第六章5 訪問者
(ど、どうしてこうなってしまったのかしら……)
シスター・アンナの部屋に泊めてもらうことになったまではいいけれど、木のベッドは二人が寝るには狭すぎた。イビキをかきながら寝返りを打った彼女の腕がバシッと顔をに当たる。しかも、シスター・アンナときたら、貴族の令嬢とは思えないほど寝相が悪い。私が彼女の腕を毛布の中に戻すと、今度はドカッと脚がお腹の上に載ってくる。おかげで私はなかなか寝付けずにいた。
外は真っ暗で、風の音も強い。私は起き上がると、めくれ上がっている彼女のネグリジェを直して、脚をよいしょと戻す。縄があれば毛布と一緒に縛っておきたいくらいだ。とはいえ、貴族の令嬢だからって、常に寝相にまで気が配れるわけでもなく、泊めてもらっている私が文句を言うのは筋違いだ。
寒い食堂の床で、毛布にくるまっているよりはずっとましだもの。私は諦めてベッドの隅っこで丸くなる。今夜はひどく冷えそうだった。シスター・アンナが本物の公爵家令嬢、アイリーンであるなら、私が会っていた人はいったい誰なのだろう。眠れずに私はぼんやりと考える。
もしかしたら、異母姉妹とか? その可能性はありそうだ。貴族が愛人の一人や二人、囲っていることなんて珍しくもないし、身分の低い女性や、公にできないような女性と関係を持って子どもができることもあるだろう。本物の公爵令嬢であるシスター・アンナが修道院に入ってしまったので、アイリーンの身代わりとして社交の場に出ているのかもしれない。シスター・アンナとアイリーンは確かによく似ているから。
言葉遣いも性格もまったく違うから、すぐにわかりそうなものだけど。シスター・アンナは明るくて、おしゃべりだ。その上、気さくであまり細かいことにはこだわらない大雑把な性格で、あまり堅苦しい場には向いていなさそうでもある。一方で、私の知るアイリーンはどこか凛として近寄り難い美しさのある人だ。優しいし、気配りも上手で、貴族令嬢の理想をそのまま体現したような人でもある。彼女の行儀の悪い行いなんて見たことはない。シスター・アンナがひまわりのようであるなら、私の知るアイリーンは白百合の花のようでもあった。
アスター・アンナは明日になればわかると言っていたのだ。私の知るアイリーンに会えば、事情を説明してもらえるかもしれない。
うとうとしていた私が、ようやく眠りについて目を覚ますと、もう十時を過ぎていた。急いで起き上がり、身支度をして食堂に行くと、いたのはシスター・アンナだけだった。
「おはよう、ドリス。やっぱり、人と一緒に寝るとぐっすり眠れるわね。温かいんだもの!」
朝食のパンを暖炉の火で温めていたシスター・アンナは実に爽やかな笑顔で挨拶してきた。寝不足の私とは大違いだ。
「あのね、シスター・アンナ! あなたってば、寝相悪すぎよ!!」
彼女に蹴飛ばされて、三度もベッドから転がり落ちたのだ。これは一言、言っても許されるはず!
「あっ……もしかして、私……やっちゃってた?」
「ええっ、かなりひどかったわ」
「ごめんね~、ドリス。一応、自覚はしているのよ? でも、寝ている間のことはどうしようもないじゃない? 本当にごめんってば。あっ、朝食できてるわよ? あなたがいるから、今日は特別にスープにベーコンもいれたんだから」
彼女は笑みを作り、テーブルの上の鍋からいそいそとスープをよそってくれる。私は「はぁ~」と、肩から力を抜いて、「手伝うわ」と彼女のそばに行く。テーブルにパンとスープを並べて、一緒に席に着いた。彼女は私が起きるまで朝食を食べるのを待っていてくれたようだ。
食事の祈りを捧げてから、スープとパンを口に運ぶ。「おいしいスープね」と、私は熱々の野菜が蕩けるほど煮込まれたスープを食べて口許に手をやった。パンは堅めだけど、暖炉の火で焼き直しているから表面はパリパリで香ばしい。
「そうでしょう! まあ、余ってる野菜を煮込んだだけなんだけどね」
そう言いながら、シスター・アンナはパンにチーズを載せて大口で頬張っている。貴族令嬢なら行儀悪いと叱られそうな食べ方ではある。けれど、彼女は少しも気にしていないようだ。私も真似をして、チーズを載せて口に運ぶ。
「おいしいっ!」
「気に入ったなら、ぜひこの食べ方も試してみて」
彼女はパンとチーズの上に、たっぷりの蜂蜜をかける。
「それは……悪魔的な誘惑ね」
「そう、まさに背徳の味よ!」
イタズラっぽく笑った彼女は蜂蜜をかけたパンとチーズを頬張って、至福の表情を浮かべる。
それは試してみないわけにはいかず、私もパンとチーズの上に蜂蜜をかけてみた。それを食べると、チーズのしょっぱい味と蜂蜜の甘さが合わさって口に広がる。
「んん~~~~幸せ!」
皿に盛られていたパンもチーズも、あっという間に消えてしまう。お腹いっぱいになると、シスター・アンナが食後のお茶をいれてくれた。
それを飲んで満足していた私は、「そうよ! 私が知っているアイリーンとあなたの関係について、教えてもらう約束でしょう?」と思い出してカップを置いた。
「それなら……もうすぐ来るんじゃないかしら?」
ゆっくり紅茶を飲んでいたシスター・アンナは、玄関の呼び鈴が聞こえて「ほらね」と私にウィンクする。彼女が立ち上がって食堂を出て行くので、私も後に続く。
廊下を通って玄関ホールに行くと、扉の前でコートの雪を払っている男性がいた。彼がその手を止めて私たちを見る。
「……ウィリアム!」
私はびっくりして思わず彼の名前を呼んだ。ウィリアムも驚きのあまり絶句しているようだった。
「えっ、ど、どうしてあなたが!?」
私が混乱して尋ねると、ウィリアムはシスター・アンナにチラッと視線をやってから額に手をやって溜息を吐いていた。シスター・アンナは「おはよう、お兄様」と、少し意地悪な笑みを浮かべて挨拶をしている。
お兄様――確かに、彼女が本物のアイリーンであるなら、ウィリアムの妹には違いない。じゃあ、私が知っているアイリーンはどこ? 私は彼女とウィリアムを交互に見る。ぎこちなく微笑んでいるウィリアムの顔を見つめて、私はハッとして両手で自分の口許を押さえた。
(も、もしかして――――――っ!!!!)




