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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
7章 すみちゃんカレーと隅田川の夕焼け

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ep28  秋の寝ぼけ眼の朝とみえてない保存基準表

  挿絵(By みてみん) 

 校庭にまだ薄い朝の音が漂っている。

 秋と呼ぶには早いけれど、夏でもない。

 そんな曖昧な季節の朝だった。


 浅倉しいなは、給食室の裏手にある納品口で、

 寝不足のまぶたを

 こすりながら台車に積まれた食材に

 向き合っていた。


「……おはようございます……」


 声が自分でも驚くほど弱い。

 昨夜は、あてもなくスマホでショート

 動画を見ていたら思ったより

 時間がたってしまい、寝落ち寸前で布団に

 倒れ込んだ。

 瞬きするたびに、まだ少しだけ夢の続きが

 残っている。


 そこへ、いつもの肉屋のトラックがぎゅっと

 停まった。

 運転席から降りてきた男性は、

 軽く会釈をするだけで、

 こちらをまっすぐ見ることはほとんどない。


「鶏モモ、10キロ。置いていくよ。」


 短くそう言って、ステンレス台の上にケースを

 ドンと置くと、

 伝票だけ渡して、そそくさとトラックに

 戻っていく。


「あ、ありがとうござ……」


 しいなの小さな声は、エンジン音に

 かき消されてしまった。


 習慣になりかけた動作で、

 非接触温度計を手に取り、

 鶏肉のケースへ向ける。


 ピッ、と乾いた音。

 温度が小さく光る。


(……こんな感じ、だったよね……)


 納品時の基準の温度は、

 なんとなく記憶しているつもり。

 検収担当の初日にはしっかり見ていたのに、

 この日は見ようともしなかった。


「浅倉さん、おはよー。」


 背後からひらりと声がして、

 斎藤由美が白衣の袖を整えながら入ってくる。

 朝一番、衛生と帳票・検収を任されている斎藤は、

 いつものように淡々としているが、目だけは鋭い。


「鶏肉、確認終わった?」


「え、あ、はい……いま記録してて……」


 しいなが記入シートに温度を書き込んだ瞬間、

 斎藤がひょいとケースをのぞき込む。


「ちょっと高くない? この感じ。」


「え……?」


 斎藤の手つきは迷いがなく、

 非接触温度計を取り上げて、

 さっと測り直す。


「……14度。これ、基準値超えているよね。

 保存基準は“10℃以下”でしょ。

 ちゃんとそこに貼ってある学校給食用食品の

 原材料、製品等の保存基準表、見た?」


「……すみません……」


 斎藤が鶏肉をのぞき込む。


「品質も良くないわね。匂いもするね。」


 短くそう言ってから、しいなの方を見た。


「浅倉さん、これ……

   チーフに報告してきて。」


「は、はいっ。」


 しいなは検品表のボードを抱えたまま

 曽野チーフを呼びに行く。

 すぐに曽野チーフが来て、ケースの中身と

 温度を確認した。


「浅倉さん、これ、来てからすぐ計ったよね。」


「はい。」


 曽野は自分でももう一度、非接触温度計を

 向けて測り直す。


「やっぱり、基準超えているわね。」


 曽野は斎藤の方を向く。


「斎藤さん、ありがとう。南沢先生を呼んで、

 確認してもらおう。」


 数分後、学校栄養士の南沢先生が到着し、

 全体の状態をチェックする。

 その真剣な横顔を見ているだけで、

 しいなの胸が縮んでいく。


「……基準値を超えているだけでなく、

 品質も悪いわね。

 これは受け取れないレベルね。

 うん……返却しましょう。

 肉屋さんには私が連絡します。

 作業工程、変更お願いします。」


 淡々と告げられた結論には、曖昧さが一切ない。


 検品表のボードを抱えたまま固まって

 いるしいなの口から

 もれた謝る声は、落ち込んだというより、

 “自分が悔しい”という響きに近かった。


(私、まだまだ新人なのに……慣れてしまって……

 意識が低くなって、失敗につながった……

 情けない。)


 その実感が、じわりと胸の奥に沈んでいった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

第8話・第1章は、「慣れ」と「なんとなく検収」の

怖さをテーマにしました。

学校給食用食品の保存基準は「10℃以下」。

それに対して「14℃」という数字は、

一見すると“ちょっと高いだけ”にも見えますが、

実際の現場では「アウト」にしないといけない

ラインです。

新人のしいなは、研修のときにはちゃんと見ていた

保存基準のパウチを、

「なんとなく覚えているつもり」のまま、

その日の眠気と“慣れかけた手つき”でスルーして

しまいます。

そこで止めてくれるのが、検収担当の斎藤さん。

温度計の数字だけでなく、

・ケースを触ったときの「温度のまとわり方」

・鶏肉の見た目や匂い

から、「これは基準を超えている」と判断して、

曽野チーフ、南沢先生につなげていきます。

結果として、「返却」という判断になり、

作業工程も変更になりますが、

それでも「安全が最優先」という

給食現場のスタンスを、

物語の中でしっかり描きたくて、この展開にしました。

慣れてしまうことの怖さ

日々冷静に「ちゃんと見ている目」によって

子どもたちの給食は守られている――

そんな空気が少しでも伝わっていたらうれしいです。

みなさんの感想もぜひお聞かせください。

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