表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/44

第七章5 悪魔の花

 次ぎの読書会の告知がないまま数日が過ぎた頃、私が足を運んだのは教会に付属している小さな孤児院だ。以前、秘密クラブの地下で出会った小さな女の子が、その孤児院にいるとロイド警部から聞いたからだ。親族や引き取り手が見付かるまで、その孤児院に預けられていることになったのだという。


 ロイド警部の話では、母親はとうに亡くなっていて、面倒を見る大人もなく、一人で空き家や路地の隅で暮らしていたようだ。時々、市に一人でやってきたのを、商売をしていた大人たちが目撃しており、親切な人がパンや果物を与えることもあったようだ。


 王都ではそう珍しいことでもないけれど、小さな女の子には辛い生活だっただろう。どうしているのか気になっていたから、私は屋敷の厨房を借りてビスケットを作り、孤児院に行ってみることにしたというわけだ。貧民街にあるその教会は小さくて、外壁や屋根も傷みがひどい。あまり寄附も集まっていないのだろう。枯れ木ばかりの小さな庭で、子どもの笑い声が聞こえてくる。寒々しい風が吹く中でも、元気に遊んでいるようだった。鉄柵越しに覗いてみると、キャッキャッと走り回っている子どもたちの姿が見える。

 

 私の姿を見つけると、駆け寄ってくる子どもがいる。私が捜していた女の子だ。顔を覚えてくれていたのだろう。フェルト製のウサギの人形を握り締めたその子は、柵越しに私を見上げてくる。

「こんにちは。元気にしていた?」

 私が身をかがめて声をかけると、その女の子は「うんっ!」と頷く。この孤児院でよくしてもらっているのだろう。服装も以前会った時より随分とマシになっていて、靴も入っている。

「お姉ちゃん……遊びにきてくれたの?」

「ええ、そうよ。お菓子もあるの。えっとね、孤児院の先生を呼んできてくれる?」

 私が言うと、女の子は足の向きを変えて駆け出す。その姿を目で追っていると、庭を囲むように立っている孤児院の建物の中からシスターが出てきた。その人の手を引きながら、女の子が私の方を指差す。

 顔を上げて私を見たのは、驚いたことに読書会を主催していたシスター・クレアだった。 

 私がペコッと頭を下げると、彼女は落ち着いた様子で微笑む。

 本当に、シスターだったのね。しかも、王都にいたなんて。灯台もと暗しとはこのことだ。


「読書会以来ですわね」

「お会いできるとは思いませんでした。この教会のシスターだったのですね」

「偽物だと思いまして?」

 振り向いたシスター・クレアが、イタズラっぽく笑って訊く。

「いいえ、まさか! でも、どちらの教会のシスターなのかは気になっていました。そうだ……これ、よければどうぞ。ただのビスケットなんですけれど……」

 私が提げていたバスケットを渡すと、それを受け取ったシスター・クレアは「まぁ!」と嬉しいそうな顔をしていた。

「とてもおいしそう。子どもたちも喜びますわ。慈善活動もされているのですね。素晴らしいことです」

「いつもというわけではないんです。ちょっと、知り合いになった子がここの孤児院にいると聞いて、様子が気になったものですから」

「どの子なんです?」

「えっと、名前はわからなくて……ほら、あの木の側で本を読んでいる女の子です」

 私は庭を指差して答える。女の子は、他の子と一緒に木の側に座って絵本を読んでいるようだった。

「ああ……エマですわね。警察の方が来られて、預けていかれたのですわ。なんでも、事件に巻き込まれたとか……」

 私は沈痛な表情を見せるシスター・クレアを一瞥して、「ええ、本当に不幸なことです」と相槌を打った。案内されたのは、客間のようだった。古くて繕った後があるが、そこそこ立派なソファーが置かれている。それに腰を掛けると、シスター・クレアがお茶をいれてくれた。


「あまり、いい茶葉でなくてごめんなさい」

「いいえ、お気遣いなく。いい香りだわ」

 私はカップを取って香りを嗅いでから口に運ぶ。紅茶とはすこし違った香りと風味が混ざっているように思えた。

「このお茶はハーブが入っているのですか?」

「ええ、カモミールが少し。それに乾燥させた柑橘の皮も入れているんです」

「とてもおいしいわ」

 蜂蜜も入っているようで、ほんのりと甘い。半分ほど飲んだところで、カップをソーサーに戻す。


「エマの様子は……どうですか?」

「落ち着いていますよ。ここに来た時には、あまりしゃべらなかったんですけど。今ではすっかり馴染んだようで、お友達もできたようですわね。楽しそうに遊んでいますよ。ああ、そうそう……彼女を引き取りたいという商家のご夫婦が来られまして、面談いたしましたの。お子様に恵まれなかったご夫婦で、エマのことを気に入っていただけたようです」

「では、養女に?」

「ええ。裕福な方ですし、お人柄も申し分ないので、エマも今までのような苦労をせず、暮らしていけることでしょう」

「それを聞いて、私も安心しました。あの子のことは、ちょっと心配していたんです」

「どこでお知り合いに?」

 向かいに座ったシスター・クレアが私をジッと見たまま訊く。私は逡巡してから、ニコッと笑って口を開いた。

「以前、街で……お腹を空かせて、寒そうにしていたので、声をかけたことがあるだけですわ。姿が見えなかったので心配していたのですけれど、警察に保護されたと聞いて安心したんです。けれど、事件に巻き込まれていたとは知りませんでした……怖い思いをしてなければいいのですけれど」

 わざとらしく頬に手を添えて、はぁと溜息を吐く。


「その心配はないでしょう。明るく、よく笑うようになりましたから」

「きっと、こちらの孤児院でとてもよくしていただいているからでしょう。よかったですわ」

 私はカップとソーサーをテーブルに戻して立ち上がる。それに合わせて、シスター・クレアも腰を上げた。

「次の読書会にもぜひいらしてください。お待ちしておりますわ」

「ありがとうございます。都合が合えば、友人を誘ってまた参加しますわ。次の開催日や場所はもう決まってるのでしょうか?」

「いいえ、まだ。ですが、近いうちに開催されると思いますわ」

「では、告知を楽しみにしておりますわ」

 私はパチンと手を合わせて微笑み、「それでは」と挨拶をして客間を出る。


 シスター・クレアに見送られて孤児院の玄関を出ると、「お姉ちゃん」とエマが駆け寄ってきた。私がしゃがむと、「はい」と手のひらに載せていたものを差し出してくる。それは庭に生えている赤い花、アスタリア・ベル。冬の頃に咲く珍しい花。


 私はその花を見てから、エマの頭を軽く撫でた。

「ありがとう。とっても綺麗だわ。大切にするわね」

 笑顔でお礼を言うと、エマは恥ずかしそうにモジモジして友達の方へと駆け戻る。立ち上がった私がふと視線を感じて振り向くと、シスター・クレアが玄関前でジッとこちらを見ていた。私は会釈をして、孤児院を出る。

 そういえば、この花には毒性がある――以前、図書館で読んだ本にそう書かれていたことをふと思い出した。人の精神に作用を及ぼす、幻覚性のある毒。だから、花言葉は『幻惑』と『誘い』。そして、背徳。なぜ、教会の庭にこの花が植えられているのだろう。別名、悪魔の花と呼ばれているのに。教会では忌み嫌われる花だ。

 振り向いた時にはもう、シスター・クレアの姿は見えなかった。




 



 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