九段 苦しみの先㊃
シュラは瞬時に尊の手を払い退けた。
「陰陽魔導陣―|天球結界!!」
尊は即座に呪符を出し、球体状の結界で自身とナデシコを包み、それを広げるようにしてシュラを追い払う。
「陰陽師如きが、しゃしゃり出るな! 貴様には女神の加護がない!」
シュラは膨張する結界に数メートル程、押しやられたが、抜刀すると難なく結界を破壊した。
「ナンダアイツハ!? 邪魔シヤガッテ!!」
「イイ所ダッタンダゾ!!」
「男ハ殺セ!!」
単身乗り込んで来た尊に気付いた悪霊達が、わらわらと向かって来た。
「くっ!」
尊は再び結界を張った。
今度は普段、巫と悪霊が戦う時と同じように広く展開し、その見えない膜により、下級悪霊達は行手を阻まれた。しかし、数体が結界内に入り込んでしまう。
「巫、演舞―めらめらの舞!!」
「巫、演舞―神風の舞!!」
そこへ、待機していたカグラとクノイチが現れた。
「グァアアアアアアアアアアアアっ!!!」
必殺技で結界内の悪霊を纏めて浄化する。
「何だと!?」
シュラは巫達が救援に現れた事よりも、その火炎と旋風の凄まじさに驚いた。事前に把握している浄化技は、下級悪霊を一体、倒せる程度のもので、使用後は巫の体力が尽きてしまうシロモノだった筈だ。
気付くとカグラとクノイチは、見慣れぬアイテムを持っている。
神器、太刀風を握るクノイチが、シュラを狙う。
「秘技―辻風手裏剣!!」
シュラは飛んで来た手裏剣を、余裕を持って躱したが、直後にクノイチが刀を振って起こした鎌鼬鼠は想定外で、咄嗟に刀で防御する。
「!?」
「秘技―ねずみ花火!!」
更に神器、燐鈴を掲げたカグラの秘技も、様相が変わっていた。鈴の一つ一つから一斉に火炎が迸り、それが、無数のねずみ花火となって、シュラの周囲を走り回る。
「これは一体……っ!?」
明らかに技がパワーアップしている。
それでも、シュラは弾け飛んで来たねずみ花火を、悉く斬り裂き消し去る。そして、果敢に斬り込んで来たクノイチの刀を受け止めた。
「やあっ!!」
「っその刀……!? なるほど……それが技の威力を上げているのか……面白い!!」
面頬の中でシュラの口角が上がった。
「ナデシコっ! しっかりするんだ!」
尊はぐったりしたナデシコを抱き起こした。ナデシコは弱り切った表情で尊を見返す。
「尊さん……!」
尊の姿を見ると、絶望に染まっていたナデシコの頬に赤みが差し、瞳に光が戻る。
「助けに来てくれたの……?」
「ああ、そうだよ。何をされた? 大丈夫なのか!?」
ナデシコは安堵すると同時に、むざむざ敵に捕まってしまった事を申し訳なく思った。
「尊さん……っ。私っ、本当に不甲斐なくてごめんなさい……」
「何を言うんだっ! いいんだ! 君が、君が無事で本当に良かった!」
尊は堪らずナデシコを抱き寄せた。
「ううっ……」
ナデシコは嬉しかった。
尊が助けに来てくれた。それどころか、こうして胸に抱いて貰えるなんて夢のようだった。
ナデシコも尊の背に腕を回し、ぎゅっとする。
そして、譲れない自分の気持ちを伝える。
「私……巫の力を渡すように言われたけど、それだけはどうしても出来なかった……。だって私、巫でいたいんだもん……。自分で選んだんだもん。貴方の、力になりたいって……!」
才能があろうがなかろうが。天貝紅が、神器が認めなかろうが、ナデシコの気持ちを変える事はできない。
尊がナデシコを強く抱き締めた。
「ナデシコ。良く耐えた、良く頑張った……! ありがとう。僕の力になってくれて……!」
シュラが鍔迫り合いに押し勝ち、クノイチの体勢が崩れた。いくら武器があっても、刀の扱いは相手の方が上だ。
「えいっ!! ……ああっ!!」
カグラが助太刀しようと、シュラの背後から迫ったが、呆気なく背面蹴りを喰らい地面を転がる。クノイチも蹴りを受け、背後にあった岩に叩き付けられた。
「うぅ……!」
「どうした? 戦士ではなくオンナの顔になっているぞ?」
シュラが、四つん這いから起き上がれないカグラと、岩を背に、膝を曲げた格好で座り込むクノイチを見て、嘲笑っている。
「カグラ……っ! クノイチ……っ!」
ナデシコは二人のピンチに己を奮い立たせる。
幾ら神器で浄化の力が強化されても、守護悪霊シュラは強すぎる。三人で戦わなければ、到底、勝ち目はない。
「ナデシコ、帯を……!」
尊が解かれた帯を拾いナデシコに渡した。ナデシコは直ぐに締め直す。
「それと……」
尊は、改めて神器の扇子、蕾桜を渡した。
「君のものだ……。神器が君を選ぶんじゃない。君は本物のナデシコだ。神器は必ず応えてくれるさ……!」
尊が言った。
安倍家に伝わる古文書には、巫の素質が何なのかを、明確に記したものはない。それは、必ずしも血筋や特定の能力だけで巫になれるとは限らない為だと、尊やおサキは解釈していた。
「はい。分かりました!」
ナデシコは蕾桜を受け取った。
「さて、どちらから手篭めにしてやろうか?」
シュラが、今にも観念してしまいそうなカグラとクノイチを値踏みした。
しかし、手を下す前に尊が物陰から出て行く。
