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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO


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第5話 肉じゃが煮崩れと涙で崩れた日 ①作業工程表のFとガジェットなしのF

  挿絵(By みてみん)

  

 四月下旬の木曜日の夕方。


 子どもたちが下校して、パートさんたちも仕事を終えて帰ったあと、

 給食室には、社員だけが残っていた。


 洗い終わった不織布のタオルを、一枚ずつたたんでいると、

 白衣の袖を、ぽん、と軽くたたかれた。


「じゃあ、明日の段取り、確認しましょうか。」


 顔を上げると、曽野チーフが、いつもの

 バインダーを小脇に抱えて立っていた。


「はい。」


 タオルをカゴに戻して、休憩室のちゃぶ台を囲む。


 そこには、A3サイズ「調理作業工程表」が、

 曽野チーフの手で書かれている。


 一番上には、明日の献立が汚染度の高い順に

 左から右に書かれている。


 〈肉じゃが 春キャベツ油揚げのみそ汁 わかめごはん いちご〉


 その下には、工程ごとの横長の帯が、何本も並んでいる。


 ――下処理

 ――切裁

 ――炊飯

 ――回転釜

 ――いちご

 ――牛乳配缶


 帯の中には、細いペンで引かれた線が、いくつも走っていて、

 ところどころに、小さくスタッフを表すアルファベットが書き込まれていた。


「明日は、肉じゃが、味噌汁とフル回転。

 肉じゃがは回転釜、五つともフル稼働です。」


 曽野さんが、「回転釜(煮物)」の帯を、指先で軽くなぞる。


「釜の直接の担当は、私と朽木サブ、それから三浦さんとパートさんたち。

 浅倉さんは――」


 一拍おいて、ペン先が「下処理」と「果物」の帯の上で止まった。


「ここ。下処理と果物に入ってもらいます。

 朝から野菜の受け入れ、じゃがいもを球根皮むき機にかけて。

 そのあと、切り物を経由して、いちごのチェックまで。」


 下処理の帯の上に、細い線がすっと引かれて、

 その線の上に、小さく「F」と書き込まれる。


 Fは、この工程表の上で浅倉を表す印だ。


 果物の帯にも、同じように「F」が乗った。


 自分の記号が、黒い線の上にぽん、ぽん、と置かれていくのを見ていると、

 胸のあたりが、少しくすぐったくなる。


(F=浅倉。ちゃんと、“どこをやる人か”って決められている。)


 そう思う一方で、

 肉じゃがの「回転釜」の帯のところに、自分の印がないことも、

 ちゃんと目に入っていた。


 今週のことが、頭をよぎる。


 月曜日。

 フードプロセッサーのふたを、うっかり熱風庫に入れかけて、

 朽木サブチーフが「それ、ここに入れたら溶けるからね」と、

 ぎりぎりで止めてくれたこと。


 火曜日。

 豆腐のケースを一つ、冷蔵庫から出し忘れて、

 三浦さんが冷蔵庫チェック用のアラームを設定してくれて、

 斎藤さんの再チェックで「これ、まだ一ケース残ってるよ」と気づいてくれたこと。


 水曜日。

 牛乳パックの数を、クラスごとの名簿と照らし合わせながら数えていたら、

 途中でどこまで数えたか分からなくなって、

 結局、パートさんと一緒に最初から数え直して、

 配缶の時間を少し押してしまったこと。


 どれも“ヒヤッ”としたけれど、

 最後は誰かがフォローしてくれて、「なんとか間に合った」三日間だった。


「今週、月曜から水曜までで、ヒヤリハット三本。

 熱風庫、豆腐、牛乳。」


 曽野チーフは、工程表の右下にクリップで留められた紙をちらっとめくって、

 淡々と言う。


「だから、明日の浅倉さんは“足元を固める時期”です。

 下処理と果物を、丁寧にやる。

 調理は、もう少し経験を積んでから。」


「……はい。」


 返事をするとき、喉の奥がきゅっとなった。


「調理に正式に入ってもらうのは、夏前くらいを目安にしています。

 そのときに『お願いします』って胸張って言えるように、

 今は“土台の方”を仕上げていきましょう。」


 その言い方は、突き放すでもなく、甘やかすでもなく。

 ちゃんと「今の位置」と「少し先」の両方を見せてくる感じだった。


 ちゃぶ台の上の献立表に目をやる。


 〈肉じゃが 春キャベツ油揚げのみそ汁 わかめごはん いちご〉


 その右側で、「下処理」と「果物」の帯の上だけに、ぽつぽつと並ぶ「F」の文字。


(わたしの明日は、ここまで。)


 じゃがいもの段ボールは、

 まだ、少し遠くの方からこちらを見ているだけだ。


「質問なければ、今日はここまで。

 各自、記録を確認してから上がってください。」


「はい。」


 工程表から目を離したとき、

 胸のどこかが、じわっと熱くなっていた。


 悔しい、というよりも、

 「ちゃんと見られている」感じが、妙にこそばゆかった。


 「ちゃんと見られている」感じが、わたしの心をぎゅっと締め付けた。


 金曜日。

 目覚ましが鳴る前に目が覚めて、

 ベッドから半分だけ起き上がったとき――

 視界の端に、見慣れないシルバーの物体が置かれているのに気づいた。


「……なに、これ。」


 床の上に、細いシルバーバンドがひとつ。

 腕時計より少し太いくらいで、内側には銀色のラインが回路みたいに走っている。

 手に取ると、ひんやりしていて、軽い。


「つければ、“昨日予習した通りの動き”をなぞりやすくなるガジェット。

 《モーショントレーニングプロテクターシステム》。」


「長っ、毎度同じみたいになってる。」


 背中の方から、声がした。


 振り返ると、枕元には、ふーぴょん。


「……また増産したの。」


「まあね。夜勤だからね、こっちは。」


 すました顔をしている、うさぎ白衣のぬいぐるみを、じっと見つめる。


「これつけて動くと、“一回成功した動き”を体が思い出しやすくなる。

 イメトレの、ちょっと強いやつ。」


「そんな便利チートアイテム、さらっと出さないでよ……。」


「すぐチートって……。使ってもいいし、そのまま置いていってもいいし。

 どっちもアリだよ。」


 しばらく黙ってバンドを見つめてから、


 わたしは、そっと机の引き出しを開けた。


「今日は、置いていく。」


「ほんとに?」


「うん。

 これつけてうまくいっても、『ガジェットのおかげだし』って、

 絶対自分で自分にケチ付けるから。」


 ふーぴょんは、何も言わなかった。


「……じゃあ、せめて頭の中の“予習データ”だけは残しとく。」


「それは、よろしく。」


 バンドを引き出しにしまって、ふーぴょんを一回ぎゅっと抱きしめる。


「行ってきます。」


「いってらっしゃい、F。」

一章は、「工程表に自分のイニシャルが載る」という、

ものすごく地味だけど大きな一歩を書きたかった場面です。


新卒の子たちを見ていると、

「任されていないこと」が悔しい時期と、

「ちゃんと見られている」こそばゆさが、いつもセットでやってきます。


回転釜に入れない悔しさと、

ヒヤリハット三本を書いている現実。


その両方を抱えたまま、

「まずは足元を固めよう」と言ってくれる曽野チーフのスタンスは、

現場で本当に大事にされている感覚そのままです。


“F=浅倉”という記号が、

この先の話でも、少しずつ重みを増していきます。

第五話は物語の中核なる重要な回です。

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