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第一章2 秘密の場所

 翌朝、私が外出着に着替えて階段を下りていくと、従姉妹のメアリーの不機嫌そうな声が聞こえてきた。どうやら、これから出かけるところのようだけれど、ピンク色のドレスに合う帽子がなくて気に入らないと、文句を言っているようだ。


 メイドが「こちらはいかがでしょう?」と、差し出したのはえんじ色の帽子。「それは、お母様のお古じゃないの! そんな年寄りくさい帽子、私に似合うとお思い!? さっさと、別の帽子を持ってきて。ほら、前に買ったじゃないの。ピンク色の花飾りがたくさんついた帽子よ!」と、メアリーが足を踏みならしながら喚いていた。


 気の毒なメイドたちが、「あの帽子は、気に入らないからと先日、メアリー様が捨てるようにおっしゃったので……」と顔色を伺いながら答えると、「なんで、あなたたちはそう気が利かないの。コサージュを変えればまだ使えたのに!」と、ホール中に響くような金切り声を上げていた。

(あれじゃあ、この屋敷の使用人が長続きしないはずね……)

 私はこっそり溜息を吐いて一階のエントランスホールに下りる。男性の使用人たちは、関わりたくないとばかりにいそいそと逃げていて、メイドたちは「申し訳ありません!」と青い顔で平謝りしている。

「メアリー、朝からご機嫌斜めみたいね。どうしたの?」

 私が何食わぬ顔をして声をかけると、メアリーはムスッとした表情で私を睨め付けてきた。


「あなたに関係ないでしょう! だいたい、どうしてまだいるのよ。親戚だからって厚かましい! さっさと田舎に帰ったらどう!?」

「うーん、そうしたいのだけど。私もそろそろ結婚相手を真剣に見つけないといけないでしょう?」

「はっ! あなたと結婚するような者好きなんて、いやしないわよ。伯爵令嬢といっても名ばかりで、ドレスの一着も持っていないんだから。言っておくけど、もう貸さないわよ。私のドレスはあなたにはもったいないし、痩せっぽちのあなたじゃ合わないもの。必要なら、お母様のお古のドレスでも借りればいいのよ!」

「ええ、まったくだわ。その方がいくらかマシよ……」


 先日の舞踏会のようにダボダボのドレスで参加するのは、私としても気が進まないところだ。しかも、メアリーのドレスはどれも装飾過剰で野暮ったく、正直あまりセンスがいいとも言えない。ただ、メアリーはそれが王都の最新モードだと信じているらしく、南国の鳥みたいにいつも着飾ろうとする。従姉妹として、一言忠告する方が親切かしらと数秒悩んだけれど、メアリーが余計に不機嫌になるだけで一つもいいことはなさそうだ。私の忠告に素直に耳を傾けるような子でもない。無用な争いは避けるべきよねと、私は腰に手をやって彼女を見る。


「な、なによ……何か言いたいことでもあるの!?」

「いいえ。ただ、そうね……今日のドレスには、このグレーの帽子が合いそうよ?」

 私はメイドが握り締めているグレースの丸い帽子を取り、彼女の頭に被せる。「あっ、ちょっと。何するの!」と、彼女がイライラした声を上げた。私は気にせず、メイドのかわりに顎の下でリボンを結んであげる。

「ほら、素敵!」

 私が言うと、メイドたちも顔を見合わせて仕切りに頷いていた。これで納得してもらえなければ、メイドたちは家中の帽子をかき集めてこなければならなくなるだろう。それは手間が増えるだけ。どうせ、メアリーは新しい帽子を買う口実がほしいだけなんだから。

「こんな地味な色の帽子、似合うはずないじゃないの! バカにしてるの!?」

「そう? 素敵よね?」

 私がメイドたちに問うと、「は、はい。お嬢さま。今までのどの帽子よりもよく似合っておいでです!」としきりに頷く。手鏡を差し出されたメアリーは帽子を確かめると、まんざら悪くないと思ったのか、「そう? まあ、いいわ……今日のところはこれで」と納得したようだ。メイドたちがいっせいに安堵の表情を浮かべたのが見なくてもわかるような気がした。


 私は彼女の気が変わらないうちに、「ところで、今日はどこに出かけるの?」と話を逸らした。

「あなたには関係ないでしょう? でもまあ、知りたいというなら教えてあげるわ。お母様と一緒に冬の聖人祭のプレゼントを買いに行くのよ! ああ、それと夜はオペラに行くから、今日は遅くなるわね。羨ましいと言っても、あなたは連れて行かないわよ?」