「フッ、貴様の始末が先だな陰陽師……! 飼い主は殺し、女は頂いて行く!」
「下賎な悪霊め。自我が有ろうがなかろうが、所詮は堕ちた魂の持ち主だ! 祖先の意に従い、絶対にお前達の好きにはさせない!」
「……」
不遜な態度の尊に、シュラの瞳は冷たく完全に人のものではなくなった。
狂気を宿し斬り掛かる。
「陰陽魔導陣―五芒呪縛!!」
しかし、突然、出現した魔法陣にシュラは捕らわれた。尊は札を掲げていない。
「何っ!?」
シュラが、カラクリを解こうと周囲を確認すると、足元の暗い地面に、何時の間か呪符が一枚、貼ってあった。
直ぐ、カグラが尊から預かり、蹴り飛ばされる直前に張ったものだと理解する。
「くっ!」
シュラは魔法陣を破壊しようとした。
「今だ!!」
しかし、尊の号令で巫達が集合し、神器を重ね合わせた。
「太刀風!!」
「燐鈴!!」
クノイチ、カグラに続き、ナデシコが扇子を掲げて広げる。
「蕾桜!!」
ボロボロだった神器がナデシコを認め、光輝き、麗しい真の姿を現した。
桜の花弁。聖なる炎。旋風。三人の浄化の力が一つとなる。
「巫―舞踊!! もののあはれ!!!」
一体となった浄化技がシュラに向かって放たれた。
シュラは既の所で魔法陣を破り、刀で日輪の如き輝きを放つ光弾を受ける。
しかし、光は斬れず、徐々にその輝きに包み込まれていく。
「馬鹿な……っこの俺が不覚を取るのか……! 幾多の修羅場を潜り抜けて来た俺が……こんな戦のない世の連中に……っ!!」
「シュラ!」
ナデシコは、シュラのような人間が、どんなに調べようとも分からない、自分達の心根を伝えた。
「私達は戦いがしたくて巫になったんじゃないの! 守りたいの! 人や町、大切なものを! 友達を!! ……好きな人を!!」
シュラは剛の剣は、合体技を受け切れず、慈愛の光に飲み込まれた。
「ぐっぅ、おのれ……! だが、地獄の真髄はこんなものではない! 貴様らがどこまで抗い続けられるか、先に浄土に行って、高みの見物とさせて貰おうかあァ……!」
シュラは恨み言を言いながら、消滅していった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ」
巫達は全ての力を絞り出し、守護悪霊を倒した。安堵の表情を浮かべて顔を見合わせる。
しかし、それも束の間、バリバリと破壊の音がして、悪霊達が結界内に侵入して来た。
「皆、これ以上の戦いは無理だ! 脱出しよう!」
尊が撤退を促す。
「こっちじゃ! こっち!!」
おサキが、暗がりにある岩場の隙間から顔出して四人を呼んでいた。
四人はおサキが探し出して置いた、人一人がやっと通れる逃走ルートに急いで潜り込む。
悪霊達は追い掛けて来たが、細い隙間には入れず、岩を壊したり、回り込もうとしたが、シュラがいなくなった事で統率力が皆無で、やがて此方を見失ったようだった。
「時間が経ち過ぎた。入った場所からは出られない!」
尊が腕時計を確認しなが言った。
「なら途中にあった、学校が見えた場所から!」
クノイチが提案する。
「消えていないと良いが……」
「大丈夫! 今日のわたしの運勢は絶好調だから!」
おサキが心配したが、カグラが自信を持ってそう言った。
カグラの運は本物だったのか、学校が見えた空間の亀裂はまだあった。既に夜になっている所為か、尊が貼った呪符がなければ、場所が分からなくなってた。
「良かった! これで帰れるよナデシコ!」
尊に言われ、ナデシコを微笑んで見せた。
何処にどうなって戻れるのか、良く分かっていなかったナデシコは、亀裂に飛び込む際、尊に縋るように、ぎゅっとしがみ付いた。
奇妙な重力の変化を感じると、やがて入って来た方向が下になり、逆側が月と星が瞬く美しい夜空に変わる。
風間中学校の校舎があり、学校のグラウンドだと分かった。
「ふーっ、何とか戻れたわ!」
「学校だ! わーいわーい!」
「風が気持ちいい」
無事に戻れ、おサキ、カグラ、クノイチが、当たり前の景色に感動を覚えた。
「あぁ……」
悪夢から目覚めて安堵したかのように、ナデシコが崩れ落ちた。尊が支える。
「ナデシコっ!!」
「ナデシコ、大丈夫っ!?」
「先輩! しっかり!」
「戻って来れたのじゃぞ! そなたは良く頑張った!」
皆が心配して、ナデシコの顔を覗き込む。
疲労困憊のナデシコではあったが、嬉しそうに一人一人の顔を見る。
「尊さん……。カグラ……。クノイチ……。おサキ……」
ナデシコは感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、嬉し涙が溢れた。
まだ戦いは終わっていない。
地獄には沢山の悪霊がいた。今、通ったような結界の綻びがあれば、また現世にやって来るだろう。シュラのような守護悪霊が一人だけとは到底、思えない。
しかし、ナデシコは「これからも頑張れる」と言う確信があった。
苦しみを乗り越え、今の自分の本音がある。
みんなのことが自分は好きだ。
また恋ができる。
また遊べる。
また応援できる。
また一緒にいられる。
気持ちを、伝えられる―
「ありがとう……!!」




