二段 キーワードは和HOO!㊁
火の宮神社は風間町の北の小高い場所にある。さくやはカバンを後ろ手に持って、境内の長い石階段を登った。
「家が神社なんて、ちょっと憧れるよね。私の家なんて、すごく普通の3LDK」
「わしは日当たりの良い縁側が一番じゃのう」
おサキとほのぼの話していると、社の屋根が見えてきた。すると、上から軽快なリズムの歌声が聞こえてくる。
「―合格祈願♪ 恋愛成就♪ 悪霊退散♪!」
「悪霊退散!?」
さくやは思わず声を出した。
参道に着くと、巫女さんが箒を手に石畳を掃く、絵に描いたような光景があった。
「こんにちは、火宮さん」
「こんにちは。えっと、木花さんだよね? D組の」
巫女さん―火宮が明るく言った。
火宮は黒髪ぱっつんをおさげにした「美しい」と言う言葉より「可愛い」と言った言葉が似合う女の子で、平均より少し背の低いさくやよりも、更に背が小さい。
「参拝ですか?」
「うん。新しいことに挑戦するから、それの、うーんと……必勝祈願に!」
さくやはチラリとカバンのおサキを見て言った。
水晶の中のおサキは、天貝紅を注意深く見ていたが、これと言った変化はない。
「どうぞどうぞ! いっぱいお願いしていって!」
値踏みされているとは露知らず、火宮さんはにこやかに拝殿を案内してくれた。
さくやは鈴を鳴らしてお賽銭をし、二礼二拍手一礼する。おサキも同じく拝む。
――巫が無事に務まりますように……。仲間の巫が見つかりますように……。舞踊が上達しますように……。お抹茶が美味しく点てられますように……。お花を美しく生けれますように……。綺麗な音色を爪弾けますように……。書道を極められますように……。そ、それからっ! ―
さくやは、流石にお願いの数が多すぎたと思ったが、最後の願掛けには力が入った。
「おみくじありますよ♪ 御守りも見て行って!」
「わぁ、綺麗だね!」
社務所で売っている御守りは色取り取り。和物が好きなさくやは、ついつい欲しくなった。
「ど、どれにしよう……」
「必勝祈願はこれとか、これとか♪ それともやっぱり、縁結びのがいいのかな?」
「うん……」
巫の件で願掛けに来たさくやだったが、やはり一番、叶って欲しいのはそこだった。
「あれ? 火宮さん、どうして私に縁結びを進めるの?」
「うちの学校の生徒が来ると、大体、合格祈願か恋愛成就で来るの。それにわたし、実はちょっと木花さんのこと知ってて……」
火宮さんは、ごめんねと手を合わせた。
「好きな人がいるって……ちょっと有名だから」
「なぜっ……そのことが……っっ!?」
さくやは度肝を抜かれた。しかし個人情報の出所には、直ぐに検討が付いた。
――あの二人……人前でスカートめくったり、大きな声で話すんだから……っっ!
「ごめんね。でもわたし、木花さんのこと応援してるよ!」
火宮の袴の色に負けないくらい、さくやは顔が真っ赤になったが、結果的に欲しい縁結びの御守りを、素直に買う事ができた。
「―火宮さんは何時もお家のお手伝いをしているの?」
板に付いた巫女さんっぷりに感心して、さくやが言った。
「うん、暇な時にはね。本当の事を言うと……わたし、この格好をするのが好きなんだ!」
火宮が答える。さくやは賛同した。
「わかる。可愛いよね赤い袴!」
「でしょ! でしょ!」
共感を得られた火宮は、嬉しそうにくるくる回って見せた。
「実はわたし、アイドルグループ和HOO四十七士の大ファンなの!」
「ああ! あの人気グループ!」
さくやはニワカだが、そんなレベルでも国民的アイドルグループ、和HOO四十七士の事は知っている。和のイメージを売りにしていて、着物風の衣装で歌やダンスを披露する女性アイドルグループで、CDオリコン一位を取ったり、イベントチケット即完売は当たり前だ。
「だから、さっきの歌……」
「無病息災♪ 商売繁盛♪ 交通安全♪ 合格祈願♪ 恋愛成就♪ 悪霊退散♪!」
火宮は素早く、人気曲を歌ってみせた。ダンスも完璧だ。
「みんな一緒に、和っ―」
「HOOOOOO!」
さくやは有名なコールアンドレスポンスに応じた。
「上手、火宮さん! 本物のアイドルみたいだね」
「本当? わたし、憧れてるんだ!」
火宮は火が付いたように、和HOO四十七士のベストソングを歌い始めた。
「夜空を焦がす打ち上げ花火♪ きみの胸焦がす恋の花♪ 燃えてー萌えてー悶えてー求めて―」
「おいっ……さくや……!」
「! なあに? おサキ。ああ、巫?」
おサキに声を掛けられ、さくやは当初の目的を思い出した。
「和風要素は充分だよ。四十七士の衣装って純和風じゃないんだけど、それが寧ろ巫っぽいし……」
「切腹しそうなアイドルの事などよい! あれを聞くのじゃ!」
「あれってなあに?」
「何って、褌じゃ褌じゃ! 普段はフリフリでも、袴なら穿いておるかもしれんじゃろ!」
さくやは吹き出しそうになった。
「き、聞ける訳ないでしょっ、そんなこと!」
「いいから聞くのじゃ! やはりこれしか判断材料がない!」
「絶対、アテにならないと思うけど……」
さくやは可笑しなミッションを与えられてしまった。
火宮に気持ち良く歌とダンスをしてもらった後、さくやは聞き出す手段を探る。
「あ、あのさ……火宮さん。……その……あの……ふー」
「ふ?」
「普段、私っ。習い事で着物を着る機会が多いんだけどっ……その、巫女服の場合はどうなのかなぁー、って……」
キョドりながらも、何とか不自然ではない聞き方に辿り着く。
「ほらっ、下着。私は着物の時は着けないって習ったから……着物の時は着けてないんだけど……っ。火宮さんはどうです?」
「わたし? わたしはこの格好の時、下は穿いているけど……」
「そ、そうなんだ。ありがとう」
さくやは「これでいい?」と、おサキを見るが「それが褌かどうか分からんじゃろう!」と怒っていた。
――こ、これ以上はムリー!
さくやは水晶を手で覆い隠してギブアップした。
「―木花さん。よかったらお茶でも飲んでいかない?」
「ごめんね。私、これから茶道の稽古なの」
「わぁ、本格的。それで着物を着るんだ。頑張ってね!」
火宮の声援を受け、さくやは神社を後にする為、石階段を下る。
「御守り、ありがとう火宮さん。さよなら、また明日学校で!」
「あっ、木花さん! 下の名前はなあに?」
「さくや。木花さくや! 火宮さんも教えて!」
「火宮千代です! バイバイさくやちゃん!」
アイドルに憧れる千代は、自分の頬に人差し指を当て、可愛く自己紹介をした。