 メアリーはふふんっと顎を逸らす。

「そう! それは素敵ね。ゆっくり楽しんできて。オペラが楽しかったどうか聞かせてくれる?」

「まあ、それくらいならいいわ。ところで、あなたはどこにでかけるつもり? 教会にでも行くような地味な服ね……」

 私の深緑色のドレスを見て、メアリーは顔をしかめる。私だってそう思うけれど、生憎と多くのドレスを持っているわけではない。これも、母のお古を手直したものだ。

「図書館に行くだけだもの。オシャレは必要ないでしょう?」

 肩を竦めて答えると、彼女は小馬鹿にしたように笑みを作る。

「図書館ですって? あんなホコリっぽい所に好き好んで行こうとする人の気が知れないわ。ああ、でも世の中にはあなたみたいに引きこもりで地味な娘を貞淑で好ましいと思う男の人もいるかもしれないわね。せいぜい頑張って結婚相手を見つけてちょうだい。行き遅れの従姉妹がいるなんて、私が恥ずかしいもの!」

 皮肉たっぷりに言うと、メアリーはすっかり機嫌を良くして屋敷を出て行く。表で馬車が待っているのだろう。メイドたちは正面玄関の扉が閉まると、あからさまにほっとした表情を見せていた。

「ドリスお嬢さま、先ほどはありがとうございました」

 メイドの一人が側にやってきて頭を下げる。私は「いいの、いいの」と、苦笑して手を振った。

「お出かけになられるのですか?」

「ええ。馬車の心配はいらないわ。すぐ近くの図書館だもの。歩いていくわ。今日は友人に会う予定もあるから……遅くなるかも。その時には、心配しないように叔母様に伝えておいてくれる?」

「はい、畏まりました。いってらっしゃいませ」

 メイドたちに見送られ、私もコートを羽織って屋敷を出る。外は木枯らしが吹いていて、庭の木の葉が風に揺れていた。ああ、もうすっかり冬だわと、私は灰色の雲が覆う空を見る。


 私は昨日の図書館に少し立ち寄ってみたものの、今日はアイリーンの姿を見かけなかった。昨日はたまたま、暇潰しに寄っただけなのかも。そう、いつも来るわけではないようだ。社交界で人気の公爵令嬢ともなれば、お茶会や読書会、サロンへのお誘いも多いはずだ。別に、彼女に用事があったわけではない。親しいわけでもないのだし、話すことがあるわけでもない。それなのに、私は彼女の姿がないことに、少しがっかりしていた。きっと、それは昨日、謝り損ねたことが胸につっかえているからだろう。


 図書館を出た私は、辻馬車を止めて乗せてもらう。目的地は、昨日のメモに書かれていた住所の場所だ。代金を払って馬車を降りたのは、物静かな石畳のストリートだ。とはいえ、この辺りは高級パブやバー、会員制クラブなどが並ぶ通りだ。夜になれば高級娼館なども営業しているのだろう。ただ、まだ昼間だから、客も客引きも見かけなかった。

 こんな場所を女の私が一人で歩くのはさすがに気が引けて、帽子を目深にかぶり、できるだけ顔を見られないように俯いて歩く。その間にも、手の中で握り締めたメモ用紙を何度も確認していた。


(この辺りだと思うんだけど……)

 私は顔を上げて狭い通りの角にある、三階建ての建物を見上げる。辺りを見回してから、玄関扉に近付いて表札の住所を確かめる。ただ、看板らしきものはなくて、まるでただのアパートメントのようだった。ちょうどその時、馬車がやってきて建物の近くで止まる。私は日傘を開いて通りを曲がると、何食わぬ顔をして振り返った。こんな薄曇りの日に日傘なんて少々おかしいけれど、顔を誰かに見られるよりはいい。王都には知り合いはいないけれど、先日参加した舞踏会で私の顔を覚えている人もいるかもしれない。


 馬車から降りてきたのはトップハットをかぶって、杖を持った男性だった。彼もあまり顔を見られたくないのか、トップハットを深めにかぶっている。男は一度、辺りを見回してから、建物と隣の建物の狭い隙間へと入っていた。私はその姿を物陰から確認して、男性が見えなくなるのを待ってから引き返す。人一人が通れそうな隙間には、地下に通じる階段があった。普通なら、使用人などが出入りする時に使う裏口だ。私は傘を閉じて、階段を下りていく。そこには簡素な扉があり、小さな表札が取り付けられていた。店の名前は書かれていない。ただ、角を生やした羊の顔が銅製の表札に刻まれているだけ。


 私は緊張した手を握り締めて、扉を二回ノックしてみる。「合い言葉を」と、扉の向こうから声がした。

(合い言葉!) 

 まるでスパイ小説のようだわと密かに思いながら、私はメモに視線をやった。


『……暗闇を彷徨う羊は、悪魔の贄となる……目を覚ますは明けの明星なり……』


 これで間違いなら、出直すか別の手段で入ることを考えなければならない。私がそう答えると、扉が開かれた。どうやら、合い言葉で間違いなかったみたいだ。


 悪魔教団の秘密の会合とかだったらどうしよう。この建物の地下で、目も当てられないような乱痴気騒ぎが起きていたら? こんな隠れた場所に入り口があり、しかも合い言葉を知らなければ入れないなんて、おおよそ考えてもろくな場所ではない。けれど、確かめないわけにはいかなった。だって、さっき入っていった紳士風の男――あの人は、カルマン=アンダーソンだった。あの男がここで何をしているのか、確かめる義務が私にはある。


 

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