表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
7章 すみちゃんカレーと隅田川の夕焼け

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/69

ep26 ガジェットの競演とビューワ×ブリーズ

 翌朝。


 温度と湿度を測る黒球の数字は、

 相変わらず遠慮がない高さだったけれど、

 わたしの足取りは、昨日より少しだけ軽かった。


 今日の献立は――

 すみちゃんカレー。

 かりかりサラダ。

 タカミメロン(タカミレッド)。

 牛乳。


「今日は“行事食”扱いだから、

 ちょっと奮発してるのよ〜。」


 朝いちばん、材料の検収に来た南沢先生が、

 メロンの箱をなでながらうれしそうに言った。


「このタカミレッド、高級メロンよ。

 ここのところ残菜も多いし、今日はみんなに、

ちゃんと“ごほうび”も食べてほしいわね。」


「はい、がんばります。」


 先生は「よろしくね」と言って、職員室へ戻っていく。


 仕込みが始まる。


 まずは、すみちゃんカレーの“心臓”になる出汁からだ。


 作業工程表の「出汁」の欄には、

 わたしのが「F]ついていた。

 この日がついに来た。わたしの

 回転釜デビュー日と言っても過言じゃない。

 失敗は許されない。何度も確認し、

 頭の中でシミュレーションしてきた。


 大きな回転釜に、水を張る。

 朝いちばんで、少しぬるくなった

 水の中に、昆布をそっと沈める。


 水面に、昆布の角がゆっくりと

 開いていくのを見守りながら、

 わたしは昨日の夜のことを思い出していた。


(匂いを、風に乗せて……か。)


 できるだけ長く時間をかけてから、火をつける。

 ぐらぐら煮立ててはいけない。

 あせってしまう心を落ち着けながら、

 味がしっかりお湯にうつっていくのを感じる。


 釜の底から、小さな泡が「こんにちは」って顔を

 出し始めたくらいのところで、昆布を引き上げる。


(ここで一回、深呼吸。)


 次に、鰹節。


 袋を開けた瞬間、ふわっと広がる香りに、

 胃のあたりがきゅっと反応する。


(これだけでごはんいけちゃうんだよなぁ……。)


 たっぷりの鰹節を、ざらざらと落とし入れる。

 昆布から出たグルタミン酸と、鰹節のイノシン酸。

 教科書の中だけじゃない「合わせだし」が、

 目の前の釜の中で本当に起こっている。


 火を止めて、しばらく静かに待つ。

 表面に浮かぶ鰹節が、ゆっくりと沈んでいく。


 その横では、縣さんたちが具材の準備を進めていた。


 朽木サブチーフが、軽く手を振りながら指示を出す。


 下処理を終え、大きなバットに積まれたゴボウは、

 まるで細長い流木みたいだった。

 土と木の間みたいな匂い。


(ああ、この匂い、なんか落ち着くな……。)


