第三章3 事件
(アイリーンからの連絡はないけど……大丈夫かしら?)
ぼんやり考えながら階段を降りていると、「ちょっと、あなた」とメアリーの不機嫌な声に呼び止められる。私は「あら、メアリー。おはよう」と、笑顔で挨拶をした。
「もう昼間近じゃない。こんな時間まで寝ていたの? いいご身分ね!」
いつまで屋敷に留まっているつもりなのかと言いたいのだろう。目障りそうに顔を顰めている。私は「ごめんなさい。ちょっとこのところ……調子が悪いみたい」と、作り笑いを浮かべた。メアリーは「ふーん」と、私の顔をジロジロと眺める。
「そういえば、夕食も断っているそうね。お腹でも壊したの?」
「ええ、そうなの。食欲があまりないみたい」
「なんでもいいけれど、あまり外を出歩いて、変な病気を持ち帰ってこないでよ。明後日は、お母様と舞台を観に行くんだから。できるだけ部屋に閉じこもって、出てこないでちょうだい」
ふんっとそっぽを向いて立ち去るメアリーに、「ええ、そうするわ」と小声で答えて手を振る。彼女がメイドに外出の用意を偉そうに命令していた。私はふうっと息を吐いて部屋に向かう。
(これで、夜に私が部屋に閉じこもっていても、誰も怪しまないわよね)
そもそも、メアリーも叔母様も、この屋敷の使用人たちも、私にはそれほど感心を寄せない。それは、好都合なことだった。
(今夜もうまく抜け出さないと……)
その日の夜も屋敷の裏口から抜け出した私は、辻馬車で歓楽街に向かった。月の舟の厨房で働き初めて、今日で五日目になる。仕事には少しは慣れた。臨時雇いの私に任される仕事は簡単な皿洗いやゴミ捨て、簡単な雑用仕事ばかりだ。とはいえ、この五日間で随分と荒れてしまった手を眺めてこっそり溜息を吐いた。
(働くって、本当に大変なことだわ……)
世の中の人たちは、みなやっていることだ。それに、これは事件の真相を調べるため。店の奥の洗い場に立った私は、赤くなってカサカサになってしまっている自分の手を握り締める。
「これも頼むよ。ああ、そうだ。グラスが少ないんだ。そっちを早く洗っておいてくれ」
給仕の男が、客室から下げてきた汚れた食器類を台に積み上げる。私は溜息を吐いて、「はーい」と返事をした。「ちょっと退いて!」と、慌ただしいくワインの瓶を抱えた給仕の女性がそばを小走りに通る。その拍子に彼女が台の角にぶつかり、積み上げられた食器の山が崩れそうになっていた。
私は思わず小さく悲鳴を上げて傾いている皿を腕と体で受け止める。女性も「ぎゃあっ!」と、滑り落ちそうになっていた皿に手を伸ばしていた。なんとか一枚も割らなかったことにほっとして、私も彼女も顔を見合わせる。その油断が悪かったらしく、一番上の皿がゆっくりと落下してパリンと床で音がした。
(あ……高いお皿……っ!)
