八段 想いが募るほど㊀
「花の蔭〜♪ 水に浮かれて、面白や〜♪」
「ご機嫌じゃのう、さくや。何か良い事でもあったのか?」
本日の日本舞踊の稽古が終わり、着替えているさくやに、おサキが問い掛けた。さくやは着物を脱ぎつつも、舞の動作が止まらない。
「先生に褒めて貰えたの。また一段、上達しましたねって。今度、上級者の演目を習うことになったよ!」
さくやはにっこりと答えた。
「始めたばかりの頃は、ここまで踊れるとは思わなかったなぁ」
「そなたは真面目じゃからのう」
おサキが言った。
「とても下心が全ての行動原理とは思えん」
「うっ!」
さくやの舞が乱れた。
「そう言う言い方はないでしょ……。舞踊だって好きだし」
「ほほほっ。その調子で恋の踊りも上達するとよいな」
「もうっ。それは……っこれから精進するんだってば……!」
「応援しとるぞー!」と言いながらも、どこか楽しげなおサキに、さくやは「余計なお世話!」と口を尖らせた。
「おっ、噂をすれば尊が帰ってきたようじゃ。日曜のデートのお誘いは、もう済んだのか?」
玄関からの音を鋭敏な耳で拾い、おサキが聞いた。
「それもこれから。……ってデートじゃないってばっ!」
「まったく、なぁにを意識しとるんじゃ! 急がねば先約が入ってしまうぞ! ……まぁ彼奴に限ってそれはないか」
「い、意識してないってっ! みんなで出掛けるだけでしょ! 変なこと言わないでよ!」
おサキの発言にウブなさくやは狼狽えた。
お節介なおサキが、支度部屋の戸を開け「おーい、尊!」と呼ぶので、さくやは焦った。
「ちょっとっ! まだ着替え中―」
「どうしたんだい? おサ―」
尊は丁度、部屋の直ぐ外の縁側まで来ていた。
部屋の前に来ると、中にはおサキ、そして、純白のブラジャーとパンツ姿のさくやがいる。
「さ、さくや……っ!」
「み、み、み、尊さんっ!! お、お帰りなさいっ!」
さくやは慌てて障子を閉めたが、四枚仕立ての障子をあべこべに動かしてしまい、下着姿まま右往左往する羽目になった。
「まったくおサキってば、そういう姿は見せちゃいけない! っていう感覚がないんだから!」
「悪かったのう! わしは何時でもすっぽんぽんじゃから分からんのじゃ! 大体、そなたはそっちの方も上級者なのであろう! 自信を持て自信を!」
日曜日。さくやはおサキと口喧嘩をしながら、約束の集合場所に向かった。
あの後、さくやはトラブルをなかった事にして、何とか尊をピクニックに誘った。
「すまないさくや。着替え中って事くらい僕も―」
「な、なんのことですかっ? 謝らないで下さいっ!」
「いや、さっきの……。見てしまった以上は謝らないと……」
「尊さんが見てはイケナイものなんて、なにもないですっ! 私、あれが普段着ですからっ!」
――なに言ってんの私……っ! ほ、本当、下着着けた後で良かった……っ!
さくや達が集合場所に着くと、間も無く、尊、千代、楓がやって来てメンバーが揃った。
ポロシャツ姿の尊が照れくさそうに言った。
「今日は誘ってくれてありがとう。いいのかい、僕も一緒で?」
「いいんです。私達、何時も全員集まるのは悪霊が出る時だなんて、寂しいじゃないですか。だから、たまには違う目的で集まろうって、三人で考えたんです」
さくやが言った。
「そなたも蔵に篭って陰陽道の修行ばかりしておらんで、気分転換も必要じゃよ」
「引き籠りみたいに言うなよ」
おサキにも気を遣われ、尊は頭を掻いた。
お弁当の入ったリュックを背負ってやって来た千代と楓は、早速、コーディネートを褒め合っている。
「楓ちゃんのリュック可愛いね! デニムのスカートも可愛い!」
「千代先輩こそ……。麦わら帽子、どこで買ったんですか?」
「二人共ミニスカート? ちょっと歩くんだよ?」
「大丈夫だよ! ダンスで鍛えているからね!」
さくやが心配したが、千代はその場でステップを踏んで健脚をアピールした。
――そう言うことじゃなくって……。
早速、その動きだけでチラチラするので、さくやは呆れた。
「さくや先輩だって……制服並みに短いじゃないですか」
水泳部に入っている影響なのか、意外と露出できる楓は、へそ出しコーデだ。
「ま、まぁね。短い方が、所作に気を付けるよう努められし、機動力があるからね!」
言い訳するさくやのコーディネートは、明らかに尊を意識していた。
「さぁ、出発ー!」
一向は元気に出発した。
ピクニックコースは初夏の澄んだ空気に包まれた、新緑豊かな散歩道。多少、マイクロミニスカートの裾に気を配る登り坂はあるものの、そんな服装でも問題ない気楽な場所が目的地だ。
十分程歩き、森を抜ける。すると、爽やかな風がそよぐ小高い丘に出た。
丘には色とりどりの花が一面に咲いていて、草木の翠と空の蒼とのコントラストが美しい。
「わぁ……綺麗!」
「お花畑だー!」
「蝶々がいっぱい飛んでる!」
「天国に来てしまったようじゃのー!」
「おサキ、戻って来い! 皆で記念撮影しようか!」
美しい花々の世界を堪能した後、一向はランチタイムにした。
時期もあり、他にも大勢の人がピクニックにやって来ていて、原っぱでシートを広げている。おサキの事を考え、さくや達は少し森の中に入った場所で、お弁当にする事とした。
「尊さん、どうぞ召し上がれ! おサキにもお稲荷さん用意したよ!」
「ほう! どれどれ、味を見てやろう」
「ず、随分、沢山作ったね……」
さくやが持ってきたお弁当の豪華さに、尊が目を丸くした。お重には美味しそうなお惣菜がギッシリだ。
「昨日、さくやちゃん家でメニューを考えたり練習したりしたんです☆ こっちがわたしの! ちょっとお兄ちゃんに食べられちゃったけど、味はバッチリだよ! バスケットのサンドイッチは楓ちゃん担当!」
「あ、あたしのはあんまり……。挟んだだけですから……」
ちょっと自身がなさそうな楓は、さくやと千代の料理の腕前に舌を巻いていた。
さくやは驚く程、正確な三角形のおにぎりをテキパキと握り、だし巻き卵や竜田揚げ、きんぴらなど、和風に拘った。千代はお弁当箱やピックは勿論、海苔でおにぎりをサッカーボール模様にしたり、タコさんウインナー、うさぎりんごなど、可愛さに拘る。
「二人共、女子力高過ぎ……!」
正直、若干、退くレベルだった。
「ほほう、この味! 中々やるではないか! さては婆さんに習ったな!」
「もちろん、ご指導ご鞭撻いただいています!」
「そなたは直ぐにでも嫁に来れるのう!」
「どどどどこにっ!?」
おサキに揶揄われたさくやは、思わず料理をひっくり返しそうになった。




