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第六章2 メッセージボード

 図書館に足を運んだ私は、物静かな玄関ホールの壁に掛けられているメッセージボードに足を向けた。図書館のお知らせの他に、趣味の集の開催日や、参加者の募集、ペットの捜索願い、求人広告などがピンで留めてある。階段の影になっているからあまり目立たず、何度か足を運んだ私でもメッセージボードの存在に気付かなかったくらいだ。重なるように留められている紙をめくってみながら、それらしいメッセージを探す。


 ビリヤードクラブに、園芸の相談会、刺繍の集いなど、色んな集まりがあるようで、この中に読書会の開催日の告知が紛れていても、確かに誰も不審には思わないだろう。まして、ここは図書館だ。

 私は「よく考えられてるわね……」と、呟いた。新聞で広告を載せてもらうには、あまりにも多くの人の目に付く。これなら、目にする人も限定される。


「でも……ここにはないみたい……」

 私は一通り確かめて溜息を吐く。しばらく集まりがないからなのか。定期的に古いメッセージは回収されているのかもしれない。ちょうど、扉が開いて職員らしい男性が出てくる。黒い腕抜きをしているから事務員だろうか。私は急ぎ足で追い掛け、「すみません」と呼び止める。


 古いメッセージのことを尋ねると、「それなら、しばらくは事務所で保管していますよ」と教えてくれた。

「それ、見せてもらうことはできますか!?」

「ええ、それはまあ……何かお捜しで?」

「ええ、ちょっと前に友達がメッセージを残してくれていたみたいなんですけど、うっかり見逃してしまったんです。ここのメッセージボードは、誰でも自由に利用できるんですか?」

 事務室に案内されながら、私は尋ねる。扉を開くと、いくつかデスクが並んでいた。奥の応接室の扉を開くと、事務員の男性は私を通してくれる。

「ええ、許可もいりません。ただ、定期的に私が確認していますよ。イタズラや、問題のあるようなメッセージがあっては困りますからね」

 座るように勧められてソファーに腰を下ろした。私は事務員の男性を見て、「まあ、そんなものを残していく人がいるんですか?」とさりげなく訊いて見る。

「いますとも! 過激な政治活動や、詐欺紛いの勧誘、いかがわしい店の広告などは、問題になるので見つけ次第撤去しているんです。市民の交流目的で置いているものなのでね」


 事務員の男性は応接室を出ると、しばらくしてファイルを手に戻ってきた。

「ここに綴っているんです。ひとまず、三ヶ月分ですが……それ以前のものも必要で?」

「いいえ、十分ですわ。ありがとうございます」

 私はファイルを受け取り、男性が仕事に戻るのを待ってから開いて見る。私は、ダイアナが亡くなる前後の日付のものを捜す。その中に、あの見覚えの図案を見つけて手が止まる。天使の翼のように手を広げた、白百合読書会の図案。そこに書かれているのは読書会開催の日付と、場所。

「これ……ダイアナが残したメモと同じ……」

 書かれている場所は、あの秘密クラブがあった建物だ。ダイアナはこれを書き写したのだろうか。私は急いでメモとペンを取り出して、そこに書かれているメッセージを書き写す。その他にも読書会のメッセージがあれば、全て記録しておくことにした。取りあえず、三ヶ月分でも十分だろう。それ以前のものまで見たいといえば、怪しまれそうだ。


 私はファイルとメモを閉じて、立ち上がる。応接室を出ると事務室で仕事をしていた男性が、顔を上げた。

「随分と時間がかかっていたようですが……見付かりましたか?」

 気付けば一時間もかかっていたようだ。私は男性のそばに行き、ファイルを返却する。

「ええ、なかなか見つけられなくて。それに、つい他のメッセージが面白くて読んでしまっていたんです」

 苦笑するように答えると、男性が笑う。

「ええ、分かりますよ。私も活字を見るとつい、目で追いたくなる人間なのでね」

「そうだ。読書会の集まりのメッセージがあったのですけど、それって今も定期的に開催されているんでしょうか? 私も読書好きなので、同じ趣味の人たちと交流できる場があるなら素敵だわ」

