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九段 苦しみの先㊁

 千代達は一旦、安倍(あべの)家に戻った。

 尊とおサキが、書物や口伝から把握していた(かんなぎ)の変身は、凡そ一日に一回。しかし、ナデシコ達により、実際は変身時に消費した力の程度により、再度の変身までの時間が変わる事が判明していた。カグラとクノイチは先程の戦闘で演舞を使用しなかった為、然程、時間が掛からず天貝紅(あまのかいべに)の変身の力は全快する。

 千代と楓は、一先ずそれを待つように言われ、縁側の辺りで待機した。


 「どうすればナデシコを助けに行けるんだろう……っ?」


 千代は一分前にも確認した天貝紅を、再び取り出して言った。


 「おサキと尊さんは、なにか手段を知っているみたいですけど……」


 楓もやきもきしている。尊とおサキは戻るなり、蔵に入って何かをしていた。

 二人は待ち切れず、開いたままの扉から中を覗く。


 「!」


 蔵の中では、囲炉裏のような場所で火が焚かれていた。それが壁際に並らべられている棚の、溢れんばかりの書物を照らしている。奥の戸棚には蝋燭や木札、形代など、陰陽導に使うと思われるものがあった。


 「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・前・行……」


 尊は火の前に座り、黒い箱の上で手刀を振っていた。


 「そんな禁術を引っ張り出してどうするつもりじゃ? 付け焼き刃の術を持っていった所で、そなたではあのシュラという悪霊に勝てぬ!」


 「分かってるさ! だけど、ナデシコを……さくやを助けるには、こんなモノでも使わないとっ!」


 尊はかなり焦っているようだった。千代も楓も、落ち着いた姿しか見た事がなかったので、少し驚く。

 術で封印を解いたのだろう、尊は黒い箱の紐を解き、蓋を開けた。蓋には、星マークを円で囲った陰陽導の紋章が、逆さに描かれているのが見えた。中にあった呪符を取り出したが、呪符は、まるで焼き焦げてしまったかのように黒くなり、ボロボロと紙屑になってしまう。


 「くそっ……呪詛が切れてるっ! 術を入れ直さないと……」


 尊は立ち上がり、近場に積み上げてあった書物から、やはり黒い本を取って開き、乱暴にページを捲り初めた。


 「よすのじゃ! 普段、そなたが使う術が優秀なのは、日々の修行の賜物じゃ。即ち、使い慣れていない術など、手に余るだけじゃ!」


 「じゃあどうすればいいんだ!? 僕が……僕が不甲斐ないからナデシコは……っ! ……ずっと、伝説の巫さえ見付かれば、悪霊が現れても安心だと、勝手な希望を抱いていた……! それが重責を押し付けるだけの行為だと薄々気付いていたのに! そんなだから犠牲になる人が出るんだ! ……犠牲! よりにもよってさくやがだ……っ!!」


 諌めるおサキに尊が声を荒げた。

 力んだ手が積み上げられた書物に当たり、バサバサと倒してしまう。

 

 「そなたの気持ちは痛い程、分かる……! わしも同じ楽天主義じゃったからな。だからこそ、もう楽観視してはいかんのじゃ……」


 「……」


 おサキが言う。その言葉の通り、同じく書物でしか知らない禁忌の力が、目の前の難題を解決してくれるとは限らない。

 自分の浅はかさに尊は歯噛みした。

 尊は俯いたまま抑え切れない気持ちを吐露する。


 「さくやは……。さくやは僕にとって特別なんだ。巫になれるからじゃないっ! 陰陽師を受け継ぎ、蔵に篭って毎日、本当に必要な日が何時来るのかも分からず、ただ修行を積んでいるだけだった僕の人生に……ある日、あの子がやって来た……」


 尊は涙ぐむ。しかし、その頃を思い出して、泣きながら笑った。


 「たわいのない話をするだけで楽しかったよ。さくやは毎日のように遊びに来てくれて、僕の人生に春がやって来たかのようだった。僕は……彼女に甘えていたんだ……」


 床に散らばった書物に混じり、目新しい雑誌があった。古くて格式ある他の書物に比べると、薄っぺらい本だ。

 それは、風間中の校内グラビアだった。さくやがマドンナ部に入った後の号からあるように見えた。


 「さくやちゃんと尊さんって……もしかして……!?」

  

