エピローグ/開演
響き渡る轟音。吹き荒れる暴風。地を割く落雷。天を穿つ噴火。ありとあらゆる災害が、世界を飲み込んだ。
その上で、またラッパの音が聞こえた。その音は、誰もが聞こえた。たとえそれがろう者であっても。耳を塞いだとしても。鼓膜を破ったとしても。たとえそこに命がなかったとしても。この地に存在する肉体に等しくラッパの音が響いた。
誰もが願った。天よ、救い給え、と。
誰もが縋った。天よ、この苦しみから救い給え、と。
誰もが思った。思ったのに、世界は等しく滅びへと進んでいく。
何時間経っただろうか。それは数日だったのか。それすらわからなくなる絶望に、世界が滅びへと向かうには十分すぎる時間が過ぎた頃、噴火による噴煙で塞がれた空にわずかに光が差した。雲の切れ間からこぼれる光は荒廃した地にも平等に届く。
///
「ーーやあ、しばらくぶりだね勇者。いまは元勇者か」
ジョンと女王の前に、翼の生えた裸の子供が現れた。頭上には輝く輪っかがあり、誰が見てもそれが天使だとわかる。絵に書いたような姿。腰には、何かが紐で括られていた。
「な。なん……で」
救ってくれないの、と。女王は声にならない声を上げる。体の感覚はもうほぼない。霞んだ目はもう勇者の顔を見ることもできない。冷たい手が、胸に開いた傷と勇者ジョンの手に挟まれている。
死屍累々となった世界。勇者と女王の周囲に生きているものはいない。みな息絶えた。どこかには運よく生きている者はいるだろう。けれど、手の届く範囲では、この二人を置いて他にはいない。
「なんでって。ーーなんで?」
その声は、心底わからないという言葉を吐いた。
「は?」
勇者が思わず声を漏らす。なんで。その言葉の意味を理解するよりも先に、彼の感情は怒りへと変わった。
「なぜだ!? 魔王からの迫害と侵略からようやく解放されたというのに! 神はなぜこんなにも人に試練を与える!?」
勇者の言葉は人が思うことを代表していたと言ってもいい。誰もが思う。なぜこんなにも苦しまなければならない。ようやく救われ、平和で、完璧な世界になろうとしていたのに。これでは魔王がいたときのほうがましだと思うほどの大惨事。それを理解できないと吐かれれば、勇者の怒りは誰もが理解できる。ーーただ一つを除いて。
「ああ。そういうことか。簡単だよ。世界にーー完璧なんていらない。代謝のない世界は死んだんだ。それが形になっただけだよ」
なぜ、と。勇者が口にしようとして天使が手で遮る。届かないはずの距離。なのに、天使が手を伸ばした瞬間に勇者の喉から声が消えた。
「喚くなようるさいな。ボク/ワタシがわざわざ説明してあげてるんだ。そのまま消してもいいけど、これも仕事なんだから大人しくしてよね」
かすれた息を漏らす女王を抱えた勇者が声にならない声を殺す。噛み締めた歯にヒビが入る。目の血管が切れたのか充血している。それすらを侮蔑する。
「世界にさ、完璧なんて求めてはいけない。世界ってのは積み木さ。工夫して挫折して、ようやく高く高く積み上げてなお、改良も改善もある。トライアンドエラーが真理なんだよ。それがなんだ。完成された平和? それらをずっと眺めないといけないのかい? そんなの時間の無駄じゃないか」
それに、と言葉を続けた。およそ、人が聞くとは思わなかった。天使がその言葉をするとは思わなかった、天啓を。
「そんなの、人が望んでも、■が許すわけがないじゃないか」
天使が腰に携えたものを手に取る。木なのか石なのか、材質もわからないそれは、まさしくラッパだった。
「そうだね、次の席は、――そこのもので代用しよう」
天使の目の先は女王に向かっていた。けど、彼女の命は今にも消えようとしている。勇者ジョンが席という言葉を理解するよりも早く、天使がラッパを吹いた。
耳を塞ぎたくなる雑音。思考を奪う轟音。動きを縛る振動が身体を叩く。その衝撃が女王の体を蹂躙し、傷穴から血が吹き出た。
「や、やめ……」
その時、勇者の目にはありえないものが映る。ほぼ死に体だった女王の腹が大きく膨れた。そこにいるナニカは、勇者にはすぐにわかった。
「やめ、ろっ!! なんで!? それは俺の――」
「いままで気付いてすらいなかったくせに。それに、君のじゃあない。だって君たちはまだ純潔じゃあないか」
風船のように膨れた腹。触れば破裂しそうなほどの中に、たしかに胎動があった。
「なあに。心配しないでも、次の勇者はうまくいくさ。君には期待していたけど最後に躓いた。だから、――」
「――もういらない」
破裂音とともに聞こえた産声も共に世界は死に絶えた。
「さあて、次はどの子に世界を救わせようか。■は万能だ、誰だって愛してくれるよ」
命が絶えた世界に、ラッパの音が響き渡った。