「読書会? ああ……そういえば。以前も、あなたのようなお嬢さんが読書会のメッセージのことで尋ねてきたことがありますよ。月に一枚か、二枚、残されていますね。最近では、確か……半月前だったかな?」

「その読書会のメッセージって、いつ頃から見かけるようになったか覚えていらっしゃいます?」

「そうですね……私が記憶しているのは……三年ほど前からかな? それ以前は、他の図書館で働いていたので、私もよくは知らないんですよ」

「そうなのですね。ありがとうございました。もし、またそのメッセージを見かけたら、教えてくださいません? できれば、どんな人がメッセージを残していくのか見かけたらいいので教えてほしいんです。私、よくこの図書館に足を運んでいるので」

「ええ、それはかいませんよ」 

 

 快く引き受けてくれた事務員の男性にお礼を言って、図書館を出る。公園は琥珀色に染まっていて、私は白樺の影を眺めながら歩いていた。メリッサは、読書会には特別な集まりがあると話していた。ダイアナはその特別な集まりに、参加していたのだろうか。そこでは、復讐や恨みを晴らすことができると言う。けれど、ダイアナに誰かに対するそれほど強い恨みがあったとは思えない。確かに、カルマンは婚約者としては最低最悪で、享楽的な遊びに興じてばかりいたようだ。金遣いも荒く、女遊びもひどかったと聞く。ダイアナに対しても、婚約者としてあるまじき態度ばかりだった。


 けれど、ダイアナ自身、カルマンのことは少しも好きではなかっただろうし、何の期待もしていなかっただろう。そんな相手に対して、嫉妬を抱くとは思えない。快くは思わなかっただろうけれど、カルマンの遊び相手や、カルマン自身を恨むほどの憎しみがあのダイアナの中にあっただろうか?


 彼女は人を恨んだり、憎んだりするような子ではなかった。少なくとも、私が知るダイアナはそうだった。穏やかで、引っ込み思案なところもあったけれど、とても思いやりがあって優しかった。怒ることも苦手で、腹が立っても自分がぐっと我慢してしまう。私の方が我慢できなくて、彼女のかわりに腹を立てていたくらいだ。そんな私を見て、ダイアナはいつも嬉しそうに笑っていた。「あなたが先に怒ってくれるから、もうそれだけで私はすっきりしちゃうの」と。

 

「心に秘めたものなんて、他人には知りようがないわね……」

 私は立ち止まって自分の影を見つめたまま呟く。溜息がこぼれた。我慢してしまう性格だから、内に秘めてしまう性格だから、不満や怒りを溜め込んでしまう――ということもあるのかもしれない。本当は、恨むほどカルマンが嫌いだった? そうかも。誰かを恨んだり憎んだりする姿を、私に見せなかっただけかもしれない。

 

 もし、そうだったとしたら、カルマンが死んだのは、ダイアナの望みだったからだろうか。

「いいえ、そんなはずはないわね」

 私は呟いて、自分の馬鹿げた考えを頭から振り払う。そもそも、カルマンが死んだのはダイアナが死んだ後だ。でももし――ダイアナが自らの死を代償として、カルマンの死も願ったのだとしたら?

 その復讐の代行を行うのが読書会という名の集まりだったのだとしたら?

「でも、ダイアナは抜け出したがっていたじゃない……関わっていたことを後悔していたわ」

 だとしたら、彼女がやっぱり復讐を願ったとはとても考え難いのだ。


「まあ、カルマンだから、他の女性からも多く恨みを買っていても不思議はないもの」

 ダイアナが願ったわけではなくても、他の誰かが願った可能性はある。だが、カルマンは読書会に参加していた娼婦の女性に殺された。もし、その女性が自分の恨みを晴らすためではなく、誰かの復讐を代行していたのだとしたら? 私はますます混乱してきて、額に手をやって小さく呻く。

「こんがらがってきたわ……考え過ぎね」

  

 私は公園を出ると、少し迷ってから警察署に足を向ける。ロイド警部がもしかしたら、何かしらの手がかりをもうつかんでいるかもしれない。


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