「なにやってんだ。バカ野郎!」
鍋の前でお玉を握り締めていた料理人のおじさんの怒声が、間髪入れずに飛んできて、私も女性も首を竦めた。
「ご、ごめんなさいっ!!」
(私……お給金を稼ぐために、ここに来たわけじゃないんだけど……)
厨房の仕事は忙しすぎて、上の様子を見に行く機会なんてほとんど訪れなかった。
このままでは、本当に雑用仕事ばかりやって一日が終わるだけだ。
こうなったら、なんとかして機会を作らなければ。私は雑用仕事の合間に、他の人たちの姿を観察する。好機が訪れたのは、忙しさが一段落した時間だった。「おい、誰か客室の片づけに行ってくれ」と、給仕の男性が厨房の入り口で声を上げる。「わ、私が行きます!」と、咄嗟に手をあげた。他の人たちは疲れて休憩中。誰も文句を言う人はいない。料理人のおじさんも、勝手にお客の飲み残した酒を飲みながら一服しているところだ。今しかないとばかりに、私はトレイをつかんで厨房を出る。
階段を上がると、意外にも静かだった。深夜を過ぎているから、みんな騒ぎ疲れたのかもしれない。ただ、時々、ちょっと聞くのが恥ずかしくなるような嬌声や笑い声が室内から漏れている。
(そういう場所なんだから……し、仕方ないわよ……)
キョロキョロしながら廊下を進んでいると、客室から悲鳴が聞こえたような気がする。ふざけているような声ではなかった。私は急いで部屋に向かい、一呼吸置いてからノックする。けれど返事がなく、男の怒鳴るような声と物が壊れる音がした。女性の泣いている声も聞こえる。私はドアを開き、客室に飛び込んだ。酒の匂い。それに何か甘い匂いもする。以前足を運んだ秘密クラブで嗅いだ匂いと同じだ。開いた窓から吹き込む風が、テーブルの上の香炉から立ち上る煙を流していた。
絨毯の上でもみ合っているのは、シェリー=リンドと中年の男だ。シェリーの髪をつかんだ男が、ギョッとしたように私を見ている。怯えているシェリーは、目に涙を溜めて助けを求めるような目をこっちに向けていた。その頬からは血が流れおちていて、砕けたワインの瓶の破片が床に散らばっている。
「な、なにやってるんですか!!」
私は思わず、大きな声を上げる。男は舌打ちすると、ベッドに投げていたコートをつかむ。そのポケットから銃を取り出すと、こっちに銃口を向けてきた。シェリーが悲鳴を上げて男の腕につかみかかる。銃声が響いた直後、カンッと金属のはね返す音がした。反射的に突き出した金属のトレイに銃弾が当たったのだ。冷や汗が拭きだし、膝が震えてくる。これには男もシェリーも目を見開いていた。私自身、トレイが身を守ってくれるなんて思ってもみなかった。
ただ、私を撃ち殺すことに失敗した男は完全に頭に血が上っているようで、唸り声を漏らして飛びかかってくる。正気を失っているのか、目が血走っていた。
身を翻して部屋を飛び出した私を、男は銃を握り締めて追い掛けてきた。二発目の銃声が響いて、私は悲鳴を上げて頭を庇う。廊下の端に飾られていた花瓶が砕けて、水が流れ出していた。花瓶に生けられた花も、廊下に散らばる。男は、「待て、このクソ女。よくも邪魔をしやがって!! ぶっ殺してやる!!」と、大声で喚きながら私に追いついて手を伸ばしてきた。本気で殺すつもりなのだろう。騒ぎが聞こえたのか、他の客室からも人が出てきて、ざわついた声が広がる。
「へ、部屋に引っ込んでください!! 危ないですから!!」
私は走って逃げながら、大声で叫んだ。男は私に追いつくと、エプロンの肩紐をつかむ。心臓が縮まるかと思った。後ろに引っ張られて倒れた私の上に、男が覆い被さってくる。逆上した真っ赤な顔で、吐き出す息はひどく酒臭かった。男が震える手で構えた銃口は私の額にぴったりと押しつけられていた。
これはもうダメかもと、私は覚悟を決めて目を瞑る。
ダイアナ、ごめんね。役に立たなくて。私もそっちに行くみたい。
心の中で泣き笑いを浮かべる。銃の音が廊下に響いた。ピシャリと、頬に温い液体がかかる。「えっ」と、目を開くと、ドサッと男が私の上に倒れてきた。「ぎゃあああーっ!」と、悲鳴を上げた私は、男の体を押し退ける。廊下に血が広がっていた。撃たれたのは――私じゃない。男の方だ。それも、眉間を打ち抜かれて。
