三段 三人の晴れ姿㊀
「準備はいい?」
「オッケーです!」
さくやの音頭に千代がハツラツと応えた。
「では、ジョギングに出発!」
休日。二人が葉桜となった並木道を駆け出すのには、理由があった。
二体目の悪霊以来、新たな悪霊が現れておらず、二人は気の緩みが生じていた。
この日の朝、さくやの家に遊びに来た千代は、スマホで撮った写真を見せる。
「見て見て! わたし、いっぱい自撮りしちゃった☆!」
「わぁ、カグラ可愛い!」
スマホには変身した千代―カグラが、ピースをしたり、ぶりっこポーズをした写真があった。
他にも鏡越しに全身を撮った写真。決めポーズの写真。寝転がる写真。スカートをたくし上げた写真(千代が「わっとっと」とスワイプした)など、ざっと百枚はあった。
「さくやちゃんも巫になって写真撮ろうよー」
「私はちょっと……恥ずかしいしっ」
さくやは遠慮した。巫の衣装はちょっと破廉恥で、未だに自分でも、ちゃんと見れていない。
しかし、折角の晴れ姿を押さえて置きたい気持ちもあった。
「もー。じゃあ二人で撮ろ! さぁ、変身変身☆」
「う、うん。二人でなら、いいかな……」
千代に促され、さくやは覚悟を決めた。
しかし、油断し切っている二人に、おサキの雷が落ちた。
「ばかもん! 何を浮かれておるのじゃ! 変身は凡そ、一日に一回しかできんと教えたであろう! そんな事に使うでない!」
おサキは二人を未熟な巫だと言って、くどくど説教を始めた。
「わしも尊も……巫はもっと救世主のような、凄い存在じゃと思っておったのに! こんな体たらくな者達がそれじゃとはっ! ……やはり、そなた達には任せておけん! 三人目の巫を、一刻も早く見付ける必要がある!」
そう言っておサキは、最後の天貝紅を開ける者を探しに、出掛けて行った。
怒られた二人は仕方なく写真撮影を中断し、次の戦いに備え、一先ずはトレーニングをする事とした。
「まずは体力づくり!」
さくやはそう考えた。体力が付けば長く戦えるし、浄化技を使っても平気になれるかもしれない。
しかし、二人の運動経験の乏しさが直ぐに露呈した。
「きゃ!」
ジョギング開始十メートル程で、千代が花弁に滑って転んでしまう。
「大丈夫っ!?」
「ふえーんっいたいよー! お兄ちゃーんっ!」
「こ、これくらいで!?」
膝を少し擦り剥き、泣きじゃくる千代。さくやはあせあせしながら、近くの公園の水道でハンカチを濡らし手当する。
「泣かないでよぉ。ほらっ、痛いの痛いのー、飛んでゆけ!」
「さくやちゃん…………古い……」
「そんなぁ! 今も現役でしょ!?」
「古い」と切り捨てられてしまうのは、古い物好きのさくやには少々、刺さる。
「!」
何時の間にか、二人の側に女の子が一人立っていて、さくやは顔を上げた。
女の子は黒髪のショートヘアで、風間中の制服を着ている。
「大丈夫ですか? あたし絆創膏持ってますけど……」
「あ、ありがとう」
女の子は二人に目を合わせず絆創膏をくれた。さくやは千代に貼ってあげる。
「なにしてたんですか?」
「ちょっとトレーニングで走り込み……」
「ふーん……」
女の子は二人の服装を一瞥する。
「お二人共、どう見ても運動する格好じゃないですよね?」
「えっと……まぁ、それもそうだね」
二人はおサキに発破を掛けられ、急遽、トレーニングを始めたので、私服のミニスカート姿。靴もパンプスだった。
「真面目にやるなら、せめてズボン穿いたらどうです? 先輩達。……パンツ見えてましたし」
女の子は冷笑すると学校の方へ去って行った。
「言われちゃったね……」
「い、一年生だったの!?」
年上のメンツを潰されたさくやと千代は、出直す事にした。
――巫として……いえ、尊さんの力になりたいのなら、あの子の言う通り、真面目に取り組まないとっ!
さくやが反省していると、物陰から二人を呼ぶ声がした。
「さくや、千代……!」
「おサキ、どうしたの?」
「そなた達を立派な巫に鍛え上げる、都合の良い場所を見付けたのじゃ!」
おサキは二人の前に出て来ると「付いて参れ」と尻尾を振る。千代が聞いた。
「三人目の巫を探しに行ったんじゃなかったの?」
「そうじゃったが、そなた達をほって置いたらロクなものにならんからのう。わしにも責任がある!」
「ふふっ、お節介なんだね。おサキも」
さくやがくすりと笑った。
二人はおサキの後を付いて行った。千代は「いきなり厳しいトレーニングはやめてね」と心配そうだ。
目的地は一軒家だったが、屋根にデカデカと看板が掲げてある。
「服部忍者道場?」
さくやが看板を読んだ。千代が「ニンジャだってニンジャ!」と明るくなる。
入口には忍者修行、壁上り、綱渡り、手裏剣投げ、吹き矢、遁術……とある。
「忍者は常人を超越した術を体得しておる。巫の修行には打って付けの筈じゃ!」
おサキが胸を張って言ったが、さくやは小首を傾げた。
「どこでここを知ったの? こう言うのって……」
「駅前でカタコトの奴が話していたのを耳にしたのじゃ。ここは有名らしい」
「やっぱり観光客向けか……」
折角、案内してくれたが、おサキは勘違いをしている。よく見ると体験料金も書かれていた。
さくやが、本物の忍者ではない事を、どう説明しようかと考えていると、小学生くらいの男の子が道場から出てきた。おサキが水晶に変身する。
「ぬっ? おぬしら!」
男の子は鋭いガンを飛ばした。おサキを見られたかと思い、さくや達はドキッとする。
「さては道場の入門者でござるな!」
「あ、いえ私達は違いま―」
「父上ー! 入門者でござる!」
さくやが否定し切る前に、男の子が家の中に叫んだ。すると、まさしく忍者の格好をした男性が現れる。
「来たか来たか! おっ、女の子が二人! くノ一志望でござるな! さぁ、入った入った!」
「あのっ私達ちょっと勘違いで。お金も持ってないし……」
「大丈夫! 中学生以下は初回無料でござるぞ!」
さくやは千代に「どうしよう?」と視線を送ったが、千代は瞳を輝かせている。
「ハートの手裏剣♡飛ばそう! 知ってる?」
「和HOO四十七でしょ……」
「禁じられし恋心♪ 胸の内に忍ばせてー♪」
トキメク千代と「みっちり扱いて貰うのじゃぞー!」と言うおサキに背中を押され、さくやは忍者道場へ入門させられた。