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第五章4 手がかり

 談話室は客人たちが休憩できるように開放されており、私がアイリーンに連れられて中に入った時には誰もいなかった。暖炉の上の燭台に灯りが灯っていて、暖炉には火が入っている。それほど広い部屋ではないけれど、書棚があり、ソファーとテーブルが真ん中に置かれている。そのソファーに腰をかけると、アイリーンが頼んでいたお茶が運ばれてきたようだ。アイリーンはそれを受け取ると、扉をパタンと閉めて戻ってきた。

「鍵もかけておいたから、これで誰かが入ってくる心配もないわ」

 アイリーンはテーブルにトレイを置くと、長椅子に座る私の隣に腰を下ろして、ティーポットに手を伸ばした。二人分のカップに、紅茶を注いでくれる。メイドさんが気を利かせて、ちょっとした焼き菓子も添えてくれていた。

 カップを受け取って、紅茶を一口飲む。香りのいい茶葉のようだ。

「それで……今度はなにをしようとしているのかしら? ドリス」

 体をこちらに向けて、アイリーンが訊く。私は視線を泳がせて、カップをソーサーに戻した。

「もしかして……怒ってる?」

「どうして? 私が怒る理由なんて一つもないでしょう? ただ、私はあなたが何をしようとしているのか、興味があるだけよ?」

 私はアイリーンと目を合わせられなくて、落ち着きなくカップの縁を指でなぞる。

「ドリス、王都を離れるつもりだと私に言ったわよね? もう、事件のことは警察に任せるって……」

「ほら、やっぱり、怒っているじゃない!」

「当然です! あなたが一人で危ないことをしようとしているのを、見過ごせるはずないでしょう?」

「…………ごめんなさい。だって……あなたのお兄様のウィリアムも、大切な人を……事件で亡くしているのでしょう? 調べて、ひどい真実が明らかになったら……きっと傷つくわ。この前だって……」

 公爵家の図書室で会った時のウィリアムは、心が砕けてしまいそうに見えた。彼のあんな顔を、もう見たくない。私は言葉に詰まり、俯いて唇を引き結ぶ。

 アイリーンも何も言わず、しばらく黙っていた。急にその両腕に抱き寄せられる。胸に寄りかかるような体勢になった私は、びっくりして視線を上げた。アイリーンの綺麗な蜂蜜色の髪が、私の頬をくすぐる。あの日、ウィリアムに同じように抱き寄せられたことを、思い出して焦ってしまった。

「ありがとう……」

「何もお礼を言われるようなことはしていないわ……」

「あなたの優しさに、感謝したくなったの……」

 そう言って、アイリーンは私を抱き締めたまま言う。

「アイリーンだって……あなたのお兄様だって、十分優しいじゃない……」 

「私があなたくらい優しくて、勇気があったなら……よかったのにと思うわ」

 アイリーンは小さな声で囁く。

「もしかして……泣いてる?」

 私が彼女の髪にそっと手を添えてきくと、アイリーンがぐいっと私を引き離した。


「ドリス。誤魔化されないわ。あなたは、まだ私の大事な質問に答えてないでしょう?」

「それはその……ただ、ちょっと昔の学友に会いに来ただけよ?」

 ギクッとして、とぼけるようにそっぽを向く。もちろん、そんな言い訳でアイリーンが納得してくれるはずがない。グイッと寄ってこられては逃げ場もなかった。私は「わかったわ、全部白状するわよ」と、観念する。アイリーンに勝てないことくらい、とうにわかっていたことだ。


 私はアイリーンと別れた後で調べたことを伝える。といっても、それほど多くのことがわかっているわけではない。ダイアナの手紙を受け取ったこと、その手紙に、あの読書会のことが書かれていたこと、その会に誘ったのが学友だったメリッサ=ハンプトンであり、彼女と話をしたくてパーティーに出席したことくらいだ。今は繋がりを追うことくらいしか、私にできることはない。ついでに、警察署でロイド警部に捜査の依頼を行ったことも話した。


「ドリス、警察署にまで行ったの!?」

 アイリーンが目を見開いて訊く。

「だって、新聞には詳しいことはほとんど載っていなかったんですもの。偽名を使ってたのはさっそくばれちゃったけど……あなたのことは話していないから、大丈夫!」

「そういう問題じゃないわ……警察が当てになるとは限らないでしょう?」

 呆れたように、彼女は眉間を押さえて溜息を吐いていた。

「で、でも、ロイド警部は信用できそうな人だったわ。ちゃんと話も聞いてくれたし……ダイアナの自殺の件ももう一度捜査してくれると約束してくれたもの。ただ、ちょっと……格好はむさ苦しい人だけど……」

 カップをテーブルに戻して、両手をパッと開いてみせる。


「いいこと? ドリス。あなた……相当危ないことに首を突っ込んでる自覚はある?」

「も、もちろん……何人も亡くなってるんだもの。ただの事件とは思えないわ……」

「お兄様の……知り合いの女性も……おそらく同じ事件の被害者の一人だわ……被害者同士に今のところ繋がりはない。共通しているのが、白百合読書会という会が関わっているということ。そうよね?」

