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八段 想いが募るほど㊁

 「尊さん、お茶をどうぞ」


 「ああ、ありがとう」


 「唐揚げのお代わりいかがですか?」


 「貰おうかな。これとても美味しいよ。さくやは料理上手だね」

 

 ランチの間、さくやは甲斐甲斐しく尊の世話を焼いた。食べ物を紙皿に装おうと前屈みになると、VネックからDカップの谷間が覗く。

 

 「……」


 そんな様子を千代が微笑ましそうに、楓が頬を染めながら見つめているのに気付き、さくやはパッと姿勢を正した。

 自然な動きができなくなったさくやは、皆の注目を逸らせるネタを探して、周囲を見回す。

 

 「そ、そう言えば尊さんのリュック大きいけど、なにが入っているんですか?」


 さくやが張り切って「お弁当はこっちで用意します! 私がやります!」と、事前に告げていたので、尊は荷物がいらないくらいなのだが、ここまで縦長のリュックを背負って来ていた。


 「ああ、これか……」


 尊は少々、ばつが悪そうな表情をした。


 「尊。それは、まさか例のものか?」


 おサキの問いに尊は小さく頷く。


 「まったく、今日は骨休めだと言うのに……そなたも真面目じゃな。いや、流石は使命を背負っている陰陽師だけあると言うべきか……」


 「なんなんですか?」


 さくやはもう一度聞いた。


 「これは巫に関するもので、君達に渡す予定のものなんだ……。なんだけど……」


 尊は答えつつ三人を見た。 

 楽しいランチタイムが終わり、皆、お腹いっぱいで幸せそうだ。丘の花畑から届く花の香り、森の何処かにいる小鳥の囀り。このまま、木陰でお昼寝したいくらいと思うような、のんびりとした雰囲気があった。


 「いや、今日はそう言う日じゃない。これは後日、改めて渡そう」


 尊は空気を読んでリュックを遠ざけようとした。


 「で、でもっ、大事なもの……なんですよね?」


 さくやがガクッとなった。


 「気になっちゃうよぅ!」


 千代がもどかしそうにする。


 「折角、持って来たんですし……」


 楓がぎこちなく言った。


 「……そ、そう?」

 

 三人に促され、尊は結局リュックを開く事にした。


 「今朝方、家に届いて全てが揃った……。これは蔵にある古文書に記されている―巫の神器―と伝わるものだ……!」


 「巫の……神器……!?」


 尊は三つの桐の箱を取り出す。


 「それぞれ、巫と何らかの繋がりがあるとされる旧家が保管していてね。悪霊の復活が懸念された時点で、此方に提供して貰えるように、前々から頼んでいたんだ。けれど、どの家も長年、家宝として所持してきた経緯もあって、渡すのを少々、渋られてしまってね。お陰で揃えるのに時間が掛かってしまった」


 尊が説明した。


 「まったく! 来るべき時の為に保管しているくせに、いざ必要となったら大事だから渡せんとは、本末転倒じゃ!」


 おサキが旧家の者達に文句を言った。


 「三人に一つずつある。まずこれは……クノイチだな。楓ちゃんのものだ」


 尊が最初に手に取った長細い箱を開ける。蓋には楓の持つ天貝紅(あまのかいべに)に描かれているものと同じ、百合の絵が描かれていた。


 「神器―太刀風(たちかぜ)……!」


 それは、黒塗りの鞘に収められた短刀だった。

 楓は恐る恐る受け取る。


 「旧家の話によると、代々、箱を開けて中を見る事も禁止にしていたらしくて、刀がどうなっているのか知らないらしい。どうも錆びてるみたいで、引き抜く事もままならないようだけど……」