 千代は楓と顔を見合わせた。楓も同じ驚いた表情をしている。

 尊はさくやを可愛がっているが、さくやの事をどう想っているのかは、知らなかった。


 ――両想い……。


 そう分かると、二人は急に嬉しくなった。

 元々、ナデシコを助ける気概、満々だったが、更にその想いが強くなる。

 それが確かな希望の炎になって、二人の中で燃え上がる。


 「結局、それが彼女を……関わらなくてもよかった宿命に巻き込んだ……」


 尊の喜びが後悔へと変わる。


 「さくやちゃんは、自分で選んだんです! 尊さんの力になりたいって!!」


 気が付いたら千代は、蔵に突入していて、尊にそう言っていた。

 楓も後に続いた。


 「だから……信じて待っています。あたし達が……尊さんが助けに来るのを!」


 「君たち……」


 尊が顔を上げた。余りの前向きさに驚いている。


 「わたし達、二人の宿命を全力で応援します!!」


 「あんな変態に、今度は絶対負けません!!」


 早く二人を会わせてあげたい。

 千代と楓はその一心だった。


 「頼もしいの。尊。責は皆で負うものじゃ! ナデシコ奪還には二人の力が必須じゃ! そして、そなたの陰陽導がな!」


 おサキが言った。

 尊にも再び希望の炎が宿る。それは楽観から来るものではなく、確かな実績を積んだ巫が与えてくれた力だった。

 

 「千代ちゃん、楓ちゃん。ありがとう! 力を貸してくれ!」


 「天貝紅の様子はどうじゃ?」


 おサキに聞かれ、二人は天貝紅を見せる。天貝紅は煌々と光を放っていた。


 「尊、行こう! ナデシコを助けに!」


 尊は禁書を捨て、自身が一番得意な術が込められたら呪符を取った。


 「ああ!!」


 ――――――――――――――――――――――


 「うっ……うぅっ……!! ……ああぁ……あっ……!!」


 ナデシコが今にも潰れそうな声を発している。

 それもその筈、後ろ手に縛られたままゴツゴツした地面に正座させられ、ミニスカートから露出したふとももの上に、平たく重い石を乗せられている。石抱と呼ばれる拷問だった。

 

 「中々、我慢強いようだな? 巫ナデシコ。だが、地獄の石の重さは格別だ。おい、次持って来い! もたもたするな!」


 シュラの言う通り、石の重さは尋常ではなく、怪力な筈の悪霊が、二体係で「フーフー」難儀しながら運んで来る。


 「っセーノ!!」


 「っああああああああああああああああぁ!!!」


 二枚目の石が乗せられると、ナデシコは脚がペシャンコになったかと思う程の激痛を感じる。

 シュラが揶揄う。


 「フフッ、イイ声だ。やはり冷めた地獄には女の悲鳴が必要だ」


 「うう……っ! ああ……っ! ああん……! うぐっ!」


 収まる事のない苦痛に、ナデシコは頭を振って必死に耐える。


 「だが、こんなのは序の口。許しを乞うなら今の内だぞ?」


 「っ!!」


 シュラが石の上に手を置いた。ナデシコの表情が恐怖で引き攣ったが、それでも己の弱さに負けじと首を横に振った。


 「フッ」


 シュラが恐ろしい力で更なる重量を加えた。


 「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 「小娘が。身の程を知るがいい!」


 「ぁあっ!! もう……っ!!」


 「身包みを剥がされたいか!? 二度と我らに歯向かうな!!」


 「だめっ……!! お願い……っ!!」


 「このまま永劫の責め苦を与えてやる!!」


 「止めてぇぇぇ!! ぁああああっ……ん!!」


 ナデシコは耐えられず涙が溢れた。

 

 ――苦しいっ!! 助けて!! 尊さんっ!!!


 「ああああああああああああああああーー!!!」


 いっその事、カラダが壊れてしまえば楽になれるかもしれないが、巫の加護の力がナデシコを守り、ナデシコを苦しめ続けた。

 

 「馬鹿な小娘だ……」


 すっ、とシュラが石から手を離してくれた。


 「ぁっ……ぁっ……ぁっ…………」


 限界のナデシコは、縋るような目でシュラを見上げる。

 しかし―


 「もう一枚……!」


 シュラは愉しそうに笑っていた。

 絶望に染まるナデシコに構わず、三枚目の石が追加される。

 何倍も分厚く、何倍も重い。  

 

 「っああっ………ああっ………ああ……あ……!!」


 その凄まじい重量で、足下の地面が割れた。


 「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 ナデシコの悲鳴が地獄に木霊した。

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