4話 ラソウコロニーと竜のおじさん
到着したコロニーという場所は、様々な紋様が刻まれた不思議な壁に囲まれていた。
「なんだか不気味な場所ですね」
「ここラソウ区域は哲学者や夢想家が集まる場所だからね、変な連中の変な場所っていうので有名だから馴染めなくて当然よ」
そう言って、晴楽さんは門らしき場所に近づいて、その側にあるパネルにスマホみたいなものを近づけた。
すると、3m程度の高さの門が動き出し、コロニーが僕たちを中へと入れる様に入り口を大きく開いた。
「まあ見ての通り、日本人には馴染めない場所よ」
中の印象は、知識の無いボクから言わせるとアジアの田舎って感じるものだった。
最初に目に入るのは大きな広場で、その中心にある形容し難い形をした像はどうやっても視線をそちらに固定されるほど存在感を放っていて、その下の台座にはアジアンテイストな謎の生物の壁画がぎっちり描かれている。
そして、その広場では市場の様なものが開かれている様で、使い古された木製の屋台にボロボロの布が日除け代わりにかけられている。
住民らしき人々も街の雰囲気と同じく、さまざまな民族衣装を纏って慎ましく交流したり歩き去っていく。
「見ての通り居心地のいいコロニーじゃないわ、というわけでギルドで手続きをしたらさっさとこの場所から離れましょ」
そう言って、晴楽さんはボクの手を引いてどこかへと歩き出す。情報量の多さに頭がパンクしそうなぼくはそれに素直に従って歩き出した。
………………
到着した『ギルド』と呼ばれる場所はボクの頭を更にショートさせた。
この場所に来るまでに景色を眺めて、その奇妙ながら趣きのある街並みに楽しさを感じてやっと慣れてきたのに、ギルドっていう施設はその雰囲気を完全に壊していた。
「この明らかに周囲の雰囲気から浮いてるハイテクな箱みたいな施設がギルドよ、中も見た目通りだから腰抜かさないでね」
ギルドと呼ばれる施設は、元の世界でも町外れに建てられている大きな企業が管理していそうな研究施設って感じの白い箱のような建物だった。いやボクもそんなものを元の世界でよく見てたわけじゃないけど、外観ではなにしてる場所か分からないけど少なくと中はハイテクなんだろうなって分かる感じがこの建物からも感じられた。
「すごい変な建物ですね……これ入っていいんですか?」
「もちろん、というか入って貰わないとみんなが困るし、というわけでどうぞ」
そう言って豪華なパーティの歓待者みたいな動きで中に入る事を勧める晴楽さん、なんで彼女がボクを先に入れようとしているのか少し疑問だけど、そこを突っ込むのも変な感じなので勧められるまま、恐る恐る中に入る。
建物の入り口は自動ドアらしく、前に立つとドアが開き、普通に生活していたならば嗅ぐことのない、こういう特殊な施設特有の表現不可能な不思議な匂いが施設内から溢れ出してボクの鼻腔をくすぐる。そんな不思議な感覚に意識を持っていかれながらボクは足を動かして中に入る。すると……
「えっ?うわぁっ!?」
突然ゲートが降りてきてぼくを取り囲んだ。
(騙された……!?)
そう思って晴楽さんを見ると、彼女は「ごめんね」と言いたそうな顔で謝る仕草をしている。
そうこうしているうちに、赤いセンサーのようなものがボクの全身をくまなく調べ上げてすぐさま引っ込む。
『未登録の生体を認証、危険物ナシ、登録希望者は奥のカウンターへお進みください』
ゲートが開いて何事もなかったかのようにボクを前へ進める音声が流れる、その状況に立ち尽くすボクの肩を晴楽さんが掴んできた。
「ひゃう!?」
「なにその声、ごめんけど先に私を入れさせて」
「いやいや!なんですかこれ!?こんなのあるなら先に教えてくださいよ!」
「そうしたいけど、これは抜き打ちで新人を危険生物かどうかを検査するものだからね、こうするのが私たち解明者の義務なの」
あんまり悪びれる様子もなくボクにそう伝える晴楽さん。正直良い気持ちはしないけど義務なら仕方ないか……。
「さ、それより受付をしましょ、まずはこれをしないと働くことはおろか、住む場所すら確保できないわ」
そう説明しながら、晴楽さんがボクを先導する。
奥のカウンターにはSFチックな制服を着た人達が忙しなく動いていて、そのカウンターの周囲には身長がぼくの半分くらいしかないのに全身を威圧感のある鎧で武装してる人や、角が生えた鬼みたいな見た目なのにTシャツ姿のラフな格好をしている人など、様々な人が手続きをしたりベンチに座って待っていたりしていた。
「こんにちは、すみませんヒューマンの流されモノの新規登録をお願いしたいのですが」
そんな不思議な光景は慣れているのか、晴楽さんは一瞥すらせずにカウンターの奥でお仕事をしている職員の一人に話しかける。
「なんだい晴楽、今度は新入りを見つけてきたのか、ようこそ、ストレンジフィールドへ」
晴楽さんと顔馴染みのような口ぶりで出てきたのは、紫に近い青色の体色をした恰幅の良い大男だった。ナマズのような尻尾と長い一対の髭はこの男性が人間ではないことを表していた。その姿にボクは一瞬身構えるけど、よく見たら厳ついというよりも可愛いと表現した方が適切なほど優しい顔つきをしていて、その顔でボクに優しい笑顔を向けたのを見て、フッと緊張を解いた。
「びっくりしたかい?みんなは受付嬢と呼ぶけどカウンターにいる職員の正式名称は『対応職員』って言うんだ、だから男もいるんだよ」
「え、いや、その……人間じゃないからびっくりして……」
「ランプリさんのその姿にびっくりしたんでしょ、私は受付嬢なんて単語出してないし」
「あっそうか、そういや新人さんだったね。いやあ失敬失敬、僕はヴァーノミという種族で人型の竜族なんだ、びっくりさせて申し訳ない」
ランプリという名前で呼ばれた男の人は、「ハハハッ」と笑ってボクに頭を下げる。
「い、いえ!ボクの方こそ失礼な態度をしてしまいました!少しびっくりしましたが、優しそうな方でよかったです」
「じゃ、改めて紹介するわ。この人はランプリさん、私がこのコロニーに来てからずっとお世話になってる方よ、あなたが感じた通り良い人だから安心して」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……それなら僕以外の人に頼んだ方が良かったんじゃないかい?僕はこの見た目だから話しにくいだろうし、もっとこの世界を詳しく説明できる職員を紹介してあげるよ」
「大丈夫です、ランプリさんは優しい方だと分かったんで」
ランプリさんは優しい人のようでまだ色々気にしてくれたけど、晴楽さんの言う通りこの人に任せるのが安心できそうだ。
「そうかい?ならば僕が対応しよう、新人さんは分からないことだらけだろうからね、なんでも答えてあげるよ」
そう言って、ランプリさんは姿勢を正してボクの方を真っ直ぐ向いた。
「今回の業務を担当しますランプリと申します。早速ですがご質問はなんでしょうか」