 アイリーンは体を起こして、頭の中を整理するように事件をまとめる。

「ええ……そうだと思うわ」

 少なくとも、ダイアナと、亡くなった月の舟の娼婦、シェリー=リンドの間には直接の繋がりはない。知り合いであった可能性も低いだろう。ダイアナの残した日記には書かれていなかった。となれば、ウィリアムの知り合いの女性も、同じように他の被害者との繋がりや接点はなかったと考えていいだろう。


「今のところわかっているのは、その読書会に参加しているのは女性だけということね。亡くなっているのもほとんどが女性。唯一、違うのがカルマン=アンダーソン……」

 ただ、彼の場合、犯人が明確だ。月の舟の娼婦であった女性。その人の名前を、私は記憶していない。新聞にも名前までは載っていなかったし、警部からも訊いていないからだ。たぶん、その女性との繋がりがあったのが、シェリー=リンド。この二人も読書会のメンバーだったことは確かだ。そして、二人ともすでに亡くなっている。

「あの……地下の収納庫から見付かった被害者はどうだったのかしら……」

 私はポツリと呟いた。その被害者の一人が、ウィリアムの大切な人だったのは間違いないだろう。彼が遺体と遺品を引き取りにきたようだったから。その人は女性だったようだ。他の被害者は身元がわかっていないとロイド警部が話していた。

「……全て女性だったみたいね……」

 アイリーンはそう言って、リップを塗った唇を指でなぞる。

「それは確かなの?」

「ええ……遺品を確認したから……あっ、お兄様がね」

「そうね、遺体の性別はもうわからなくなっていても、衣服や持ち物から推測はできるものね」

 ただ、そうなってくると、カルマン=アンダーソンが殺された動機が気になってくる。新聞も警察も、娼婦との別れ話が拗れた末の殺人と結論づけている。カルマンの日頃の行いや性格から考えても、それは十分にあり得ることだったから、その結論に疑問を抱かないだろう。けれど、本当にそうだったんだろうか。犯人とされている女性も、ダイアナも、読書会のメンバーだったのは偶然だろうか。ダイアナはあの秘密クラブの場所のメモを、本に挟んで残していた。あのメモは彼女自身が忘れないために残しておいたものなのか、それとも誰かに当てたメッセージだったのか。その相手は、私? それとも別の誰か?

 わからないことが多すぎて、頭が痛くなってくる。

 額を指で押さえていると、「ドリス」とアイリーンに名前を呼ばれた。一人で考え込んでいたことに気付いて顔を上げると、クッキーが口の前に差し出される。思わずパクッと食べた私は、こぼれそうになったカスを咄嗟に手で受けとめた。

「考え事には甘い物が必要でしょう?」

 アイリーンは自分もクッキーをつまんで、愛らしくウィンクする。私は口にくわえたくっきーを手で押さえて、モグモグと食べる。それから、息を吐いた。


「行儀が悪いと叱られそうだわ……」

 女学校時代なら、先生や寮長に見付かってお説教されていたところだ。貴族の子女が多く通う学校だったから、マナーも礼儀作法も厳しかった。クッキーを食べさてもらって、ポロポロこぼすなんて、はしたない振る舞いだ。

「ここには私とあなたしかいないんだから、行儀作法は忘れてもいいと思うの。鍵もかけたんだし」

 クッキーを美味しそうに頬張る彼女を見れば、いつの間にか靴をつま先にひっかけてプラプラと揺らしていた。こんな姿のアイリーンを他の人たちが見れば、きっとあんぐりと口を開くだろう。彼女は礼儀作法も、言葉遣いも、振る舞いもいつだって完璧なんだから。


(私は……完璧じゃないアイリーンの方が好きなんだけど……)

 自由気ままに振る舞う彼女の方が、魅力的だと思ってしまうのは、自分も窮屈な作法が嫌いだからだろうか。王都とは違い、田舎の領地ではそれほど礼儀は重要視されない。


「そのために鍵をかけたの? 談話室を占領していて怒られないかしら?」

「平気よ。よくあることだから、誰も気にしないわ。空き部屋は他にもあるんだし」

(よくあること……?)

 私は少し考えて、「あっ!」と口許を手で押さえる。なるほど、そういうことねと私も彼女の言葉の意味がようやくわかった。こうしたパーティーでは空き部屋に女性を連れ込む男性も多いということだ。そのことは暗黙の了解で、使用人も気にしなければ、主催者や屋敷の主人も目を瞑っている。おおっぴらに推奨している主催者もいるくらいだ。舞踏会だの、夜会だのといっても、しょせん貴族が出会いを求める場でもある。嘆かわしいことに、貞操観なんてあってないようなものだ。