 子どものころ、お母さんの

 きんぴらゴボウをつまみ食いした記憶が、

 ふっとよみがえる。 あのときも、

 キッチンには、こういう香りが満ちていた。


 隣の調理台では、大根とにんじんが角切りにされていく。

 西さんが、リズムよく包丁を動かしながら、切っていく。


「ここからが、“すみちゃんカレー”の本番よ〜。」

 曽野チーフが楽しそうに言うと、


「浅倉さん、デビュー戦はここからいくわよ。」


「コールドスタートで行くよ」


 大きな回転釜の火をつける、玉ねぎが少しづつ異物の

 確認しながらざるから釜に落とされる。

 徐々に甘い香りが立ちのぼった。

 回転釜の前に立つわたしの背中を、

 曽野チーフの声が押してくれる。


「玉ねぎが、ちょっと色ついてきたね。

 ここで焦らないの。じっくり、あめ色未満まで。

 この段階で焦げちゃうと、“香りの線”が切れちゃうから。」


「香りの……線?」


 思わず聞き返してしまう。


「そう。匂いってね、一本の線みたいに続いてるの。

 玉ねぎの甘い匂いのあとに、根菜の土っぽい香りが来て、

 それから出汁のうまみがすーっと立ち上がって、

 最後にカレー粉が“よっ!”て顔を出す。」


 言いながら、曽野チーフは、

 ゴボウと大根を順番に投入していく。

 じゅわっ、と油が香りを運び、

 空気が少しずつ重たく、深くなっていく。


「どれかが強すぎてもダメ。途切れてもダメ。

 全部つながって、初めて“すみちゃんカレー”の匂いになるんだよ。」


 そう言って、わたしが朝とった渾身の

 「昆布と厚削りの出汁」をゆっくり注いだ。


 湯気が立ち上る。

 出汁の香りが、玉ねぎと根菜の上をゆっくりと通り抜けていく。


 ゴボウ。にんじん。大根。しめじ。

 油揚げ。鶏肉。


 切られた野菜が、次々とバットにたまっていく。


「浅倉さん。出汁の釜、こっちの具材に

 回すタイミング、任せていい?」


 朽木サブチーフが声をかけてくる。


「はい!」


 こした出汁を、別の回転釜へ。

 そこへ、鶏肉と野菜を入れていく。


 鶏から出るうま味。

 野菜から自然に取れる出汁。


 “わざと取った出汁”と、“煮込むうちに

 溶け出した出汁”が、

 同じ釜の中で、ゆっくりと混ざっていく。


(これが、今日の“土台”か……。)


 ぐつぐつと音を立てながら、具材は少しずつ角が丸くなり、

 ゴボウとにんじんは端が柔らかくなって、

 大根は、箸を入れたらほろっと崩れそうな

 気配を見せ始めていた。


「浅倉さん、そろそろルウ入れるよー。」


 縣さんの声で、我に返る。


「はい!」


 初日のミスを乗り越え、今日は小麦粉と油を丁寧に混ぜて、

 やや薄めのブラウンルウをあらかじめ作っておいた。

 そこに、いくつかのスパイスを調合した

 カレー粉を混ぜて仕上げたルウを、

 釜の中へ少しずつ流し入れていく。


 いきなり全部は入れない。

 溶け残りがないように、少しずつ、少しずつ。


 大きなカナベラで、底をさらうように混ぜていくと、

 さっきまで“ちゃんこ鍋の出汁”だった釜の中が、

 だんだんととろみを帯びた

 “すみちゃんカレー”の色に変わっていく。


 鼻先を、スパイスの香りがくすぐる。

 でも、その奥にはちゃんと、昆布と鰹節の出汁がいる。


「ちゃんこ鍋とカレーのがっぷり四つ、って感じだな……。

 私って意外に相撲通。」


 そんな独り言をつぶやき、思わず笑いそうになる。


「焦げつきやすいから、底、忘れないでよー。」


「はい!」


 朽木サブの声に返事をしながら、

 わたしは釜の端から端まで、カナベラを動かし続けた。


 時間がたち、すみちゃんカレーの釜の表面は、

 ルウと出汁が馴染んで、とろりとした

 黄金色に変わっていた。


 ふちからは、ちゃんこ鍋を思わせる

 やさしい出汁の香りと、

 カレーのスパイスが混ざった湯気が、

 忙しなく立ちのぼっていた。


「浅倉さん、温度、一回チェックして記録しといて。」


「はい!」


 お玉にルウをとり、温度を測る。

 「79、80、81、82度です。」


 斎藤さんが、記録用紙に数字を

 書き込みながら、小さくうなずいた。

 規定の温度は、きちんとクリアだ。


 配缶の時間が近づいてくる。


 その直前。

 わたしは、ほかの人に見えないように、

 そっとスミチャンカレーブリーズを取り出した。


 ふーぴょんの声が、胸の奥でささやく。


『いま。おくって。』


 スミチャンカレーブリーズは、インナーポケットから出すと同時に、

 光学迷彩で目に見えない状態になった。


 ガジェットが自走し、すみちゃんカレーの

 湯気のすぐそばへと飛び立つ。


 なぜか、わたしにはかすかに見える小さな羽が、

 かすかに震えているように感じる。

 金色の粒子が、湯気の中から吸い込まれていく。


(やっぱり、みんなには見えてないんだろうな。

 これ見えたら、“大きな虫”って騒ぎになっちゃうし。)


