかいつもより生き生きとしていて、
後ろの方の学生まで、
すっと視線を向けている。
「そして、うちの公式キャラクター、
“ふーぴょん”です。」
部長がそう紹介すると、
私はふーぴょんの背中の小さなスイッチを、
そっと押した。
「ふーぴょんだよ。」
かわいい声が、教室中に響く。
何人かが「かわいい……」と
小さく笑顔になってくれている
「今日は、揚げパン調理の
デモンストレーションします。」
「みんなには、調理の手順の確認と
食べる側として、給食の魅力を
思い出してもらえたらうれしいです。」
部長がそう言って、学生さんを見た。
「みなさん好きだった給食メニュー、
何がありますか?」
「カレー!」「ミートソース!」
「わかめごはん!」
手が次々に上がっていく。
「給食って日本人にとってはどの世代も
共通の話題で盛り上がりますよね」
「それではここで、アイスブレイク代わりに
“給食クイズ”いきましょうか。」
PCから軽快なBGMが流れ、
スライドに「給食クイズ」の文字が映る。
スクリーンの明かりが、前列の学生の横顔を
淡く照らしている。
「正解した人には、
ふーぴょんアクリルキーホルダー」
“ふーぴょんアクキー”と、
あとで揚げパンを選べる権利を
プレゼントします。」
ちらほら
「ほしーい」「かわいい」
と声が上がる
私は、テーブルの上に並べられたアクキーを見て、
少しだけ誇らしい気持ちになる。
(……ふーぴょん、ちゃんと
“公式キャラ”してるなあ。)
給食クイズ 「全員スタンドアップ!」
まるでどこかで聞いて掛け声、すこしうける
「日本で最初の学校給食は?」
「1970年代人気のメニューは?」
問題がテンポよく出されていく。
Q1、Q2と進むたび、前のほうから
「あー……」「やった!」と
いう声が上がる。
前のめりになる子、友だちと顔を見合わせて笑う
学生、反応はいろいろだ。
「それでは最終問題です!
Z世代人気ナンバーワンの給食メニューは?」
私も思わず心の中で「わかめごはん……」
とつぶやいてしまう。
部長が、わざとタメをつくってから答えを言う。
「正解は——“あげパン”です。」
「ということで、今日はあげパンデモです。」
教室のあちこちから、小さな拍手が上がった。
「それでは浅倉さんよろしくお願いします」
「今年3月にこの学校を卒業して、
株式会社桜江の
両国橋学園で働いています。浅倉椎菜です。
よろしくお願いします」
「では、説明しながら行っていきます。
油は、だいたい170〜180℃」。
油に入れたらパンから“いい音”がするかが
大事です。」
油の温度が上がるにつれて、
かすかに立ちのぼる匂いが変わっていく。
キッチン・ブローチが、
胸元でじわりと温かくなる。
「浅倉さん、いけそう?」
「……はい。いけます。」
「トングであげパンをそっと油に沈めます」
じゅわっと、心地いい音が弾ける。
「泡の大きさが、少しずつ細かくなっていきます。
するとパンの表面が、カリッとなり
きパンの色が濃くなります。」
油の匂いがかるく香ばしいに変わっていく、
そのほんの一瞬。
(ここだ。)
私はパンをすっと持ち上げて、バットに移す。
「油から出して軽く油をきってすぐに、
きなこや砂糖の入ったトレイの方へ移します」
「はるかさんお願いします」
一緒に、てきぱきとまぶしていく。
「いい音だね。」
隣で、はるかさんが小さくつぶやく。
「落ち着いてるよ、いい顔してるよ。」
と言われて、思わず笑ってしまう。
トレーの上には、
シュガー、きなこ、ココア、抹茶。
そして、いちごホイップでデコられた
“スペシャル揚げパン”が並んだ。
「出来上がりです。部長に戻しまーす」
「では、給食クイズの正解者から、前にどうぞ〜。」
部長の声に、何人かの学生が照れくさそうに
前に出てくる。
全問正解者にはふーぴょんのアクキーが渡される
「やったー何しようかな」と
学生たちが迷いながら前に来て
あげパンをとっていく
「人気の“きなこ”と“シュガー”から、
あっという間にトレーが軽くなっていく。
ココアも、抹茶も、それなりに手が伸びていく。」
「味はどうですか?」
「美味しいです!」「めっちゃうまい」
「懐かしい」
言葉が飛び交う、みんな飛びっきりの笑顔だ
——そして、いちごホイップでデコられた
あげパンだけが、ぽつんと残った。
「……いちごホイップ、残念ですが
人気なかったですね。」
部長が、わざとらしく肩を落とす。
「さっき、一番時間かけてデコったんだけどね。
これが、“手間が一番かかったのに、
一番人気がない”揚げパンです。」
教室に、くすっと笑いが広がる。
フォローを入れてくれる子もいる
すると部長が話し始める。
「そのまま食べながら聞いてください」
「栄養士がたてる献立はね、
やろうと思えばいくらでも“凝ったこと”が
できるます。
世界の料理、まるまる風と、
なんとか仕立てとか、居酒屋みたいな
メニューとか。
やろうと思えば、机上ではいくらでも
できちゃう。」
さっきまでのゆるい調子から、
友部部長の声が、きゅっと締まる。
「でも、給食は“栄養士の作品発表の場
”じゃありません。
子どもたちが毎日ちゃんと食べて、
健康をささるための食育の一端です。」
実習室の空気が、すっと静かになる。
「皆さんが将来献立を立てる栄養士に
なったとき思い出してほしいです。」
「“栄養士の自分語り”になった瞬間、
調理する人のことも、
子どもの現実も置き去りにしてしまいます。」
部長は、トレーの上のいちごホイップを
見ながら続ける。
「人気のミートソースや、わかめごはん、
肉じゃが、豚汁。
そして、今日みんなが一番手を伸ばしてくれた“
きなこあげパン”。
見た目はシンプルでも、
“子どもが本当に食べたくなる形”でそこにある。
それが、給食の強さです。」
誰かが、小さくうなずく気配がした。
「栄養士の自分語りじゃなく、調理の手順と、
子どもの現実に寄り添っている献立こそ—。
給食の栄養士の“正しさ”だと私は思います。」
胸のあたりで、キッチン・ブローチが、
誇らしげに、
だけど静かに光っている気がした。
第2章の“出張あげパン大学”は、実体験です。
実際に母校ではありませんが
短大の学生さんに卒業生と一緒に揚げパンを作り、
給食や会社の話、体験談をしました。
いちごホイップが残った件も実話で、
「時間をかけたから人気になるとは限らない」
という給食の現実を象徴する
現場のエピソードが原型です。
そしてこの章では、
給食は“作品”ではなく、“子どもの現実に
寄り添う仕組み”
というメッセージを、友部部長に語らせました。
献立はアイデア勝負だけではなく、
・子供たちが時間内に配膳し食べ切れるか
・調理工程が無理なく安全に回るか
・子どもが本当に食べたい姿になっているか
こうした実務の積み重ねの上に成り立つものです。
揚げパンを通して、その「給食の正しさ」が伝われば
これからの栄養士を育てていく上で大切だと感じ
授業をしたことを、書き上げました。




