二段 キーワードは和HOO!㊂
さくやは鳥居を潜って境内の外に出た。
その時、突然、強風が吹いた。さくやは咄嗟にミニスカートを押さえる。
「きゃっ。……この風!?」
春なのに嵐を呼ぶような冷たい風。おサキも異変を感じ、水晶から飛び出してきた。
「くっ、この気配! もう次の悪霊が来るというのか!? やはり結界が弱まっているのは間違いない……!」
「おサキ、どうする!?」
「さくや。すまんが、またそなたの力に頼る事になりそうじゃ!」
「わかったよ。私、頑張って戦う……!」
「―きみの胸焦がす恋の花♪ 燃えてー萌えてー悶えてー求めてー♪ 太鼓叩いて応援します♪」
風が吹いてきたので、千代は広げた御守りを社務所に仕舞った。気の合う友人が出来て、ご機嫌な様子だ。
「あれ?」
その時、砂利の上に艶やかな物が落ちているのに気付いた。御守りかと思ったが、家では扱っていない物だ。
花の絵が描かれている、とても綺麗な貝殻。
「もしかして、さくやちゃんの?」
「この風は恐らく、異界との境界に裂け目ができて空気が乱れるのが原因じゃろう! 悪霊が現れる予兆じゃ!」
さくやとおサキは、吹き荒れる強風の中心部を目指し、鳥居の脇に広がる森の中を急いだ。こんな所に悪霊が現れれば、火の宮神社に危険が及び兼ねない。
「あれじゃ!」
草や葉っぱだらけの地面に稲妻が走り、おサキが言った。現世と異界との境界に亀裂が入ると、そこから黒い煙と共に悪霊が這い出てきた。
「グモオオオオオオオオオォ!!」
今度の悪霊は巨大な蜘蛛の姿だった。
毒々しい黒い身体。細かな毛がびっしりと生えた八本の長い脚をカサカサ動かす姿に、さくやは鳥肌が立った。
「さくや! 悪霊とて意図して現世に来ている訳ではないのかもしれん! 封印の弱い部分に入り込むのじゃろう! 混乱しているうちに始末すんじゃ!」
「わかった!」
さくやはカバンを置き、天貝紅を取り出した。
「行くよ―」
千代はさくやを追って石階段を急ぎ下る。
さくやの姿はもうなく、忘れ物を渡せるか千代は心配になったが、その姿は思わぬ場所で見付かった。
「!」
石階段の左右は木々の生い茂る森だが、その中でセーラー服の紺色と赤いスカーフが目に付いた。
「さくやちゃん? どうしてあんな所にー」
その時、森からさくやの声が届く。
「巫、舞初め―春うらら!!」
さくやが変身する。
光の世界で裸になり、髪型が変わり、鮮やかな振袖を纏うが、傍目からは、光に包まれると裸のシルエットが浮かび、輝きが消えると、巫の姿に一瞬で変わっている。
「色めく桜花! ナデシコ。参ります!!」
ナデシコは二度目の変身を遂げた。しかし、やっぱり派手で露出が多いこの格好は小っ恥ずかしく、家でこっそり変身して、慣らしておけば良かったと後悔した。
「す、すごいー! さくやちゃん! なにその姿!?」
「!!? 千代ちゃん!? うそっ、見てたの!?」
ナデシコは千代に見られていた事を知り、フリーズした。
「今のどうやったの!? 可愛い♡! 和HOO四十七士みたい!!」
「千代ちゃん……っ。これは……その……あの……」
動揺するナデシコに反して、千代は憧れのアイドルを目の前にしたかのように喜び、ピョンピョンしている。
「ナデシコ! 誤魔化すのは後じゃ! 今は悪霊を何とかするのじゃ!」
「狐さんだ! あれー喋ってるっ!?」
警告するおサキの存在に、興奮して森の中まで入って来た千代が驚いた。
しかし「ここは何処だ?」と言った様子の悪霊にも気付き「きゃああああああっ、なにあの蜘蛛ーっ!!」と悲鳴を上げた。
「グモモモモ!!」
悪霊も明らかに目立っているナデシコを見て、蝶々を見付けた蜘蛛のように狩人の目に変わり、近付いて来た。
「千代ちゃん! 危ないから逃げて! 後、私がこんな格好してるのは、な、内緒にしてね!!」
体面を気にしつつ、ナデシコは悪霊に立ち向かう。
巫の能力は三つ。浄化の力は悪霊を祓えるが、もの凄く体力を消耗してしまうので、失敗が許されない。加護の力は怪我をしないが、痛みは感じてしまう。
やはり、この姿の強みは身体能力の強化だろう。
「ごめんなさいっ!」
「グモッ!」
ナデシコの強烈なビンタが、蜘蛛悪霊を張り飛ばした。
「ばかもん! ちゃんと拳を握らんかー!」
「そんな暴力的なことっ、私には……」
おサキに怒られナデシコが言ったが、中途半端な攻撃の所為で悪霊は直ぐに起き上がる。
怒った悪霊は、ナデシコに向かって糸を吐き掛けた。
「わっ!」
ナデシコは咄嗟に躱す。木花さくやでは完全にアウトだったが、巫の脚力が彼女を助けた。
「そ、そうだよ! 折角の力、上手く使わないとっ!」
ナデシコは脚力を活かして、森の中を高速で動き回る。蜘蛛悪霊は次々と糸を吐いたが、捉えられない。
「すごい、さくやちゃん! そんなに足速やかったんだ!」
素の実力だと勘違いした千代が感激している。おサキも順応し始めたナデシコに檄を飛ばす。
「いいぞ、ナデシコ! その調子で悪霊の注意を引くのじゃ! その間にわしが尊を呼んで来る! それまで耐えるのじゃ!」
「はい! その役、承りました!」
ナデシコは「これならいける!」と自信を持った。
ジョギングくらいのつもりで走っても、相当なスピードが出る。胸がふるふるして裾がめくれるのが欠点だったが、このまま悪霊を翻弄し続け、尊の魔法陣で動きを封じて貰えれば、浄化技を確実に決められる。
「ああっ!」
しかし、おサキが失敗った。
「なんじゃ、この糸はっ!? し、しまった、絡まった!」
おサキは、撒き散らされた蜘蛛の糸に突っ込んでいた。取ろうともがくが、糸が橙色の毛に次々と引っ付き、やがて空中で足をバタバタさせるだけになる。
「おサキっ!」
ナデシコは助けに行こうとしたが、痺れを切らした蜘蛛悪霊が飛び付いてきた。
「わあっ!」
咄嗟に飛び退いたが、こちらも空中で振袖に糸が引っ掛かる。何もないように見えたが、何時の間にか蜘蛛の糸が、木や枝の間に張り巡らされていた。
「きゃっ! ああっ!!」
ミニスカートにも糸が引っ付き、ナデシコが落下するとめくり上げられる。
「ナデシコっ!!」
「さくやちゃんっ!!」
糸に支えられ途中で落下が止まると、ナデシコは両手を挙げた格好で、宙吊りになってしまった。
「グモォオオオォオオオォ!!」
獲物を捉えた悪霊が興奮している。
「ちょっとっ、見ないで……っ!!」
褌、丸見えのナデシコが、余りの恥ずかしさに悶える。なんとか振り解こうとジタバタしたが、胸がゆさゆさするだけで脱出できない。
「グヘヘへ!」
征服するように、悪霊が糸をナデシコの全身に浴びせる。
「うっ……」
糸が顔に掛かりナデシコは反射的に目を瞑った。
「うそ……。やられちゃった…………っ」
千代は衝撃の光景を前にして立ち竦んだ。