↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
7章 すみちゃんカレーと隅田川の夕焼け

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/69

ep24 家常豆腐と深川めしの残菜のモヤモヤ

  挿絵(By みてみん)

 今週は、一学期の給食最終ウィークだった。


 六月のはじめから、ずっと暑い。

 カレンダーの上ではまだ七月なのに、

 体感的には、もう真夏を二回くらい

 駆け抜けた気がする。


 駅を出て、国技館の丸い屋根を横目に

 見ながら歩く。

 その向こうに、スカイツリーの先っぽだけが、

 湯気みたいににょきっと顔を出している。


(本当は、

 自転車で風を切って来たいんだけどなぁ……。)


 ここまで何度もそう思った。

 でもこの時期、調子に乗って

 倒れたら元も子もない。

 いまはおとなしく、電車と徒歩の

 ハイブリッド通勤だ。


 校門をくぐると、アスファルトの照り返しと、

 プールの消毒のにおいがふわっと混ざってくる。

 子供たちの朝顔がきれいに咲き誇っている。

 ゴーヤーのカーテンが1年生のクラスに

 日陰を作っている。

 昇降口の横を抜け、給食室の前まで来ると、

 休憩室の薄く冷房の風が

 流れ出てきて、ほっとする。

 

 休憩室で白衣に着替え、エプロンの紐を

 きゅっと結ぶ。

 給食室は休憩室と違い、

 むっとした熱気をはなっている

 黒球の熱中症指数計は、

 今日も遠慮なく高い数字を叩き出していた。


「おはよう、浅倉さん。

 今日もアイスベスト使うからね。」


「アイスベスト……。」


 振り向くと、曽野チーフが、

 保冷剤をぎっしり詰めたアイスベストを

 何着も並べていた。


「ここまで、対策いっぱいやってきたからね。

 スポーツドリンクと塩タブレットは

 会社から支給してもらってるし、

 このアイスベストも、本社にお願いして

 揃えてもらったの。」


 そう言ってから、ふっと笑う。


「あれでも友部、いろいろ動いてくれてんのよ。」


「……そうなんですね。」


 アイスベストを羽織ると、

 ひんやりした重みが肩にずしっと乗る。

 冷蔵庫に戻されたコロッケの気持ちって、

 ちょっとこんな感じなのかもしれない。


 数字と書類の世界にいるはずの人が、

 こっちの暑さのことまで本気で考えてくれている。

 それを思うと、

 背筋を伸ばさずにはいられなかった。


 行事食や郷土料理、地域メニューが

 続いたこの一学期。

 給食最終ウィークの空気は、

 どこか文化祭の片付け最終日みたいに、

 「やりきった疲れ」と「もうひと踏ん張り」が

 ごちゃまぜになっていた。


 ――二日前の献立を思い出す。


 ごはん。

 家常豆腐。

 中華風の和え物。

 スイカ

 牛乳。


 家常豆腐は、にんにくと豆板醤の香りが

 ちゃんと立っていて、味も決まっていた。

 とろみの中に、豚肉と野菜がバランスよく

 沈んでいて、

 大人が食べたら、確実に「ごはんおかわり」の

 やつだ。


 ……のはずだった。


 午後。残菜食缶を見たとき、胸がきゅっとなった。


(多い……。)


 食缶の中で、家常豆腐がまだ“おかずの顔”を

 したまま、たくさん残っている。

 今日は給食室の片隅で「家常ショック展」

 でも開催しているのか、というくらいの残り方だ。


「ここ数日、やっぱり残菜が増えてるわね。」


 南沢先生が、残菜表に数字を書き込みながら

 言った。


「暑さで食欲が落ちている子も多いですし、

 味がしっかりしたおかずが続くと、

 “一口目のハードル”が高くなるの

 かもしれません。」


 味見では「おいしい」と感じた家常豆腐が、

 子どもたちの胃袋の前で、どこかに見えない

 段差をつくってしまったみたいだった。


(味が薄いから悪い、ってわけじゃない。

 でも、“食べ続けられるかどうか”は、

 また別問題なんだ……。)