 出汁の香り。

 スパイスの香り。

 野菜と鶏肉のうま味が混ざった、今日だけの匂い。


 それを、スミチャンカレーブリーズは、

 全教室分だけを、静かに飲み込んだ。


 次の瞬間、ガジェットはふっと宙に浮かび上がった。


 すると今日は、ふーぴょんのガジェット――

 ラインビューワーグラスをつけていたので、

 メガネの上部に、別視点の映像が送られてくる。


「うわっ……。」これは聞いてない


 まるでドローンレースか、未来のゲームみたい。


 スミチャンカレーブリーズは誰にも聞こえない

 羽音で、天井近くまで上昇する。

 給食エレベーターのほうへ、音もなく滑っていく。


(……よし、行くよ。)


 心の中でそうつぶやいた。


 クーラーがきいているから、教室のドアも窓も、

 基本はぴっちり閉まっている。

 それでも、ドアの下には、ほんのわずかなすき間がある。


 スミチャンカレーブリーズは、そのすき間めがけて、

 “そよ風のかたまり”みたいに、

 するりと滑り込んでいくのだ。


 教室のドアの前で、ふわり。


 金色の粒子が、そっと解ける。

 そこにいる子どもたちの鼻先まで、

 “今日のすみちゃんカレー”の匂いだけを、先回りさせる。


 ――今日は、すみちゃんカレーだよ。


 言葉ではなく、香りで届く、風のおたより。

 スミチャンカレーブリーズは、

 各クラスを順番にまわっていく。


 給食室でも、各クラスへの配缶が終わり、

 さっきまでにぎわっていた牛乳や食缶やバットたちが、

 ワゴンに乗って教室へ旅立っていった。

 立ち番に向かったスタッフさんたちの姿も減り、

 給食室は、まるでオーケストラが去った

 あとのコンサート会場みたいに、

 整然として静かになっていた。


 一度、ほっと息をつく。


「四時間目にお相撲さんが来てますよ。」

 戻ってきた南沢先生が、少しうれしそうに言う。


 実はわたしは、スミチャンカレーブリーズからの映像で、

 ラインビューワーグラス越しに

 お相撲さんの姿を確認しちゃっていた

 ――とは、さすがに言えなかった。


 そういえば、打ち合わせのときに聞いた。

 四年生のクラスだけ、かなり

 多く配缶になっていたのはこのため。

 今日は一緒に食べるんだ。……でも足りるかな。


「有名な力士さんらしいですよ。

 すみちゃんカレーを考えた“ちゃんこ鍋指導”の先生とは

 別の方なんですけどね。」


「そうなんですね。」


 子どもたちは、きっと大喜びだろう。

 すみちゃんカレーを食べてから、本物の

 お相撲さんとふれあうなんて、

 なんだか“両国フルコース”みたいだ。


 そんなことを思いつつ、

 わたしたちは自分たちの仕事に戻った。


 見本食、検食、アレルギー対応食。

 かりかりサラダの盛りつけ。

 タカミレッドの盛りつけ。


 時間との勝負は、ここからが本番だ。


「サブチーフ盛りつけ、私、先に見本用やっていいですか?」


 思わず、口が勝手に動いた。


「お、いいね。じゃあ浅倉さん、今日の“見本係”お願い。」


 朽木サブが、にっと笑う。


 わたしは、見本用のトレーに、すみちゃんカレーをよそう。

 ご飯とルウのバランス。具材の見え方。

 ちゃんこ鍋みたいな“具たっぷり感”が

 一目でわかるように、スプーンを動かす。


 かりかりサラダは、揚げたワンタンの皮を

 最後にちゃんと見えるように山にして、

 タカミレッドは、夕焼けみたいな

 オレンジ色の面が上を向くように並べた。


(よし。今日の主役、しっかり並びました。)