「えっ、えっ!?」
私は混乱して、自分のエプロンや頬についた血を拭う。「いったい何の騒ぎ……ぎゃああああっ!!」と、階段を降りてきたマダムが死体となった男を見て悲鳴を上げる。客室からも続々と人が出てきて私や男を取り囲み始めた。呆然としている私は誰かに腕を引っ張られて立ち上がる。耳鳴りがする。人の声が遠い。グラッと体が傾くのを感じた時、誰かの腕に肩を支えられる。その相手の顔を確かめることもできないまま、私は気を失ってしまっていた。
目を覚ましたのは、温かい部屋の中だ。暖炉で薪がパチッと音を立てて火の粉が散るのが見える。客室だろうか。豪華なベッドの天蓋を見つめて、私は少しの間ぼんやりしていた。その視線を移すと、誰かがベッドの縁に腰を掛けている。後ろ姿しか見えないけれど、男の人だ。蜂蜜のような色のフワッとした髪だ。この人の髪の色――知ってる。以前、あの秘密クラブで私を助けてくれた仮面の人も、同じ色だった。アイリーンも同じ髪の色だ。彼は背を向けて読んでいた本を静かに閉じて振り返る。寝台脇のサイドチェストに置かれた灯りが、エメラルド色の瞳を照らしていた。
(今日は仮面じゃないんだ……)
その顔はびっくりするくらいに、アイリーンに似ている。思わず、名前を呼びかけたくらいだ。
「気が付いた?」
私に話しかけてきたその声は、アイリーンの声よりも低い。首まわりを見ても男の人だとわかる。ジャケットとシャツに、紺色のタイ。それに宝石のタイピンを品良くつけていた。こんなに美形な人、見たことがないと思うくらいに綺麗な顔立ちで、私はしばらく見とれてしまっていた。
「天使が迎えに来たのかも……」
思わずそんな呟きが漏れる。彼は目を丸くしてから、急に口許を押さえて笑い出す。あまりに楽しそうに笑うものだから、私は恥ずかしくなって体を起こした。
「そ、それよりも……私はどうしてここに?」
焦って聞くと、笑うのをやめた彼がエメラルド色の瞳を私に向ける。警戒心を忘れたくなるくらいにその目は優しい。
「気を失ったんだ。覚えている?」
「ええ、それは……あの人、死んでしまった?」
私は袖を無意識に強くつかんで、小さな声で尋ねる。彼は私の肩に腕を回すと、自然な動作で自分の胸の方に引き寄せた。びっくりして硬直する私の頭を、宥めるように撫でてくれる。それが不快でもなくて、安心感を覚える。名前も知らないし、素性もわからないのに、大丈夫だと思えるのはアイリーンに似ているからだろうか。きっとそうだと、私は彼に凭れたまま少しの間目を伏せる。なんとなく、匂いもアイリーンに似てる気がする。
私はふと顔を上げて、相手の顔をジッと見つめた。
「……なに? どうかした?」
「あなた……も、もしかして……アイリーンのお兄様!?」
こんなに似ている人が、赤の他人であるはずがない。私がズイッと顔を寄せると、彼はたじろぐように少し体を後ろに引いた。
「……ああ……うん……実はね。そうなんだ。これは秘密にしておいてくれると助かるな」
視線を泳がせた彼が、苦笑いを浮かべて答える。降参したように両手を上げていた。
私は「やっぱり、そうだったのね!」と、安堵して深く息を吐く。
「それより、君こそどうしてこんなところに? それに、その格好についてちょっと詳しく聞きたいな」
アイリーンのお兄様はジトっと私を見て尋ねる。今度は私の方が動揺する番だった。そうだった。潜入していることはアイリーンにも話していない。
「運良く……この店の厨房で雇ってもらえたの! そうすれば、シェリー=リンドにも近づけるし、うまくいけば話を聞けるかもしれないと思って」
私がそう説明すると、アイリーンのお兄様は頭が痛そうに額を押さえていた。
「あの……アイリーンにはもうちょっとだけ、内緒にしておいてくれない? まだ、何も調べられてないの」
私は彼の顔を覗き込み、小声で頼む。けれど、呆れたような目線を向けられてしまった。
「危ないと思わなかった?」
「お、思ったわ……」
「相談しようとは?」
「だ、だって止められるわ」
