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第五章1 警察署

 私が警察署に赴いたのは、あの空き家での事件のことを聞くためだ。あの事件はまだ捜査中のためか、記事にはなっていない。殺人事件の起きた空き家で、複数の遺体が発見されたなんてセンセーショナルな事件だ。情報の公開は慎重になっているのだろう。


「捜査中なんだ。教えられるはずがないだろう。あんた、記者か? 出直すんだな」

 応対に当たった若手の警官は、面倒そうに眉間に皺を寄せて手で追い払う仕草をする。

「失礼ね。私は第一発見者よ。事件のことを聞く権利くらいあると思うわ!」

 立ち去る警官に向かって言ったけれど、少しも聞いていないようだった。別の警察官に声をかけられて、奥の部屋に入っていってしまった。王都では毎日のように物騒な事件が起こるのだから、警官たちは忙しそうだ。私の相手をしている暇なんてないとばかりに、私を無視して通り過ぎるばかりだ。

「なんて怠慢なのかしら! 私が殺人事件の犯人だったらどうするの? 逃げちゃうわよ?」

 私は頭に来て、窓口の前で憤慨する。そんな私と目が遭ったのは、あの日取り調べを行ったマックス=ロイド警部だった。

「いいところで会ったじゃねーか。嬢ちゃんには色々と訊きたいことがあってな。ちょーと、おじさんと話をしようじゃねえか!」

 拒否する前にロイド警部に腕をつかまれて、私は「えっ、ちょっと!」と焦る。警部は遠慮なく私を引っ張って歩きながら、女性の事務員にお茶を頼んでいた。


 私が放り鋳込まれたのは前回と同じ取調室。また、ここに放り込まれるとは思わなかったわと、私は小さくなって座っていた。向かいに偉そうに座っているおじさんこと、ロイド警部の怪しむような視線が突き刺さって痛い。

「あの後、月の舟で確かめてみたんだがよぉ。嬢ちゃんらしき女が数日、厨房で働いていたのは確かだが、すぐに辞めちまってそれっきりだそうだ。で、嬢ちゃんのことを捜していたわけだが、そっちから出向いてくれるとは殊勝じゃねぇか。自白でもする気になったのか?」

 ロイド警部は怖い顔でニヤッと笑う。王都の治安を守る警官というよりも、悪の親玉みたいな凶悪な面構えだ。

「私は犯人じゃありませんっ! 確かに、ちょっと身分を偽ったけれど……それも事情があったんです! それに、まったく嘘ってわけでもないでしょう? 働いていたのは事実よ?」

「で、その偽った理由ってのを聞かせてもらおうじゃねーか。今度は、正直にな」

 ロイド警部は私の前にペンと紙を置く。仕方ない。これ以上ごまかしてもいいことはなさそう。私は諦めて溜息をこぼし、ペンを取る。それを返すと、警部は軽く驚いたように片方の眉の端を上げて私を見る。

「ドリス=ディノア? どっかのお貴族様のご令嬢なのか?」

「ええ……田舎のね。一応、父は伯爵よ……今は叔母様のお屋敷に滞在させてもらっているわ。だから……あんな事件に巻き込まれたって、あまり大ひっぱらに知られたくはなかったの。これでご理解いただけたかしら?」

「もう一人の連れの嬢ちゃんも貴族のご令嬢ってわけか」

「それに関しては黙秘させてもらいます! それに、言っておきますけどね。彼女は無関係よ。私の友人ではあるけれど……巻き込まれただけなんですもの。あの時一緒にいたのだって、たまたまだったんだから。何も知らないわ」

 私は片手を上げて断固として言い張った。ここで、アイリーンの名前を出すわけにはいかない。

「ふーん……まあ、今のところは追及しないでおいてやる。やぶ蛇になりそうだからな……で、貴族の嬢ちゃんが、なんだって娼館の厨房なんぞで働いてやがったんだ?」

 そうきかれて、私はギクッとする。視線を泳がせる私を、ロイド警部はますます疑わしげな顔になって見ていた。

「それは……と、友達の自殺のことを調べていたのよ!」

 私は観念してグイッと顔を上げて答える。

「自殺? 娼館と関係あるのか?」

「ないわよ! いいえ……わからないわ。調べていたら、そこに行き着いただけ。私だって、関係あるかないかなんてわからないけど、とにかく少しでも手がかりがほしくて調べている最中よ」