 心の中で小さくガッツポーズして、

 見本食を職員室に運び出した。


 教室のドアの前で、ふわり。


 金色の粒子が、そっと解ける。

 そこにいる子どもたちの鼻先まで、

 “今日のすみちゃんカレー”の匂いだけを、先回りさせる。


 ――今日は、すみちゃんカレーだよ。


 言葉ではなく、香りで届く、風のおたより。

 スミチャンカレーブリーズは、各クラスを順番にまわっていく。


 給食室でも、各クラスへの配缶が終わり、

 さっきまでにぎわっていた牛乳や食缶やバットたちが、

 ワゴンに乗って教室へ旅立っていった。

 立ち番に向かったスタッフさんたちの姿も減り、

 給食室は、まるでオーケストラが去った

 あとのコンサート会場みたいに、

 整然として静かになっていた。


 一度、ほっと息をつく。


「四時間目にお相撲さんが来てますよ。」


 戻ってきた南沢先生が、少しうれしそうに言う。


 実はわたしは、スミチャンカレーブリーズからの映像で、

 ビューワーグラス越しにお相撲さんの姿を確認しちゃっていた

 ――とは、さすがに言えなかった。


 そういえば、打ち合わせのときに聞いた。

 四年生のクラスだけ、かなり

 多く配缶になっていたのはこのため。

 今日は一緒に食べるんだ。……でも足りるかな。


「有名な力士さんらしいですよ。

 すみちゃんカレーを考えた“ちゃんこ鍋指導”の先生とは

 別の方なんですけどね。」


「そうなんですね。」


 子どもたちは、きっと大喜びだろう。

 すみちゃんカレーを食べてから、

 本物のお相撲さんとふれあうなんて、

 なんだか“両国フルコース”みたいだ。


 そんなことを思いつつ、わたしたちは自分たちの仕事に戻った。


 見本食、検食、アレルギー対応食。

 かりかりサラダの盛りつけ。

 タカミレッドの盛りつけ。


 時間との勝負は、ここからが本番だ。


「盛りつけ、私、先に見本用やっていいですか?」


 思わず、口が勝手に動いた。


「お、いいね。じゃあ浅倉さん、今日の“見本係”お願い。」


 朽木サブが、にっと笑う。


 わたしは、見本用のトレーに、すみちゃんカレーをよそう。

 ご飯とルウのバランス。具材の見え方。

 ちゃんこ鍋みたいな“具たっぷり感”が一目でわかるように、

 スプーンを動かす。


 かりかりサラダは、揚げたワンタンの皮を最後にちゃんと

 見えるように山にして、

 タカミレッドは、夕焼けみたいなオレンジ色の面が

 上を向くように並べた。


(よし。今日の主役、しっかり並びました。)


 心の中で小さくガッツポーズして、

 見本食を職員室に運び出した。


 そのころ、教室では――


 第三話「大学いも山脈と大きな傷」は、

 そのタイトル通り

 「ケガの怖さ」と向き合う回です。

 百本単位のさつまいも皮むき。

 新人さんにとっては、想像しただけ

 で手首が痛くなるような仕事です。

 私自身も、包丁で指を切ったり、

 ピーラーで皮ごと削ったり、

 ヒヤッとした場面を何度も

 見てきました。

 そこで登場するのが、

 ふーぴょんのガジェット

 「ケガさせない君」です。

 もし本当にあんな道具があれば、

 労災も冷や汗も、かなり

 減るだろうなと思いながら

 書きました。

 一方で、道具だけに頼るのではなく

 怖い気持ちをちゃんと言葉にして、

 それを受け止めてくれる

 先輩たちがいることも、

 同じくらい大事だと思っています。

 怖さをごまかさずに口にして、

 それでも手を動かす。

 その一歩を、椎菜に踏み出して

 もらうのがこの回の狙いでした。

 大学いも山脈の甘さと一緒に、

 現場の「安全への本気度」も

 少し伝わっていたらうれしいです。

 ブクマいただければ毎日更新続けていきたいです。

 ぜひよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