「当たり前だ。こんな無茶な計画を事前に知っていたら、妹は全力で君を止めただろう」
「厨房の仕事よ! 今のところ怪しまれてもいないし、うまくいってたわ」
「殺されかけたのに?」
アイリーンのお兄様は私のすぐ横に手をついて、ズイッと近付いてくる。倒れた私の体を、ベッドのクッションが受け止めた。見下ろすような姿勢で、彼は私を見つめている。穏やかな表情が消えて、危うさを感じさせるような光がその瞳に浮かんでいる。
「それは……えっと……思いがけない事態と言うか……でも、シェリー=リンドを助けられたわ。私が部屋に飛び込まなかったら、きっとあの男は彼女を殴り殺していたもの」
「妹は任せるように、君に言ったはずだよ?」
「そうだけど……連絡もくれないんだもの。どうなっているのか、気になるでしょう?」
私は彼の瞳から逃げるように横を向く。アイリーンのお兄様は、「本当に君は……」と呟いて前髪を上げる。その何でもない仕草すらドキッとしてしまって、私は慌てて視線を逸らした。顔がやけに熱い。
「あの……ありがとう……ございます」
小声でお礼を言うと、アイリーンのお兄様は少し驚いた顔をしていた。
「あなたが……助けてくれなかったら、私が死体になっていたところだったから……」
「ようやく、わかってくれたなら、これに懲りてもう勝手に無謀なことをしないと誓ってくれ」
「できるだけ……努力してみるわ。それより、シェリー=リンドは大丈夫だったのかしら?」
彼女も怪我をしていた。今頃は手当を受けているだろうが、傷が残るかもしれない。そうなれば、今のような仕事はできなくなるのではないだろうか。
「その女性なら……死んでいたよ」
眉間に皺を寄せたアイリーンのお兄様の顔を、「えっ」と驚いて見る。
「死んで……た?」
「ああ。君が気を失っている間に、下で騒ぎになっていた」
「でもどうして? 死ぬような怪我は負ってなかったはずよ」
「窓から転落したようだ。今のところ、自殺か、事故か、他殺かはわからないな……」
「転落……」
パニックに陥って逃げだそうとして、窓から転落したという可能性も確かにないわけではない。あるいは、自分で飛び下りたか。男が死んで、館内中騒ぎになっていた。客たちも野次馬のように廊下に出ていたから、シェリー=リンドのことなど気に掛けてはいなかっただろう。そこかしこで悲鳴も上がっていた。だから、彼女がその騒ぎの間に誰かに殺されていたとしても、誰も気付かない。部屋を出入りしている人間がいたとしても気に留めないだろう。それどころではなかったのだから。
「……あの殺された男の人……シェリー=リンドとはどういう関係だったのかしら……」
私は上掛けを握って、独り言のように呟く。酔っ払った客が暴力を振るっていただけ?
「わからないな……今の状況では……」
「警察で調べられると思う?」
顔を上げてきくと、彼は私の顔を見つめてから小さく首を振った。
「いや……警察はおそらく、客と娼婦のトラブルということで片づけるだろうね」
実際、状況からしてそう見える。客は貴族や金持ちばかりだ。騒ぎを大きくしたくはないはず。それは、娼館のマダムも同じだろう。
「これって偶然なのかしら……私の周りで、人が死んでばかりいる気がするわ……」
私は項垂れて、両手で顔を覆う。不吉なことばかり。
「もう、やめておく?」
そうきかれて、「まさか!」と声を上げた。自分の身の安全を考えて、事件がうやむやのまま終わらせるなんて絶対に嫌だ。ダイアナに顔向けできない。
「でも、偶然とは思えないの……なんだか、先周りして証拠を潰されているような……」
「確かに、それは言えるね……」
アイリーンのお兄様も顎に手をやって考え込む。その思案する表情は、アイリーンにそっくりだ。私がついマジマジと見ていると、彼が手を離してこっちを見る。
「どうかした?」
「いいえ。あなたって、やっぱりアイリーンにすごくよく似ていると思って……」
「そうかな?」
「ええ、仕草も表情も……」
「兄妹だからね。子どもの頃から妹はよく僕の真似をする子だったから」
「そうなの……仲が良かったのね」
「そうだね。悪くはなかったよ。ただ、妹の方がずっと勤勉で、僕の方が怠け者だった」