 尊が残念そうに言った。


 「なんじゃそれは! 大事にしとるのかしとらんのか、分からん扱いじゃのう! 大体、何処もただのお宝じゃと思って神器を―」


 「あ、あの……っ」


 おサキが再び文句を言い出したが、楓が遮った。


 「抜けちゃったんですけど……」


 楓がちょっと申し訳なさそうに言った。

 短刀は然したる力を入れずとも、スルっと鞘から引き抜けた。


 「なっ!?」


 (やいば)は錆一つない。研いだばかりのようにキラリと輝いている。


 「すごい楓ちゃん! やっぱり神器って言うくらいだから、クノイチ専用の武器! みたいな感じなんだよ!」


 「そ、そう言う感じなの!?」


 興奮した千代がそう解釈したが、さくや達は驚きを隠せない。


 「いや、恐らくはそんな感じなんだろう……! 僕が引き抜こうとした時は、どうやっても駄目だった。やはり、巫にしか扱えない特別なものなんだ……。他のも試してくれ。牡丹の花は……!」

 

 尊も興奮気味に言い、次に一番大きな箱を開ける。中身は巫女さんが舞に使う道具、神楽鈴だった。


 「燐鈴(りんりん)! カグラのものと伝わる神器だ……!」


 「これが……わたしの……!」


 千代は嬉しそうに神器を受け取り、シャンシャンと鈴を鳴らした。


 「……。なにか特別なこと……起こってる?」


 手応えがないので、千代がキョトンとした。

 しかし、さくや達は既に不可思議な現象が起こっている事に気が付いていた。


 「あの……今までリュックから鈴の音なんて、聞こえました?」


 「う、うん……聞こえて来なかったね……」


 若干のホラー現象に、楓とさくやは寒気を覚えた。千代は表情を変えず、また鈴をシャンシャン鳴らした。


 「やはり間違いない……! 神器が持ち手を認識して目覚めたんだ! それには金銭を要求されてしまったが、払った価値はある! さくや、後はナデシコの神器だ!」


 若干、テンションが可笑しくなった尊が、最後の箱を開けた。中身は一番小さく、一番痛んでいるように見えた。

 

 「神器―蕾桜(らいおう)だ! 試してくれ……!」


 「扇子……ですか?」


 さくやは慎重に神器の扇子を手に取った。

 広げようとしたが、だいぶ渋くなっていてキーキー嫌な音がした。

 

 「なんだか、相当、年季が入ってますね……」


 さくやはオブラートに包んだが、扇子は色褪せていて、正直、見窄らしかった。


 「ボロボロだね……」


 「あ、穴空いてますけど……」


 千代と楓はあるがままを述べた。

 一同、疑心暗鬼になったが、既に二つの神器の不思議な現象を目の当たりにしている。「さくやにしか起こせない何かが起こる筈!」と、じっと扇子を見つめ続けた。

 

 「保管していた旧家の主人は、昔から家に受け継がれているだけの古いものだと言って、特別なものか怪しんでいたけど……。さくや、あ、扇いだりしたらどうかな?」


 尊に言われ、さくやはパタパタしたが、穴から風が抜けていく。


 「ど、どうですか?」


 さくやは手首を返し、試しに日本舞踊の動作もしてみる。


 「なにも起こらないね……」


 千代が言う。

 パキッという音がした。


 「壊れ……ましたね……」


 軸が外れたのを見て楓が言った。

 さくやは扇子がバラバラにならないように、慌てて軸の部分を押さえた。

 

 「うーむ……。まぁ、そういう事も、あるじゃろう……」


 気まずい空気をおサキが断つ。尊もテンションが元に戻った。


 「よし……。無事に渡せて良かった。衣装と同じで天貝紅に収納できる筈だ。古文書によると、神器は浄化の力を高めると記されている。変身した時にまた色々と試してみて欲しい。僕も更に詳しく調べてみるよ」