「ほぉ……嬢ちゃんは友達が自殺じゃねーと考えてるわけか」

「ええ、そうよ。当たり前だわ! ダイ……彼女が自殺するなんて不自然すぎるもの。絶対、違う。もし、自殺だとしても彼女を追い詰めたのが誰なのか私は知る必要があるわ。そうでなければ、彼女が報われないでしょう? そもそも、あなたたち警察がもっとちゃんと調べてくれていたら、私が出しゃばる必要なんて少しもなかったんだわ。それなのに、あなたたちはろくにも調べもせずに、自殺で片づけてしまった。文句を言われる筋合いなんて少しもないわよ!」

 私は身を乗り出すようにして訴える。腹が立ってきて、我慢できなかった。警察はいつだってそう。手柄になりそうな事件ばかり熱心に捜査して、面倒そうな事件はろくに調べもしないで片づけてしまう。


「お、落ち着け、嬢ちゃん。そいつは……確かに俺たち警察の怠慢でもあるが……殺されたって証拠が見付からなかったんじゃ、自殺と片づけるしかねぇ」

「だから、こうして私があなたたちに代わって、その証拠を見つけようとしているんじゃない!?」

 私は浮いた腰を戻して腕を組む。ふんっと横を向いていると、ノックの音がして女性の授業員がお茶を運んできた。あまりいい茶葉を使っていないのか、香りは今ひとつだった。けれど、大きな声を出して喉が渇いていたから、お茶を出してもらえたのはありがたい。私はお茶を一気に飲み干して、カップを戻した。女性の従業員は、ロイド警部にもお茶を出すと、「失礼します」と取調室を出て行く。


「事情はわかった……ったく、いくら友達のためだってな。あんたは貴族の嬢ちゃんなんだろう。娼館に出入りするとか、空き家に出入りするとか、危なっかしいだろうが。そんなこと、親御さんが知ったら、仰天するんじゃねーのか?」

「ええ……まあそうでしょうね。だから、こっそり活動しているの」

 私は「わかってくれました?」と、呆れ顔のロイド警部を見る。寝癖で撥ねた髪をワシワシと掻いた警部は、「ふぅ」と少したばこ臭い息を吐く。


「まあ、一応はな……で、あの空き家に入り込んだのは、どういう理由でだ?」

 この人は、身なりもだらしないし、礼儀正しくはないけれど、悪い人ではなさそうだ。それに、ちゃんと私の話を聞いてくれる。信じても大丈夫だろうか。私はチラッとロイド警部を見る。

「心配しなくたって、あんたを捕まえたり、新聞記者にあんたの名前をしゃべったりはしねぇよ」

「…………それなら、一つお願いがあるんだけど……それを聞くと約束してくれるなら、ちゃんと話すわ」

「言っておくが、きけることと、きけねぇことがあるぞ。これでも警官だからな」

 つまり規則から外れるようなことはできないということよね。それだけでも、この人に話しても大丈夫そうだと思えた。ロイド警部は、王都警察としての役割をちゃんと果たそうとしてる人だってことだもの。

「ええ、それでいいわ」


 私は話せる部分だけ、ロイド警部の話すことにした。全ては明かせない。読書会のことも、今は話さないことがいい。それは不確かなことがことが多すぎるもの。

「つまり……あそこで先日殺されたカルマン=アンダーソンのことを調べていたと……そういうことか?」

「ええ、そう。私の親友だったダイアナ=エリンコットはカルマンの婚約者だった。だから、私は……カルマンがダイアナの自殺に関係しているんじゃないかと考えていたの。でも……カルマンはあそこで死んでしまったでしょう? 新聞で……それを知って、絶対になにかあるって……」 

 私は膝の上で拳を握り、俯く。ダイアナの名前をここで出すのが正解かどうかはわからない。けれど、警部ならもしかすると、ダイアナの自殺の件ももう一度捜査してくれるかもしれない。そのことに、密かに期待したのだ。


 ロイド警部は軽く椅子を揺らしながら、難しい顔をして考え込んでいる。それから、調書とは別に手帳を取りだして、メモを取っていた。

「で、空き家に忍び込んでみたら……死体が見付かったと……それは偶然か?」

「わからないわよ! 私たちだって、あんな場所に死体が隠されているなんて思いもしなかったわ。手がかりになるものがないか、ちょっと調べていたんだから……あの時、女の子を見つけなければ、きっとわからなかったことよ」