 私たちが女の子同士だったのが幸いねと、私は紅茶のカップに手を伸ばしてコクッと飲む。アイリーンが寄りかかってきて私の肩に頭を載せる。

「……どうしちゃったの? もしかして、お酒でも飲んでた?」

「んー……やっぱり、あなたのそばにいるのは居心地がいいと思って」

 アイリーンはそう言って笑っていた。今は二人きりで入ってくる人もいないから、気が緩んでいるのだろうか。社交の場では隠しているだけで、本当は甘えたがりの性格なのかもしれない。だから、アイリーンのしたいようにさせておくことにした。私も特に嫌ではない。むしろ、彼女に寄りかかられるといい匂いがして、私も心が落ち着いてくる。

「もう少し、このままでいさせてもらってもいい?」

「いいけど……眠っちゃわないでよ? 人を呼んでこなくちゃいけなくなるんだから」

 私には、アイリーンを抱えて運ぶなんて小説の王子様みたいな振る舞いはできない。アイリーンは「フフッ」と笑っていた。


「あなた、いい匂いがするわね……」

 アイリーンの呟きが耳朶をくすぐる。

(それは、あなたの方じゃない)

 私は黙ったまま、紅茶を飲む。

「……それで、これからどうするつもりなの?」

 私にもたれたまま、アイリーンが静かに訊いてきた。目を伏せてはいるけれど、寝てはいないようだ。

「わからないわ……でも、今のところ手がかりはメリッサ=ハンプトンだけだから、彼女に直接聞いてみるつもり。彼女が読書会との繋がりを持っているのは確かなんですもの。うまくいけば、その会に参加させてもらえるかも……」

 ただ、メリッサと仲良しだったわけではない。参加させてほしいと頼んだところで、素直に願いを訊いてくれるとは思えない。そう思うと、さっきダイアナの名前を出したのは失敗だったかもしれない。警戒させてしまっただろう。もっと、うまく取り入る方法だってあったのに。


「……あなたも紛れ込むつもりなの?」

「実体を知るためには、それが一番でしょう? 危ないのは承知だけど……いきなり殺されたりはしないと思うの」

 もし、参加した人が全員殺されているなら、メリッサも殺されているだろうから。

「いいえ……待って……もしかして、彼女も狙われてるのかしら……」

 ふと、その危険性に気付いて、眉根を寄せる。

「あのお嬢さんが、殺人リストに入っているかもしれないということ?」

 アイリーンがちょっと頭を起こして私を見る。

「ダイアナたちが、何かを知ってしまって口封じに殺されたのだとしたら……メリッサも危ないんじゃないかしら?」

 そのことに、メリッサが気付いていないのだとしたら、警告くらいはすべきだ。もし、何か抜けられない事情があるなら、警察に行くことを勧めてもいい。ロイド警部なら、悪いようにはしないはず。

「これ以上、死ぬ人間を増やしたくないわ」

 私は真剣な表情で呟く。「それは同感よ」と、アイリーンも笑みを消して頷いていた。


「あなたもわかってると思うけれど……一連の事件は個人の恨みや犯行ではないと思うの。何かしらの組織が関わっていると考えるべきだわ」

「読書会が秘密クラブのようなもの……といいうことよね」

「ええ、おおっぴらにできないようなことをしていたのだけは確かだわ。それには、犯罪組織が絡んでいる可能性が高い。その手の組織は、警察ですら手が出せないことが多いし、内通者が紛れ込んでいることも考慮しておかないと……だから、そう警察を信用するのは危ないと思うの」

「そう……そうね……迂闊に信用するのは間違ってるわ」

 ロイド警部が組織と繋がっていなかったとしても、彼が事件を調べていることを知れば口封じに殺される可能性だってある。もうすでに何人も殺している相手が、さらに一人殺すことを躊躇うとも思えない。

「わかったわ……これ以上、警察には情報を渡さない」

 私は顔を上げてきっぱり答える。それから、ふと気付いて口を開いた。

「犯罪組織にカルマンが関わっていたのなら……彼が殺された理由もわかるわ……」

「それはあるかもしれないわね。彼の一族は銀行家だから。組織と金の繋がりがあったのかも。ドリス……本当はあなたもこれ以上、関わらない方がいいのよ? 私に任せてくれたら後は……」

「それはダメ。私が危ないなら、あなただって危ないでしょう? あなたが私を心配してくれるのと同様に、私だってあなたを心配しているのよ。二人一緒に関わらないでいるか、二人一緒に思いっきり関わってしまうかの二択なんだわ」

 二人一緒に関わらないと約束したところで、私もアイリーンもきっとそれは守れない。だとしたら、選べる選択は一つだけだ。


「私も、もう一人で解決しようとは思わないわ……だから、アイリーン。お願いがあるの」

「ええ、もちろんよ!」

 ニコッと笑って、アイリーンは私の手を取る。

「まだ、何も言ってないわ」

「あなたのお願い事を断るなんて選択肢はそれこそ私にはないわ」

 そう言って、彼女は片目をパチッと瞑る。

「本当は、すっごく……心細かったの。あんたが手を貸してくれるなら、これ以上ないほど心強いわ」

 私は笑って彼女にもたれかかった。


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