 尊はそう言い、エセ商人の店じまいの如く、さっさと荷を片付け始めた。

 さくやは慌てる。


 「ま、待ってくださいっ! わたしのなに!? 本当に神器なんですか!?」


 「朽ちてはいるけど、箱には確かに桜の紋様があるし、間違いはない筈だ。保管していた家の人も、この数ヶ月、家中を探してくれたようだし……」


 「それ多分、押し入れとかに閉まわれて忘れられ去られていたとかですよねっ!?」


 「大丈夫だよさくや。今日は駄目でも、その内、何らかの変化が起こるかもしれない」


 尊が慰めたが、クノイチとカグラの神器は直ぐに変化を見せたのだから、さくやは納得できなかった。


 「もしかして、私がナデシコって認識しないとか……?」


 さくやは古びた扇子を見ながらぼやいた。


 「まさか。そなたは紛れもない、巫ナデシコに変身できるではないか。天貝紅に選ばれているのじゃ。直ぐ神器にも認められるじゃろう」


 おサキもそう言ってくれたが、さくやは神器だけではなく、尊の期待にも応えられなかったような気がして、落ち込んだ。

 その後も、太刀風と燐鈴の二つは無事、天貝紅に収納されたが、ナデシコの神器、蕾桜は、ここでも同様の反応が起こらず、再び桐の箱に戻される事になった。

 さくやは、やはり自分の能力が低いのではないかと心配になった。


 ――――――――――――――――――――――


 一向はシートを畳んで花畑の丘に戻った。


 「……」


 千代と楓は、明らかにさくやのテンションが下がってしまった事に気付いた。さくやは落ち込むと胸を張れなくなる。

 「元気になって欲しい」という気持ちを一つにした二人は、コッソリと目配せした。


 「あっ! 今、木の向こうに鹿さんが! 待ってー!」


 「ア、アブナイですよ。あたし、連れ戻して来ます!」


 そう言うと二人はパタパタと駆け出した。

 さくやは千代の行く先を確認したが、鹿なんて何処にもいないように見える。それどころか千代は、途中で此方を振り返り「頑張ってね!」と確かに口の動きで言っていた。


 「? ……」


 さくやは何の事だが分からなかったが、尊と視線を合わせた時、全てを理解した。水晶に入ったおサキも、千代が持って行ったようだ。


 「鹿なんてこの辺にいるんだなぁ。ちょっと待っていようか」


 「え、ええ……っ!」   


 さくやは突然、尊と二人きりになった。


 ――が、頑張って、てなに……っ!? まさか、あ、愛の告白とか!?


 辺りをよく見ると、家族連れが多いが、カップルらしき人々もチラホラ見られる。中々、相応しい場所な気はした。


 ――でもっ、いきなり告白も可笑しい気が……っ! デートを頑張って、てこと!? これってデートなのっ!?


 さくやは一人でドキドキし始めてしまい、何も喋れなくなってしまった。


 「さくや。今日はありがとう。町にこんな素敵な場所があるなんて知らなかったよ。おサキが言っていた通り、僕は篭っている事が多いから」


 尊が口火を切ったので、さくやも話せるようになる。


 「い、いえ……。わたしも初めてですっ。こんなに素敵な場所に来るのは……」


 「そういえば、僕達こうして一緒に出掛けるのも初めてじゃないかな? 家以外だと……精々、学校で会うくらいしかなかったよね」


 「そうですね。でも私、小学生の頃、学校で尊さんと会っても、直ぐに逃げちゃって……。ど、どうしてかな……っ」


 気恥ずかしくなってしまうからなのだが、その頃のさくやは安倍(あべの)家以外で尊に会うと、イレギュラーな状況で調子が狂い、まともに会話すら出来なかった。

 今もイレギュラーで、ちょっと逃げ出したいくらいだったが、折角、二人だけになる機会を作ってくれた千代達に報いる為にも「いい加減成長しなきゃ!」と自分に発破を掛ける。

 

 「尊さん……」


 さくやが尊を見る。

 尊がさくやを見た。


 「わ、わたしっ―」

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