 そのもやもやを抱えたまま、翌日――

 深川めしの日を迎えた。


 深川めし。

 大豆入り卵焼き。

 サツマイモの味噌汁。

 牛乳。


 あさりの出汁がしみたご飯も、

 ほくほくの大豆入り卵焼きも、

 甘いサツマイモの味噌汁も、

 栄養的にも味的にも、ぜんぶ「正解」だと思えた。


 深川めしの釜からは、とってもおいしい

 出汁の香りが立ちのぼる。

 けれど今の教室は、クーラーがきいていて、

 窓もドアもきっちり閉まっている。

 春みたいに、廊下までふわっと匂いが

 流れていくこともない。


「この匂い、教室まで届いたらいいのにね。」


 気づけば、心の声が口から出ていた。


「教室のドア開けた瞬間に、

 この匂いがふわっとしたら、

 ちょっとバテてる子でも、

 “一口だけ食べてみよう”って思うかなって。」


 自分で言いながら、わたしの胸のあたりには、

 また同じ重さが乗っかった。


 斎藤さんが、記録用紙から顔を上げる。


「そうそう。匂いでお腹が動き出してくれたら、

 もう半分は成功なのにね。」


 けれど、午後の残菜バットの前に立ったとき――


(……やっぱり、多い。)


 家常豆腐の日よりは少ない。

 でも、「よく食べたね!」と

 胸を張れる量ではない。


「今日の深川めしも、おいしかったですよ。」


 南沢先生が、やわらかく言う。


「ただ、暑さで“半分で止まってしまう子”が

 目立ちました。

 最初のひと口まで行ければ、

 その先も食べられるんですけどね。」


「最初の……ひと口。」


「そう。

 “大人の『おいしい』”と、“子どもの

 『食べ続けられる』”は、

 ちょっと違うこともあるのかもしれませんね。」


 先生の声を聞きながら、

 わたしはステンレス台の上の食缶を見つめる。


 味。

 暑さ。

 出汁。

 香り。


 頭の中で、それぞれの言葉が

 ぐるぐる回り始めていた。


(同じ「おいしい」でも、“ひと口目のハードル”を

 もっと下げてあげる方法……。

 なにか、まだできることがあるんじゃないかな。)


 黒球の数字も、残菜の数字も、嘘をつかない。

 それが、余計に胸に刺さった。


 ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

 今回は、「香り」と「残菜」と「暑さ対策」が

 テーマの回でした。

 現場では、同じ「おいしい」でも、

 ・大人が食べて「うまい!」と思う味

 ・子どもが「最後の一口まで食べ続けられる味」

 この二つがズレてしまうことが、

 本当にたくさんあります。


 味つけ自体は間違っていないのに、

 暑さやその日の行事、体調、匂いの印象、

 一口目の“気分”、

 そういった要素の積み重ねで残菜が

 増えてしまうことも多いです。


 今回は、そこにそっと補いを入れてくれる

 存在として、

 SFアイテムが活躍しました。


 現場で働いていると、ときどき本気で

 「こういう道具があったらいいのに」と

 思う瞬間があります。

 その願望を、ちょっとだけ未来寄りの形で

 具現化したのが、

 この作品に登場するガジェットたちです。


 また、熱中症対策のパートも、

 指数計やアイスベスト、

 スポドリ・塩タブレットの支給など、

 実際の給食現場で行われている取り組みを

 ベースに書いています。


 “おいしい給食”は、「安全」と「衛生」

 「働く人の体調管理」が

 セットになってこそ成り立つ、

 という現場の空気感も、

 少しでも伝わっていたらうれしいです。


 まだ全ての現場に、

 十分なエアコン設備が整っているとは言えず、

 環境的に厳しい中で作業しているところも

 少なくありません。

 ふーぴょんは手のひらサイズで、

 一度に大量のガジェットを

 生み出すこともできません。

 だからこそ、一日も早く、

 各自治体が全ての現場に

 空調設備を整えてくれることを願っています。


 そして、そんな環境の中でも

 子どもたちのために給食を作り続けている

 すべての皆さんに、心から感謝しています。

 ここまでお付き合いくださり、

 本当にありがとうございます。

 ここまで読んでいただいた皆さんには

 ぜひユーザ登録

 ブクマしてもらえると励みになります

 ブクマが増えたら毎日更新ペースで

 行きたいと思います!

 学校給食の現場と、

 ちょっとだけ未来SFをまぜた世界を、

 丁寧に描いていけたらと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。