冗談めかすように、彼は肩を竦める。私はつられたように笑った。
「よかったら、名前……教えてもらえる? 私、アイリーンから聞いていないの」
「…………ウィリアムだよ。ウィリアム=ディオノーク」
「私は、ドリス=ディノアよ。初めまして……じゃないわよね。前に、秘密クラブでも助けてもらったから」
「バレていたのか」
「あなたのその綺麗な髪の色と瞳の色はそう忘れられるものじゃないわ」
「それは……ありがとう」
アイリーンのお兄様、ウィリアムはちょっと恥ずかしそうに笑っていた。
「そうだ……これ……何かわかる?」
私はポケットに入れていたものを取り出してウィリアムに見せる。それは、シェリー=リンドが落としていったカメオのブローチだ。ウィリアムは私の手からブローチを取ると、まじまじと見つめる。裏をひっくり返すと、少しばかり眉間の皺が深くなっていた。
「これは?」
「シェリー=リンドが落としていったものだと思うわ。返しそびれてしまったけれど……裏に文字が書いてあるけれど、小さくてよく読めないの」
ウィリアムは立ち上がると、サイドテーブルに置かれていたペンと紙を取る。何をするのかと見守っていると、ウィリアムはブローチの裏にインクを垂らした後、ペタンと紙に押しつけていた。紙にはその刻まれた図案が印刷されるというわけだ。その方が確かに、細かな文字が読みやすい。
『白百合読書会――救済の灯火は、ここにあり。汝が求めるならば、扉を叩け』
そう読めた。
「なにかしら……白百合読書会って……」
「わからないな……」
ウィリアムも心辺りがないのか、首を捻っていた。
「このブローチ、シェリー=リンドに返した方がよさそうね……」
きっと大事にしていたものだろう。洗って、娼館のマダムに渡しておくほうがいい気がした。遺族がいれば届けてもらえるだろう。
私は「何もわからなかったわ……」と、気落ちして溜息を吐く。結局今回も、人が死んだだけだ。
「この紙、僕が預からせてもらっていいかい?」
ウィリアムがブローチの図案を移した紙を手に取りながら訊く。
「ええ、私が持っていても、それ以上詳しいことはわかりそうにないもの。ただし、何かわかったら、私にも教えてくれる?」
「ああ、妹に……そう伝えておく」
彼は頷いて折りたたんだ紙を内ポケットにしまっていた。私はその姿をジッと見る。病気にはあまり見えない。健康そうな肌の色で、痩せてもいない。むしろ鍛えていそうな細くてしまった体型だ。
「えっと……体があまり丈夫じゃないと聞いていたのに、こんなことに巻き込んでごめんなさい」
「…………いや。実はそう悪くもない。人に会うのが面倒なんだ」
ウィリアムはばつが悪そうに苦笑いして、秘密だというように唇に指を当てる。
「そうなの? アイリーンはとっても社交的なのに」
「正反対の性格だからね。だから、色々理由をつけて……引きこもれる方法を探しているんだ」
私はつい、プッと笑ってしまった。こんなに美形なのに、人が苦手で社交の場に出たがらず、仮病を使っているとは。
(でも……確かにこの顔でパーティーに出席したら、きっと大騒ぎになるでしょうね……)
しかもこの人は、公爵家の跡取りだ。ご令嬢たちが飢えた猛獣のように飛びかかっていくに違いない。そんな姿を想像すると、笑い事でもないような気がした。
(もしかして、過去のパーティーでも嫌な思いをしたのかも……)
それなら、理由をつけて屋敷にこもっていた心情も理解できる。
「ここで働くのも、今日でおしまいにするわ……だから、アイリーンにも心配しないように伝えておいて」
「その方がいいだろうね。今日は、送っていくよ」
「いいえっ、いいわ。通りで馬車を止めるから」
「夜中の三時だよ。君を送らずに帰ったことが知られたら、僕が妹に絞め殺される」
そう言われて、私は棚の上の時計に目をやった。「本当だわ。もうこんな時間なの!?」と驚いて、急いでベッドを出る。着替えをして早く帰らなければ、夜中に抜け出したことが叔母様に知られてしまう。そうなったら、田舎に送り返されるだろう。あたふたする私を見て、ウィリアムはおかしそうに笑っていた。




