二段 キーワードは和HOO!㊃
「あぁっ……」
ナデシコは蜘蛛悪霊の糸に全身を絡め取られ、身動きできなくなってしまった。
「このままじゃ……食べられちゃうっ!」
そう思った千代は勇気を振り絞り、枝を拾って糸を避けながら、ナデシコの元へ向かおうとする。
「ち、千代ちゃん来ちゃだめ!」
片目を開いたナデシコが気付いて叫ぶが、千代は「待ってて、さくやちゃん!」と退かない。しかし、普通の蜘蛛の糸より遥かに丈夫な糸を払い退けられず、立ち往生してしまった。
「くっ、こうなったら一か八かじゃ! そなた、天貝紅を持っておるな!?」
糸に絡まり打つ手のないおサキが叫んだ。
「……貝? あっ、これのこと?」
「そうじゃ!」
ナデシコが「どうして千代ちゃんが持っているの!?」と聞いたが、おサキは続ける。
「それを開くんじゃ! そなたに素質があれば、巫に変身できる!」
「変身!? 巫って……さくやちゃんみたいな!?」
千代は牡丹の花が描かれた天貝紅を見つめる。仔細はよく分からないが、これを使えば憧れの和HOO四十七士のような、可愛い姿になれるらしい。
それに―
「それになれば、さくやちゃんを助けられる!?」
「……うむ……!」
確約はできないが、このままでは千代自身も危ないのでおサキは頷いた。ナデシコに夢中だった悪霊が、千代に気付き振り返る。
「グモ!?」
「大きな蜘蛛……怖いけど……。わたし、さくやちゃんを助けたい!」
千代は願った。それは、さくやが尊の力になりたいと願った時と同じ、心からの想いだった。
千代の持つ天貝紅が輝きを放った。
「あの光……!」
「やったぞ!」
ナデシコとおサキは奇跡が起きたと確信した。
千代は覚悟を決め、天貝紅を開いた。
「巫、舞初め―夏まつり!!」
瞬間、千代は光に包まれ、暖かい空間で一糸纏わぬ姿になる。
「きゃっ!」と思わずカラダを隠したが、不思議な力に導かれるように手足を広げる。
すると黒髪が解かれて長く伸び、サイドが金の髪飾りで纏められる。
二の腕にベルト巻かれ、そこから袖が伸びる。
光の衣を覆い、それが着ていた巫女装束に似たノースリーブの白い小袖と、ミニスカート丈の緋色の袴に変化した。
唇に紅を差すと、天貝紅は袴の帯に取り付けられる。
光の世界が消えると、千代は新たな姿で地に舞い降りた。
「焦がれる勢炎! カグラ。ご覧あれ!!」
千代は変身し、巫―カグラになった。
「わぁ! やったー! さくやちゃんのとは違うけど、この格好も可愛い♡! どこかに鏡は……ない!?」
カグラは自分の姿に大満足のようだ。くるくる回って決めポーズを取る。
「し、下着も変わってる!? これって紐パン?」
恥ずかしがりながらも、カグラは気になってミニスカートをたくし上げる。彼女の褌は小さなリボンがあしらわれ、こちらもナデシコのとはデザインが違った。
「やったね千代ちゃん!」
「や、やはり、わしが目を付けただけの事はあったわ!」
ナデシコとおサキが喜んでいる。
一方、蜘蛛悪霊は餌が増えたとばかりに、爛々とした目でカグラを見ている。
「ナンダ? モウイッピキ、ウマソウナヤツガ……!」
「千……カグラ! 気をつけて!」
ナデシコが警告する。
二人目の巫が誕生したとはいえ、状況は良くなかった。周囲には、束になれば巫の力でも千切れない糸が張り巡らされ、カグラは迂闊に動けない。
「ど、どうしようっ!?」
「こうなれば、これも一か八かじゃ! カグラ、浄化技を使うのじゃ!」
考えている暇はなかった。既に蜘蛛悪霊はカグラに狙いを定め、糸を吐き掛けようとしている。
カグラは言われるがまま技名を唱える。
「巫、演舞―」
カグラがくるり回ると、周囲に炎が燃え上がり、熱気でミニスカートが反重力状態になる。
「めらめらの舞!!」
悪霊は糸を発射したが、放たれた火炎があっという間に焼き尽くす。火炎は、そのまま糸を導火線のようにして悪霊へ向かう。
「グモオオオォ!!」
悪霊は聖なる炎に包み込まれ浄化されていく。
「ゴ、ゴクラク……ゴクラク…………」
そして気分よく天に昇っていった。
「や、やったぁ……!」
無我夢中で技を放ったカグラが、息を切らしながらも胸を撫で下ろす。
炎が周囲に波及して糸を焼き切り、ナデシコとおサキが解放された。
「助かった……。カグラ、ありがとう……!」
「ふー。結局、天貝紅を開けられるか否かしか素質の判断がつかん。こっそり置いてきたのが役に立ったわ……」
おサキは試して良かったと安堵した。同時に達成感が込み上げる。
「二人目の巫が見つかった……! わしはこれで一安心じゃあー……!?」
しかし、パチパチ燃える音が、おサキの気分に水を差す。
「カグラ……袖っ! 袖っ!」
「え? わっ、熱熱熱っ!」
ナデシコに言われて、カグラは自分の袖の引火に気付く。火を消そうとパニックになり、ブンブン腕を振る。
おサキは反対に冷静になった。
「うーむ……。まだ安心できんかもしれん……」
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無事に安倍家へ着いたさくやとおサキは、尊に千代を紹介した。
「そうか。もう悪霊はこの町のどこに現れてもおかしくないのかも知れないな……。千代ちゃんだったね。ありがとう、助かったよ」
「それ程でも!」
千代は尊にスマイルで応えた。
「さくやもよく頑張ったね」
「わ、私は全然役立たずで……っ。次こそはご期待に添えてみせます!」
さくやは真っ赤な顔になりリベンジを誓った。
千代はさくやの様子から、何となく彼女の好きな人が誰で、どうして巫をしているのか勘づいた。
「新しいことに挑戦するって、巫のことだったんだね」
「うん……すっごく大変なお役目。でも私、千代ちゃんとなら頑張って行けそう。これからよろしくね、千代ちゃん!」
千代は友達として、素直に彼女を応援したいと思った。
「よろしく、さくやちゃん! わたし、これから二人が上手くいくように、いっぱい神様にお願いするね!」