 あの場所に隠れていた女の子が、男たちが床下の収納庫に麻袋を入れるのを目撃していたから発覚したことだ。


「ロイド警部。あの時見付かったその遺体のことを知りたいの。もしかしたら、私が調べていることや、カルマン=アンダーソンが殺された件に関係しているかもしれないでしょう?」

 私は真剣な顔で、ロイド警部に頼む。捜査内容を簡単には漏らせないため、躊躇するのはわかる。けれど、少しでも手がかりがほしい。


「…………とはいってもな。今のところ、俺の方でも大したことはわかってねぇんだ。なんせ殺されてから時間が経ち過ぎていて、身元もわからねぇ遺体がほとんどだ。ただ、被疑者は五人。全員女だ。死因は……まあ色々だな……ああ、だが……先日、一人身元がわかって、遺体を引き渡した」 

「どういう人だったんです?」

「ルナ=ミルトンという名の女だ。遺体を引き取ったのは、友人という男だった。えらい身なりのいい若い男だよ……そいつの愛人だったのかもな」

「それって、貴族の男の人でした?」

 私の尋ねる声が緊張で硬くなる。もしかしてと、頭に浮かんだのはウィリアムの顔だった。

「ああ、おそらくそうだろうな。上等な服を着てたからな。薄い金色の髪だったよ。俺が直接対応したわけじゃないから、それほどはっきりとは見ていないがな……」


 ああ、やっぱり、そうなんだと、胸のあたりが苦しくなる。あの中に、彼のとても大事な人がいたのだろう。警部の言うように、恋人か愛人だったのかもしれない。そう思うと、なんともやるせない気持ちになる。そんなふうに大切な人が見付かるなんて――。


「ロイド警部……もう一つ、お願いがあるんです。今回見付かった遺体の遺品の中に、これと同じような図案が刻まれた持ち物がなかったか調べてほしいんです」

 私はバッグから二つ折りにした紙を取り出して渡す。それは、あの読書会の図案を描き写したものだ。

「…………こいつは?」

 紙を開いたロイド警部は、怪訝な顔をする。ということは、まだ読書会の情報は何もつかんでいないということだろう。あまり、警察に先を越されたくはないけれど、こうなった以上は私の手には余る。ロイド警部に協力してもらうほうがいい。

「わからないんです。親友もこの図案を刻んだロケットを持っていました。それに、月の舟で働いていたシェリー=リンドも。だから、関係があるのかもしれないし……ないかもしれない」

「シェリー=リンド……確か、先日殺されたんだったな。そんな事件にも関わってんのか」

 貴族の令嬢が首を突っ込むようなことではないと暗に言いたいのだろう。ロイド警部は顔をしかめている。

「私だって関わりたくて関わってるわけじゃないわ! でも……こんなに何人も死ぬのなんて普通じゃない。きっと何か繋がりがあると思うんです」

「そういえば……カルマン=アンダーソンを殺した犯人も、月の舟の娼婦だったな。そいつも関わってるかもしれないというわけか。確かにこいつは根が深そうな事件だ。だが……事件の調査は俺たち警察の役割だ。嬢ちゃんはこれ以上動かず、お嬢様らしく大人しくお屋敷でお茶会でも開いていてくれ」

「ちゃんと、調べたことを教えてくれるなら、勝手な真似はしないわ」

「もちろんだ。なにかわかったら教えるよ」

 ロイド警部は立ち上がり、取調室のドアを開く。もう帰っていいということなのだろう。私はバッグをつかんで立ち上がる。

「絶対によ? また、警察に押しかけますからね」

「ああ、わかった。わかった。ったく、貴族のお嬢様なんてもっと慎ましいもんだろ。あんた見たいな、じゃじゃ馬がいるとは予想外だ」

 誰がじゃじゃ馬よ! と、眉を吊り上げる私の背中を押して、ロイド警部は取調室から追い出した。


 警察署を出た私は夕暮れ時の空を見上げる。雪がちらついていて、吐く息が白く染まる。

 ウィリアムのことをぼんやりと考えていた。ダイアナの事件を調べることで、彼の大切な人を奪った犯人も明らかになるかもしれない。それは余計なお世話で、明らかにされる事実に今よりも心に傷を負う可能性だってある。彼の望んでいることではないかもしれない。だから、やっぱりこの件はウィリアムとアイリーンを巻き込まず、私の手で調べなければ。


 もう、悲しい事件なんてたくさんよ――。

 


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